カテゴリー「◆微笑みの風景」の記事

2009年6月21日 (日)

本日も開店!「トラットリア IGA by DEAN & DELUCA」

Photo_3Photo_2TRATTORIA(トラットリア)とは、イタリア語でカジュアルなレストラン、大衆食堂ぐらいのカテゴリ。リストランテの場合、アンティパストから始まって、プリモ・ピアット(最初の皿)からセコンド・ピアットと延々と続き、ドルチェで締めるコースになり、とても小食のお気楽夫婦では食べきれない。アンティパスト2品とメイン1品、それにサラダをオーダーしてシェアするぐらいがちょうど良い。すると必然的にトラットリアぐらいが量的にもぴったり。とあるマンションの中にあるBARが、最近トラットリアになったという噂を聞き、さっそく出かけてみた。

Photo_4 Photo_5 ニューは日によって大きく変わるらしい。その日のメニューはサラダが中心。魚介とオレンジのマリネ、オレンジ風味のニンジンサラダからスタート。ボイルしたムール貝、イイダコ、海老、などがたっぷり入ったサラダはオレンジとぴったり。あっさり味の爽やかな一品。白ワインに合う。続いて妻が選んだのはトマトのサラダとオリーブたっぷりのパン。大粒のオリーブがなかなか美味しい。「プレッツェルも食べて良い?」妻はハード系のパンが大好物。こうして選んだメニューを並べてみるとその日はイタリアンというよりNYCスタイルのメニュー。

Photo_6 インはチキンのタイ風ロースト。うぅっ、んまいっ!かなり美味しいね。「そりゃそうだよ、DEAN & DELUCAだよ」と妻。お気付きの方は既にイライラしていたかもしれない。そう、このトラットリアの正体は、お気楽夫婦の自宅でテイクアウトのデリを並べるだけのインチキ料理店。とは言っても料理自体は当然本格的。チキンのローストは温め直しでもジューシーで充分美味しい。エスニック系のスパイスが利いた味付けが食欲をそそる。合わせたインゲンと木の実のサラダも香ばしく旨うま。大きなクルミやアーモンドなどの数種類の木の実がこれでもかと入っている。これまた白ワインにぴったり。

理はイベントだなんて言ってるようじゃ、ウチではMARRくんのように1から料理作るのは無理だね」それはそうだ。でも大丈夫。ウチには専属シェフはいないけれど、世界各国の名シェフが付いている。選り取りみどりだ。その料理を美味しそうに盛りつけるのなら任せてくれ!「そうか、中華料理に“点心師”とか専門の料理人がいるように、ウチには専属“盛付け師”がいるわけだ」まぁ、そういうことだね。自慢するポイントが今日も違うが、和食だろうが、中華だろうが、イタリアンでも、沖縄料理でも、美味しそうに盛りつけて並べる“盛付け師”のいるトラットリア、本日もなんとか営業中。

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2009年6月14日 (日)

ショートブレッドはお好き?「パインクッキー」

Photo Photo_2末のある日、スカッシュコートサイドで妻の歓声が上がった。「わぁ〜いっ!嬉しい。これ美味しいんだよね」と妻が珍しくはしゃいでいる。ハワイ土産としてパインクッキーをいただいたらしい。新型インフルエンザが世界的規模で蔓延する中、帰国後しばらくは外出を控えていたというスカッシュ仲間が、かなりの時間差で持ってきてくれたもの。パイナップル型やハート型のクッキーにチョコレートのディップを付けたもの。サクサクとした歯応え。確かになかなか美味しい。ところで、このパイナップルクッキー、「クッキー」と言っても正確にはショートブレッドのようだ。なるほど、それだったら日持ちもする。ショートブレッドはスコットランドの伝統的なお菓子。卵やミルクは使わずに砂糖、バター、小麦粉だけで焼いたもの。

Photo_3 う言えば妻は大のショートブレッド好き。イギリスに行った際、ショーウィンドウに並ぶ「ウォーカーズ」の赤い箱の山に目を輝かせていた。日本に輸入品として入って来ると必然的に価格は高くなり、アイテムも限られる。妻がウォーカーズの中でも最も好きなのがチョコレート・ショートブレッド。ショートブレッドをチョコレートでディップしたもの。確かにチョコレートチップが入ってるものは日本でも見かけるが、ディップタイプの全身チョコレート・ショートブレッドはほとんど見かけない。何年か前、成城石井本店で発見した際の妻の喜び方は半端なものではなかった。もちろん大量に、買い占めるように購入したことは言うまでもない。

Photo_4 こまで書いて気が付いた。妻が残業食としてよく食べている「カロリーメイト」もショートブレッドかもしれない。あのバー状の、穴がぽつぽつと空いている見てくれはショートブレッドそのもの。調べてみると、確かに製造元の大塚製薬のサイトでも「ヒントとなったのはイギリス・スコットランド地方のお菓子、ショートブレッド」と明記している。なるほど。妻のショートブレッド好きは一貫しているという訳だ。私もかつては登山の際の非常食用に購入したり、元気に深夜まで残業していた頃には良く食べてはいたが、妻ほどには積極的に好きというものではない。あなたはほんとにショートブレッドが好きなんだねぇ。

Photo_5 めてそう尋ねると「水分含有量が少ないものが好きなんだ♪」との答え。そうか、彼女が好きなものは他にも「カンパン」がある。(すっごく珍しいやつ)どちらも水分含有量が少なく、普通は飲み物と一緒でなければ食べ難い。なのに妻は「私は平気だもんねぇ」とカリカリと噛み砕く。ん?確か妻は防災グッズの中にカロリーメイトを入れていた。日持ちもするし、栄養バランスも良いから、なるほどと思ってはいたが、水分がなければカロリーメイトが食べられない私にとっては辛い。「だいじょ〜ぶ!いざとなったら水なんかなくっても食べられるさ!」とは言え、震災時に助かる可能性が高いのは・・・。

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2009年6月 7日 (日)

親娘の酒「山ほたる」「せつなとのきずな」高田酒造場

Photo気楽夫婦が通うスポーツクラブの近くに東京農業大学がある。箱根駅伝の常連校で、応援団の“ダイコン踊り”で有名だけれど、もちろんそれだけの大学ではない。地元の自治体や商店街と連携して生ゴミを有機肥料として活用する活動を行っていたり、応用生物化学部などというバイオサイエンスを学べる学部があったりする。そしてその学部の中に、全国でも唯一「醸造」という名前を冠する学科がある。その名も醸造科学科。早い話が“酒”の醸造を学ぶところだ。(もちろん、味噌や醤油、酢なども研究対象)これは凄い。大学で酒造りを学ぶのはどんな学生たちなんだろう。そんな学生の1人とスカッシュコートで知り合った。熊本出身、実家は造り酒屋。九州熊本だけに日本酒ではなく、造っているのは球磨焼酎。

週ニコタマの髙島屋でまた販売やってまぁす。良かったら来てくださぁい♪」大学4年生とは言え小柄で童顔の可愛い女の子。コートの外から彼女のプレーする姿を観ていると中学生ぐらいにしか見えない。けれど、いったん仕事の話になると、父親譲り(らしい)の情熱がことばの端から湧き出て来る。「担当の方に気に入っていただいて、最近は私だけで売場任されてるんです」父親の仕事を手伝い、年に何度か玉川髙島屋の酒売場でスペースをもらって販促している内に、すっかり“東京営業本部長”のような立場になったという。うん、分かった。ちょうど髙島屋に行く予定があるし、日曜日に売場に行ってみるよ。1ダースぐらい買えば良いの?「えぇ!そんなにたくさん?お願いします♪」・・・女の子には甘い私。

Photo_2川髙島屋の地下、酒売場は食品売場の面積の割には広いスペース。その日も九州の地酒(焼酎、泡盛中心)の試飲即売会以外にもワインの試飲即売を展開中。高田さん、来たよぉ♪「ありがとうございます。さっそくいろいろ飲んでみてください」まずは高田酒造場自慢の野生の花から酵母菌を採取して造ったという花酵母シリーズから。うん、旨い。フルーティで上品な米焼酎だ。続いて「山ほたる」という少量限定の酒。自家栽培の山田錦と岩清水を使った吟醸造りの酒。口に含むとふわっとした吟醸香。えっ?焼酎でしょ?日本酒だっけ?という味だ。繊細で優しい味わい。これは美味しいねぇ。まずはこれ買いだね。「ありがとうございます。次はこれを飲んでみてください。ちょっと面白い酒です」

Photo_3 渡された琥珀色の酒をひと口。えっ!なんだこりゃ!ウィスキー?オークの香りだ。「そうなんです。オーク樽とかシェリー樽で貯蔵した酒をブレンドしたものなんです」美味しぃ〜ぞぉ!これは♪「ありがとうございます。担当の方に気に入っていただいて、髙島屋のオリジナルでブレンドしたものなんです」瓶も焼酎らしからぬ、と言うよりウィスキーを意識した瓶と蝋で閉じたキャップ。酒のネーミングといいパッケージといい、お父さんはきっと酒が大好きなんだろうね。「はい。そうなんです。懲り過ぎてしまうところもあるんですけど」なるほど。娘が醸造を学ぶなどと宣言した時には、きっと独りで祝いの酒を飲んだんだろうなぁ。おしっ、これも買った。「ありがとうございます」

うして2本の球磨の美酒がわが家にやって来た。これで愛飲する酒が増えた。「山ほたる」は日本酒代わりに。「せつなとのきずな」はウィスキーのように。どちらも笑みが零れる味だ。「だからって、飲み過ぎでしょ。家で独りで飲んで二日酔いって言うのはちょっとどうかな」と妻。それだけ美味しい酒で、幸せな生活ってことでしょ。「酔っ払いの自己弁護にしか聞こえないけど・・・」うぅむ。

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2009年5月30日 (土)

料理はレジャー♪「サイボクハム」でハム料理づくし

Photo Photo_2る日、お気楽夫婦の元に大きな箱が届いた。送り主はスカッシュ仲間で酔っ払い仲間。昨春に結婚した新婚奥さまで、今春に出産した新米マザー。出産のお祝いに贈ったスワロフスキーの小さな置物のお返しだ。新婚夫婦に誕生したベビーは4,000g弱。でかい。出産した病院の今期最高記録らしい。そのご夫婦から送られてきたのは、地元埼玉産「サイボクハム」の詰め合わせ。保存料や着色料を使っていないというスモークベーコン、ソーセージがたっぷり。これまた重い。ん?ところで、保存料を使っていないということは賞味期限が短いということか。パンフレットを読むとソーセージ類は10日、ベーコンは14日間。これはたいへん。せっかくの美味しそうな頂き物。食べ切るための綿密な食事計画を立てないと!

Photo_3 ムの詰め合わせをいただいたのが日曜日。その日の夕方はソーセージをシンプルにボイル。粒マスタードをたっぷり付けて薄い皮にかぶりつく。皮がぱきっと破れて口の中にジューシーな肉汁が広がる。うん、旨い。豚肉の甘さがビールに良く合う。かなりの数を2人で食べたにも関わらず食べきれない。翌週はソーセージのポトフ。春キャベツと一緒に柔らかく煮込む。これも絶品。バゲットと良く合う。普段は料理などしないお気楽夫婦。料理もレジャー。美味しく楽しい。こうして2週に渡るソーセージ強化週間も終了。さて、来週はショルダーベーコン週間だ。どんな料理にしようか。こんな時には作ったことのない料理でも大丈夫。イマジネーションが広がる。外食で鍛えた料理勘が冴える。

Photo_4Photo_5ずは一品目。 やや薄目に切ったベーコンをカリカリ一歩手前まで焼く。そしてマフィンをトースト。これはカリカリに。マフィンの上に粒マスタードベースのソースを塗り、ベーコンを乗せ、その上にトマトとクレソン。目にも美味しそうな「ベーコントマトマフィン」の完成だ。週末のランチにぴったりのお手軽料理ができた。「へぇ〜、美味しいね♪」うん、これは確かにかなり美味しいぞ。「明日のランチもこれで良いよ」オッケー!・・・そう、料理を作ったり盛りつけたりするのは私の役目。妻は「マフィンはフォークでざくざく割った方が美味しいんだよ」などと料理の基本的な知識を活かし私にアドバイス。そして料理には手を出さず美味しく食べるだけ。

Photo_6 していよいよ最終日。最後の一品は残ったベーコンを総動員し、またまたポトフ。大きな角切りにしたベーコンを野菜と一緒に煮込む。ほっこりとしたジャガイモやニンジン、トマトがベーコンのダシと塩分だけで良い味に仕上がった。「う〜っ、これも美味しい♪」脂がしつこくなく、むしろあっさりした肉の仕上がりはベーコンというよりはハム。ふぅ〜っ、美味しかった。最後まで美味しく食べ切った。こうして3週に渡り、週末の夕食3回、ランチ2回の計5食もウチメシだったのはお気楽夫婦にとって記録的なこと。たまにはこんなこともある。「楽しかったねぇ。なんだか料理を作るのって、すっかりレジャーのようなイベントだよね」確かに“お題”さえあれば対応は可能。やるときゃやるぜ、お気楽夫婦。これで料理でございますと言うにはお恥ずかしい次第ではあるけれど。「良いの、良〜の。誰に言う訳じゃないんだから」と妻。・・・しっかりブログに書いてますけど。

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2009年5月24日 (日)

ふつ〜に食す贅沢「鼎泰豊(ディンタイフォン)」「グラマシーニューヨーク」

Photo1996年、新宿髙島屋開店。そこに世界的に有名なレストランが海外初出店。同じ年、お気楽夫婦が台北を訪れた頃、その店はまだ知る人ぞ知るという名店だった。それでも、台北の本店には連日世界中から集まる人々で満席が続いていた。もちろん新宿髙島屋店も連日長蛇の列。お気楽夫婦は何度かチャレンジしたが、その待ち時間の長さに食べるのを諦めた。小籠包で有名なその店の名前は鼎泰豊(ディンタイフォン)。台北に行かなければ味わえない逸品が日本にいながらに味わえる。圧倒的に人気の店だった。何度目かの訪問で、長い待ち時間に耐えようやく食べた小籠包。レンゲに小ぶりの小籠包を乗せ、端をちょっと齧り熱々のスープをちゅっと吸う。あとは一気にぱくり。ふぅむ。待った時間が期待を増幅させ、空腹が食欲を刺激したせいもあり、確かに美味しかった。

Photo_2 の後、横浜髙島屋、JR名古屋髙島屋、熊本鶴屋百貨店、カレッタ汐留などに続々と店舗ができた。今や全国で10店舗。出店したお店の大半が髙島屋の中にあることでお気付きの方もあろうけれど、実は髙島屋100%出資のRTコーポレーションという日本法人が店舗を運営。ちなみに香港スィーツの名店「糖朝」の日本での展開を行っているのもこの会社。(青山の1号店がオープンした直後は連日大盛況で強気の接客をしていた)つまり、海外ブランドのライセンスを獲得して日本で多店舗展開するというビジネスモデル。オリジナルのレシピは伝わっても、オリジナルの味が多店舗展開によって維持できるとは限らない。

Photo_3 る週末、スカッシュのレッスンの帰りにお気楽夫婦は玉川髙島屋に立ち寄った。1時間のハードなレッスンで大量の汗を流した2人は一刻も我慢できない空腹を抱えていた。ということで、買物に来たはずなのにまっすぐレストランフロアに向かう。夕食の時間にはまだ早く、どの店も空いている。どこでも選び放題。「久しぶりに鼎泰豊なんかどう?」と妻。うん、良いねぇ。ビールにぴったり。他の店に比べると混んではいるものの、待つことなく席に付くことが出来た。ピータン、小籠包、エビシューマイなどをオーダー。小籠包もあちこちの店で食べ慣れたせいか、初めての感動もなく、ふつーに美味しい。

Photo_4先できちんと皮に餡を包んでるところを見せてるし、冷凍じゃないだけ立派なものだよね」誉めているのかどうか微妙な発言の妻。しかし、この店は全国に小籠包という料理を広めたという功績がある。日本各地の中華料理店で当たり前のメニューになったし、新宿店の成功後、「南翔饅頭店」「京鼎樓(ジンディンロウ」など上海や台北の小籠包の名店が日本に進出した。(経営はやはりSoho'sなどの日本法人)「でも私たちって、チェーン店化すると行かなくなるんだよねぇ、これが」妻の言う通り、人気が出て、店が増え、いつの間にかチェーン店のようになり、そこに行かなければ味わえない料理ではなくなると、途端に足が遠のく2人。KIWAグループなどがその典型。

Photo_5もフツーに美味しかったね♪」有り難みは薄れたけれど、確かに一定水準はキープ。並ぶ程ではないけれど、たまに食べたくなる味。「あっ!グラマシー空いてるよ。スイーツでも買って帰る?」買物を終え、預けた荷物を受け取りに行く途中。閉店時間が近いこともありグラマシー・ニューヨークに並んでいる客はほとんどなし。チャンスとばかりクレープシュゼットとフルーツゼリーをお買い上げ。いつもは大混雑の人気店が並ばずに買える小福。自宅に戻り(かなり時間は開いたけれど)食後のデザート。「ふぅ〜ん、やっぱり美味しいんだねぇ」さすがに行列の店。C/Pは決して良くはないけれど、やはり水準以上の味だ。

ばないんだったら食べても良いや、って感じかなぁ」不遜なことばを吐く妻。ふつ〜に食す美味。考えたら贅沢極まりないのかもしれない。「でも、広げ過ぎて失敗するとブランドのダメージ大きいよね」確かに海外(に限らないけれど)ブランド展開の失敗例は多い。イブ・サン・ローランや、ピエール・カルダンなどは日用雑貨までそのロゴが付きまくり、高級感は全くない。ブランドイメージをキープしつつ、適正な価格で多くの人に買ってもらう・・・。確かに難しい戦略が要求される。「でも、スタバとかまだ大丈夫だよ」なるほど。鼎泰豊がスターバックスのように多店舗展開するかどうかは別として、成功事例はある。頑張れ!鼎泰豊!

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2009年5月23日 (土)

冷めてオイシイ「崎陽軒のシウマイ弁当」

Photo 、お気楽妻が忙しくなる季節がやってきた。基本的には外食がお気楽夫婦の夕食スタイル。けれどこの季節はカロリーメイトなどで夕食を済ますことが多くなる妻。となるとオヤジ1人で食事をしなければならない事態になる。最近「男の独りメシ」など、定食屋、洋食屋などのガイド本も多く出されてはいる。独りで食事をすることのできる顔馴染みの店も何軒かはある。店のマスターと会話をしながら温かい食事をすることもできる。しかし、抗い難い誘惑に負け、どうしても買ってしまい、冷たいままで、会話もなく、家で独り食べてしまう弁当がある。創業から100年。横浜名物 崎陽軒「シウマイ弁当」が、それだ。

Photo_3 谷東横のれん街。食品売場の賑わいを外れた、東急百貨店の社員通用口の隣にその売場はある。多くの人が行き交うハチ公口と宮益口を結ぶ通路と並行して、ひっそりとした通路がある。台車を押す東急の従業員の他は、人通りが極端に少なく歩きやすい穴場ルートだ。そこは私の通勤コース。日々その店の前を通りながら誘惑と戦っている。シウマイ弁当の誘惑。ここで買ってしまったら歯止めがかからない。たまに食べるからこその味。我慢、我慢。そんな葛藤の日々。そして、春。誘惑の箱を開ける日がやって来た。「今日も遅いです。食べていてください」妻からのメール。まだ店が開いている時間に帰れそうだ。決行の日は今日だ♪いそいそと売場に向かいシウマイ弁当をお買い上げ。思わず頬が緩む。

Photo_4 っそく家に戻り、シウマイ弁当の夕食。ワクワクしながらしっとり湿った包装紙を開く。経木にこびりついたごはん粒を丁寧にこそぎ、本格的に食べ始める前の助走を始める。そしてカラシと醤油をシウマイの上に回しかける。ふふふ。いよいよだ。ところで、自分の文章を訂正しなければならない。「冷たいままで」などとネガティブな書き方をしてしまったけれど、シウマイ弁当は間違っても温めてはいけない。冷たいままが美味しいのだ。冷めたごはん、冷めたシウマイが美味しいのだ。(ちなみに、シューマイではなく、シウマイ。これも間違えてはいけない)最初に俵型のごはんを崩し、ひと口。うん、良い炊き具合。固さも良い感じ。そしてついにシウマイだ。決して見た目は豪華ではない。小さく貧弱と言っても良い。しかし、ひと口食べると、あぁ〜!これだ。ホタテの香りとひき肉の甘さが口に広がる。旨い。ごはんに戻る。うん、美味しい。たまらん。絶妙なバランス。

Photo_5 して忘れていけないのは名脇役たちの存在だ。甘辛く煮込んだタケノコ。シャキカシと実に旨い。その量の多さも嬉しい。あ、こりゃビールだ。そしてきっちりとした味付けのマグロの照り焼き。小さくほぐして口に運ぶ。ふふっ、旨い。ごはん、ごはん。そして切り昆布で箸休め。一緒に付いてきたお隣のショウガの細切りと混じってしまうのが、また旨い。幸せだぁ。さらには、卵焼き、かまぼこ、鶏のから揚げも相変わらず良いバランスだ。シウマイ、ごはん、タケノコ、その他の脇役たちの順番に悩みながら食べ進む。あぁ〜残りが少なくなってしまった。淋しい。デザートとして取ってあったアンズを食べる。ほの甘さが口に弁当のお終いを告げる。そして、経木の弁当箱の隅に残るゴハンツブを丁寧に取り、食べる。最後の一粒を食べ終え、箸を置く。美味しく食べた満足感と、食べ終わってしまった淋しさが一緒にやって来る。ふぅ。

Photo_6だいまぁ!今日は独りで何食べたのぉ?」深夜、お気楽妻が帰って来る。へへ。シウマイ弁当♪「ふぅ〜ん」興味なさそうに答える妻。駅弁はかなり好きなのに。「シューマイを冷たいまま食べるっていうのが、どうもね」今度ぜひ食べてみなさいよ。冷たいままが美味しいんだよ。で、ちなみにシウマイだけどね。「うぅ〜ん、私は食べなくても良いや」うぅ〜ん、残念。食の嗜好はほぼ同じだけれど、たまにはこんなズレもあるお気楽夫婦。崎陽軒のアイドル、シウマイの醤油入れのひょうちゃんも淋しそう。「崎陽軒だったら嘉宮に行った方が良いかな」まぁ、それはそれで美味しいけれどね。よしっ分かった!シウマイ弁当は、男の独りメシのアイテムとして大事にしていこう!明日からまたあの誘惑と戦おう!「なんか、力入ってるけど、いつでも食べたい時に食べたら?」・・・ま、そだね。

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2009年5月17日 (日)

夜のお菓子、真夜中のお菓子、朝の・・・「うなぎパイ」

Photo本各地に定番お菓子のお土産がある。帯広だったら「マルセイバターサンド」、仙台に行けば「萩の月」、長野「栗鹿の子」、名古屋「青柳ういろう」、松山「一六タルト」、福岡「博多通りもん」、そして浜松土産の定番と言えば、誰もが「うなぎパイ」を挙げるだろう。妻の両親が住む浜松から東京へ戻る際、浜松の新幹線改札口を通る人の約65%の人(数字はあくまで感覚)が製造元の春華堂の紙袋を抱えている。販売開始は昭和36年だという。けれど、ここまで一般的な土産になったのは昭和の終わり頃からだろうか。有名なキャッチフレーズ「夜のお菓子」が独り歩きし、精力増強の都市伝説が生まれ、土産をやり取りする際に艶笑ネタの会話が交わされることになった。それからさらにパワーアップ。健康ブームに乗り、うなぎに含まれるビタミンAの効力もあり、今や健全なイメージの堂々たる定番だ。

Vsopころで、うなぎパイには他にも姉妹商品がある。例えば「真夜中のお菓子」というキャッチフレーズの「うなぎパイV.S.O.P.」だ。これが私のお気に入り。形状はうなぎパイとほぼ一緒。そこに名前の由来となるブランデーとマカアダミアナッツが加わる。すると、ブランデーの香りとナッツの香ばしさが相まって、実に良い“おつまみ”になるのだ。高級感溢れる包装も真夜中のお菓子と呼ぶに相応しい風格さえ漂う。隠し味にガーリックが入ったうなぎパイはビールにも合うけれど、V.S.O.P.は焼酎にもぴったり。甘いものでもおつまみにOKという方にはお薦め。

Photo_3つまみと言えば、昼のお菓子「しらすパイ」も捨てがたい。この4月に発売の新商品。お砂糖をまぶした甘口と、ワサビが利いた辛口。そしてどちらも確かにシラスの味がする。おつまみにするには断然ブルーのパッケージの辛口。以前は「エビ汐(しお)パイ」というお菓子が「昼のお菓子」を冠するという商品ラインナップだったものが、2008年3月に全国的なバター不足(あぁ、そんなこともありましたね)で販売中止。エビ汐パイに代わって登場したのがシラスパイという訳だ。エビ汐パイも甘口と辛口があったことから、後継としては実に真っ当。

Photo_4Photo_5 ナギにしても、シラスにしても、浜名湖や遠州灘で獲れる浜松の名物。他にも天然とらふぐ、ひらめ、ドウマン(かに)などが有名。そして、商売上手の春華堂が目に付けた食材はすっぽん。うなぎに代わり浜松近辺で養殖されている高級食材を使ったクッキー。名付けて「朝のお菓子 すっぽんの郷」。疲れの取れない朝に、ということらしい。やっぱりちょっと艶笑系。ちなみに、このお菓子は詰め合わせでしか買えない。その詰め合わせの名前は「お菓子のフルタイム」。朝のお菓子「すっぽんの郷」、昼のお菓子「しらすパイ」、夜のお菓子「うなぎパイ」、そして真夜中のお菓子「うなぎパイV.S.O.P.」が一箱に。うぅ〜ん、やるなぁ春華堂。

っぱりスタンダードなうなぎパイが一番だね。あと、本店に行くと割れたうなぎパイのお得なセットがあるのさ♪」と妻。そうなのだ。このうなぎパイ、観光客の定番土産であるばかりではなく、地元の(あるいは浜松出身の)人々に愛されるお菓子になっているのが強み。だからこそ、故郷のお土産として手にするのは春華堂の紙袋、という風景になる。浜松の定番土産「うなぎパイ」侮れません。

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2009年5月16日 (土)

あ、私は内視鏡のダブルで!「恐るべき人間ドック」

Photoえば、歯科治療で長い時間口を開けているのが辛い。歯冠の型を取るために、ゼリー状のブツを乗せたトレイをくわえただけでもうダメ。オエッとエヅイてしまう。咽頭神経過敏症。だから、経口(口から入れる)内視鏡での消化器検査などというのは自殺行為に等しい。想像もしたくない。「ぜんぜん平気だったよ♪」数年前に経口内視鏡検査を経験した妻はこともなげに言う。私には無理。涼しい顔をして検査を受ける妻とは違う。ところが、そんな私に朗報が届いた。検査の負担を軽くするための経鼻(鼻から入れる)内視鏡という技術が発達し、導入する病院が増えているというのだ。さっそく調査開始。ふむふむ。健保組合指定の検査センターにもいくつか実施している病院がある。せっかくだから、その中でも最新の設備であろうと当たりを付け、東京ミッドタウン・メディカルセンターの人間ドックを予約。

付に向かうエントランスもゴージャス。高級感溢れる内装。このセンターは「プレミアム人間ドック」と称して同じ建物の中にあるリッツ・カールトン東京に宿泊して検査をするコースもある。お値段は1泊2日のスタンダードコースで357,000円。2泊3日のバイオフィジカル250ダイヤモンドコースはなんと2,205,000円!すごい!もちろん私はプレミアム(・・・ではない)一般コースで受診。豪華なロッカールームで検査用のパジャマ風ウェアに着替える。センターの待合室には環状にソファが並び、周囲に診察ルームがある合理的なレイアウト。血圧、眼圧、血液検査と一般的な検診が続く。プライバシーを配慮するため受付番号で呼ばれ、それぞれの診察室に入る。自分の番号が呼ばれる度にどきどき。そして、いよいよ上部消化器内視鏡検査!

視鏡検査は初めてですか」はい。胃は初めてです。どきどきです。「経口に比べたらずいぶん楽になったと思いますよ」ちょっと安心。「まず鼻に麻酔をします。つんとします」事前処置が始まり、ベッドに横になる。「リラックスしてくださいね。では始めます」いよいよだ。ん、モニターを視る余裕もある。「喉を通るときにちょっと苦しいです。でも唾を飲み込まないでください」え!それは無理だろぉ!既に唾が溜まる。「飲まずに口から出してティッシュで拭いてください」うはぁ、厳しい。「はい、一番大変なところは過ぎました。食道からじっくり診て行きます」おぉ、美しいピンク色。「胃の入口です」うん、きれいだ。「あぁ、ここ小さな腫瘍がありますね。でも良性です、大丈夫です」え!本当に?保証してくれるんですか!(そんな声は出ない)「はい、戻っていきます」うぐぐ。苦しい。冷や汗だらだら。唾はたっぷり出まくり。もうダメだぁ。「はい、終了です。ずいぶん上手に受けていただきましたよ」あ、そうですか♪涎を拭きながらでも、誉められるとちょっと嬉しい。全検査終了。とても感じの良い検診センターだ。また来年もここに来ようか。

Photo_2 ころが私にはもうひとつ乗り越えるべき難関があった。大腸の内視鏡検査。10年ほど前に2度に渡り7つものポリープを摘出した経験を持つ私。4、5年毎に大腸の検査を別メニューで行うことを自らに義務づけている。入院、通院、検査とすっかりお馴染みの病院の個室に籠る。大腸の内視鏡検査は事前処置の方がたいへん。2ℓ以上はあろうかと思える下剤を2〜3時間で飲み、腸内を洗浄する。出し切れない場合は最終手段であるお仕置きとも言える「浣腸」が待っているため、必死で飲む。飲む。・・・もう飲めない。「いかがですかぁ。濁らなくなりましたかぁ」インタホンから看護婦さんの明るい声。救われる。はぁい。「では診に行きますので流さないでください」ちょっと照れる。「大丈夫ですね」合格。いよいよ検診だ。ベッドに横たわり、自らを鞭打ち、さぁどうにでもしてくれ!という気持にする。そのとき顔なじみの婦長さんが処置をする看護婦さんに耳打ち。注射を打たれる・・・・・・・。

い、終わりましたよぉ。問題ないです」え!寝てましたか。そうかぁ。前回の検査で苦しんだ私を覚えていたらしく、婦長さんが(強めの?)麻酔を施すよう指示したようだ。もう夕方。あっという間の検査。モニターも視られなかった。「病室に戻ってお休みください」麻酔が残っているのだろう。足下はふらふら。病室のベッドに横になる。ようやくほっとする。これでしばらくは大丈夫だ。

んな思いをしてまで定期的に検診を受けるのには理由がある。私の大腸ポリープ摘出手術の体験談を一緒に笑った同僚が、その僅か2年後に大腸癌で亡くなった。まだ若く、才能溢れる女性だった。辛かった。とても辛かった。あんな辛い思いを周囲に残したくなかった。まして妻には。「あなたがいなくなったら・・・」妻が呟く。うん、私がいなくなったら・・・。思わず泣きそうになる。「とっとと別の男を見つけるさ♪大丈夫!」・・・え!

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2009年5月10日 (日)

店を味わう、街を味わう「弁いち」「浜松まつり」

Photo Photo_2ゴールデンウィークの人出予想ランキングが毎年発表される。2009年度の1位は弘前「さくらまつり」と博多「どんたく」の220万人、3位は善光寺で7年に1度行われる「御開帳」の200万人。そしてランキングの常連「浜松まつり」は93万人の予想で8位。浜松まつりは5月3日から5日までの3日間に渡る街を挙げたお祭り。日中は初子の祝いで凧を揚げ、町対抗の凧合戦が行われ、夜は御殿屋台を引き回し、激練りと呼ばれる独特の練りがそれに続く。祭の期間中は中心部の交通が規制され、街に法被姿の人々が溢れ、夜遅くまでラッパの音が流れる。

Photo_3 Photo_4 そんな祭の夜、「おいちょ、おいちょ」という独特のかけ声を聞きながら、お気楽夫婦と妻の両親は幸福のカウンタに座っていた。割烹「弁いち」の調理場に続く4席だけのカウンタ個室だ。街の中心部にあるこの店の前には法被姿の練りの一団がひっきりなしにやって来る。御殿屋台や練りを見物しながら店に入った4人は、祭の高揚感と美味への期待でわくわくしている・・・はずなのだが、感情を表に現すことのない娘と父親はテンションが高くは見えない。美味しいお酒への期待も1人で抱える私だけが浮き足立つようなテンションではしゃいでいる。

Photo_5 135 「いらっしゃいませ」店主の穏やかな挨拶で口福の晩餐が始まる。私だけのガージェリービールと3人のお茶で乾杯すると、前菜がタイミング良く出てくる。蛤の酢味噌和え、ホタルイカの湯引き、コゴミの胡麻和え、たらの芽の天ぷらなど。どれも絶品。たらの芽をひと口齧ると、ふわぁんと香りが鼻腔に広がる。旨いっ!「流通量が限られるんですが、ウチではなるべく天然物の山菜をを使っています」なるほど。栽培ものとの差は、この香しさ。これは日本酒だ。「はい。今日もお任せの3種でよろしいですか」はい、4種のお任せだと妻のドクターストップがかかります。「では、3種でたっぷりと」・・・嬉しいやり取り。

Photo_7 Photo_9 最初の1杯は「十四代龍の落とし子」。口にふくむとフルーティな香りと酒の旨味が幸せを呼んでくる。大切に飲もうと思いながらも、つい進んでしまう酒。前菜も同様。ちびちびと味わい、その度に旨い!を繰り返し、いつの間にかなくなってしまう。次の皿はお刺身。厚く切った春の鯛が口の中でこりこりと、その存在感が嬉しい。鮫肌でおろした生わさびがまた絶妙。これだけでもつまみになる。そんな絶品料理に合わせる2杯目は「朝日山135號」。久保田の萬寿の原酒と言われるレアな酒。旨い。もう何も言うまい。ただ旨い。あ〜旨い。ひたすら旨い。

次の一品はタケノコのオイルサーディン・ソース掛け。え?オイルサーディン?「自家製です」口に入れた瞬間に135號が欲しくなる。タケノコを齧った瞬間にまた飲みたくなる。これは罪な料理だ。罪な酒だ。最後のひと口を飲み干す。3杯目は「宗玄 大吟醸」。新酒鑑評会で金賞を受賞した強者。うはっ♪旨い。はい。参りました。その後の料理を紹介するまでもなく、ここまでで充分。読んでいただいている方にも伝わるだろう。この店は、料理と酒の組合せを絶妙に提示してくれる。酒を選ぶのに迷う必要はない。店主に任せれば良いのだ。蘊蓄を語る必要はない。店主の知識を楽しく聞けば良いのだ。

Photo_10 「ごちそうさまでした。美味しかったです♪」口数の少ない娘と両親も満足の笑みを浮かべ店を出る。店主が店先まで見送ってくれる。つくづく良い店だ。通りに出ると街にはまだ「おいちょ、おいちょ」のかけ声が残り、街のあちこちで法被姿が乾杯をしている。法被姿の親子連れが家路を急ぐ。ほんわかとするのは酔っているせいだけではなさそうだ。つくづく良い街だ。良い店も、そして良い祭も、街の大事な文化。妻が子供に還ってリラックスする街。そんな街をまた訪ねよう。「あなたも楽しそうに酔っぱらって、子供のようになるしね」・・・あ、そうですか。

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2009年5月 9日 (土)

緑のボランティア「浜名湖ガーデンパーク」「私立公園」

Photo 風香る五月。爽やかな風が頬に心地良い。こんな季節に、それもすかっと晴れた週末にはふらっと外出したくなる。世田谷の外れに住むお気楽夫婦。街には緑も多く、少し足を伸ばせば屋敷林が点在する農地もあるし、野菜の無人販売スタンドも健在だ。そんな街の一画にこの季節に賑わう場所がある。個人の名前を冠したつつじ園。その個人の庭を開放した公園が実に見事なのだ。入園はもちろん無料。なのに丁寧にツツジの品種を写真入りで紹介する看板があったり、ベンチが置いてあったり、個人の管理する庭とは思えない水準だ。

Photo_2る週末、つつじ園を目指してのんびり散歩。新しいマンションができたね、ここは店が変わったね、などと通りを観察しながら。自分たちの住む街の定期的な巡回のようなものでもある。高層マンションのすぐ裏手にそのつつじ園はある。遠目にも燃えるようなつつじの赤がまぶしい。盛りを過ぎた花も多かったけれど、まだまだ見頃。鮮やかな色彩が気分を高揚させる。視界が全て赤く染まる。心も柔らかく和んでいくのが分かる。見物客も記念写真を撮り合っている。「すいませぇん。シャッター押してもらえますか」良いですよと快く撮影を引き受ける。なぜか私はどこにいても道を聞かれたり、撮影を頼まれることが多い。「人が良さそうには見えないんだけどねぇ」と妻。ふんっ。

Photo_6 日後、妻の故郷である浜松に向かった。花好きな妻の両親と一緒に出かけたのは、数年前に開催された「花博」というイベント跡地に造られた「浜名湖ガーデンパーク」という広大な公園。入口付近に広がる芝生広場だけでも5ヘクタール。電柱も、電線も、余計な造作物も全くない芝生の緑が続く風景が心地良い。眺めているだけで開放感が溢れてくる。私は花なんか見なくて良いから、ここで寝ころんでビールでも飲んでるよ!そんな気分になる。健やかで、のんびり度満点。気分爽快。

Photo_3Photo_4は言え、案内してくれる両親の手前、公園の奥に進む。フラワーハンギングで飾られた美しい橋を渡ると見事なイングリッシュガーデンが続く。小学生のクラスや地域団体のメンバーが丹精した花壇らしい。聞けばこの公園全体が多くのボランティアによって維持運営されているらしい。素晴らしい。花壇の見事さもさることながら、文字通りの「公」園だけではなく、「民」が参加し育てて行く公園。税金で「箱」を作って、運営は「天下り」の団体が高いコストをかけてやります!などという施設とは大違い。それを知れば花のひとつひとつを大事にしようと思う気持も増すというものだ。

Photo_9Photo_10園のさらに奥に進むと、花博に出展したイギリス、中国、タイなど各国のガーデン。そして一番奥にこの公園の目玉がある。クロード・モネがジヴェルニーの自宅に造った庭を模した庭園。モネが「睡蓮」を描いた庭。モネは浮世絵などの日本文化に影響を受け、庭に日本風の橋を架けたり、柳を植えたりした。その庭を模したということは日本文化の逆輸入でもある。ふぅむ。忠実に再現された庭は実に面白い。ここはどこ?という気分になる。ちなみにこの庭のメンテナンスも見事だ。

Photo_11 日、個人の運営するバラ園に向かった。無料の駐車場まで備えた本格的な施設。バラのアーケードをくぐると何十種類ものバラ。一本一本がきちんと手入れされた元気なバラだ。聞けば亡くなった奥様が丹精されていたバラをご主人が引き継ぎ育てているとのこと。工事現場で使用する足場のパイプを組合せ、富士山型や大阪城型の棚を造り、蔓バラを這わせている。まだ未完成ではあったけれど、観る人を楽しませようとする見事な意匠だ。自分の好きな、あるいは自分にとって大事な花を育て、自分で楽しむだけではなく多くの人に観てもらう私立の公園。趣味の世界だからと言ってしまうには、その労力を察するに余りある。緑のボランティアと呼んで良い程のエネルギー。感謝しながら園を後にする。

れにしても花、花、花の休日だ。ところで妻は花の好きな両親の元で育ったのに、花の名前を知らない。区別できるのは桜、ひまわり、チューリップ、それにせいぜい紫陽花ぐらいのものか。「ツツジも分かるよ♪あ、バラも!」・・・ハナミズキも、モクレンも、レンギョウも、コデマリも、ユキヤナギも、サルスベリも教えたはずなのだけれど。

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2009年4月18日 (土)

いつの日にか「賞味期限切れ」

Photo気楽夫婦の夕食はほぼ毎晩外食。多少時間がある日でもせいぜい惣菜を買って来て並べるだけの中食。食材を買って料理をする内食の機会はほとんどない。目指しているのは朝食から外食という香港や台北のような食生活・・・という訳ではない。子供もおらず2人とも働いているため、ついついそんな選択になる。ある日、“片付け”が大好きな妻が冷蔵庫や食品庫を探索。すると意外な程多くの種類の調味料が発見された。外食好きのお気楽夫婦とは言え、過去に遡って全く料理を作らなかった訳ではないから調味料はある。それもこの料理にはこの調味料というこだわりのものではなく、通常であれば日常的に使用するものがほとんど。そして、その賞味期限の表示を見ると・・・。

えば、写真中央の「ハウス特撰生わさび」の2007年10月10日などは可愛いもの。“まだ”1年半程度なら問題なし、継続使用と決定。とは言え、スーパーなどで買ってくる刺身などにはわさびの小袋入りが付いていることが多く、使う機会が少ない。同じ理由で醤油も小瓶で買っているにもかかわらず濃い口醤油になってしまう。続いて「マコーミック ゆずこしょう」2005年9月15日。これは熱々のうどんにぴったり。おでんを食べた時にも活躍してくれたなぁ。瓶を開けてみると表面が乾き、微妙な状態。残念ながら廃棄。同じく「マコーミック ケーパーズ」これはスモークド・サーモンを買って来た時に使ったきりだから、確か2年以上前。モノがモノだけに、中身を見ずに廃棄。おぉっ、沖縄料理に欠かせない「こーれーぐーすー」も瓶の底に白い澱が溜まっている。残念だけど、“もったいない”精神を発揮できる状態ではない。

Photo_2の他にも賞味期限切れ3年もののオリーブ、4年もののブルドッグのとんかつソースなど、賞味期限切れの強者調味料がぞくぞく登場。極めつけは「ふりかけタイプの片栗粉 とろみちゃん」という水にとかさず使える顆粒片栗粉。なんと製造年月日は2000年12月12日。惜しくも前世紀のものではなかったが堂々の第1位。賞味期限は製造日から1年という記載だから、それから既に8年以上の歳月が流れている。凄い。だいたい何に使ったかさえ記憶がない。調味料などは賞味期限が切れたらすぐに廃棄する人もいないだろうが、さすがにこれは躊躇わずに廃棄を決定。この先、10年ぐらいは使うあてもないし。それにしても、ほとんど料理をしていないんだなぁと実感。

Photo_3 は、お気楽夫婦宅では賞味期限?切れは家電にも及んでいた。エアコンは入居した時に購入したものだから13年間活躍したベテラン。年度末の値下げを狙って買い替えた。スィッチを入れると時間当たりの電力消費量と標準料金が「4円/h」というように表示される最新の省エネ家電。リビングとベッドルームの2台を購入した直後にエコ・アクション・ポイント導入が発表されたけど、仕方がない。エアコンのスィッチを入れる度にガーガーと嵐が吹き荒れるような騒々しさに我慢ができなかった。同様にしんとした深夜に独り声高に唸る冷蔵庫は、94年1月生まれの満15歳。人間で言えば80歳以上の高齢に当たるだろう。実は、妻が冷蔵庫の整理を始めたのも買い替えの検討をしていたため。どの程度の容量が必要なのかを調べようとしていた。それ以外にも、出始めた頃のフラットブラウン管のSONY製大型テレビは今見ると・・・巨大。彼は12歳。洗濯機ウォシュレットから始まった家電の買い替えの時期が一気に来ているのだ。

っそリフォームしようよ♪という私の提案に妻は首を横に振る。「まだ床も壁もきれーだよ。もったいないよ」確かにタバコも吸わず、料理もめったにしないお気楽夫婦の住まいの汚れは目立たない。「それより夏の香港の日程どうする?何泊?何食?」妻の興味は、相変わらず“なくなってしまう消費”に向いている。

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2009年4月12日 (日)

その如月の 望月の頃「台湾料理 麗郷」

Photo Photo_2気楽夫婦が井の頭線渋谷駅から東急文化村に向かうルートの途中にその店はある。シアターコクーンの開演時間に間に合うようにと急ぎながら、オーチャードホールで観終わったオペラの感想を妻と語りながら、視界の端の方で「台湾料理 麗郷」という赤い看板を確認する。うん、まだ頑張ってるなとほっとする。その路地沿いにあったパン屋「フレッシュマン ベーカリー」や、トンカツ屋「勝一」、いろんな店がなくなってしまったけれど、この台湾料理の老舗は健在。風俗系の店が増えたり、(規制のためなのか)時には減ったり、家電量販店ができたりと街の風景が移り変わる中、独り変わらず道玄坂小路の顔として佇んでいる。

Photo_3 の店に入ったほぼ100%の客がオーダーするのは「腸詰」だろう。1階のカウンタ前に縄のれんのようにずらっと吊り下げられ、赤く艶々とした肌で挑発している。これを食べて帰らぬ訳にはいかない。20年以上前、以前在籍していた情報誌系の企業の仲間たちと「麗郷行く?」と誘い合い、その度に大勢でやって来た。入口を入ってすぐの階段に並び、順番を待つ。並んでいる間、来日するアーティストの情報や、ロングランを続けるミュージカルの話題、仲間たちが小さな小屋で演る予定だという芝居の話などで盛り上がる。客が入れ替わり、席に座る順番が近づくと「俺、大根餅食いたい!」「やっぱり大蒜の芽だね」「しじみを忘れちゃいかんでしょ」「腸詰!」「あ、それは当然だから良いの」などとその日のオーダーが決まってしまう。そんな風に大勢で食べることが楽しく美味しい店だった。

Photo_4 る週末、久しぶりに麗郷を訪れた。今は店の選択肢が増え、この店を選ぶことも少なくなってしまったけれど、たまにこうして発作的に足を向けたくなる。それでも、食べることに妥協したくはないお気楽夫婦。郷愁だけで店を選ぶことなどしない。だから、今でもきちんと美味しいという評価なのだ。腸詰とネギ、香菜(シャンツァイ)と辛味噌を合わせて口に運ぶ。うん、やはり旨い。初めて食べた時に味わった感動的な美味しさはもちろんなく、経験を積んだ分だけ批評することはできる。しかし、これで良いのだ、という味。焼きビーフンがぱさぱさとしていたけれど、それもご愛嬌。豆苗炒めと一緒に食べればちょうど良いかと意に介すこともない。相変わらず店員の愛想も良いとは決して言えない。なのに、いつもは接客に評価が厳しい妻までも楽しそうに食べている。

Photo_6 Photo_5しぶりに訪れて気付いた。そうか、この店は台湾へのショートトリップができる店なんだ。店の入口の赤い看板は異界への目印。料理の値段も決して安いとは言えないけれど、台湾までの旅費を考えたら安いものだ。レンガ造りの昔ながらの佇まい。チェーン店では味わえない膨大な種類の中国語メニュー。マニュアル通りの接客ではない、この店ではそれもまた味になる変な日本語。たっぷりと台湾を味わい、店を出るとそこはやはり猥雑な渋谷の雑踏。小さな旅の終わり。気持がほかんと軽くなっている。時は春、如月の夜。花曇りの空ながら仄温かい陽気。のんびり夜桜見物でも行こうか。「良いね♪今日は歩いても平気な靴だし」・・・とある私鉄沿線の駅近く。のんびりと川に沿った桜並木を妻と一緒に並んで歩く。適度に酔った身体がふぅわりと心地良い。空を見上げれば望月の頃。西行の歌を思い出す。願わくは 花の下にて・・・。

日は美味しかったね♪次は何を食べに行こうか。台湾も良いけど、やっぱり香港に行きたいねぇ」と妻。・・・まだまだ西行を想うことはない。

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2009年4月11日 (土)

願わくは 桜の頃に「SILIN 火龍園」

Photo本人にとって「花」と言えば「桜」を指すようになったのはいつ頃からなのだろう。ただ「お花見」と言えば、梅でもなく、菜の花でもなく、もちろんチューリップやヒマワリなどではなく、誰が何も言わなくとも、桜である。西行の有名な歌に「願わくは 花のもとにて 春死なむ その如月の 望月のころ」がある。これも言うまでもなく、花とは桜を指している。西行法師が生きたのは平安末期の後白河院政時代から鎌倉幕府成立の頃。その頃から日本人に愛でられ続けた桜。春の訪れを告げ、卒業や入学、出会いと別れの季節でもあることから、人それぞれのいろんな記憶にも重なる。ここ数年、毎年のようにサクラにまつわるヒット曲が生まれる。それは偶然などではなく、マーケティング的にも正しいと言える。

Photo_2 Photo_3 気楽妻が忙しくなる春。ある週末、東京ミッドタウンにある「SILIN 火龍園」に向かった。この店の料理が大好きな妻のリクエストでもあり、毎晩残業続きでカロリーメイトなどを齧りながら過ごす夜とのバランスを取るためでもある。「せっかくだから桜が咲いてる頃に行こうよ」という妻の要望になんとか桜も持ち堪え、ちょうど訪れた日が満開。黄昏時、食事の前に檜町公園を散策すると、ライトアップされた桜が実に美しくも妖しい雰囲気。梶井基次郎ではなくても樹の下には何かが埋まってるような気がしてくる。ただ単純に美しいだけではなく、人格さえありそうな、狂おしい春爛漫の象徴。

Photo_4んばんは。今日は残念ながらお魚はこれだけになってしまったんですよ」席に付くとさっそく支配人が海鮮のプレートを持って登場。季節に関係なく明るく元気な“良い人”だ。「鴨のローストが最後にお二人分だけご用意できそうですが、押さえておきますか」はい、それは是非!ということで、前菜は焼鴨から。カリカリの皮とジューシーな肉、梅ジャムのソースとの組合せがきちんと美味しい。次は山椒塩をまぶした牡蛎のフリット。あつあつの衣で包まれた牡蛎をひと口齧る。ふわぁりと潮の香り、牡蛎独特のワイルドな香り、そして山椒の香りと共に、濃厚な牡蛎の味が一気に口の中に飛び込んで来る。あぢあぢ、うんまぁい♪「これは絶品だねぇ」この店ご自慢のXO醤をちびちびと舐めながら妻が呟く。これで酒は飲めないというのは惜しい。

Photo_5 いて白菜とピータン、塩卵の炒め物。塩卵の塩味が他の食材と絡み、これまた美味しい。そしてその日の白眉はサイマキ海老のガーリック蒸し。新鮮な海老を香ばしく、ジューシーに仕上げた逸品。「幸せな気分だぁ♪」残業続きでへたり気味だった妻も週末の元気モードに完全に切り替わる。小食ながらも中華好きの妻。美味しい中華料理さえ食べておけば、もともと体力に自信あり、この年度始めの仕事量も乗り切れる。「やっぱり中華は良いねぇ」そんな妻のことばを耳に挟んだのか、支配人登場。「2月に香港にまた行って来ました。3泊だったんですが、朝・朝・昼・昼・夜・夜と毎日6食で、4kg太って帰って来ました。まだ戻りません」と嬉しそうに笑う。ほんとに美味しいものを食べることが、中華料理が大好きで堪らないという風情。そんな支配人の下で作られる料理こそ、楽しく、嬉しく、美味しい。

わくは 花の下にて 春食まん その如月の 多忙のころ・・・妻の「食む」と言えば「中華」を指す。「あ、食むのは桜の頃だけじゃなくて良いよ。また来るよ♪」はいはい。

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2009年4月 5日 (日)

マイ・スィート・ホームタウン「ル・プティ・ポワソン」他

Photo_9 Photo_10日のスィートな日々で増えてしまった体重を落とすため、ショコラティエのミキちゃんとカラオケBOXで歌いまくる週末を過ごした。「ラ・ヴィエイユ・フランスに行かれたんですか」と、ミキちゃん。そうか、同じ街で店を開くパティシエ同士、お互いに知ってるんだね。「はい、木村シェフのところには先日ご挨拶に行って来ました」確かに、“旧き良きフランス”という名前の通り、そのままパリにありそうなお洒落な店構え。けれど、なぜこの街にあるのだろう、こんな駅から離れた住宅街になぜ?というロケーションでもある。「そうですねぇ。なぜでしょう。私はずっとこの街で生まれ育ったからですけど」そう言いながらも次の曲を物色するミキちゃん。予想以上のカラオケ好き。

Photo_11 Photo_12IGAさん〈プティ・ポワソン〉って店は知ってますか。この店の焼き菓子はもう絶品です。ほんと美味しいです♪これです!」と、ミキちゃんに可愛いラッピングの焼き菓子をおみやげにいただいた。初めて聞く名前。聞けばミキちゃんと同世代の女性パティシエが、この街でやはり1人でやっている小さな店だという。「焼き菓子専門店で、この1月にできたばかりなんです。とってもお薦めです。ぜひ行ってみてください」うぅむ。そこまでミキちゃんが絶賛する店ならば、行かねばなるまい。ということで、とある週末に散歩がてら妻と一緒にぶらぶらと南口の住宅街に向かう。ラ・ヴィエイユ・フランスの近く、青い看板と風見鶏が目印。なるほど、小さな可愛い店だ。

Photo_13 Photo_14 んにちは。ミキちゃんの紹介で伺いました。「ありがとうございます。小さな店ですけど、どうぞご覧になってください」コンパクトなショーケースと手書きのPOPが愛らしい。さっそく焼き菓子を何種類かとシュークリームを購入。季節は春、桜の季節。天気も良いし、お花見をしながら食べますかぁ♪「良いね、良いねぇ。じゃあ、ご近所でパンでも買ってお昼にしよう」ということで、近所のとっておきお花見スポットへ。満開の桜の樹の下、サンドウィッチを食べた後、デザートのシュークリームをぱくり。うぅ〜ん、これは旨い。“大人のシュークリーム”のネーミングの通り、ラム酒の香りがふうわり香る。「うん、美味しい♪」妻もバニラビーンズたっぷりのやんわりクリームと、かりかりとした厚手のシュー皮に満足そうにぱくつく。

Photo_15日はありがとうございましたぁ。カラオケ楽しかったです♪」お花見の帰りに立ち寄ったショコラティエ・ミキでミキちゃんと立ち話。「今日は友人のオーダーでミキちゃんのショコラを買いに来たんだ♪」妻はスカッシュ仲間の“元気の素”としてオランジュとボンボン・ショコラをたっぷり買い込む。「ありがとうございます。今日はこれ試食してみてください」ん?麻雀パイ?「蘭の花を入れた中国茶をブレンドしたんです」へぇ、どれどれ。うっわぁ〜!凄い。繊細な味と香り。美味しい〜!!ショコラの味に溶け込んだ蘭の花の香りが確かに分かる。「販売したら1ヶ4〜500円はかかっちゃいますから作れないんですけど」それは貴重な味をごちそうさま。ところで、プティ・ポワソンに行って来たよ。シュークリームが絶品だった。「そうですか。良かったです。シュークリームは食べてないから、今度食べてみよう♪」研究熱心な若きショコラティエンヌ。

えば、お気楽夫婦の住む街にもショコラティエ・ミキを筆頭にレベルの高いスィーツの店が増えた。嬉しい限りではある。但し、お店はいずれも駅からちょっと離れた住宅街。駅に近い場所は家賃が高く、若いパティシエたちが店を構えるのは難しい。けれど、どの店もそんなハンデに負けずに頑張っている。きちんとファンを増やしている。こんな若いエネルギーを街のパワーにできたら、もっと元気な街になれるのに。「急に仕事モードに入ってるね?」あらら、そうだね。でも、思うのだ。これらの若い才能を街が育てられれば、街のあり方も変わり、街の懐の深さも増す。ばあちゃんたちに優しい街でもあり、若い女の子(ama-danも)が遠くからでも訪れる街。そんな街に、なると良いね。

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2009年3月20日 (金)

スィートな日々「春のショコラたち」

Photo Photo_2リスマスからバレンタインデー、ホワイトデーと続く冬から春にかけての数ヶ月はパティシエたちにとっては大繁忙期。特に保存期間の短い生チョコを扱うショコラティエたちは、1年12ヶ月の1/4ではなく、ほぼ年間の全精力をかける3ヶ月間に違いない。お気楽夫婦の定番チョコと言えば、「ショコラティエ・ミキ」。バレンタインに妻からもらったのも、ホワイトデーに妻に贈ったのもショコラティエ・ミキ。ホワイトデー用ボンボン・ショコラのパッケージは、ナチュラル、カプチーノ、ビターの定番に加えて春限定のベリーティーと、ハート形のキャラメル・ローズマリーをホワイトチョコに代えたもの。赤がテーマカラーのラッピングに白いハートが愛らしく、美しく映える。

Photo_3 松に住む妻の父からも、お馴染みゴディバのトリュフチョコが届いた。妻が贈ったバレンタイン・チョコのお返し。妻と同様に口数が極端に少ない義父は、お礼のメッセージ代わりのお返しスィートは忘れない。それも、ホワイトデー当日にきちんと届くのが几帳面な義父らしい。ちなみに、誰もが口数が多い我が親族は、何を贈っても反応が悪く、着いたとの連絡も、お礼のメッセージも、お返しもほとんどなし。どちらが良いとか、悪いとかではないけれど、口数の少ない親娘は互いに会話が長くは続かなくても通じ合っている、ようではある。かと言って、私の実家と通じ合っていない訳ではない・・・と思いたい。

Photo_4 外なところでは、ボクササイズ(兼整体)の先生からもお返しのチョコをいただいた。差し上げたのはルタオのロイヤルモンターニュ。いただいたのは、同じ地元の「ラ・ヴィエイユ・フランス 本店」のホワイトチョコとオランジュ。地産地消。最近評判のNEW OPEN店ということだが、残念ながら未訪問。どれどれ。ううむ、旨い。ホワイトチョコの甘さとドライフルーツやナッツのバランスが好き。妻も美味しそうに食べつつも、会社でお返しにもらったというヨックモックのシガールをぱくり。「私はこっちも好き♪」確かに、定番中の定番。サクサクとした歯触り、バターの香りが間違いなく美味しい。 納得。それ以外にも、モロゾフやら、どこぞやのクッキーやら、甘いものがたっぷりストックされている。バレンタインのお返しの余波。

Photo_6 週に訪れた妻の従妹を訪ねた際に持参したのもお気に入りスィート。自由が丘のチュベ・ド・ショコラ。お店を訪ね、お約束の400g入りの割れチョコを買った後、“限定品”と記載されていたため瞬間的に手に取ってしまった「ジュエル・ド・ショコラ」。チョコの宝石という名のパッケージを開けると、彦摩呂だったら「まるでチョコレートの宝石箱やぁ!」と言うに違いない美しい色とりどりの割れチョコのアソート。「えぇ〜!食べるの勿体ない〜♪」という従妹と一緒に何種類かをぱくつく。確かに旨い。しかし、こんな甘い生活をしていたらいかんっ!カロリーを消費しなきゃいかんっ!「IGAさぁん、やっと落ち着きましたぁ。カラオケ行きましょう!連れてってください♪」余裕のできたミキちゃんからのお誘い。行かねばなるまい。

末から続いた甘い日々。イチゴ、おはぎ、お団子、桜餅。これから春のスィーツも美味しくなる季節。ジムに通い、カラオケで消費し、カロリー・バランスを取った上で、食べてしまおう!甘いもの。・・・お気楽夫婦のスイートな日々はまだまだ続く。

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2009年3月15日 (日)

梅は咲いたか、桜はまだ・・・「水戸偕楽園公園」

Photo_10戸の春と言えば、偕楽園の梅。妻の従妹が嫁いだ茨城への旅、2日目は梅祭りで賑わう偕楽園へ。偕楽園は金沢の兼六園、岡山の後楽園と並び「日本三名園」と称される日本庭園。そう言えば、水戸は「三」ということばに関係が深い。紀州、尾張、水戸の徳川家は「御三家」。水戸黄門として知られる徳川光圀は水戸藩の第二代藩主。徳川家康の孫に当たるから、三代目。また、最近はそんな言い方はしないし、街には可愛い子も多いと思うのだけれど、仙台、名古屋と並び「日本三大○○産地」とも言われていた。不思議。そして、水戸の三大名物を上げろと言われれば、アンコウ、梅、納豆か。前夜にアンコウを制覇したお気楽夫婦。残念ながら納豆は致命的に苦手な私にとって、偕楽園の梅を制すれば水戸は攻略したも同然。ぜひ梅の名所を訪ねよう。

Photo は言え、朝7時のお迎えは早すぎない?「いやぁ、駐車場がすぐ満杯になっちゃうんですよ」と従妹のダンナ。なるほど。しかし、せめて8時にと懇願して早朝の観梅に向かう。偕楽園に隣接する千波湖(せんばこ)沿いの美しく整備された周回道路を走り、無料駐車場に到着。なんとか空きはありそうだが、確かに既に多くの車が駐まっている。皆さん朝が早い。のんびりと湖畔を歩きながら偕楽園へ。売店もまだ開店準備中。偕楽園を造園した第9代藩主徳川斉昭の別墅(べっしょ:別邸)だった好文亭にもまだ入れない。9時の開門まで偕楽園の梅林を散策。園内の梅の木は今が盛りと咲き誇り、実に見事。しかし古木が多く、痛々しくも健気に花を付ける樹も多い。白梅、紅梅、中には1本の樹に紅白の花が咲くものもある。「それは接ぎ木するんだって聞いたことがあります」ふぅ〜ん。地元出身の従妹のダンナのガイドが続く。

Photo_2 1842年に造園された偕楽園は、1999年に隣接する千波公園などと合わせて偕楽園公園とされた。面積は30ヘクタール。都市公園としてはNYCのセントラルパークに次ぎ、世界第二位の広さだという。好文亭の急な階段を上り、公園を見渡すとその規模を実感することができる。視界一杯に広がる梅林、千波湖、美しく手入れされた木々と芝生。実に気持の良い風景だ。「芝生の向こうまで行ってみましょう」団体客が増え始め、大勢の人で賑わう偕楽園と対照的に散策する人も少なく、広々とした穴場的な梅林。まだ若木が多く、花の付き方も豪勢だ。「団体客は時間がないからこっちまで来ないんですよ」さすがに地元民の情報は確かだ。それにしても開放的で心地良い空間だ。「すごいスケールだよね。羨ましい環境だなぁ」妻も感心しきり。「まだ造成中のところもあるし、奥の方は桜も見事ですよ」従妹のダンナも胸を張る。

Photo_3 園の隅々まで手が行き届き、きちんと管理されている。園の外れに咲いていた枝垂れ梅も見事な枝振りだ。千波湖の周回道路も歩行者用(ランナー用)の広い歩道と、車道にきちんと分かれている。湖を眺めながら走る周囲3kmのコースは気持良さそう。「ここだったら走ってみたいなぁ」と普段はジムでしか走らない妻。「周りは桜の樹なんです。桜の季節もきれいですよ」確かに湖の周囲は桜並木。満開の頃には素晴らしい風景になるのだろう。梅は〜咲いぃたぁか♪桜ぁはまだかいなぁ♪小声で端唄を口ずさんでみる。「桜の季節にもぜひ来てください!」まるで茨城県の観光大使のように従妹夫婦が声を揃える。地元を愛してるんだなぁ。良い街だ、良い夫婦だ。妻の妹夫婦のようなものだし、また来る機会もあるだろう。「その時は、“山コース”ドライブを考えておきます」はい。いつか、茨城弁ガイドによるほのぼの紀行、楽しみにしてます。

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2009年3月14日 (土)

鮟鱇の海を訪ねて「茨城ほのぼの紀行」

Photoる週末、茨城に住む妻の従妹を訪ねた。一人っ子の妻にとっては妹のような存在。「家を買ったから遊びに来てねぇ♪」と前々から言われてはいた。しかし、上野から特急で1時間、世田谷の西北端にあるお気楽夫婦の住まいからは都合2時間。日帰りで訪ねるには遠く、かと言って泊まりがけでわざわざ行くには“口実”が必要な距離。そこで、毎年恒例にしていた私の誕生日祝いのホテル宿泊を、都内近郊から水戸に変えた。口実(あるいは目的)は、鹿島灘や北茨城で獲れる冬の味覚、アンコウ。極めてシンプル。「うわぁ♪嬉しい。じゃあどこに行くか考えておくね・・・」妻が訪問を告げるメールを送ると、従妹からたっぷり絵文字入りのメールが返って来た。彼女も弟と2人だけの姉弟。姉の来訪を心待ちにする妹の姿が目に浮かぶような元気な文面だった。

Photo_2 Photo_7 寄り駅に迎えに来てくれた従妹夫婦の車で茨城観光ドライブ。「今日は“海コース”にしましょう!」行き先はお任せ。事前の予備知識がない分、車窓から眺める風景は新鮮。海岸線をひたすら北上する。いくつかの地元の名所を訪ねた後、さらに北に向かう。「ここは余り有名ではないんだけど、とっておきの場所なんだ♪」従妹がちょっと照れながら案内してくれた場所は、まさしく穴場スポット。遠くから冬の荒波が次々に押し寄せるが、海岸手前の岩場で波が消され、海岸線では穏やかな波がひたひたと寄せる不思議な入り江。いつまでも波を眺めていたくなる和みの風景。海辺の町で波の音を聞きながら育った私にとって、海岸で波の砕ける音は、心地の良い懐かしい音楽だ。「おぉ〜い。そろそろ行くよぉ!」妻に促されて車に戻る。

Photo_5 Photo_6もないとこなんですけどねぇ」帰路、地元出身の従妹のダンナがそう言いながら、懸命に道の途中の名所を解説してくれる。確かになんでもない風景なのに、彼の茨城弁と相まって、実にほのぼのと温かい風景に見えてくる。「ところで、茨城の人って冬はアンコウ鍋ばっかり食べてるの?って言われるんですけど、家でもめったに食べないし、僕なんかお店で食べたことないんです」あぁ、そうなんだ。「だから楽しみなんだぁ♪」従妹も唱和する。素朴な夫婦。そんな2人が案内してくれたのは地元の有名店「山翠」。到着すると店の前まで客が溢れている。「予約しなくても大丈夫ですよって電話で言われたんだけどなぁ」と従妹のダンナが心配する。ん、のんびり待とう。そんな気分でいられる旅だ。

Photo_8 Photo_9 つこと30分余り。満席の店内の奥、お座敷に案内され、まずは乾杯。運転するダンナと姉妹のような従妹同士2人はお茶で。あん肝の煮こごり、アンコウのから揚げを肴にビールをぐびり。イワシの天ぷら、軍鶏の山椒焼きも良いお味。うんまぁ〜い。そして待望のあんこう鍋。「うわぁ、美味しそう♪」この店は味噌にあんこうの肝をすりこんで炙った秘伝の“焼き味噌”が特徴。小さな団子状の焼き味噌をスープに半分程溶き、くつくつと煮立ったら“あんこうの七つ道具”と言われる正身、皮、肝などの具材を入れる。旨そうっ。どれどれ、熱々を頬張る。うっ、旨い。ちょっと入れただけで濃厚な味になる焼き味噌の味と、淡白なあんこうの身がバランス良く、素朴ながら滋味溢れる美味しさ。「美味しいですねぇ」と声を揃える従妹夫婦。彼らと過ごした冬の1日と同様に、温かく、ほのぼのとした料理だった。

ころで明日のお迎えは7時ぐらいで良いですか?」え”?それはちょっと早くない?

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2009年3月 1日 (日)

人を繋ぐ味、人を繋ぐ店「たん熊北店」

Photo_65年以上NYCに駐在し昨秋に帰国したばかりの友人夫妻。2人は金融系の企業に入社後、オクスフォードに留学。その後に日本に帰国。お気楽夫婦はその頃に2人と知り合った。「ところで本城さん、さっき話に出ていた○○さんって、北海道出身じゃないですか」と友人(夫)。「確かそんなこと言うてました」「きっとその彼は僕の小学校時代の同級生だと思います」「あらぁ、そうでっかぁ。今は、半蔵門のホテルで料理長してますわ」ん?それは親父の緑綬褒章のお祝いに行ったお店かも。「え!グランドアークの〈門〉という店だったら良く行ってます」と妻も気付いたようだ。美味しいランチが破格のお値段で食べられる、私も大好きな店だ。「僕が児童会長で、彼が副会長だったんです」。ふぅ〜ん。そんな偶然があるんだねぇ。

Photo_8ころでIGAさん。私、今度店出すんですわぁ」え!たん熊ブランドで?それとも本城ブランドで?「本城ブランドですわ」え!独立ということですか!じゃあ、この店も大変ですね。「そうなんです。困ってるんです」話を聞いていた料理長の保坂さんが零す。「最近、若い者の目標となるような料理人の道みたいなもんが見えなくなって来て、だったら私がやってみようかなと」へぇ〜っそれは凄い。「連れてってくださいよ、って言ってるんですけどね」と半ば本気に聞こえる保坂さんのことばには本城さんは応えない。リスクもある、安定した道ではないことを充分理解しているからこその無言。浜松の「弁いち」のご主人といい、本城さんといい、もちろん私も(レベルは違うが)、ある年齢になった時、自分の仕事を見つめ直す時期が誰にもやって来るのだろう。

Photo_9 うですかぁ。残念だけど、楽しみですね。お店の場所はどちらですか。「用賀なんです。用賀神社のすぐ近くで・・・」あぁ、それは嬉しい。ぜひお伺いします。「今はまだスケルトンの状態で、これから造作なんです。できたらご連絡しますので、ぜひいらしてください」えぇ、もちろん。これは楽しみが増えた。そんな会話をしながらも、甘鯛の菜の花上用蒸しやキビナゴの刺身をいただく。どれも実に丁寧な仕事。繊細で優しい味。「思えば、IGAさんたちが私たちにとって初めて会った“大人”の夫婦だったんですよね。暮らし方のお手本になるような」「そうだねぇ。そう、2人でよくそんな話をしてるんです」と、突然友人夫妻の告白(?)。えぇ〜っ!酔ってるんじゃない?こんなお気楽な2人が?“楽しそう”ということなら、そうかもしれないし、嬉しいことだけれど。

Photo_10の店もきっと2人だけで初めて来たら、違う感じだったかもしれないと思うんだ。食べていてほんとに楽しいもの♪」なるほど。それは嬉しい。私はいつも思うのだ。料理店は無限と言っていい程あり、自分たちが行けるお店は限りがある。料理評論家ではないのだから、せっかく出会った店であれば、まして自分たちの味覚に合った店であればなおさら、☆などに関係なく、特別な店で良いのだと。料理人と親しくなることで料理への評価が甘くなるから嫌だ・・・というような人もいるけれど、私は逆。今日の料理は美味しかったと伝えられ、ちょっと今日はどうかなと(言わないけれど)思いながらも、許してしまう関係の方が好き。美味しい料理は“味”だけで楽しむのではなく、作る人、サービスする人、食事を共にする人と楽しい時間を過ごすもの。

Photo_11 ウンタにはたん熊名物のすっぽんの丸鍋。生姜の香りが鼻腔をくすぐり、絶妙の味のスープが口腔に幸せをもたらす。「○○さん、本城です。ちょっと待ってください」本城さんが自分の携帯電話を友人(夫)に渡す。「え!○○さんに繋がってるんですか?」「あのぉ、○○?僕です。××です。久しぶりぃ・・・」またまたサプライズ。あっという間に30年の時間を超えて会話する2人。同級生の彼の店にも一緒に行ってみなくちゃね。「あ、行く!行きたい!まずは平日にランチで!」と、またノリの良い友人(妻)。了解。こうして人は味で繋がり、舌で結ばれる。そこに「タケノコ握ってみました。どうぞ」と本城さん。昆布締めのヒラメと共にぱくり。「お腹いっぱいだと思っていたのに大丈夫。すっごい美味しいねぇ♪」

っぱり料理は日本だぁ。どれも美味しかったなぁ。楽しかったぁ♪」ダメ押しのデザートを食べながら友人(妻)が呟く。すっかりご機嫌の模様。また友人たちと一緒に来たいと思わせる、人を繋ぐ店。この料理を誰かに食べさせたいと思わせる、人を繋ぐ味。今日も楽しく満足の食事ができた。「この店では一度も何かが不足したことがないなぁ。いつもリラックスして楽しめるんだよねぇ」と妻。そう。自分にフィットした店こそが、その人にとって☆☆☆なのだ。次は、ご近所の友人夫妻も誘って、用賀の本城さんのお店で!

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2009年2月28日 (土)

日本の味、日本人の舌「たん熊の春」

Photo節が変わる度に行きたくなる店がある。立春も過ぎ、日が長くなり始めると春の味がその店で待っている。前回の訪問は10月。冬の味わいは逃してしまった。「たん熊にそろそろ行かないとね♪」妻が独り言のようなメッセージを発する。彼女は決して自分で企画をしない。「行かないとね」というのは、「行こうよ、何か企画してね」という意味。たん熊北店は、お気楽夫婦にとって特別な店。“ハレ”の店。日常的にはお邪魔できないけれど、たまに贅沢に食事をするにはぴったり。航空券で言えば、とても自力では搭乗できないファーストクラスではなく、ちょっと頑張ってアップグレードして搭乗するビジネスクラスの店。普段はエコノミー、それもディスカウントチケットで搭乗している感覚からしたら、店に行くきっかけが必要。

Photo_2 回のきっかけにさせていただいたのは、NYC帰りの友人夫妻。NYCにも美味しいレストラン、美味しい料理はたくさんあるけれど、「日本人にとって、食べ物は日本じゃなきゃダメってことが良く分かった。だって、アメリカ人の“美味しい”は、ストレートな味なんだよね」とのこと。言われてみれば、彼らの求めるものは分かりやすさ。繊細な味や、微妙なニュアンスなどは伝わり難い。薄味の日本料理などは味付けしてないんじゃない?と感じられてしまうこともある。婉曲的な物言いは、それはYESなのか、NOなのかと問われることもある。日本とアメリカの外交やビジネスで誤解が生まれるのは、そんな国民性から、もっと言えば“味の好み”から来ているのかもしれない。5年以上もそんな異国に暮らした彼らをお誘いしたところ、「行きたい!たん熊デビュー!」と良いノリ。実に気持の良い、はっきりとした意思表示。そんなところはアメリカ仕込み。行こう!行こう♪

Photo_3ん熊北店二子玉川店」は店長の本城さんの店。彼の目が店の隅々まで行き届き、彼が核となり繊細な味とおもてなしの良い空間を創っている。味は人、店は人、ということが良く分かる店。予約したのはカウンタの右端。いつもの場所だ。こんにちは♪ご無沙汰してます。「いらっしゃいませ。まいどおおきに。ありがとうございます」本城さんが珍しくカウンタの中で忙しく立ち働いてる。タイミングを計りながら友人夫妻を紹介する。本城さんはパリの日本大使館の料理長だったと彼らに紹介すると「いつ頃ですか。僕らも実はアメリカの前はイギリスにもいたんですよ」赴任していた時期を確認すると、友人夫妻が日本に帰国した頃に本城さんがパリに着任したらしい。それでも共通の大使館関係者の知人がいるようだ。ふぅん。「まずは前菜ご用意しましょか」と本城さん。はい♪お任せします。

Photo_4 ずは突き出し。ビン長マグロと茗荷、トロロの小鉢。たっぷりの山葵と一緒に軽く混ぜる。ワサビと茗荷の香りが爽やかな一品。「美味しいぃ〜っ♪」友人(妻)がすでに涙ぐみそうになっている。それともワサビのせいか。乾杯で飲んだビールがあっという間になくなる。やはり日本酒で行こうか。「うんっ!やっぱりこの料理には日本酒だね。今日は二人とも飲む気満々で電車で来たからね」頼もしいおことば。たん熊オリジナル「熊彦」純米吟醸をオーダー。旨い。続いて登場したのは前菜の盛り合せ。「うっ美しぃ〜♪」友人夫妻が絶賛する。大根の桂剥きで作った雪洞、オーダーしようと思っていた氷魚(鮎の稚魚)も入っている。嬉しい。「こんな繊細さはアメリカ人には通じないんだよねぇ」友人(妻)がしみじみと呟く。酒が進む。あれ。そんなにお酒飲めたっけ・・・。

Photo_5せだぁ。大人になって良かったぁ」友人(妻)が満面の笑みで、いかにも料理を楽しんでいる様子。酒盗と卵黄を泡立てた、なんとも言えない絶妙のふわふわ状のペーストをキュウリに付けてぱくり。あぁ、確かに幸せだ。蛤のぬた和えをひと口。うん、まさしく幸せな味だ。そして山菜の天ぷら。春の味。山菜の苦みと、甘みと、春の香りが口に広がる。「やっぱり日本人で良かった。大人で良かった」友人(妻)の笑みが続く。そうか。こんな店のカウンタで、板さんと会話しながら、落ち着いて食事ができる“大人”にいつの間にかなっていたんだ。彼女のことばで改めてそんな自分たちを自覚する。背伸びをせずに、この空間を楽しむことができる。日本の味を自覚し、日本人の舌を意識することができる。こんな風に齢をとるのも、大人になるのも悪くない。

ころで本城さん・・・」友人(夫)が店長に尋ねる。えっ!まさかっ!そんなことが!

・・・明日に続く。

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2009年2月15日 (日)

義理とは、本命とは「バレンタイン ショコラ」

Photo_4和の時代の子供にとっては、まだバレンタインデーにチョコレートというのは決して一般的ではなかった。それでも好きな男の子に、女の子から“チョコレート”といういわば「世間公認のメッセージ」によって告白できる日というピュアな空気があった。いわゆる「義理」チョコというような言い方で、ショッピングバッグに大量に買込んで・・・などという風景は存在しなかった。世の中挙げて話題にするようになったのは、平成の時代が始まるちょっと前ぐらいからだろうか。社会人になった頃の私にとっても、女性社員が圧倒的に多く、自社(百貨店)でチョコレートを販売しているということもあり、大量の可愛い小さなパッケージが毎年デスクに山積みされているバレンタインの風景は日常的になった。しかし、そんな季節の風物詩も企業の文化の違いで大きく様変わりすることも、何度かの転職で知った。

Photo 性にとって、「義理」という見えないラベルが貼ってあるチョコをいただくのも、かと言って全くいただけないのも心理的に微妙。そこに「本命」と呼ばれるスパイスが少なからず入っているのか、などと余計な妄想を膨らませることにもなる。だいたい、普段の生活で「義理」などがある関係ではない方から、これは「義理」ですからね!などと言わずもがなの(無言の)念押しをされていただくのも困ってしまう。だとしたら、この呼び方がいかんのではないだろうか。例えば、「親愛チョコ」。ちょっと堅いけど、いつもありがとう(愛しているではなく)好意を持っています、という気持は伝わるし、余計な詮索や言い訳の必要がない。日本語だと浸透しないだろうから、英語だと「Affection」とか「Goodwill」という感じ。あぁ〜、でもグッドウィルは人材派遣会社の名前として悪評が浸透してしまったし、流行らんだろうなぁ。

Photo_2んなぶつぶつと面倒なこと言ってなくても、ちゃんと伝わってるよ」と妻。そんな彼女は、職場の和を考えセクション内の男性たちに、毎週お世話になっている整体の先生に、そしてご近所の友人(夫)にチョコをプレゼント。・・・そうか、彼女の感覚からしたら、お歳暮やお中元代わりなのかもしれない。お歳暮やお中元のように堅苦しくない、お世話になっていますというメッセージ。「だとしたら、“本命”という言い方の方が変だよ。だったら、“対抗”や“穴”もあるのか!と私は言いたいっ」確かに、ごもっとも。とは言え、食品業界挙げて、日本国中で、バレンタイン!と浮かれている国も平和なものだ。100年に一度の大不況と言われる中、自分へのご褒美!と言いながら女性が大量に堂々と、それも高価なチョコを買う風景も悪くはない。彼女たちの旺盛な購買行動が日本を救う!かもしれない。

Photo_3 ころで、お気楽夫婦の今年のバレンタイン。妻からはショコラティエ・ミキの「グランクール(ビッグハート)」と、親愛チョコの余り物であるルタオの「ロイヤル・モンターニュ」をもらった。半分以上はチョコ好きの彼女が自分で食べるのだけど。そしてご近所の友人(妻)からは、ロイズの「クルマロチョコレート」。どれもうまうま。実は私は甘いモノも好きな酔っ払い。チョコをつまみに酒も飲める。実に不経済な男。その点、酒が飲めないご近所の友人(夫)は甘いもの一本。そして彼の最も好きなチョコは不二家のハートチョコ。実に経済的。そんな彼への愛情込めたチョコセットは、IGA企画・制作「不二家のハートチョコとミキちゃんのプティクール(スモールハート)詰め合わせ:桐箱入り」・・・そう、昨日の記事を読んだ方はお気づきのことと思うが、森名人のカステラの箱をリユース。どんなに高価なチョコよりも、手作り感覚(容器だけ)の、心を込めたメッセージ。今後もよろしくお願いします!

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2009年2月14日 (土)

おめでたの箱入り「森 幸四郎のカステラ」

Photoる日、いつものように夕食を外で済ませ、深夜に帰宅したお気楽夫婦。宅配ロッカーに荷物到着を知らせる部屋番号が表示されていた。指定のボックスを開けると細長い箱。何だ?和服の反物のような大きさ。荷物を抱えエレベータに乗る。送り主を見ると前職の会社の後輩にあたる友人。先日送った出産祝いのお返しらしい。「何だろうね」我慢できずに、すぐに包みを開けようとする妻。何とか押し止める私。お気楽夫婦が住むマンションのエレベータの中には防犯用のビデオカメラが設置されており、エントランスのモニターに常時映像が流されている。ここで開けたらプライベート丸出し。「食べ物っぽいよ♪」妻は妙に鼻が利く。

Photo_2 イニングテーブルの上に包みを置き、丁寧な包装を解く。おぉ〜っ!凄い。仰々しくも桐の箱。金塊かぁ。恐縮だなぁ。「そんな訳ないでしょ。銀座文明堂って書いてあるじゃない」妻にはシャレは通じない。その上、視力も抜群である。ふんふん、文明堂と言えば「♪カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは文明堂♪」というCMで有名な店。やはりカステラか。(ちなみに「電話は二番」というのは、電話交換手に銀座局の2番をお願いします!という時代からのコマーシャルだったということだろうなぁ。しみじみ・・・)箱を開けるとさらに白い包み。・・・今度は私が我慢できずに包みを開ける。

ぉ〜っ!やはり金塊だぁ♪中から現れたのは、美しく金色に輝く延棒。刻印も打ってある。(それは“焼印”でしょ!と妻)但し、「田中貴金属」とか「三菱マテリアル」とかではなく、「森幸四郎」とある。同封された栞の表紙には「銀座の職人 森幸四郎」、中面には「かすてら職人歴 半世紀・・・」と説明書きがある。その説明によると、製法の難しさによって“幻の味”となってしまった「五三カステラ」を文献や先人たちからの言い伝えによって復元したカステラらしい。凄っ!卵黄を3割増、和三盆糖、英国産ハニーなどの厳選した材料を使った究極の味の芸術品だという。八重洲の大丸でも人気らしい。ふぅ〜ん。「食べよう!食べよう♪」深夜でも甘いものを欠かさない妻が主張する。はいはい。金の延棒を取り出しナイフを入れる。良い香り。蜂蜜が染み出して来そうな生地。そして、すごい弾力。下の“こげ”の部分まできれいに残るように丁寧に切り分ける。

Photo_3に乗せ底を確認。うんうん。きれいに切れた。ザラメの和三盆糖も付いている。ぱくっとひとくち。上品な香りと共に、濃厚でジューシーな味が広がる。ザラメがかりっと良い音を弾く。しっとりとしたキメ細やかな生地が舌と歯に心地良い。うんまぁ〜いっ♪これは贅沢なカステラだ。ぱさぱさした感触が全くない。「美味しいねぇ。カステラなんて久しぶりに食べたけど」確かに私も久しぶり。子供の頃はお客さまの手土産の定番だった。端の部分をコソギ落として食べるのが好きだった。ちょっと苦みが甘みと混じり、絶妙の美味しさ。「うん、あったあった。それにしても箱入りのカステラなんて初めてだね」思えば、送り主の友人はいろんな曲折を経て結婚。結果的には“特大”の愛情と幸福を手に入れた。そんな友人待望の第一子。それも女の子。可愛くて仕方ないに違いない。あっ!なるほど、それで“箱入り”なんじゃない?「・・・」やはり、妻にはシャレが通じないらしい。

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2009年2月 8日 (日)

☆☆☆の日々「ひのきざか」リッツ・カールトン東京(後編)

Photo_11 ちらのお店は『ミシュラン』で☆獲られているんですか?今更ながらスタッフに尋ねるお気楽夫婦。今あなたが食べてる会席コースは“ミシュラン特別会席”でしょう(怒)!などとはおくびにも出さずに「はい。お陰さまで2年連続星をいただいております」とスタッフ。やっぱりそうですよね。ほんとに美味しいです。ちなみに、☆☆ですか?実に無礼な客。「ありがとうございます。“2年連続で”☆頂戴しました」と2年連続を強調して繰り返すスタッフ。「知らずにお邪魔したので・・・」と妻がフォロー。あ、と言う訳で覆面審査員ではありませんから、と無謀な発言の私。そんなギャグにももはや(当然)笑っていただけず、スルー。すっかり料理の美味しさに有頂天でした。はい、酔ってもいました。すかさずちょっと反省。どこかの国の首相のような不用意な発言を慎みつつ、さり気なく周囲を見回す。

Photo_12が付くと、窓に向かって並んで座れるカウンタ席には数組のカップル。どれもご出勤前の女性と、同伴の男性風。へぇ〜。不景気と言ってもこんな店で出勤前のお食事をご馳走できる方も多いんだなぁ。聞くともなく耳に入ってくる一組のカップルの会話。どうもまだ余り親しくないらしい。へぇ〜。郊外に自宅を建てたばかりなのか。なのに余裕だね。下世話ですいません。余計なお世話でした。とは言え、皆さん凄い。お気楽夫婦も国内外の旅行、ホテル滞在、外食など“無くなるもの”に金を使うことで(周囲に)知られてはいる。しかし、この店に気楽には来られないなぁ。「そうだね。もらったギフトカード(15,000円)がなかったら、ちょっと勇気がいるね」そうなのだ。人には何にいくら遣っても良いか、という水準がある。確かに美味しいけれど、2人はきっと(普段だったら)この店を選択しないし、できない。

Photo_13いたい、『ミシュラン』に載っていると知ってたら、この店に来なかったかもね」と妻。うん、同感。決して編集方針に疑問を持っているからとか、権威主義に対して反発しているとか、そんな大げさなことではなく、2人は『ミシュラン』にほとんど興味がない。却って自分たちが好きだった店が☆を獲ってしまったら、嬉しさ半分、嫌悪半分という感情を持つに違いない。味やサービスという人によって大きく評価が分かれるものに、絶対的な評価はないというのが持論。それに人によって食に期待するものは違う。まして、「価格」という物差しなしで万人に向かって、この店は☆だ!ここは☆☆☆だ!と言ってもらってもなぁという気持。現に、2人のお気に入り旅館「湯どの庵」「亀や」が経営する「阿部」という店が赤坂にあり、行ってみようかと思っていた矢先、☆を獲ってしまい行きそびれた経緯がある。

Photo_14もやっぱり、この店は美味しいね♪」と妻。うん、そうだね。美味しいし、サービスレベルも高い。コースも後半。炊合の筍や海老芋は柔らかで、繊細で、上品で、絶妙な味付け。生白魚を乗せた蒸しご飯など、涙が出そうなほど美味しかった。絶妙なタイミングでお酒のお代わりも勧められ、押し付けがましくない程度に料理や酒の説明を受けた。実に良い感じ。そして最後にダメ押し。紅茶と共にソーサーに載って来た“Happy Birthday IGA”のホワイトチョコレート。「予約した時に何かのお祝いですかって訊かれたんだ。なるほどね、こういう訳だったのね」舌も、気持も、すっかり満足。美味しい食事に調子に乗って飲み過ぎたけれど、妻の財布も納得。浮かれ気分でイルミネーションの残るミッドタウンを散歩。すると前職の会社の後輩からメールが届いた。「たいへん遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます!益々カッコ良いオヤジになってくださいませ!・・・」

りがと。カッコ良いかどうかは別にしても、こんなオヤジ生活も悪くない。たまの“ハレ”の日に、こんな店に来られたら幸せだね。「うん、今日も楽しかったね♪」妻も最後まで辛口コメントは封印。ほんとにハッピーな誕生日。マイ・バースデーに☆みっつ!

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2009年2月 7日 (土)

ハッピー・マイ・バースディ♪「ひのきざか」リッツ・カールトン東京

Photo Photo_2Happy Birthday IGAさん、お誕生日おめでとうございます・・・」ある朝早く、NYC帰りの友人夫妻からメールが届いた。誕生日を覚えてくれてたんだなぁ♪なんだか朝から元気になり、笑みが零れる。昼休み、ご近所の友人(妻)と、妻から立て続けにメール。「お誕生日♪おめでとうございます・・・」「“ひのきざか”眺めの良い席で予約しました・・・」ありがとう。いくつになっても、祝ってもらえる誕生日は幸福です。それぞれに返信。すると妻から返信。「良かったね。今夜の食事、楽しみだね」珍しく素直にメールで感情表現する妻。それもまた嬉しい。無理やり業務を終え、慌ただしくタクシーに飛び乗りミッドタウンに向かう。平日ということもあり、どの通りも空いている。オフィスからわずか10分。予約の時間ぴったりに席に付く。電車でやって来た妻もほぼ同時刻に到着。新宿の高層ビル群、神宮外苑を望む窓際の席。夜景が美しい。

Photo_5 Photo_6 が予約してくれた「ひのきざか」はリッツ・カールトン東京の45階。明るく上品な内装の日本料理店。決して華美ではなく、圧するような雰囲気も感じさせない良い空間。そして何より柔らかな接客が心地良い。決して慇懃ではなく、過剰ではなく、かと言ってカジュアル過ぎない。簡単なようだけれど、これが実に難しい。しかし、そんな接客を何より望むお気楽夫婦。滑り出しは順調だ。テーブル席のメニューは会席料理が基本。13,000円より。普段だったら「え”!」と思ってしまう価格帯。しかし、その日のお気楽夫婦には心強い味方が付いていた。昨夏にいただいた「リッツ・カールトン東京ギフト券」15,000円也。ぐっと気持に余裕が生まれる。二人で別々のコースをオーダーし、互いに味見をすることに。好奇心溢れる2人のいつものパターンだ。

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ずは食前酒の梅酒で乾杯。ひと口程度なら妻も大丈夫。先附「蟹、菜花、湯葉のばら子和え 胡麻クリーム掛け」をひと口。うん、旨い。胡麻の香りが食欲をそそり、それぞれの食材がバランス良く、きちんと美味しい。妻は「京人参、蟹身(以下略)白和え」を食べ、「美味しぃ〜っ!」と微笑んでいる。かなりのものらしい。どれどれ。小鉢を交換。うん、確かにこれも繊細で美味しい。この店、かなり良い感じかも。次はお椀。焼餅や針野菜が入った沢煮仕立ての椀。和食には珍しく粒胡椒が効いている。私好み。妻はと言うと自分の椀を眺めながらにこにこ。見れば、真っ赤な黒皮大根に飾り包丁を入れた鬼の顔が、酒粕仕立ての椀に浮かんでいる。前日は立春。料理人の遊び心が楽しい。やはり交換して食す。うっ!旨い♪粕汁の中に脂の乗った寒鰤。他の具材とも合う合う。う〜ん、これは参った。

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Photo_10 いてお造り。クラッシュアイスの上に乗った鯛、甘海老、サヨリ・・・どれもきちんと美味しい。酒が進む。さらには焼物。寒鰤の照り焼き。ふんふんっ、これも好物。おろし大根を乗せ頬張る。旬の寒鰤の脂がじわじわと舌に染みる。さらに酒が進む。妻は殻付き帆立の上にアスパラ、椎茸、人参などを乗せて焼いたグラタン風の一品。見た目は違和感があったけれど食べてびっくり。きちんと日本料理。しっかり美味しい。やるなぁ。「ところで、この店って、もしかして『ミシュラン』で★獲ったのかなぁ」と妻。実は、私の選んだのはは「ミシュラン特別会席」というコース。たぶん、そうなんだろうね。スタッフに訊いてみようか。そんな名前のコースを頼んでおきながら、そして食事も後半に差し掛かった辺りで、今更のようにそんなことが気になるお気楽夫婦。オスマシ系の似た者同士ではある。

・・・ということで、その結果は明日の記事で明かされる。

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2009年1月24日 (土)

風邪にご用心『その日のまえに』重松清

Photo西高東低の気圧配置。冬の空気は乾燥している。そんな時に気をつけるべきは、火事と風邪。年末からの晴天続きですっかり乾燥しきった年始に火事が多かった。ちょっとした不注意からあっという間に火が回る。ある朝、起き出して窓の外を眺めると黒煙が上がっていた。火事のようだ。慌てて妻を起こす。幸いにも火はすぐに消し止められたらしく、高層マンションを包むように立ち昇った恐ろしいほどの煙はあっという間に収まった。やれやれ。先日も近くで大きな火事で亡くなった方が出たばかり。火の元の注意は細心に。外出しようと鍵を閉めた後に「あれ?電気ストーブ消したっけ?」と部屋に戻る妻を温かく見守る日々。

うひとつ気を付けるべき風邪。今年は風邪を引かないなぁと油断していた頃に喉が痛み出した。私の風邪は喉から来る“銀のベンザ”タイプ。加えて今年の症状は鼻水ずるずる。そんな症状の中、出勤前に病院に行き、処方された薬をもらい、通勤の途中で重松清『その日のまえに』を読み始めた。悪寒。指先が冷たい。けれど手袋をしたままでは上手くページがめくれない。仕方なく手袋を外し、かじかむ手をこすりながらページをめくる。4つの独立した短編、3つに分かれた短編「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」という7つのショートストーリー。それぞれに共通するのは、“その日”。言い換えると、最期の日。それぞれの物語に登場する、幼かった頃の決して仲は良くなかった友人が、かつての教え子が、働き盛りの主人公が、母と息子のふたりの暮らしを守る大黒柱の母が、そして最愛の妻が、“その日”を迎える。

Photo_2 み始めてすぐに、しまった!と思った。風邪で弱った身体。ヤワになっている気持。そして何より登場する主人公たちが、同じ年代であること。物語に感情移入してしまう環境は充分に整っていた。元々、重松清自身が自分と近い世代ということもあり、彼の描く物語には身につまされるものが多かった。しかし、多くは子供のいじめの問題、親と子の関係など、子供がおらず親の面倒を弟に託す困った長男としては、さっと身をかわすことができるものだった。しかし、今回は不意打ちだった。思ったよりずっと早くやって来てしまった“病”によって“その日”を迎えてしまう登場人物たちが、私と同年代なのだ。働き盛りの主人公が告知を受けた日に向かう小学生時代に住んだ街。そこで出会ったかつての友人・・・そんな話まではまだごまかせた。私は風邪を引いているだけなのですという風を装って鼻をかんだ。目もちょっと赤いのは、熱もあるせいで・・・。

ころが、「その日のまえに」の連作を読み始め、偽装は諦めざるを得ない状態になった。止まらないのだ。堪えても、堪えても。これはいかん。良い大人が電車の中で嗚咽を漏らしてしまっては。すぐに読むのを止め、自宅まで封印。そして風邪でぼぉ〜っとした状態で、その日の業務を終え、帰宅。一気に読もうとした。しかし、読んでいる途中で止まらない。涙。もう風邪のせいなのか、涙のせいなのか、訳の分からない鼻水がずるずる。告知を受けた妻、夫婦でその日を迎えるまでの日々。そして、その日。さらにはその後を綴る身近な日々と心情。ティッシュでは追いつかなくなり、洗面所で顔を洗う。ふぅ〜っ。数年来、私自身も“その日”に向かう準備をしていた。母の病と死を経験し、父の老いを実感し、“勤め人”としての終わりを意識した時に、何を優先すべきかを意識し始めた。自分が不慮の事故などで突然“その日”を迎えてしまっても大丈夫かと自問する。よし、これだったら大丈夫と確認する。そのための、いろいろな準備。でも、逆に妻がとは考えもしなかった。だからこそ、そんな私にこの物語は辛かった。

も、“その日”が分かった方が幸せかもね」そうだね。残された時間が分かった方ができることは多いかもね。この本、読んでみる?「うぅ〜ん、良いや。乾いてなさそうだし。それに、風邪治ったら印象変わるかもよ」むむ、確かに。あざといとは言わないまでも、“泣かせ”はある。しかし、読後感はすっきりと爽やか。物語には救いがあり、登場人物たちは明るく、前に進もうとする力がある。もし妻が先に逝くようなことがあったら、この物語を読み返してみよう。「大丈夫!ぜったいないから」・・・まぁ、その方が幸せ。

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2009年1月18日 (日)

部屋とメザシと私「ザ・さかなや」

Photoの街に引っ越してきてまだ数年だというのに、ご近所の友人(妻)はその店の常連。初対面でも打ち解けることができる特技を持つ彼女。その上この店は実家と同業。商品を見る目は厳しい。そんな目利きの彼女が良いモノを売っていると太鼓判を押す店なのだから、店のおぢさんたちと仲良くならない訳がない。それに対し、家で料理をしないお気楽夫婦。この街に住んで20年以上になるのに、この店の存在は知っていたものの、余り馴染みがない。ショーケースに並ぶモノが良いのは知ってはいたけれど。その店の名前は・・・あ、分からない。そう言えば友人夫妻は、ただ「さかなや」と呼んでいた。※写真を改めてチェックすると、どうも「魚卯」という名前らしい。

Photo_2 Photo_3 の上、妻は大のパン好き。朝食は必ずパンだし、家でご飯を炊くことはほとんどない。自宅で魚を焼いて食べることなど、とても合意してもらえない。まして焼くと煙が出て匂いが残るという理由で“干物は外で食べるべし”という家訓があるぐらいだ。私もパンは好き。そして干物も大好き。たまには美味しい干物と炊きたてご飯を食べたくなったりもする。ある週末、妻は朝から休日出勤。チャンス到来とばかりにウキウキと独り「さかなや」に向かった。店頭に並ぶ美味しそうな干物。うわぁ、サバの灰干しが美味しそう!サンマの開きも魅力的。大好きな干物を食べる楽しみと、こっそりとタブーを犯す快感に胸が踊る。

Photo_4 った揚句、選んだのはサバ。ふふふ、かりかりに焼いて、熱々をがしがしと食べてやる。ところが「このメザシも美味しいよ。一緒にどうだい」と店のおぢさん。勧め上手。うむむ、確かにこの銀色に輝く肌が気になっていた。しかし魚を食べるチャンスは一度だけ。メザシはいつ食べたら良いんだろう。でも、美味しそう。それもください♪結局誘惑に負け、灰干しサバとメザシをお買い上げ。その日の独りランチはサバ焼き。日干しとは違う熟成された旨味。抜群の塩加減。脂の乗った腹身の部分など、涙が出そうなほど旨い。期待通りの味に満足。あ〜っ、美味しかった。さすが“ザ・さかなや”だ。ん?ところで、この匂い。食べていた時には気が付かなかった部屋中に充満する焼き魚独特の匂い。まずいっ、妻にばれてしまう。慌てて南の島土産のお香を焚く。・・・気のせいかもっと複雑で酷い匂いになった気がする。

Photo_5れ?魚焼いたの」帰宅した妻が、ただいまを言う前に鋭いひとこと。あぁ、やっぱり匂うか。「匂うに決まってるじゃない」あれれ。メザシもあるんだけど。ほら、美味しそうでしょう♪「何焼いたの」サバの灰干し。さかなやで買ったんだけど、これが美味しくってね。で、勧め上手のおぢさんにメザシも買わされた。「積極的に買ったんでしょ」え、なんで知ってるの。「自分で食べなさいね」はい、もちろん。・・・翌日。艶やかに光るメザシの群れ。かりかりに焼いた焦げが旨そう。うん、旨い。ちょっと食べてみない?パンを食べる妻にひと口。「うぅ〜ん、確かに美味しいね。さすがに“さかなや”はどれもモノが良いよね」良かった。妻は積極的に魚が嫌いな訳ではない。部屋に付く匂いが大嫌いなだけ。

と私の食べ物の嗜好はほぼ一緒。辛いもの好きの妻に、暑がりの私が付いて行けなかったり、酒飲みの私に妻が呆れたりということを除いては。これは幸せなことだと思う。日本中の街に生鮮3品(肉・魚・野菜)の店が少なくなった現在、こんな“さかなや”が元気に営業を続ける街に住むことも、また幸せなことだ。

「しっかしまだ匂いが取れないね。やっぱり魚は外で食べよう」♫お願いがあるのよぉ♪・・・部屋と焼魚と私。

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2009年1月17日 (土)

酔人綺譚「カレンダーの謎、振袖の夢」

Photo_2 る寒い日の朝、トイレに入ってすぐに異変に気が付いた。まだ1月の半ば、正月気分も抜けきっていないというのに、目の前だけが2月になっていた。壁に貼られた全日空のカレンダー。1月の富士山が、なぜか2月の知床半島に。「昨日寝るまでは1月のままだったんだよ」と、妻の証言。確かに、洗面所の同じカレンダーは、1月の富士山のままだ。わが家だけがタイムスリップした訳でもなさそうだ。「夜中に起きて破いたのかなぁ・・・」妻は、“誰が”とは言わなかったが、明らかに非難めいた口調で、私に向かって呟く。そう言えば、記憶の端っこの方に“ある音”が残っていた。その、びりびりという音を聞いた気がするのは、トイレの中だったのか。「なぜまだ1月のままなんだ」と怒ったように呟いたのは誰だったのか。

Photo_3日、スカッシュのスクールメンバーと一緒に酒をたっぷり飲んだのは覚えていた。プロコーチや日本上位ランカーなども参加したスカッシュ男女混合団体戦の帰り。途中から合流したコーチと一緒に、沖縄料理屋で泡盛を飲んだことも。店でひと眠りしてしまい、目覚めて飲み直そうとしたら、もう一滴も受け付けない程、満タンだったことも。うぅ〜ん、その後はどうしたんだったか。あっ、もしかしてこれは“部分記憶喪失”と呼ばれる症状ではないか。「じゃあ先に出るよ!」妻は記憶喪失に罹った私を、無情にも置き去りにして出社してしまった。それにしても頭が痛い。喉が異常に渇く。これも記憶喪失の症状のひとつか。あぁ、辛い。このまま記憶が戻ってこなかったらどうしようか。失った記憶はどんなものなのか・・・。

Photo_4ぁ〜、IGAIGA(私のこと)この前は楽しかったねぇ♪」数日後、団体戦の後に一緒に飲んだ友人(♀)にスポーツクラブで声を掛けられた。「あの日はみんなすごい飲んでたよね。私も翌日まで気持悪くて・・・」確かに。「帰りの電車の中で、振袖姿の成人式の女の子に、きれいですね、きれいですねぇって何度も言ってたよ。すいません、この人酔っ払いでって謝っておいたけどね」え!それも失われた記憶のひとつ。思わず、私はジローラモだったのか!と自分に突っ込む。「なんか、可愛いくて、とても良い娘でさ、ありがとうございますって言って笑ってたけどね」断片的に振袖の鮮やかな柄と色合いが蘇る。あぁ、あれは夢じゃなかったのか。けれど、顔は全く浮かんでこない。別の意味で残念。

う言えば、店で寝ながら拍手してたしね」え、私が?まさか。まるで酔っ払い丸出しじゃないか。「電車の中でも拍手してたよ」2人の会話に妻も入って来た。複数の証言がある以上、事実なのだろう。なるほど。右手が使えないため選手としてはほとんど参加できず“監督”として臨んだ団体戦。妻をはじめとした選手たちのプレーに拍手し、酔って眠った夢の中でもグッショット!とか言いながら拍手し続けていたのだろう。我ながら良いヤツ。その時、私の記憶が蘇った。トイレに座り、几帳面にも画鋲を外して、1月のカレンダーを破り、2月のカレンダーを眺めながらにんまりしたのは紛れもない私だ。現実と夢の端境で、夢の中の出来事とは思わず、現実の行動を無意識に起こしてしまう。思わず笑ってしまう出来事。

これだから酔っ払いはやめられない。すると「ただの酔っ払いでいられるのも、私が連れて帰るからでしょ」と妻。まぁ、おっしゃる通りです。

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2009年1月11日 (日)

正しい日本のお正月「江ノ島、横浜中華街」

Photo本の正しいお正月が楽しみです・・・」5年以上駐在したNYCから帰って来た友人夫妻から年賀状が届いた。日本における正しい年末年始の過ごし方とは何だろう。こたつミカンでだらだらとTVを視ながら年末を過ごし、年越し蕎麦を食べ、初日の出を拝み、お年玉をもらい、お雑煮を食べ、お節をつまみながら朝から酒を飲みつつ箱根駅伝を見る。皆揃って初詣に行き、時間を持て余す人はそのままスーパー銭湯やパチンコ屋に向かう。日本にいたら至極当たり前の(一部は特殊な例かな)時には退屈なお正月だけれど、NYCでは望んでも叶わない過ごし方だったに違いない。じゃあ、皆で正しい日本の正月を過ごそう!ということで友人夫妻のお宅へ泊まりがけで押し掛けた。

Photo_6 人夫妻の住まう横浜というロケーションを活かし、まずは箱根駅伝の生観戦。復路9区の激走を皆で応援しよう!と最寄り駅近くの沿道で観戦。通過予定時間のはるか前から観客で溢れかえる国道一号線。駅前では応援旗を無料で配布。各大学の旗竿も並ぶ。寒風の中おしゃべりをしながらランナーを待つ。あぁ、このY売新聞社の旗を一度振ってみたかった。大会運営車がやってきて、その後を学生アスリートたちがあっという間に走り去る。凄いスピード。我々がスポーツクラブで走っている速度の倍以上。鍛えられたしなやかな身体が皆印象的。ライブで見るスポーツはやはり素晴らしい。実に正しい日本の正月風景。

Photo_7 伝観戦の後は初詣。NYC帰りの友人夫妻が新婚当時に住んでいたという縁の江ノ島へ。年末からずっと眺め続けて来た富士山がここでも奇麗に見える。これまた正しい日本のお正月。普段眺める富士よりも一段と神々しく見える。のんびりと海を、富士を、烏帽子岩を眺めながら神社に向かう。しかし余りの人の多さに参道の途中、鳥居の前で初詣は挫折。そこで遥拝。沈む夕陽を眺めながら片瀬江ノ島駅へ。竜宮城を模したこの駅。正月に眺めると妙に縁起が良さそうに思えるから不思議だ。向かったのは中華街。中国で国を挙げて盛大に祝うのは春節(旧正月)。獅子舞や竜踊りが街を練り歩いたり、爆竹を鳴らしたり、厳かな日本の正月とは大きく趣も違う。とは言え、日本のお正月にも大勢の人々で賑わう中華街大通りを歩けば、ますます正月気分は盛り上がる。

Photo_8 Photo_9 約してあった状元樓は上海料理の店。確実に美味しい安心の店でもある。さっそく「蒸し焼きスープ入り饅頭」「カニと干貝柱の卵白仕立て」「芝エビのロンジン茶炒め」などをオーダー。「美味しいっ♫」「優しい味付けだねぇ」「やっぱり食べ物は日本だよねぇ」「料理やサービスが繊細だし。NYCと全然違う。帰って来てホントに良かったぁ」思わず友人夫妻も唸る。確かに当たり前のように美味しく食べている中華料理もNYCでは微妙に違う。味付けの好みの違いもあるが、明らかに違うのはサービス。中華料理店で、これほど丁寧な接客は日本以外にはそうそうないだろうなぁ。ということで、大勢で美味しい料理をわいわいと食べる。これもまた正しい日本のお正月。

味しかったし、楽しかったぁ。やっぱり日本は良いねぇ♪」その夜、ドミノゲームなどに興じつつ友人(妻)が呟いた。9.11から数年後に赴任し、リーマン破綻直前に帰国した2人。大変な時期だっただろうし、5年は長かった。こうして久しぶりに日本で過ごす正月の感慨も深そう。「次は何を理由に集まろうか!」「いつか香港に皆で一緒に行きたいねぇ」友人たちと一緒に過ごし、更けて行く夜は、NYCでも日本でも変わらない。

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2009年1月 5日 (月)

日本人のDNA「富士を眺める旅」

Photoらを日本人であると強く実感する瞬間がある。日本人的情緒にすっぽりと包まれ、それを心地良いと感じることがある。例えば、初日の出。海外でも同様の風習があるかどうかは知らないけれど、少なくとも日本人のようにほぼ無条件で有難がることは少ないように思う。それも、ほとんどの日本人は、明確に信仰と結びつけている訳でもなく、年神様を迎える云々を知識として持っている訳でもなく、(元旦に限らず)昇る朝日を見るだけでなんとなく神々しい気分になる。太陽信仰、日出処の国の由来、などと説明されることよりも、日の出を聖なるものとする気持が、遠い昔から日本人のDNAに刻まれてきたという方が実感がある。

Photo_2 うひとつの例に、富士山がある。これもまた日本人を実感するキーワード。富士信仰、山岳信仰などという知識以前に、無条件にその美しい姿を見るとありがたく、嬉しい気持になる。最近はミシュランに掲載されたこともあり、富士山観光が海外からの観光客にも人気らしいが、やはり日本人の美意識に訴えるものがこの山にはある。遠くからでもそれと分かる美しい姿。“富士”と言えば、誰もがその姿形を思い浮かべることができ、幼い子供でも誰もが絵に描けるはず。また、意外な場所からその姿を眺められた時の嬉しさは何とも言えない高揚感がある。

Photo_6 、特に空気の澄んだ年末年始は富士の姿を望むには絶好の季節だ。妻の生まれ故郷(静岡)を旅し、何度もその高揚感を味わった。海に浮かぶ富士の姿は日本人ではなくとも多くの人を魅了するし、東京湾越しに千葉から見える富士、江ノ島辺りから相模湾に浮かぶ富士も美しく、伊豆から眺める富士も雄大で秀麗だけれど、初めて見た御前崎から駿河湾に浮かぶ富士の姿に見惚れた。まさに息をのむような美しさ。さらに、日本平から清水港越しに眺めた富士も絶品。江戸の時代から愛された構図であり、浮世絵や銭湯の壁絵などでもお馴染みの富士山のビュー・ポイント。

Photo_8

して、同じ方向からの富士の姿なのに趣が違う日本平からの眺望。富士の手前の風景が違うだけで印象は大きく違い、かつそれぞれが実に美しい。美しい女性が何を着ても似合うのと同じ。衣装は選ばない。思わぬ方向から現れる富士の姿に喜び、衣装の組合せに驚き、そんな富士を車窓の伴として走り続けた旅だった。

Photo_9 ころで、富士の見える場所それぞれに“My富士”自慢があり、富士の見える場所に“富士見”という地名がある。富士山ビューは不動産価値を高めるとも言われるが、義母は富士を望める家に住みたいと現在のマンションに移り住んだらしい。以前の一軒家では望めなかった富士が、毎日のように眺められる現在の住まいは満足の物件のようだ。

路、新幹線の車窓から富士を眺めることができた。実に良いタイミングで夕焼けに染まりつつある富士の姿を望むことができたことを吉祥としたい。ということで、皆さま今年もよろしくお願いいたします。

 

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2008年12月31日 (水)

2008年を振り返る「極私的10大ニュース」

Photo_7 Photo_8 年(2007年)の今頃、トヨタやSONYなどの世界的企業は空前の売上、利益を発表していた。世界的大不況の今、遥か遠い過去のようにさえ感じられるけれど、1年という時間は世界を変えてしまえるということを実感する。ところで、お気楽夫婦の周辺も大きく変わった。年末恒例の振り返り企画。今年はプライベート感剥き出しの10大ニュースをまとめてみた。

第1位は、私の転職。前の会社には3年在籍したけれど、もはや遠い過去のような気がする。経済的な損得勘定で言えば大きくマイナスだけど、得たものの方が大きい。地域の活動にも軸足を移しつつ、小さな会社で一体感ある仕事をやっている現在の充実感は贅沢な程だと思う。多くの人との出会いから今に至ること、こんな環境にいられることを素直に感謝したい。

PhotoPhoto_7 第2位は、初のニュージーランド旅行。憧れの地で、ワールド・マスターズ・スカッシュに参加。腱鞘炎が完治しないままの試合は辛かったけれど、豊かな暮らし、豊かな人生とは何かを考えさせられ、今後の日々の過ごし方に大きなインパクトがあった旅だった。そして、白ワインがひたすら美味しかった。

第3位は、妻の勤める(元は私も在籍した)企業のピンチ。妻は再生に向けたプロジェクトの事務局として奔走した。情報に対する価値観が変わり、雑誌という媒体の存在感が薄れた時代に、新たなビジネスモデルを構築することができないでいる。今でもシンパシーを持っているOBとして、再生を期待している。

第4位は、右腕の腱鞘炎。懸命の鍼治療のおかげで症状は良化しているけれど、まだ痛みは残っている。サウスポーに転向できるぐらいに左手でのスカッシュも上達したけれど、思い通りのプレーができない歯がゆさが続く。完治の日はやってくるのだろうか。

第5位は、新たな人的ネットワークの広がり。地元の「まちづくり」の団体に参加し、副会長に就任。今まで全く触れるこチャンスがなかった地域の人々との交流が始まった。同時にクライアントでもある自由が丘の人々とも同様。いずれも地元を愛するダンナ衆。活動している内容の多くは無報酬。ダンナ衆が街の文化を作り、残していくんだということを実感。その輪の中で自分の役割があることが何よりも嬉しい。

Photo_2 Photo_5 第6位は、新たなご贔屓店の誕生。ご近所洋食「はしぐち亭」の開店、ご近所スィーツ「ショコラティエ・ミキ」のヘビー・ローテーション化は、お気楽夫婦の生活に新たな彩りをもたらした。オーナー・シェフたちとの交流も含め、貴重で幸せな関係が続いている。加えて、「SILIN火龍園」「ラーン・チン・チン・タイ」「弁いち」なども来店頻度はまだ高くないけれど赤丸急上昇中。これからが楽しみだ。

第7位は、ボクササイズ!これが実に楽しい。始めた時に記事にしたけれど、実はそれ以来毎週休むことなく続けている。単にスポーツで汗を流すだけではなく、予防医療でもあり、何より生活の整体(?)を行うことができる。妻も、ご近所の友人(妻)も、すっかりハマり、お気楽夫婦になくてはならない習慣となった。

第8位は、大人買いコンサート。「ポリス」「ビリー・ジョエル」「小田和正」と、今年だけで3本の東京ドーム公演を観に行った。芝居中心のエンタメ生活のお気楽夫婦としては画期的。観劇本数は逆に激減。わずか13本に止まった。

Photo_3 第9位は、マック導入。画像やフォントが実に美しく、使いやすい。その勢いでホームページもリニューアル予定だったけれど、残念ながら公開は越年。近々公開!したい。新年早々に最終調整の予定だが、果たして・・・。

第10位は、家族との新たな関係。妻の両親といつか同居しよう!と宣言したり、母の1周忌もあり、弟たちとの交流頻度が高まったり、父の緑綬褒章を一緒に祝ったり。年齢を重ねることで良い関係になれることもあると実感。

そしてトップ10圏外だけれど、このブログを地道に続けていること。2005年5月にスタートし、この記事が439本目。アクセス数もおかげさまで13万を超えた。これも大切な習慣となった。読んでいただいている方々の楽しい習慣にもなっていると嬉しいのだけれど。ということで、来年もよろしくお願いいたします。

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2008年12月28日 (日)

札幌と東京のX'Mas「魁人(かいと)/はしぐち亭」

Photo_12 Photo_13 リスマスの直前、急な出張が入った。行き先は札幌。到着後すぐにホワイト・イルミネーションを見学し、サッポロビールで乾杯の後、美味しい縞ホッケ(煮付けではなく)と旬のイカ刺しを食べ、夜のススキノで歌い、翌日はイサム・ノグチ設計のモエレ沼公園の冬景色を見学。帰りには新千歳空港で花畑牧場の塩キャラメルを購入するというミッション。・・・そんな出張があったら嬉しいのだけれど。現実は・・・、到着後すぐにホテルから打合せ場所に向かい、雪が舞い散る大通り公園を無理やり歩いてイルミネーションを見学。打合せ終了後に、ラストオーダー寸前のビアホール「ビッグジョッキ」に飛び込み、サッポロビールとホッケのミッションは実行。翌日も大事な打合せだからと早々に帰る同僚の手前、コンビニで買ったニッカウィスキーをポケットに独りホテルに戻る・・・という淋しい夜。

Photo_14 Photo_15 こで、出張からの帰途、妻と待ち合わせて恵比寿(サッポロビール繋がり)の居酒屋で食事。お店の名前は「魁人(かいと)」。北海道直送の海産物が店のウリ。札幌で食べられなかった「イカ刺し」や「海鮮サラダ」「男爵芋のバター焼き」「たらこの甘辛煮」などをオーダー。北海道から帰って来た足で、北海道の味を恵比寿で味わう。微妙なシチュエーションだけど、美味しいね、この店♪「確かに、この刺身も新鮮だね。良かったねぇ。時間差があるけど北海道を味わえて」満足のクリスマス・ディナー札幌/恵比寿版。ちなみに、新千歳空港で待つことができず塩キャラメルも買えなかった。代わりの土産はロイズの生チョコと、LeTAOのチーズケーキ「ドゥーブル・フロマージュ」。これはこれで絶品の味。

Photo_3 Photo_4 日はご近所の友人夫妻と「はしぐち亭」でのクリスマスディナー。「初めてのクリスマスはちょっと心配なんですよ」と言っていた橋口さんをサポート(?)するために予約の少ないだろうと予測した日程で訪問。ところがお店は満席。良かったですねぇ。「おかげさまで。でも、今日が一番混んでますねぇ。休日はご自宅でパーティという方が多かったようです」なるほど。予測は外れたけれど、ちょっと安心。さっそく橋口さんが悩み抜いたクリスマス特別メニューをオーダー。まず最初は「北海道産雲丹のフラン プリン仕立て」が登場。滑らかな舌触りと繊細なソース。実にバランスが良い味。美味しい♪お次の「田舎風パテ」は、しっかりとした歯応えが残る鴨、豚、鶏のミンチと周囲に巻いたベーコン、ジュレが口の中で絶妙に混ざり合う。絶品♪「パンくださいっ!」お酒を飲まない友人(夫)が早々とナパス・ブレッドのパンをお代わり。そうだね、バゲットと良く合うね。

Photo_6Photo_5 いて「アサリとマッシュルームのスープ」は、具だくさんで旨々。ここまでの味のリズムは良い感じ。そしてメインは「舌平目のポーピエット ムース詰め」か「骨付子羊背肉のロースト」「牛フィレ肉のステーキ 赤ワインソース」のチョイス。舌平目と海老、ホタテが2種類のクリームソースと抜群のハーモニーを奏でる。あ、ちょっと待った!ラムに齧りつこうとしていた妻を止める。味の順番から言って、この繊細な一皿を食べた後の方が良いかも。「なるほど。じゃあ先にラムを食べて」ジューシーなラムも子羊の骨から取ったというソースとのバランスが良い。橋口さんの作るソースはホントに美味しいね。「牛も美味しいですよ♪どうぞ!」友人(夫)が選んだステーキを切って味見させてもらう。うん、確かに。

ぅ〜。美味しかった」「満足だねぇ」そこで一息付いた橋口さんがお店に出て来る。「いかがでしたか」美味しかったです。良いバランスのメニューだし、お得だよね。「ありがとうございます。確かにお得だと思います」ふふ。作った本人が言うのだから間違いない。これに「タルト・タタン(林檎のタルト)バニラアイス添え」とコーヒーが付いて5,000円。誠実でひとつも手抜きのない内容。この味がご近所で味わえることが嬉しくなる店。ごちそうさまでした♪今年のクリスマス・シーズンの最後を飾るに相応しい温かく、幸せな食事をすることができた。「はしぐち亭は“頑張れご近所の名店サポート作戦”も必要ないぐらいだね」妻が名付けた、ご近所の店をヘビー・ローテーションで廻るという外食戦略も一段落。とは言え、来年も戦略に変更なし。来年も引き続きお気楽で行こう!

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2008年12月27日 (土)

北欧と香港のX'Mas「ノルウェー大使館/SILIN火龍園」

Photo Photo_2リスマスも間近のある週末、慌ただしくも楽しい夜を過ごした。同じ日に、仕事系パーティと友人たちとの食事会のハシゴ。ひとつめのパーティ会場はノルウェー大使館。ノルウェーに本社がある日本法人のイヤーズエンド・パーティを兼ねた懇親会。毎年取引先を招いて開催するこぢんまりした会。なのに今年は会場を大使館にしたためか、参加者が倍増。分かりやすい参加者たち。クリスマスと言えばサンタクロース。サンタと言えばフィンランド。フィンランドと言えば北欧。ノルウェーも同じ北欧ということで、なんとなく本格的なクリ スマス気分満載。玄関ホールにはクリスマスツリーと共に国王夫妻の肖像画。会場入口付近にはこぢゃれたプール。受付を済ますと螺旋階段を降り、パーティ会場へ。

Photo_3 Photo_4 ェルカム・ドリンクはグロッグと呼ばれるナッツやスパイスを入れたホットワイン。冷えた身体に温かいワインが嬉しく美味しい。司会の日本人副社長がいつになく緊張しながら進行。駐日大使の挨拶の後、たどたどしく日本語でプレゼンテーションを行う(スカッシュ仲間でもある)ノルウェー人社長。けれど、それぞれが微笑ましく、リラックスした、ホスピタリティ溢れる良いパーティだ。ここに集まっているのは、単なる仕事上での取引だけではなく、何らか地球環境改善に関わっているという意識を持ったメンバーたち。お互いに紹介し合い、新たな交流が生まれていく場でもある。ところで、会場には本場ノルウェー・サーモンのスモーク。実に旨そうだが食べる訳にはいかない。後ろ髪を引かれつつ、あたふたと友人たちが待つ店へ。

Photo_6 Photo_7 場は東京ミッドタウンにある「SILIN火龍園」。すぐにでも再訪したかった絶品中華の店。なのに妻と2人で初めて訪れてから数ヶ月が経ってしまった。また2人での訪問ではなく、どうしても仲間たちとこの店の美味しさを共有したかった。大勢でいろんなメニューを味わいたかった。ということで、満を持しての来訪。店はスターライトガーデンを見下ろす絶好のロケーション。大きなガラス窓越しに鮮やかなイルミネーション。否が応でもクリスマス気分は盛り上がる。長年一緒のスカッシュ・スクール・メンバーの忘年会でもあり、新婚のメンバーが待望の2世を授かったお祝いでもある。まずは乾杯!ん?妊婦が飲んでも良いのか?「こんな時にビール1杯ぐらいは大丈夫♫」だったらせめて小さなグラスで・・・。「そんなのは私のプライドが許さない」同じ酔っ払い仲間として実に納得できる発言。早く元気な子供を産んで、また一緒にたっぷり飲もうぜ!「うんっ!」

Photo_8 Photo_9 ころで、この店の売りは新鮮な魚介類。今回も前回同様に、両手に生鮮食材を抱えた支配人の説明を聞きながらオーダー。まずは、スジアラを姿蒸しで、ホタテは黄ニラと一緒に・・・。「ところで、前回はありがとうございました。ブログでも書いていただきまして・・・」え?なぜ?「世田谷の支配人からは、もうあんなプレッシャーかけるのは止めてくださいと言われましたけど」そうかぁ。2日続けて六本木と世田谷の店に訪れるような酔狂な客を覚えていただき、さらには私の前回訪問の記事がネット検索にひっかかったらしい。たん熊の本城さんと同様に、自分の店はネットでチェックしているんだなぁ。なるほど。けれど、嬉しいサプライズ。「今日は、煲仔飯はいかがですか」妻と私の好物。いっただきましょう♪前回よりたっぷりのメニューをオーダー。これでこそ大勢で食べに来た甲斐があるというものだ。

焼きの前菜盛り合せ、白菜塩卵炒めなどの後に、メインのスジアラの姿蒸しが登場。うん、やっぱり美味しいねぇ。「とても幸せぇ♪」糖尿病の気配があると診断された夫と一緒に、毎食カロリー計算をしながら食事をしているという妊婦も「今日は気にしないで食べちゃおうっ!」うん、うん。そうじゃなくちゃ。美味しい料理を食べ、楽しいクリスマスを過ごすには、良い仲間たちが必須。こうして皆で過ごせることが何よりのクリスマス・プレゼント。今年も良いクリスマス・シーズンだ。「やっぱり美味しい中華を食べるには大勢で、だね」と妻。・・・まぁ、そんな率直な言い方もあるね。

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2008年12月14日 (日)

ご近所B級的香港食堂「香港ロジ」

Photo_2の店に入ったのは偶然だった。友人たちが毎年開催する映像作品の発表会。前衛的で、斬新で、観念的で、早い話が難解な短編を発表する。上映会場は青山だったり、下北沢だったり。いつもどこで見つけてきたのかと不思議に思うような、分かりにくい場所にある小さな会場。今年は北参道にほど近い住宅街。案内状の地図も芸術的で分かりにくい。最寄駅から歩くこと10分余り。のんびり散歩気分で会場に到着。周囲は小さな商店街。くんくん。匂う。匂うぞ。こんな場所にこそ隠れたご近所の美味しい店が潜んでいるに違いない。興味は既に上映会後の食事に向かっている。が、逸る気持を抑えて会場へ。

Photo_4年通り難解で、意味やストーリーを問うてはいけない映像を観た後、友人と立ち話。映像関係の仕事をしている友人の夫は、近々NYCに赴任する予定だという。「住むのはボストンが良いかなと思ってるんですよ」良いねぇ、良いよ、ボストン。無責任に推薦。持つべきものは海外に拠点を持つ友人。彼らが赴任中に、その街を訪ねるという楽しみがある。ただの旅行者として訪ねる街と、住む人と一緒に滞在する街の印象は大きく違う。ぜひ彼らにはボストンに住んでもらい、彼の地で難解な映像表現に磨きをかけていただきたい。その間にサミュエル・アダムズを飲みに訪ねたいものだ。そんな身勝手な会話をしながら会場の近くの商店街で夕飯の場所を探るお気楽夫婦。

Photo_3ると目に付いたオレンジの看板。「香港ロジ」とある。ん、匂う。香港風のメニュー写真入り看板。「香港的士飯(香港タクシー飯)」の文字もある。ここだっ!「ん、良い感じ。ここにしよう!」妻の直感も同様に反応したらしい。店に入ると意外に小奇麗な内装。看板同様のオレンジのベンチシートが良い感じ。店の奥には明るくこぢんまりとした厨房が見える。スタッフは全員中国人らしい。店内はベビーカーを店内に持ち込む若い夫婦、3世代で食べに来ている家族連れなどで賑わっている。香港的情景。「港式椒塩排骨(香港式スペアリブのスパイス揚)」「海鮮粥」など豊富なメニューも嬉しい。価格もリーズナブル。

Photo_5 島ビールと点心を中心とした料理をオーダー。ほどなくして運ばれて来たカリカリのニラ饅頭が美味しそう。「豆板醤をいただけますか」辛いもの好きの妻がフロアスタッフに尋ねる。すると、「豆板醤だとしょっぱくなるから、XO醤をお持ちしましょう」と流暢な日本語で対応してくれる。塩卵の粥はないんですかと尋ねると「塩卵の輸入が厳しくなったんで、日本で作ってるんですよ。何日か経ったら出来ますから食べに来てください」とのこと。気配りは香港的ではなく、丁寧な日本スタイル。これまた良い感じ。続いて運ばれて来たトロトロの東坡肉も美味しい。「ここは良い店だね♬」妻の評価が俄然高くなる。うん、確かに気持の良い店だね。また食べに来たいね。ご近所にあったらかなり嬉しいねぇ。店名の通り、香港の路地裏にありそうな、お気軽で美味しい満足店。

気楽夫婦は決して美食家などではない。どこかのガイドブックの☆の数には全く興味がない。他人の評価を参考にすることはあっても、妄信することはない。そこそこの対価を支払えば美味しいものは手に入る。しかし、味だけで満足できる訳ではない。客が店主に気を使いながら食べるなどという店は選びたくはない。自分たちの好きな味が、料理やサービスに相応しい適切な価格で、心地良いサービスと共に提供されれば満足。そこがお気に入りの店になる。「香港ロジ」もそんな店のひとつになりそうだ。B級的香港を味わいたくなったら、また妻と一緒に訪ねよう。

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2008年12月 7日 (日)

水のある風景、川のある街「リバーサイドタウン、盛岡紀行」

Photo_14 Photo_15Photo_24 30歳の誕生日を、出張先のその街で迎えた。厳寒の2月。地元の取引先の女性たちに連れて行ってもらった1軒目で、三陸産の海産物を肴にたらふく美味しい酒を飲み、2軒目のバーではママさん(ただし男性)の歌をたっぷり聴かされた。カウンタだけの小さな店。店の照明を落として、自分にだけ(スポットライトのように)ダウンライトを当てて歌う『リバーサイドホテル』。思わず聞き惚れる歌唱力。負けじと歌ったのは何の歌だったのか。店を出て、酔っぱらいながら川沿いの道を、カチンと寒い街を彷徨った。あぁ、こうして自分は「30歳」というとんでもない年齢になってしまったんだと、しっかりと、それでも半ば夢のように記憶に刻んだ。可能性は無限ではないと気付き始めていた頃の、遠い遠い記憶。

Photo_16 Photo_17 んな記憶を再現するために(という訳ではないが)、ある秋の週末、妻と共に盛岡に向かった。迎えてくれたのは、その遠い日の案内人の1人だった友人。彼女の出演する東京公演を妻と一緒に観たり、3人で食事をしたりと、細いけれど長い縁が続いていた。「予定通りの店で良いですか」事前に何通かメールのやり取りをしたこともあって、前回会った時からの時間はさほど気にならない。街の小さな居酒屋のカウンタで、鉄板で焼いた絶品の牡蛎、地のキノコの天ぷらなど、地元の味を堪能する。地元の文化事業団に勤務する友人とは、もっぱら芝居談義。改めて共通の知人を発見したり、懐かしい人の消息を聞いたり。酒が進み、酔いも進む。良い酒だ。旨い酒だ。

い街だよね」2軒目のバー(ママではなく、お洒落なマスターのいる)を出ると妻が言った。「でも、もう帰るよ。かなり酔っぱらってるでしょ」こんな時は、一滴も飲まない冷静な妻に従うに限る。友人と再会を誓い、夜の街で別れる。

Photo_18 Photo_19 Photo_23 朝、友人の勧めもあり、前から訪ねてみたかった「神子田の朝市」に向かう。お目当ては「ひっつみ」。早朝の空気で冷えきった身体を暖め、妻の笑顔を呼ぶ優しい味。冬でも毎日(月曜休)開催されている奇跡的な朝市。決して観光客向けではなく、地元の生産者が地元の住民に向けて農産物などを販売している、この街の貴重な財産。貴重と言えば、盛岡は街のあちこちに古い建物が残され、景観に溶け込んでいる。民家の軒先に飾ってあるオブジェも、古い商店街の歩道を整備した際に設置された宮沢賢治の像も、不来方の街に馴染んでいる。ぶらぶらと建物を眺めながら散策するには実に良い大きさの街だ。中津川沿いの道を歩く。産卵し終えて傷だらけの鮭が懸命に泳いでいるのが見える。冷たい風が心地良い。銀杏の金色を敷き詰めた小径を経て、不来方の城に向かう。

Photo_20 Photo_21 Photo_22 来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心・・・だったかな。盛岡城址公園に石川啄木の歌碑があるというと、妻が不思議な顔をする。「啄木って函館でカニと戯れてた人じゃなかったの」妻は歴代のアメリカ大統領の名前や、ニール・サイモンの戯曲を知っていても、日本の文学者に興味はない。うん、確かに。函館で蟹とね・・・。歌碑を眺める振りをしつつ、こっそり間違えていなかったかと確認する私。よしっ!正解。次は冷麺だ。元祖平壌冷麺を名乗る「食道園」を訪ねる。ここも友人に勧められた店。文句のない王道の味。きっちり美味しい。食後は宮沢賢治の「注文の多い料理店」を出版したことで知られる光原社の珈琲館でお茶。これまた盛岡観光の王道。北上川沿いにあるこの店の中庭の白壁には宮沢賢治の詩。鳥の声に空を見上げると、北に向かう白鳥の群れ。不思議な時間が流れる空間だ。

い街だったね。また来たいって思わせる魅力があるね」水のある風景、川のある街はなぜか心地良い。ボストン、NYC、博多。いずれも妻のお気に入り。そして、古い顔を残しつつ、新しいものを取り込み、街の色として溶け込ませる。そんな街。妻に気に入ってもらえる確信があり、連れてきたかった街。またきっと来ようぜ!『リバーサイドホテル』を歌ったママも健在らしい。怖いもの見たさで次はぜひ!「えぇ〜っ。それはいらない」ま、そうだろうけど。

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2008年12月 6日 (土)

良い夫婦×3=「お祝いの風景」

Photo_3 Photo_5家に嫁いだ弟(正確には農家に種苗などを販売するお店を経営する家に婿養子に行った末弟)が、家と店舗を建て替えた。お客さまに夜も明けない時間から起こされ続けながら(農家の爺婆は朝が尋常ではなく早い)懸命に商いをした結果。これは是非ともお祝いをしなければ。という訳で東京駅から北に向かう新幹線に乗り、弟の住む街に向かった。新幹線とは言っても、正式に新幹線と言えるのは雪を被った吾妻連峰を望む福島まで。そこから先は、踏切のある在来線を通る特急列車。急勾配をのんびり走る峠の風景はすっかり雪景色。シャキーン♪シャリン♬紅葉前線も訪れていない都内からの観光客が、車窓の風景に盛んに携帯カメラのシャッターを押す。季節のメリハリのある日本の風景、日本の気候を実感する時間。

Photo Photo_7 まで迎えに来てくれた施主(末弟)の車で新居に向かう。かつて苗床が並ぶビニールハウスの建っていた場所に、白亜の邸宅が威風堂々と建っている。我家のベッドルームぐらいの大きさの玄関を入ると、蔵王連峰を望む明るく広いリンビングルーム。キッチンから続く暖房付きバスルームもビッグサイズ。圧巻は老夫婦の寝室のすぐ隣に設置した引戸式トイレ。これまた巨大。子像でも用が足せるぐらいの大きさ。さらに、全ての廊下は車椅子でも楽に通れる幅を確保。もちろん廊下にも階段にも手摺を設置。全室の壁と床には温かい空気が流れる暖房設備。いずれも年老いた義妹の両親のための設備。そして、寒冷地であるが故、もしもの場合のリスクを考えた配慮。

Photo_8 Photo_9寄りばかりの家になってしまうからね」義妹が小さく呟いた。子供のいない弟夫婦。新居では老いた両親と4人暮らし。今は両親のための設備でも、遠くない将来には自分たちにも必要になる。家の周囲には種苗用の畑やビニールハウス。店は住居の目の前。職住接近の、定年のない仕事とは言え、定休日も(事実上)ないたいへんな仕事。そんな家族には「家」という器の存在は大きい。「明るくて、暖かくて、良い家ができて、ありがたいよ」と笑う義妹の母。「元気でこうやって仕事ができるのが一番だ。そして帰ってくれば旨い酒がある」義妹の父が嬉しそうに語る。挨拶もそこそこに老夫妻は家の隣の畑仕事に出かけて行く。働くことが、働けることが老夫婦にとって何より幸福。そんな両親を見守りながら共に暮らせることが、若夫婦にとって何より安心。

Photo_10 Photo_11 んな弟家族のお祝いにと持参したのが「真寿泉」という富山の銘酒。行きつけの居酒屋「なかむらや」の店主に相談したところ、それならと代わりに仕入れてくれた逸品。めでたい名前と、お祝いに相応しい馥郁たる酒。くきっとした歯触りが堪らない食用菊、赤ネギなど地の野菜がたっぷり入った「芋の子汁」など、珍しくも美味しい弟の手料理に舌鼓を打ちながら昼酒。贈り先の家長たちが飲む前に、味見をしてしまう私は不届き者。しかし、幸せそうな弟の家族を眺めながら飲む酒はしみじみ旨い。遅れて到着した長弟夫婦も合流。兄弟夫婦が揃った。当日は11月22日。兄弟夫婦のそれぞれの組合せが、それぞれ良い夫婦なのだろうと顔を見回す。「なんだか不思議な光景だなぁ」1人娘の妻が呟く。母の死や、お互いの年齢、いろんなことを経て、自然に集えるようになった3組の夫婦。短い滞在時間ながら、温かく、嬉しい祝いの席だった。

・・・「さぁ、次の街へ行くよ!」こんな時の妻の行動は機敏だ。

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2008年11月30日 (日)

きっとまたいつか?「小田和正@東京ドーム」

Photo_3たとえ君が目の前にひざまづいてすべてを「忘れてほしい」と涙流しても・・・♬高校時代、若く、真っすぐで、一所懸命な恋をしていた。すきま風の吹き込む体育館、放課後の公園、駅までの通学路。オフコースの「眠れぬ夜」の歌詞が恋の傷に沁み、小田和正の透き通った声とメロディに癒され、痛く、温かい背反する感情が私を包んだ。まだオフコースがメジャーではなく、小田和正と鈴木康博のデュオになり、小さな会場でライブをやっていた頃のエピソード。売れていないのに、気高きアーティストだった。今でも「眠れぬ夜」を聴く度に、その頃の、甘く、苦く、柔らかな情景が浮かんで来る。そして、今でも季節の替わり目などに、「僕の贈りもの」の歌詞がふと浮かび、(お風呂などで)思わず口ずさんだりもする。オフコースは、私にとってそんな存在だった。

Photo_4 して、1989年2月に解散するまで、数々のヒットと大勢のファンを得た頃には、ちょっとオフコースとの距離が開いてしまっていた。当時、テニス仲間の可愛い女の子(当時)にオフコースの解散コンサートに誘われた。当然一緒に行こうと約束し、チケットも予約してもらったのに、直前に私の都合で(どんな理由かも忘れてしまったけれど)行くことができなかった。その後、小田和正がソロで活躍し、ヒット曲を連発し、メジャーになり、ポップスターになるにつけ、小田和正の曲も、声も相変わらず好きなのに、どんどん私との距離は離れて行った。(デビューした頃の村上春樹作品が好きで、「ノルウェーの森」辺りから少し距離感を持ってしまった気持と少し似ている)それでも、オフコースや小田和正のベスト版を買うぐらいのファンではあった。

Photo_5 2008年初冬のある日、そんな私が妻と一緒に東京ドームにいた。妻の方針に従った結果であり、もちろん、初「生」小田和正。初恋の人と無理やり会わせられるような微妙な気分。席は2階席。ステージはほとんど観えないだろうと席に向かうと、目の前には観たこともないステージレイアウトが。アリーナの中心にセンターステージ、その周囲に4つのサブステージ、それらを繋ぐ長い通路。そしてメインのステージの裏にも客席がある。そして、各所にスクリーン。アリーナの客席はメインステージを向かず、センターステージ向きにセッティングしてある。(調べてみると、小田和正のツアーでは恒例で、それぞれ「花道」「オン・ステージ・シート」などと呼ばれているらしい)いわゆる見切り席が出にくいレイアウト。凄い。6時30分という早い時間の開演にも関わらず、どんどん席が埋まって行く。年齢層は幅広く、親子連れの姿も目立つ。空席は全く見当たらない。凄い。

Photo_6ンストルメンタルメドレーで最初に「僕の贈りもの」が流れ、開演。いきなり涙腺が刺激される。やばっ。そして最新シングル「今日もどこかで」で初の生声。凄い。齢61歳とは思えない声の伸びやかさ、相変わらずの澄んだ歌声に鳥肌が立つ。オフコース時代の曲も含め、耳にしたことのあるメロディが続く。スクリーンや電光掲示板に歌詞が表示されるという細やかなサービスに関心している間に、メドレー。「眠れぬ夜」が流れると、私の目からも水分が流れる。妻にバレないように、こっそりと涙を拭う。大きな会場を走り回り(腰を痛めたそうで、ゆっくりと)歌い続ける61歳。凄い。映像で観る小田和正よりも、むしろ若々しいぐらい。そして、何度も何度も「どぉもぉ!」とお辞儀をして、何度も何度もアンコールに応え、終演は10時過ぎ。公演時間3時間30分以上。途中ビデオ放映があったものの、ずっと独りで語り、そして歌い続けた超人的なアーティストだ。考えてみたら、ビリー・ジョエルよりも年上!凄い!

のサービス精神溢れたステージが、この動員を生むのだろう。(熱狂的なファンが宗教的な空気を作っているのかと危惧したけれど、それも全くなかった)そのアーティストとしての姿勢に素直に脱帽し、改めてファンになる。初恋の人と再会し、改めて恋に落ちた気分。妻に感謝。「声は全く年齢とってないねぇ。それに、意外と脱力してたし、良い感じで老けてるんだね」きっと、年齢を重ねて聖性(誤解のないように言えば、近づき難さ)がなくなったのかもしれない。この時期に初めて生で聴いて正解だったのかも。ツアータイトル通り、きっとまたいつか!そう思わせる素晴らしいステージだった。

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2008年11月24日 (月)

親父の汗、親父の勲章「緑綬褒章」

Photo_8る日、珍しく故郷で暮らす親父からの留守電メッセージが残されていた。「相談したいことがあるから電話が欲しい」との内容。うぅむ。振り込め詐欺に遭う程には耄碌はしていないと思うが、プライドの高い父親が息子に“相談”することとは何だろう。悪い予感がする。同居する弟に何かあったのか。慌てて携帯に電話すると留守電モード。そう言えば、夜が早くなった父親はとっくに寝ている時間だ。改めて翌日電話をすると、「緑綬褒章を貰うことになった。東京は不案内だからいろいろと教えてくれ」とのことだった。ふぅ。良かった。詐欺ではないのね。ところで、緑綬褒章?「国土交通省で受章式典があって、その後皇居に参内するらしい」ふぅ〜ん、皇居に参内ねぇ。・・・えっ?皇居って、天皇のお住まい?天皇に謁見するということ?凄いじゃないか。おめでとう!

Photo_9えるものは貰っておこうかと思って」照れたように、ことば少なに語るけれど、そのことばに嬉しさが滲み出ている。周囲は大変なんじゃないか?「まだ正式に発表されていないが、祝賀会の手配やらで大変だ」ちっとも大変じゃなさそうに、迷惑そうに(聞こえるように)説明をする父。聞けば、長年自治会長を務める父達が中心になって行って来たボランティア活動が認められ、団体(自治会)として受章するらしい。この春の褒章の際に、杉良太郎が(芸能分野で受章する紫綬褒章ではなく)長年の慰問活動で受章し話題になったのが緑綬褒章。唯一、団体で受章できる褒章でもあるらしい。「文化勲章ほどじゃないが、そのちょっと下ぐらいか」冗談なのか、本気なのか。いずれにしても、父の年代にとっての褒章は特別な意味を持つことだろうし、何より流した汗が認められたということは、誇らしいことだ。

Photo_10

っそく調査開始。集合は授章式当日の朝10時。前日から宿泊の必要があるだろう。服装は一般的にはモーニングらしい。すると貸衣装か。記念写真も手配する必要があるだろう。だったら全てホテルにお願いするか。「息が詰まるから、そんなに高級なホテルにするなよ」という父の要望もあり、国土交通省にほど近いグランドアーク半蔵門の和室(檜風呂付き)を予約。亡くなった母の代わりに、横浜に住む伯母を誘い、妻と一緒に4人でお祝いの食事をすることにする。父が上京し、一緒に食事をするなどという機会はもう少ないだろう。もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれない。父にとっても、老いていく自分への花道が準備されたという意識があるらしい。私ができることなら精一杯お手伝いしよう。

日、東京駅までお迎え。横浜から独りで電車に乗ってやってきた80歳の伯母もピックアップしてホテルに向かう。合流した妻と一緒にチェックイン。明日の会場となる国土交通省と皇居のお堀を臨む良い部屋だ。さっそく祝杯。料理を摘みながら、昔話に花が咲く。父の辿って来た道を想う。そして、自分の辿る道を想う。私はどんな老後を迎えるのだろうか。翌朝、ホテルの衣装室で着替え記念撮影。「受章の報道があってから、いろんな業者が売込に来るんだ。この勲章佩用の金具も、業者のプレゼントだ。まだ何も買っていないのに」そんなエピソードを語る口調も嬉しそう。国土交通省までタクシーに同乗し見送る。「何から何までありがとう。世話になったな」殊勝なことばに少し照れる。良い式になると良いね。警備員の「おめでとうございます♪」の挨拶に迎えられ、庁内に向かう父。次々にモーニング姿や色留袖の晴れがましい人々がタクシーから降りて来る。急に場違いな気持になり地下鉄の駅に急ぐ。私ができることはここまでだ。

方、父に電話をする。無事に東京駅まで行けた?「あぁ、もう東京駅だ」ん、口調にちょっと不機嫌さが混じっている。勲章付けて写真撮った?「団体での受章は勲章がないんだそうだ」・・・ふぅん。不機嫌の原因はそれか。勲章を飾る専用の額まで売り込みに来ていたという業者の知識も、国土交通省の事前説明も不足していたということか。まぁ、受章にケチが付いた訳ではない。笑い話にしてしまおう。・・・でも、それができないのが父。まぁ、仕方がない。目に見えぬ勲章を佩用金具に下げて、胸を張って撮影された(であろう)父を想う夕暮れ時だった。

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2008年11月22日 (土)

ショコラ、ショコラ、ショコラ「ショコラティエ・ミキ」他

Photo 気楽夫婦が南半球の羊の国でスカッシュワイン三昧の日々を過ごしていた頃、北半球の花の都でチョコレートと格闘していた女性がいた。2人が住む街に小さな店を持つショコラティエンヌのミキちゃん。日本では新宿伊勢丹で開催されることで有名になった「サロン・デュ・ショコラ」のパリ会場に参加したのだ。規模も雰囲気も(百貨店の催事とは)全く違う大イベント。ある週末、直接パリでの様子を聞くために彼女の店を訪ねた。ドアを開けると「あぁ〜、IGAさん、こんにちは♪行ってきましたぁ」と相変わらずの可愛らしい声で出迎えられる。パリはどうだった?「とぉっても、たいへんだったんですけど、貴重な経験でした。きっとこのことは一生記憶に残ると思います」ん?何かトラブルでもあったの。

Photo_2輸したボンボンショコラがダメになっちゃったんです。見た目では分からないんですけど、味はいつものと全く違っていて、これを食べていただく訳にはいかないと思って、全部廃棄しました。勇気が要りました。きっと私がチョコたちに無理させちゃったんです」それは凄い。で、代わりに現地で作ったの?「いえ、後から来てくれたダンナ様にオランジュを持ってきてもらって何とか間に合いました」明るく話すミキちゃんは、なんだか職人として、経営者として、ひと回り大きくなっていた。嬉しく、ちょっと眩しい気分。それはそうと、今日は何を買おうか。「よろしければ、秋の限定マロンを召しあがってみてください」「じゃあ、今日はねぇ、マロンを4つ、ノエルを2つ・・・」妻が嬉しそうにボンボン・ショコラを選んでいく。この繊細なショコラたちは妻のお気に入り。大切に、大切に味わって食べる幸せな味だ。

Photo_3 ころで最近、私が買って帰る定番みやげがある。クライアントの事務所がある自由が丘の割れチョコ専門店「チュベ・ド・ショコラ」のチョコレートだ。元々は割れてしまったチョコを販売したところ、人気が出て最近ではわざわざ割って販売しているという、本末転倒的な、とは言ってもやっぱり美味しいチョコの店。ミルク、ビター、ホワイト、マーブルなどのチョコにアーモンド、クランチなどの組合せがあるため種類も豊富で、毎回訪問の度に悩んでしまう。「割れチョコミックス」という詰め合わせもあるが、数量限定のため買えた試しがない。けれど、割れているから食べやすく、甘さも抑えめで、ボリュームも充分。仕事の帰り、待ち合わせた妻にチュベ・ド・ショコラの袋を渡すと目が輝く。「やったぁ♪すぐ食べて良い?」感情表現の薄い妻としたら最高のテンション。大胆にガブッとかぶりつく幸せな味だ。

Photo_4 して、妻の好みが分からなくなってしまう!と友人に言われるのがこれ。「シーズ・キャンディズ」だ。カリフォルニア発祥の、いかにもアメリカのチョコの味。ガサガサと詰め合わせてもらい、ワシワシと食べる、椎名誠的なお気軽チョコレートとして妻の大のお気に入り。なのに今はベルギーやフランスの上品、大人系のチョコに押されたのか銀座と原宿に店舗があるのみ。最近はご無沙汰。友人の映像作品上映会を観に原宿まで出かけたある週末、「シーズ行くよ!」と宣言する妻。お店に入るや「値上がりしたね(怒)」と呟く。とは言え、定番の「ナッツ&チュウズ」をきっちりとご購入。「ふふふ♪」とほくそ笑む妻。彼女のチョコレートの好みの軸は、どこにあるのだろう。「美味しさはひとつだけじゃないし、それぞれが美味しいのさっ!お酒もそれぞれ飲み方と味が違うでしょ」むむむ、そう言われればそうではある。しかし、100g単位で体重を気にするのに、このチョコの消費量は・・・。かくして我家の冷蔵庫はビールとワイン、そしてチョコレートの保管庫と化すのだった。

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2008年11月21日 (金)

カレー、カレー、カレー「しまうまカフェ」

Photo_5る日の午後、私はクライアントの事務所に向かっていた。午後一番でのアポイント。まだランチを取ることができず、空腹のままで自由が丘の街を急ぐ。小さな路地の入口に、小さな看板がふと目に入る。「猫背」とある。変わった名前だ。どうも店の名前らしい。小さな文字でカレー&カフェと書いてある。へぇ〜っカレーかと思った瞬間に、頭の中がカレー一色となった。カレー、カレー、カレー。仕事が終わったらこの店でカレーを食べよう!カレーだ、カレーだ。口の中がカレーの味になる。ごくんと唾を飲み込んで事務所に入る。カレーは忘れろ、カレーは忘れろ。しかし、脳内細胞はすっかりターメリックに染まっている。あぁ、カレー。

Photo_6 ぁ、仕事も終わった。遅いランチだ。カレーだ、カレーだっ!勇んで「猫背」に向かう。思わず小走りになる。が、店に着くとそこには無情にも「準備中」の看板。あぁ、私のカレーが、ランチが。しかし、数時間前から頭の中はカレー。それも、その日、自分のイメージしたカレーの味。欧風でも、インドの本格派でも、タイのカレーでも、おフクロの味でもなく、喫茶店(カフェでも可)のカレー!そんなカレーを探しに自由が丘の街を急ぎ足で歩く独りのオヤヂ。ステーキと焙煎カレーの「フランス亭」は店の雰囲気が違う。うぅ〜ん、「茶の子」のカレーは1,200円かぁと通り過ぎる。何軒か迷いながら店先を覗き、南口までやって来た。

Photo_7 った!ここだ♪以前打合せでも使ったことのある人気店「しまうまカフェ」。メニューにカレーがあることを確認して窓際の席に座る。「牛肉とたっぷり野菜のパンジャブカレー」をオーダー。サラダと豊富なメニューから選べるドリンクが付いて1,000円。お得。その上、グラスワインでもOKと聞いて心が揺らぐアル中オヤヂ。しかし、今日はカレーに集中だ。冷静さを取り戻し、アールグレーのミルクティを選ぶ。しばらくして運ばれて来たのはこヂャレた盛り付けの上品カレー。(私の勝手な)イメージとは違うが、待望のカレーだ。うん、美味しい。パンジャブとは、インドのパンジャブ地方のさらっとしたスパイシーなカレー。ん、量は自由が丘系女子には適量。体育会系男子にとっては3杯食べてもおやつ程度。

ぅ。(実に小さな)目的を達成し、ほっと一息。ようやくカレーの文字が脳内細胞の奥底から去って行く。慌ててカレーを平らげた分、のんびりとアールグレーを啜る優雅な午後。この店の紅茶はポットサービスで、ミルクも温めてある。これは紅茶派の私にとってポイントが高い。紅茶の種類も何種類か選べる。これも嬉しい。カフェたるものこうであって欲しい。残念ながら日本ではコーヒーに比べて紅茶の扱いは低い。コーヒーと同じ冷たいクリームが出て来たり、ティバッグだったり。色付きのお湯と呼びたくなるものだったり。浅いティカップに上品に1杯だけだったり。(ひと口で飲み干せる)ちょっとしたホテルのラウンジでも、がっかりする味の紅茶が出て来ることもある。しまうまカフェは(私の好みからすると)紅茶の味はやや薄かったけれど、文句なく合格点。駅から近いこの店は打合せでも便利。ということで、またお邪魔します。

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2008年11月15日 (土)

帰国祝いパーティの夜「萬来軒とBAR808」

Photo Photo_2 NYCに住んでいた友人夫妻が帰ってきた。駐在生活5年余り。その間、2人が一時帰国したり、日本から何人かがNYCを訪ねたりしたけれど、いつもの仲間が全員集まるのは久しぶり。ある週末の夕方、お気楽夫婦の住む街の駅の改札で待ち合わせ。ご近所に住む友人(夫)と一緒に2人を待つ。余りに久しぶり過ぎて、楽しみでもあり、照れてしまうような、ちょっとくすぐったい気持を抱えながら。ホームからの階段を降りる2人の姿が見える。お互いに満面の笑顔が零れる。「久しぶり〜っ♪」「ほんとだねぇ♪」そう言いながら改札を出る2人をハグで迎える。気が付くと改札の周囲の視線が集まっている。「気にしない!だってアメリカ人だもんっ」帰国間もない友人(妻)が開き直る。うん、気にすることはない。NYCを訪ねたお気楽夫婦をJFKで待っていてくれた友人夫妻。その時のハグのお返し。ほんとに帰ってきたんだねぇ。

Photo_3 Photo_4 国祝いパーティ1軒めは、ご近所の友人宅でティータイム。数年間、直接伝えられなかったお互いの近況を語り合う。数年の時間が一瞬の内に縮まる。取り留めもない話に笑いが起る。突っ込み、突っ込まれる組合せは、彼らがNYCに行く前と一緒。ボケ具合も、突っ込みのスピードも衰えていない。スカッシュ仲間専用の伝言板をサイトを友人が作ってくれた。そこに書き込まれたお互いの小さなエピソード。私の拙いブログの記事。毎年NYCから送られて来たメトロポリタン美術館の卓上カレンダー。お気楽夫婦宅でパーティをやった時に、国際電話で参加してもらったこともあった。NYCを訪れた際には美味しいお米や梅干しを買って行った。・・・そんな、実にいろいろな事柄で仲間は繋がっていた。日本とNYC、10万㎞の距離を軽々と飛び越えて。・・・ほんとに帰って来たんだねぇ。

Photo_6 Photo_7んっとに楽しみにしてたんだぁ♪」NYCの友人を迎えるには、この店。私が30年近く通い詰める萬来軒。皆で毎年秋には上海がにを食べるために集まる店でもある。「IGAさんのブログを読みながら、あぁ食べたいって思っていたんだ」3組の夫婦に加えて、1組のカップルと唯一独り者の友人(♂)が合流。「あぁっ!おばちゃん久しぶりです」お土産を渡す友人夫妻。「お帰りなさい、長かったねぇ」「おじちゃんの料理食べたかったんだ」いつものメンバーと、いつものメニュー。いつものおじちゃんの味。サイマキ海老の紹興酒漬、海鮮春巻、四川水餃子・・・そして蒸し上海がに、麻婆豆腐。「やっぱり美味しいねっ♪NYCにはなかったんだ、この味。いつでも食べに来られると思うと、とっても嬉しい♪」NYCになかったのは、きっと皆でわいわいと食べる、この味だ。

Photo_8Photo_9の店「BAR808」では美味しいワインが待っていた。お気楽夫婦の羊の国土産、そしてNYC土産(人気のトレーダー・ジョー)の、いずれも絶品のシャルドネとソーヴィニョン・ブラン。おつまみは、チーズとイチジクジャム、博多通りもん、モンサンクレールのマドレーヌなどヴァラエティ豊かで節操もなく。9人の仲間のそれぞれの個性のように。語って、笑って、飲んで、また笑って。そして楽しく、嬉しい時間は瞬く間に過ぎて行く。そろそろお開きの時間だ。本来は終夜営業の予定だったBAR808。けれどNYC帰りの友人夫妻には可愛い愛犬が待っている。でも大丈夫。10時間以上も掛けずに、また皆で集まれる。また皆で美味しい酒が飲める。欠けたピースが元のように収まった。

日、ご近所の友人夫妻と一緒の夕食。「それにしても、Mちゃん(NYCから帰って来た友人(妻))、なんだか強くなったねぇ。なんか、しっかりと軸ができた感じ」と妻。NYC駐在5年余り、NYCで揉まれてたくましくなったのか。「え?そう?」何のことという感じのご近所の友人(妻)。「うん、僕もそう思った」同意するご近所の友人(夫)。「えぇ〜っ!私だけ?!何それぇ?」と友人(妻)。・・・相変わらずの関係ではある。友が(ニューヨーカーのままで)帰って来て、ますます楽しみが増えたお気楽夫婦である。

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2008年11月 9日 (日)

ショップカードを受け取りに「ニュージーランドの手」

Photo_3Photo_4Photo_5ライストチャーチの空港に降り立った時、澄み切った青空がお気楽夫婦を迎えてくれた。調べてみると、確かにNZは大気に含まれる塵が少なく、鮮烈とも言える空の青さはそのためだという。そんなNZ滞在中のある日、試合が終わった後、旧カンタベリー大学の校舎を利用したクライストチャーチ・アートセンターを訪ねた。タクシーを降りて建物に入ろうとした瞬間、ふと見上げると見事な夕焼け。思わず息を飲んだ。そして中庭にはその空に続く階段。センスの良い空間デザイン。いずれも澄んだ空の色にぴったりな風景だった。

PhotoPhoto_2Photo_6 ころで、ニュージランドを訪れて驚いたのは料理とワインの美味しさ。街の風景はイギリスに近いのだけれど、料理やワインはイギリスとは大違い。カジュアルなお店に入って、お手軽価格のワインを飲んでも、決して外れなかった。特に白ワインの美味しさは、期待した水準以上。事前予習のために訪れた都内のNZ料理「アオテア・リンギ」の店長に教えてもらったお店「Saggio di vino(サギオ・ディ・ヴィノ)」のワインも素晴らしかった。盛り付けやサービスもいずれも合格。お気取り系のパリのお店よりも、よほどリラックスして楽しめる。但し、どの店もオードブルも、メインも、サラダも一気に出て来るのはいかがなものか・・・。

Photo_7 Photo_8 Photo_9 カッシュの観戦、参戦に明け暮れたNZ滞在ではあったが、試合の合間に訪れたクライストチャーチの街の風景も印象的だった。街の中心に清冽なエイヴォン川が流れ、その周辺に広大なハグレイ公園の緑が広がる。165ヘクタールもある公園の中には、ラグビー場、クリケット競技場、ゴルフコース、テニスコートなどが複数(それもかなりの数が)あり、市民の憩いの場となっている。街の街路樹もきちんと管理されており、緑の保全にはかなりの予算を使っているはず。落葉の処理に困り樹を切ってしまうことの多い東京に住む身としては、実に羨ましい限りだ。

Photo_10Photo_12 Photo_11本帰国前にツアーメンバーと一時別れ、2人で訪ねたオークランドも気持の良い街だった。若い頃にヨットやディンギーの経験のあるお気楽夫婦が真っ先に訪ねたのが街の中心にあるアメリカズ・カップ・ヴィレッジ。2000年にアメリカズ・カップがオークランドで開催された際に再開発したベイエリア。巨大なクルーザーが係留されるマリーナ近くにこぢゃれたマンションが建ち、その1階にはシーフードレストランなどが軒を連ねる。青い空と白いセイルが似合う、爽やかな街並。「良いなぁ。住むんだったらここが良いね」その中の1軒のレストランでシーフードを食べながら妻が呟く。そうだね。今度は長期滞在で来てみたいね。帰り際に妻はコレクションしているショップカードの在処をスタッフに尋ねる。「あぁ、ごめんね。今切らしてるんだ。また来てよ、準備しておくから。ところで今日はオークランドの初日かい」残念ながら、最終日なんだ。「あぁ、そうか。だったらまたニュージーランドに来た時に寄ってもらえば良いさ。楽しみにしてるよ♪」

フリカの手」ということばがある。一度アフリカを訪れ、その魅力に触れ、アフリカの手に包まれると、人はまたその地を訪れたくなるという。日本帰国の朝、オークランド空港に降り立ち、ヨットのセイルを模したターミナルを眺めた時、お気楽夫婦ははっきりと自覚した。あぁ、ニュージーランドの手にすっかり包み込まれてしまったと。

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2008年11月 8日 (土)

日の丸を背負って「ワールド・マスターズ・スカッシュ」

Photo_2の夏、北京オリンピックをTVで観ながら日の丸の重さについて考えさせられた。日の丸の重圧に負けて力を出し切れない選手がいた。事前準備や采配を酷評された監督がいた。国の代表として試合をすることがいかにたいへんなことか。参加することに意義があるとばかりは言っていられないプロの世界は厳しい。ところで、ワールド・マスターズ・スカッシュの(選手選考も全くない)日本チームの一員として、お気楽夫婦も初めて日の丸を背負った。ツアーメンバーの女性プロの1人がデザインしてくれた揃いのポロシャツ。胸に日の丸、背中にJAPANの文字。誇らしくもあり、妙に気恥ずかしい。日の丸を背負うに足る実力がないという自覚があるからこそ。逆に言えば(おこがましいけれど)それも日の丸の重圧。

Photo Photo_4会の初日。ツアーメンバー全員で開会式に参加し、お揃いのポロシャツで記念写真を撮影。お気楽夫婦も照れながら写真に収まった。けれどこの写真の中には文字通りの日本代表選手と言えるメンバーも多く、彼女たちは結果も残した。女子OVER35では、スペシャル・プレート(本戦2回戦負けドロー)とプレート(本戦1回戦負けドロー)のベスト4にそれぞれ3人づつ進出し、決勝はいずれも日本選手同士の対戦になった。つまり参加メンバーは、全体の9位、10位、11位、17位、18位、19位、ということ。素晴らしい成績。自分たちの試合の関係で彼女たちの試合はひとつも観戦することができなかったけれど、インチキ日本選手団の一員としてとても誇らしい気持だ。

Photo_3 して、お気楽夫婦の戦績と言えば、全敗・・・。本戦1回戦で負けた後、プレート戦、さらにその敗者のプレート戦、さらにその敗者のプレート戦と、これでもか、これでもかと試合が組まれていた。初日の練習を含め、いずれも短時間とは言え5日連続スカッシュをしたのは初めての体験。その上腱鞘炎が完治しない右腕。ボールを打つ度に痛みをこらえながら試合を行うのは正直に言えば辛かった。手首のコックは利かず、甘いボールが多くなる。そこを決められる。「腕が使えない分、脚を使いましょう」コーチの山ちゃんのアドバイス通り、懸命にコート内を走った。以前のように打てないショットを補うために。そして、最終日を迎える頃には、毎日の疲労が積み重なり、お尻の筋肉はぱんぱん。もう出たくないと泣き言を零しながら会場に向かう。それでも最後だからと初勝利を目指して。

Photo_5 ころが、会場に到着し受付を行うと「おめでとう!今日は楽な試合だったね♪」とスタッフ。え?もしかしてW/O?聞けばやはり相手が故障しての不戦勝だという。え〜っ!腕にテーピングもして今日は万全だったのに・・・。上がっていたテンションを下げるために試合を行うはずだったコートに入ってみる。残念だけれど、ちょっと安堵している自分もいる。「ちょっと打とうよ!」一緒に付いて来てくれた友人がコートに入って来る。ラリーを続ける内に身体も温まる。腕の具合も悪くない。20分、30分とプレーを続ける。「調子良かったじゃないの」と、観戦していた妻。日の丸を背負わず、公式試合でもない、NZで初めてリラックスしたプレーができた。やはりこんなスカッシュは楽しい。「やっぱり私たちは試合よりも、お気楽スカッシュだね」帰国後、大会の記念品を整理しながら妻が呟いた。「でも、楽しかったね。また何年後かに、皆で一緒に参加したいね」2人にとっては、オリンピック同様に参加することに大きな意義があったワールド・マスターズ・スカッシュだった。

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2008年11月 3日 (月)

キーゥイはフレンドリーな体育会系?「NZ人気質」

Photo_7 ールド・マスターズ・スカッシュの試合会場で突然話しかけられる。「グッダイ!君は日本人かい?だったら○○さんを知っているかい」さぁ・・・知らないですけど。「あぁ、そうか。残念だ。彼と対戦するんだけど、試合前に話をしたかったのに」・・・なるほど。敵を知るというよりは、わざわざ9,000㎞を飛んできたスカッシュ仲間と友好を深めたいという雰囲気。「ところで、君の相手は?」対戦表を示すと、「おぉ、彼はキーゥイだね。良い試合を!」と会話が続く。ニュージーランドの人々は自らをキーゥイと呼ぶ。キーゥイとは羽が退化して飛べなくなった鳥、ニュージーランド固有種「キーウィ・バード」のこと。その呼称にはネガティブな響きはなく、むしろ親しみを込めて呼ばれている。マオリと呼ばれるニュージランドの先住民にキーゥイに関する寓話がある。森の王からの要請で、地上の虫たちによって病んだ森林を守る鳥としてキーゥイが地上に降りたという。自利よりも他利、相手を思いやる気持の象徴。

Photo_4

ールド・マスターズの会場にはそんなホスピタリティの心が溢れていた。OVER35や40のトップクラスの試合はともかく、OVER55、OVER60ともなると、試合よりも親睦優先。試合が終わると勝った選手が「Would you like some drink?」と負けた選手に飲み物をごちそうする。そしてもちろん自分の分も買ってきて「Cheers!」とビール瓶で乾杯。だから、あちこちの会場でビールやワインを片手に審判する選手たちの姿が見られる。妻が試合を終え、対戦相手のキーゥイのおばちゃんと記念品を交換。(女性の場合は飲み物ではなくプレゼントが多いようだ)記念写真を撮り合い、握手。「ニュージーランドは楽しんでる?試合は楽しんでる?」と聞かれる。「えぇ楽しんでますよ♪良い街ですね」と答えると、「それは良かったわ」と実に嬉しそうに再度握手を求めてくる。

Photo_5ぢゃれたワインバーでスタッフに写真を撮っても良いかと尋ねると、「私が撮りましょうか?」。暗い店内でフラッシュがたかれる。周りの客も温かく見てくれている。「縦位置でもう一枚撮る?」実にカジュアルでフレンドリー。あるワインショップでも「ニュージーランドを楽しんでいるかい?」ええ、毎日美味しいワインをたっぷり飲んでますと答えると、「それは良い」と何種類も試飲をさせてくれ、NZのワインの美味しさを丁寧に説明してくれた。(つい2本も購入してしまった)そして、そんな会話は「良い旅を!」と締めくくられる。

Photo_5

ーバーを眺めるレストランではスタッフが気さくに話しかけてくる。「どこから来たの?日本?だったら東京かい?東京には人がたっぷり住んでるんだね。この海鮮プレートは大きいって?僕はそうは思わないけど。でも、とても美味しいよ」早口のキーゥイ・イングリッシュでたたみかける。(実際このムール貝、手長海老、ホタテ、イカなどをたっぷり乗せたリングイネは、一皿でお気楽夫婦2人が食べるのに充分な量だったけれど)いずれもその口調は柔らかい。そして何よりも人種に対する偏見が少ない(ように感じる)。マオリ語やマオリ語に由来する固有名詞が街に溢れ、観光客の視線で見る限り、ヨーロッパ系の人種とマオリ、アジア系の人々が自然に融合してもいる。

Photo_8 して気付けばNZの街にはスポーツウェア姿、バックパッカー姿の人々が実に多い。通学の子供たちだけではなく、通勤姿の大人(女性も)が本格的なサイクルウェア、ヘルメット、アイウェアで街を颯爽と走っている。だから、会場間を移動する日本選手団のスポーツウェア姿は違和感なく街に溶け込む。そうなのだ。この国はスポーツが身近にある。国民的な人気のラグビーのニュージーランド代表チーム「オール・ブラックス」に代表される「観るスポーツ」だけではなく、ラグビー、テニス、スカッシュ、ヨットなど地域に密着したクラブ育成のプログラムがある。そして何よりスポーツを愛する、自然を愛するキーゥイ気質はそのライフスタイルに現れている。フォーマルよりカジュアル。ファッショナブルよりスポーティ。人懐っこく、フレンドリーなキーゥイは体育会系。ワールド・マスターズ・スカッシュのホスト国として、実にぴったりのお国柄だった。

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2008年11月 2日 (日)

リンコウくん登場!「マスターズ・スカッシュと世界の水準」

Photoールド・マスターズ・スカッシュOVER35の予選。こんな相手にここで負けたら皆に合わせる顔がない!(本人談)との思いで勝ち進んだ、我らがコーチ兼ツアーの団長でもある山ちゃん。本戦の1回戦の相手は、シード選手のPascal LINCOU(FRA)。ん?どこかで聞いたことがある名前だな。会場はクライストチャーチ・フットボール・クラブ。試合開始が遅い時間ということもあり、その日の試合を終えた日本選手団(結団はしていないが)20数名がほぼ全員集結した。4面のコートの後方にはガラス張りの窓を隔てて大きなメンバーズ・サロン。カウンタバーで、ソファで、ワインやビールを飲みながら観戦できる。試合を終えた大勢のマスターズたちが赤ら顔で戦績を語っている。

Photo_2 合開始直前、コート後方にワイングラスを片手に集まる日本応援団とフランス応援団。それにしても対戦相手の名前が気になる。フランス応援団の1人にこっそり尋ねた。彼は元チャンピオンと同じ名前だけど・・・。「そうさ!パスカルは兄貴だよ!一緒にプレーしてたんだ」うひゃ!やはりそうか。山ちゃんには伝えないでおこう。両国の大応援団の前で試合が始まる。息詰るラリーの応酬。1ゲームだけなら文句なく世界的プレーヤー(IGA評)の山ちゃんがリード。フランス応援団から激が飛ぶ。「Allez! Pascal!(行け!パスカル!)」声援に応えるように彼のボールがニックに決まる。「C'est Bon!」確かに素晴らしいショットだ。そして、山ちゃんのクロスがバックコートに突き刺さる。C'est Bon?フランス応援団に尋ねると「Oui,C'est Bon!」と微笑まれる。良いヤツらじゃないか。お礼にワイングラスを掲げる。(ルネッサ〜ンス!などとは言わなかったが)1ゲーム目は山ちゃんが先取。

Photo_3 の後もお互いに素晴らしいラリーが続く。日仏それぞれの応援団は相手のグッド・ショットにも拍手を贈る。実に良い試合だ。2ゲーム目からは次第にリンコウくんの自力が勝り、3バックで山ちゃんは惜しくも敗退。試合が終わり、フランス応援団の1人と話し込む。おめでとう。「Merci!YAMAZAKIは怖い選手だね。良い試合だった」ありがとう。聞けば、彼らはインド洋に浮かぶフランス海外県「レユニオン島」に住んでいる仲間だと言う。リンコウ兄弟はレユニオンの出身で、パスカルくんは今でも島で体育の先生をしているらしい。応援団も全員今大会に参加しており、今日は全員で応援に来たと言う。じゃあ、皆で一緒に写真を撮ろうよ。「おぉ!良いね!」ということで、2人の選手を囲み記念撮影。お互いのプレー(と応援)を讃え合い握手を交わす。この試合を観戦できただけでもNZに来た価値がある。パスカルくんにはぜひとも勝ち進んで欲しいものだ。

ころが、山ちゃんに尋ねると「いや、次は厳しいでしょう。相手は第2シードだし、現役ではなくても間違いなくPSAのトッププレーヤーだったでしょうからね。今日は僕が負けましたけど、ショットの切れは僕の方が良かったし、彼のショットだと通用しないでしょう」う〜ん、そんなものか。

Photo_4 して翌日。顔見知りになったフランス選手団の何人かと顔を合わせ挨拶。Bonjour! パスカルは今日はどうだい?聞けば、これから試合だとのことで2階から応援。・・・・・凄い。パスカルくんも善戦してはいるものの、第2シードのScott GARDINERのショットは桁違い。パスカルくんの素晴らしいショットを涼しい顔をしてリターンするばかりか、なぜそこに打てる?というコースにもの凄いスピードのショットが突き刺さる。ショットのヴァリエーションが無数にある。パスカルくんはコート内を動かされまくり、電池切れ寸前。ふぅ。これが世界のトップレベルのプレーか。パスカルくん、0-3で負けた後も、コート内でしばらく動けず。相手は息を切らした様子もなく、とっくにコートを出てしまった。パスカルくんに声をかけ写真を撮ろうとすると、辛うじて笑顔を向けてくれた。前日とはまるで別人。山ちゃんが、OVER35参加の女性プロたちが、身体で感じたかったという世界の水準がそこにあった。

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2008年11月 1日 (土)

選択と集中「羊の国のスカッシュコート」

Sq 本国内にあるスカッシュコートの数は500面弱。全国で230余りの施設に平均2面程度しかないという計算になる。それもほとんどが総合スポーツクラブの中にちんまりとある場合がほとんど。スペースの割には稼働率が悪いという理由で開設当時に何面かあったコートが徐々に減らされ、いつの間にかなくなってしまったクラブもあるらしい。スカッシュ専門の施設は全国に数えるほどしかない。供給数(コート数)はニーズ(競技人口)と比例する。経済的な側面から見れば仕方がないことではある。ニュージーランドの施設数は約300。ほとんどは専門施設かテニスやラグビーなどの併設クラブ。仮に平均4面として1,200面。スカッシュプレーヤーとして、羊の国のスカッシュコート事情は涙が出るほど羨ましい。

Photo_5 イトフライトでニュージーランドに到着した当日。ホテルに荷物を預け向かったのはクライストチャーチ スカッシュクラブ。ダウンタウンから歩いて10分程の閑静な住宅街の一角に建つスカッシュ専用のクラブ。コート数は5面。2階からも観戦できる構造。眠そうな顔をしていたツアーメンバーの目が輝く。お気楽夫婦が参加したこのツアー「山崎コーチと行くワールド・マスターズ・スカッシュ」の参加メンバーはほとんどが女性プロコーチ。OVER35以上のシニア大会とは言っても、現役の全日本ランキング上位者が参加するメンバーの顔ぶれは豪華だ。5人の女性プロ、アマチュアながら全日本選手権出場経験者が2人、そしてナショナルコーチの山ちゃん。素人プレーヤーはお気楽夫婦を含め4人だけ。2時間の練習とは言っても、日本では到底望めない贅沢な練習だ。

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人4人は山ちゃんのレッスン。2階からキーゥイのオヤヂたちが不思議そうに球出しやパターン練習を眺めている。時差ぼけ、寝不足の身体が急激に目覚める。心配していた右腕も使えそうだ。男前の鍼灸師の先生に感謝。そして女性プロの1人を指名してパートナーをお願いする。贅沢三昧。それにしても、羊の国は日本よりも国土の面積は狭いはずなのに、施設も、街も、街路も住宅も広々。かつて兎小屋と呼ばれた日本の住宅と比べると圧倒的に余裕がある。※羊の国の面積は26.8万㎢、兎の国は37.8万㎢と30%程度広いけれど、人口は兎の国が1億2,765万人に対し、羊の国は僅か427万人。なんと60分の1。そりゃ違うわ・・・。ちなみに羊の国の羊は3,000万頭以上らしい。羊と人間の数を合わせても日本の1/3。1人ないしは1頭当たりの国土面積は倍以上、人間だけだったら20倍以上ということだ。実感、納得の数字。

Photo_7

れにしてもスカッシュコートの数は人口比較以上の差がある。イギリス連邦でもある羊の国で盛んなスポーツは、ラグビー、クリケット、スカッシュ、テニス、ヨット、スキー、登山など。今年の北京オリンピックNZチーム選手団は15競技の185人で、9個のメダル獲得。それに対し日本選手団は26競技の339人で25個のメダル。数字上で比較するとNZは人口の割にオリンピック代表が多く、メダル獲得数も多い。参加競技数が少ないことからも、選択と集中で各競技のレベルを高めていると言える。残念ながらスカッシュはオリンピック種目ではないけれど、NZで“選択”されたスポーツということだ。NZ滞在2日目、私の初戦の会場であるバーンサイドSQクラブに向かった。並木道を車で10分余り、広大な公園の一角にそのクラブはあった。コート数4面のスカッシュとラグビーのクラブ。クラブハウスの隣にはラグビー場が数面(何面か分からない)広がっている。ふぅ。豊かさとは何だろう。タクシーを降りる時に女性運転手に声を掛けられた。「グッド・ラック!良い試合をね!」・・・ほんとに、豊かさの尺度は何だろう。

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2008年10月27日 (月)

ガーデンシティ&シティ・オブ・セイルズ「速報!ニュージーランド紀行」

PhotoPhoto_2 の国から帰ってきた。とは言っても一匹の羊も見ることもなく、南島、北島の2つの街で1週間余りを過ごした。そして、夢の中で羊を一匹も数えることもなく、痛めた右腕で毎日スカッシュをして、毎夕たっぷりのワインを飲んで、毎晩ぐっすりと眠った。・・・と言うことで、すっかり時差ぼけが抜けないまま、早朝に速報版の記事をアップしているという訳だ。訪れたのは、ガーデンシティと言われるクライストチャーチ、シティ・オブ・セイルズと呼ばれるオークランド。どちらも良い街だった。人々の生活が実に豊かだった。そう、この旅は“豊かさ”について考えさせられた旅だった。

Photo_4ライストチャーチでは6カ所のスカッシュコートがあるクラブを巡った。いずれもコート数は3面から8面。テニスコートやラグビー場を併設し、コートを臨むメンバーのサロンではビールやワインを楽しみながら観戦できるスペースがある。わずか35万人規模(品川区程度)の都市に、こんな施設がたっぷりある。生垣に囲まれた家は芝に覆われ、あらゆる街路には並木が続いている。文字取りのガーデンシティだ。オークランドではアメリカズ・カップの会場にもなったハーバーを見て回った。巨大なクルーザーが街の中心部に何艘も停泊している風景に度肝を抜かれた。そして繋留代も安く、人口あたりの船舶保有率は世界で最も高いらしい。ワイテマタ湾のいたるところにハーバーがあり、ものすごい数のマストの林が対岸からでも見て取れる。まさしく、シティ・オブ・セイルズ。

Photo_3ュージランドの春は8時ぐらいにようやく夕闇が訪れる。まだ明るい5時を回ったあたりで男たちがスタンディング・バーで酒を酌み交わし、ラグビー中継に歓声をあげている。リタイアした悠々自適の男たちだけではなく、ブラックスーツを着ている仕事帰りの男たちも。その手にはビールやワインのグラス。ニュージーランドでの一人当たりビールの年間平均消費量は日本の54リットルに対して90リットル。ワインは生産量、輸出量、消費量とも増加傾向。ソーヴィニヨン・ブランやシャルドネなどの白ワインが絶品。気軽なスクリュー・キャップのお手頃なワインが手に入る。残業もなく、明るい夕方には家路に着き、スポーツをしたり、酒を飲んだり。ビールの消費量も高い訳だ。・・・そんな街を訪ねた記事の詳細は来週以降に。美味しかったニュージランド料理や、ワインのご紹介や、もちろん参加したスカッシュの大会「ワールド・マスターズ」についても。

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2008年10月26日 (日)

エコな街、LOHASの街「自由が丘女神まつり」

Photo_2 年の冬からずっと妻は忙しかった。勤務先の企業は緊急事態が続いていた。土日に出勤することはあっても、平日に休むことはできず、有給休暇や夏休みはおろか、振替休日を取ることさえままならなかった。羊の国、ニュージーランドに出かけるのは、妻の慰労を兼ねた時期外れの夏休みであり、振替休日の消化でもある。妻が平日に休むのは1年ぶり。そう聞いてあらためて驚いた。転職直前に前職の企業での有給休暇を何日か取得し、転職後すぐに有給休暇をまとめて取ってしまおうという私とは大違い。妻こそが我が家の大黒柱。(我が家はマンションだからそんなものはないけれど)とは言え、妻も私も日本の企業に所属する身で、この時期に1週間も休むにはかなりの勇気が必要だ。

Photo_3 みの直前はさすがに慌ただしかった。3連休の内、2日間は出勤。それもクライアントである自由が丘商店街関連企業も関わるイベントの立ち会いと視察。まぁ、お気楽と言えばお気楽であるが。そのイベントとは、36回目を迎える「自由が丘 女神まつり」。12の商店街がひとつの商店街振興組合としてまとまった、加盟店数1,080店を超える日本最大の商店街の一大イベントだ。自由が丘のその昔の地名は「東京府荏原郡碑衾大字衾(ふすま)」。かつての街の有力者であった地主たちが協力し、自由学園に敷地を提供し、区画整理を行い、自由が丘と街の名を変えた頃には現在の街の基盤ができあがっていたという。その頃から自由の気風に溢れ、若手にも活躍の場を与えるリベラルな土地柄だ。

Photo のイベントでも同様に商店街の若手が活躍。「自由が丘森林化計画」と銘打ち、エコに関するトークショーや「古本を森に帰そう」などのイベント、PASMOで決済をすると緑化資金としてポイントが寄付されるなどのエコ企画が満載。そんな企画の裏側で、微力ながらお手伝いしていたのが私という訳だ。自由が丘の街を歩いていても挨拶する相手が増えた。とは言え、スタッフに「奥さまと一緒にビールでも飲みながら、気楽においでください」と言われたことばにそのまま甘え、やはり休日出勤だった妻と夕方には合流し、南口の緑道沿いのカフェでのんびり。道を行く人たちや、犬たち、ベンチで酒盛りをする人たちを飽かず眺めていた。

Photo_2んか落ち着くねぇ♪ずっと変わらずに、やっぱり良い街だわ」そう言う妻は学生時代に三軒茶屋に住み、青山に通い、買物はもっぱら自由が丘という生活だったらしい。緑道のベンチで酒を酌み交わす人々の手にあるのはワイングラス。テーブルの下に転がっている空き瓶はシャンパン。オサレ。う〜ん、街行く女性も子供からおばあちゃんまでキレイでお洒落な人が多い。「あら、男性もなかなかだよ。お洒落なおじいちゃんも多いね♪」と妻。彼らが経済的に豊かだからということもあるけれど、この街で生活を楽しむ、この街を愛する人たちが多いことが私の現在の仕事に繋がっているのは事実。LOHASというのは「Lifstyles Of Health And Sustainability(健康で持続可能な社会を志向するライフスタイル」の略語だけど、ここにあるのは「Libertyhill-styles Of Happiness And Sustainability(幸福で持続可能な自由が丘スタイル)」。そんな街に、少しでも役立つ仕事ができれば。

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2008年10月18日 (土)

お祝いの花、お礼のメール「メモリアル・バースディ」

Photo_2ぇ、IGAIGAぁ、何かプレゼント用意してるの?」妻の誕生日の数日前。いつものスポーツクラブのスカッシュコートで、ご近所の高級住宅街に住む友人Kちゃんから尋ねられた。妻からは、皆と一緒に「たん熊」に行くだけで充分、プレゼントは何もいらない、と言われていた。だから小さなブーケでも買おうかと思っていた。「じゃぁさぁ、私がプレザーブド・フラワー作るよ!」おぉ、それは良いねぇ。ありがとう!じゃあ、みんなで一緒のプレゼントにしようか。スカッシュ仲間“ハニカミ/クィーンズ”の2人にメールを送る。さっそく2人から返信。「良い提案ですねぇ。よろしくです♪」「もちろん大賛成!」この辺りのノリは、女子高生並み。さっそく彼女に返信内容を伝え、制作をお願いすることにする。

しっ、分かった。じゃあ材料費だけで良いよ。私のイメージするEちゃん(お気楽妻)の感じで創ってみるよ。楽しみぃ♪」彼女はフラワー・アレンジメント教室の先生。お気楽夫婦の結婚パーティでも素敵なブーケを創ってプレゼントしてくれた。その作品は優雅で上品。贈る相手に合わせたイメージで創られる花はいつもとびきりに素敵だ。友人の結婚式にはいつもフラワー・アレンジメントの依頼付きで招待されるという大変な役割。材料費だけではとても割に合わない。でも喜ぶ友人たちの顔を見る彼女の顔もとても幸福そうでもある。家族で海外旅行に出かける度に、いつもスーツケースひとつ分もあるのではないかと思うほどのおみやげを皆に買って来る彼女。きっと、彼女は大好きなのだ。人が、友人たちが、喜んでくれるのが。そして何より、彼女は誉め上手で誉められ上手。良いねぇ♪と誉めると、実に素直に「良いでしょう♪」と応えてくれる。

Photo_3 の日のプレザーブド・フラワーの出来も素晴らしかった。誕生日おめでとう!と、テーブルの上に差し出された紫のバラ。「うわぁ、きれいだねぇ」「すっごぉい!Eちゃんに合ってるぅ」「どうもありがとう♪素敵ぃ」誉められたKちゃんは、照れながらも「良いでしょう♪Eちゃんのイメージなんだ」と胸を張る。レッスン仲間の1人からも可愛いギフトボックスを受け取る。自由が丘のモンブランのクッキー詰め合わせ。昔ながらの堅実に美味しい妻の好みのタイプ。もうひとりのレッスン仲間からはペニンシュラのチョコレート。これまた妻のストライクゾーンど真ん中。人生の秋に実った友人たちは、年齢を重ねてから出会っただけに価値観も近い。

日。そんな楽しい誕生日を過ごした妻が、皆にお礼のメールを送った。「昨晩は遅くまでありがとうございました。記憶に残る楽しい誕生日になりまし た・・・」そんなメールにさっそく皆が返信。さすが今時のアラフォーだ。「こちらこそぉ。楽しかったし、美味しかったねぇ・・・」「素敵なお店&ロケーションで、楽しいメンバーと一緒にEちゃんのお祝いができて最高でし た!」「昨夜はたいへん美味し く楽しい一時でした。夜景も食事も何もかも感動的!」なんだか80年代的な大げさな表現のメールが飛び交う。そこもまたアラフォー。改めて実感すれば、いずれも長くお付き合いしたい貴重な仲間たち。人生の中で、こんなに印象的な誕生日を迎えることは、そう多くはない。つくづく幸せだね。楽しい誕生日でした。「・・・ところでニュージランドでもよろしくね!」友人の1人のメールはそう続いた。そう、いよいよ人間よりも羊の多い国、ニュージーランドに出発だ。

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2008年10月13日 (月)

実りの秋、祝いの秋「たん熊北店玉川店」

Photoつの間にかしっかり秋だ。夏に食欲が落ちる訳でもなく、冬には冬で鍋がやっぱり美味しいとか、年中食べることが楽しみなお気楽夫婦。それでも実りの秋、食欲の秋。爽やかな気候が2人の食欲をますます刺激する。秋を味わう、つまり旬の味覚を満喫すると言えば「たん熊北店二子玉川店」。この店で過ぎ行く夏を味わった際に、スカッシュ仲間を連れてこなきゃ♪と意気込んだ2人。ちょうど10月は妻の誕生月。妻の何度目かの誕生日のお祝いを兼ねて“ハニカミ・クィーンズ”のメンバーを招集した。と言うことで、ある週末の夜、妻を含めた4人の美しい(・・・と書けとのご要望でした)女性たちと、目にも舌にも幸せな時間を過ごした。

ん熊北店」を訪れることこれまでに数回、その度にカウンタに座り、店長の本城さんや板さんと会話しながら美味を味わうのが常だった。しかし今回は5人。さすがにカウンタという訳にはいかない。そこで前回の訪問の際に、しっかりと店内を下見をさせていただいた。個室はいずれも大きなガラス窓がある。国分寺崖線の緑と、都心に続く夜景が美しい。掘りごたつの和室も捨てがたかったが、椅子席の半個室のスペースを予約。天井も高く開放的で、カウンタ席とはまた異なる趣き。お祝いの当日、さっそく現れたメンバーの1人が感嘆の声を上げる。「うわぁ、きれいだねぇ。素敵♪素敵♪」妻のリアクションの薄さに慣れた身には、妙に新鮮で嬉しい。この席を選んだ甲斐がある。

Photo_2ずはお祝いということで、スパークリングワインのロゼで乾杯。いくつかは忘れ、おめでとう!シュワシュワのピンクの泡が優しく喉を潤す。うまうま。よしっ、美味しい季節の味を迎える準備は万端だ。さっそく「スモークサーモンのヒエルロン酸和え」「南瓜饅頭の菊花餡かけ」「胡麻豆腐の蒸し海胆のせ」など、何皿かの前菜をオーダー。「うわぁ、きれい」「すっごい美味しいねぇ」この店の料理はやはり食べる人を幸せにする。そして続いて「秋の前菜の盛り合せ」。盛り付けも美しく、一品一品の味がきちんと主張し、それぞれに美味しい。そこに本城さんが登場。「今日はほんまありがとうございます。お料理はいかがですか」の挨拶に「とっても美味しいですぅ♪」の大合唱。ふふふ、お誘いしたお気楽夫婦もちょっと嬉しい。一緒に記念撮影に入ってもらった本城さんもご満悦。

Photo生日のお祝いということで、こちらをご用意しました」おっ、鯛の器に入ったお赤飯か。あれ?違う。「茶碗蒸しの上に炊いた餅米、そしてフォアグラを載せて、餡をかけてあります」おぉ〜スペシャル!「うわっ!これ何!すっごい美味しい♬」「きゃぁ!ほんと。フォアグラが美味しい♪」「この味付け上品だねぇ」いつも以上の本城マジック!「なぁんか、とってもいい店だねぇ。私も気に入っちゃった」「いつも2人でこんな店に来てるなんて、良いね、羨ましいっ」「今度はダンナにも食べさせたいなぁ」メンバーもすっかり満足のご様子。良かった良かった。なんか、良い誕生日になったねぇ。妻にそう囁くと、「うん、ありがとう。こんな誕生日も良いね」2人だけでカウンタで味わうのとはまた違った幸せな味。妻の人生も折り返し。人生の秋に実った素敵な友人たちと過ごす楽しい夜だった。

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2008年10月 4日 (土)

若きショコラティエンヌは世界を目指す「サロン・ド・ショコラ」

Photo る週末、ご近所ショコラ「ショコラティエ・ミキ」に立ち寄った。長〜い夏休みの後、再会するミキちゃんへのご挨拶を兼ねて。「あぁ~、IGAさん、お久しぶりですぅ♪」相変わらずラブリーな声で迎えてくれるミキちゃん。長い休みだったね。「はい。暑い夏はチョコレート屋さんはお休みですぅ。でも、毎日のように工房には来てました」それはそれは。研究熱心だね。ところで、そのポスターが貼ってあるってことは・・・。「そうなんです。決まりました。パリのサロン・ド・ショコラに出ることになりました。まだ現実感がないんですけど」聞けば10月29日からの会期で、夫君もご一緒だとのこと。良いダンナだ。「そうなんです。ちょうど3連休が重なるんで、休んでくれるというので、心強いです」以前、食事をご一緒した際に語っていたご夫婦の夢がひとつ実現する。ミキちゃんファンとしては嬉しい限りだ。

Photo_2度、『東京WALKER』に連載している、来栖けいさんの「プチプラ珠食道」に掲載されるんです」へぇ、凄いじゃない。「そうなんです。すごく良く書いていただいて、とってもありがたいんです。でも、来栖さんには固定ファンが付いてらっしゃるから、どうなっちゃうんだろうって心配もしてるんですけど」そうかぁ。ショコラティエ・ミキ、ブレイクしそうな予感。好循環が始まっている。その期待にミキちゃんが応えることができれば、その評価はさらに大きくなって、強くなる。とても嬉しいけれど、同時に少し淋しい。この小さな可愛い店の店頭にミキちゃんが自ら顔を出し、接客することがなくなる。そんな日を想像してしまったお気楽夫婦。なんだか子供が大きくなって自分たちの元から飛び立ってしまう気分。勝手に親気取り。

Photo_3の日は、自分たちが食べる分だけのオランジュと、桃のコンフィチュールをお買い上げ。ショコラティエのコンフィチュールだから、当然チョコレート入り。桃、砂糖、チョコレート、レモン、ブランデー、ミントと原材料表記にはチョコレートが3番目に出てくる。どんな味か楽しみだ。という訳で、さっそく数日後の朝、トーストに乗せて食べてみる。私のトーストはバターを塗った上に、コンフィチュール。かりっとひとくち。んん〜ん、良い香り。桃の香りと食感が先に来て、ミントが追いかける。チョコレートは入っている・・・んだろうなぁ、ぐらいのバランス。ふぅ〜むこれは美味しい。あぁ、そうか。チョコレートが全体のバランスを整えている役割なんだ。実に繊細なハーモニー。この味がこの街から世界に向かって飛び立とうとしている。

Photo_5界って、近いのかねぇ、遠いのかねぇ」と妻。そうだねぇ。ミキちゃんを見ていると、遠いのに、すぐ側にある気がするね。「私たちも、ニュージーランドのワールド・マスターズ・スカッシュに出てみない」え?私たちもって、私の右腕はまだ治療中だよ。なのに、世界大会?それに、我々は試合に勝ったり、強くなったりという方向を目指すのではなく、エンジョイ・スカッシュなんじゃないの。「だからマスターズなんだよ」ふぅむ。確かにコーチに一緒に参加しませんかと誘われてはいたけれど、日本の会社員は夏休みでもないのに1週間も休めない。「私は今年忙しくて夏休みは全く取れなかったし」ん?もう行く気だね。若きショコラティエンヌが世界を目指してパリに旅立つように、お気楽夫婦はエンジョイ・スカッシュを極めるために、南を目指す・・・のか。「行ってみようよ♪」行っちゃおうか、ニュージーランド♪

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2008年9月27日 (土)

先生は男前な女性鍼灸師「オアシス」

Photo痛が治らない。桜の頃にテニスをやって痛めた、腱鞘炎。数ヶ月も放っておいたが、自然治癒の気配は全くない。さすがにこれはいかんと治療を始めることにした。しかし、どんな治療が良いか。整体やボクササイズは長期的な効果はあるが、患部の治療というよりは、むしろ予防。整形外科ではせいぜい湿布や電気治療。短期的に効果があるとは思えない。どうしようか。そんな時、「あら、私も肘の治療してるんだ。IGAさんも行く?」と、スカッシュ仲間Kに勧められ、彼女が通うスポーツクラブの中にある「Sports Massage Room オアシス」という治療室に通うことになった。担当の先生はすらっと背が高く、ハスキーヴォイスの、さっぱりとした性格の酒豪。宝塚の男役出身の(と言ったら誰もが信じる)男前な女性。やはりスカッシュ仲間と一緒の酒の席と、披露宴でご一緒だった。

療初日。ただの飲み友だちだった美しい女性が白衣で目の前に現れ、先生と患者の関係になる。ちょっと緊張。「では、上半身裸になってください」え!ま、そうでしょうけど。緊張が高まる。最近ちょっと脇腹のたるみが気になっていたのに。(そっちかい!)「IGAさんは、痛みに強いですか」いいえ(涙)。痛いのか?やっぱり。さらに緊張が高まる。「はい、分かりました。では肘の状態を診させていただきますね」肘の周辺から、手首、肩、腕と張りの状態を確かめる。「じゃあ、まずは仰向けに寝てください。鍼を打って行きます」怖くて目を開けていることができず、ましてや患部を見ることなどできない。鍼を打たれることに集中しないようにと意識すると、逆に患部に意識が集中してしまう。ぷち。ふぅ。それほど痛くはない。ぷち。ぐわっ!痛い。打たれた場所から指先まで熱い痛みが瞬間的に走る。「あ、ごめんなさいね」と言いながら、ぷち。セーフ。ぷち。あつっ!ぷち・・・。永遠かと思われる緊張の時間が続く。

Photo_2い。では次に電気通して行きまぁす♪」ん?今、ちょっと声が楽しそうだったか。「まず肘の横です」ぴくん。「次は上です」どくん、どくん。「脇の下です」ぐぇっ!「最後はここです」どくん。おぉっ!カエルの電気実験のように、勝手に指が動く。肘から腕を通って指先までが波打つ痛み。数分間の実験が終わる。思わずふぅ〜っと深いため息が漏れる。「はい、次はお灸です。熱かったら言ってください」既に熱いんですけど、とは言えない。どこまでが我慢すべき熱さなのか、基準が分からない。「はい、頑張りましたねぇ。次は腕全体をマッサージします」や、やっぱり私は頑張ったのか。熱かった。と思う間もなく、ウィーン名物シュニッツェル(子牛のカツレツ)を作る時に使いそうなイボイボ付きの金属のローラーが腕の上を走る。うげっ!痛気持ち良い。「Kちゃんもこれは好きみたいで、これ自分で買ったんですよ。でも、彼女にはもっと深いとこまで鍼を打って、ぐりぐり動かすんですよ。タオルを口にくわえて痛みを堪えてます。頑張ってますよ」それは凄い。「IGAさんにはちょっと無理そうですね」もちろんです。「はぁい、今日はこれでお終いです。お疲れ様でした」はい、いろんな意味で疲れました。

れから数週間。何度かそんな治療を続け、痛みも軽くなって来た。「あぁ、ずいぶん柔らかくなってきましたね」はい。耐えて来た甲斐があります。「では今日は俯せで♪」ん?また声がちょっと楽しそうじゃないか。「はい、腕を上げてください。失礼します」おっ!脇の下をマッサージ?うげげっ!痛い!他人に脇の下を委ねることも怖い。まして相手は美しき男前女性。「はい、力抜いてください」と言われても。うじじじっ!痛みで腰が浮いてしまう。「1、2、3、はいもう少しです」ふぅ。「1、2、3・・・」いでっ!これは効きますね。いででっ!身を捩る痛みが全身を貫く。男性は痛みに弱いというが、私はトップクラスに違いない。とても子供を産めそうもない。「Kちゃんは子供産んだ時より痛いって言ってますよ」そうなのか、Kちゃん。お互いにこの痛みを耐えて、再びスカッシュができるよう完治を目指す、同志のような気持になってきた。じゃあ、今度Kちゃんに会った時には、お互いに脇の下のツボを押し合ってみます。「ははは。ぜひやってみてください♪」・・・そんな時でも爽やかで、男前な先生なのだった。

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2008年9月 6日 (土)

帰国決定!「浦島太郎、NYCから帰る?」

Photo る週末。朝から晴れていたのに、書斎の窓から差し込む日射しがにわかに弱々しくなり、不審に思い窓を開けると、不吉な湿気を帯びた風が吹き込んだ。すると遠くに湧いた黒い雲がみるみる近づいて来る。浦島太郎が玉手箱を開けて沸き立った煙のように、雲の根元からは次々と黒い悪意の塊が供給され続ける。ちょうど妻とご近所の友人(妻)が連れ立ってボクササイズに出かけたばかり。風邪気味の私は予定を変更して整体治療を受けることにしたため、友人に無理を言って妻と一緒にレッスンしてもらうことにした。2人は大丈夫かなぁと思う間もなく、叩き付けるような雨が降って来る。あちゃ〜。しばらくするとずぶ濡れの2人が帰って来た。「だめぇ。傘なんて役に立たない」「着替えて借りて良い?出直すことにするよ」運が悪かったのではなく、一緒だったから我が家に一時避難できたことはラッキーだったと思うぐらいしか慰めようがない。こんな不穏な天気が続く東京。地球的規模で何かが起こっている。

Photo_2 の日は、ご近所の友人夫妻と一緒に、これまたご近所の四川料理の名店「萬来軒」で食事することになっていた。「全く今日はついてなかったね」「あそこまで酷い雨は、あの時間だけだったよね」そんな日は美味しいものを食べるに限る。さっそく手羽先の薫製揚げをオーダー。おぉ、旨い。かりかりしたクリスピーな皮とスモーキーな香りが食欲をそそる。ビールもそそる。「やっぱりこの店は美味しいよねぇ♪」「幸せだぁ♫」ようやくNYCの友人夫妻の帰国が決定したという話題になる。「長かったよねぇ」NYC支社の駐在期間記録を作ったらしい。美味しいものはNYCにもたくさんあるが、萬来軒はない。職人技の料理の切れ味を柔らかく温かく包む、幸せになる一皿は貴重だ。彼らが帰って来たら、この店で仲間を集めて帰国祝いのパーティだ!

Photo_3にやってきたのは川海老の塩炒め。おじちゃんの塩使いはいつもながら絶妙。優しい味付けと巧みな香辛料の組み合せで、素材の味が引き立つ。文句なく旨い。NYCの友人夫妻も私のブログ読者。何気ない表現が彼らの「里心」を刺激して、早く帰りたぁ〜いっ!と何度も思わせたらしい。作戦通り。この店で友人たちとわいわい食べる食事ほど美味しいものはない。「早くNYCの友人夫妻も一緒に食べられると良いね」遠く離れているのに、離れているからこそ、共有したい時間、空間、そして何よりもこのおじちゃんの作る一皿の味。彼らが帰ってくる日が待ち遠しい。

Photo_5日は鶏そばを絶対食べたいんですよ♫」何年付き合っても相変わらず丁寧な言葉遣いが残るご近所の友人(夫)が主張する。彼がオーダーする時には炭水化物モノが多くなる。さっきも海鮮おこげを食べたのに・・・。「えぇ〜っ!私もうお腹いっぱいだよぉ」友人(妻)が遠慮なくこぼす。こんな相変わらずのやり取りが楽しい。早くこの場にNYCの友人夫妻がいて欲しい。ところで、NYCの友人夫妻は5年も彼の地に滞在したこともあり、日本のIT状況に疎いらしい。「日本の携帯はインターネットが使えるのは当たり前なんですってね。ところで携帯電話って、月々どれぐらい使うの?どこと契約すれば良いの?ワンセグって録画もできるの?噂ではいろいろ聞くんだけど・・・」ふぅむ、面白い。日本の技術はガラパゴス。独自の進化を遂げて世界基準になっていない。だからこそ面白いとも言える。世界的なスタンダードにならなくたって良いじゃん!とは言え、NYCから帰って来る彼らが見た日本、不思議な国に違いない。楽しみ、楽しみ!

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2008年8月30日 (土)

Macがウチにやって来た!「職業選択の自由(オヤヂ版)」

Mac気楽夫婦宅にビッグマックがやって来た。と言っても、マクドナルドではなく、マッキントッシュ。「iMac 20インチモデル」だ。嬉しい♪ちょ〜嬉しい♫何も言えねぇ!私が初めてパソコンを買ったのは1994年。当時のMac最新機種「LC575」だった。標準メインメモリ(8Mb)を16Mb(!)に変えて、価格は今のiMacの約2倍。ちなみにiMacのメモリは1Gb。実に隔世の感あり、ふぇ〜って感じ。マスコミの端くれの前職の会社ですら、ワープロで作った文字だけの企画書だった時代。パソコンはセクションに1台。今では想像もできないが、プリンタの順番待ちさえあった。Windows95が日本で発売される前。パソコン黎明期。「Macドロー」というソフトを駆使し、ビジュアル多用の企画書を量産した。機械には弱いけれど、ソフトを道具として使うのは得意。自らの企画が、思い通りに表現できる。実に面白く、嬉しく、かつ自分の仕事の幅が格段に広がった。そして、1995年。会社にパソコンが本格導入され、Windowsになったことで、我が家ではMac禁止令が出された。長い鎖国の始まりだ。

う二度とMacを使うことはないだろうと諦めていた。アップルストアを覗いては、その細部まで妥協しない美しいデザインに溜息を付いた。「だって互換性がないし、仕事で使えないじゃない」妻にはそう言われ続けた。・・・ところがある日、風向きが変わった。職を変えたい、「街」、「コミュニティ」、「環境」、「エコ」、そんな自分にとって重要なキー・ワードに関わり続けたい。経済性を優先させるのではなく、自分のやりたいことを優先したい。仕事を通じてだけではなく、一市民としても深く地域に関わりたい。ついでに、自分のホームページを充実させたい。そんな話を妻にしてはいた。そんな頃、仕事を通じて知り合ったデザイナー集団に、Macの素晴らしさを改めて聞かされた。彼らのオフィスで、その機能を改めて目にした。心が揺れ動いた。欲しい!このGUIこそが本物だ!その日、彼らと一緒に食事をしている場に妻を誘った。今のMacは、エクセルやパワポも使えるとか、画像がきれいだとか、いろいろと提案した。早い話、やっぱりMacが欲しいと。すると一言。「良いんじゃない」えっ!?良いの?あっけない開国の瞬間だった。

Mac_3かったですねぇ、IGAさん!」「ぜひ僕らが操作を教えましょう!」Macユーザは、Macが大好き。他人がMacを買いたいと言うだけで嬉しくなるらしい。「だけど、ウチの書斎狭いからなぁ」「だったらMacBookが良いですかねぇ」でも、大きなディスプレーは魅力的。「やっぱりiMacはきれいですよ♪お薦めです」ホームページを作りたくて、Dreamweaverとか研究してみたんだけどね。ブログの記事を書く感覚で更新したいんだよね。でも、既存ソフトだとタイトルに使えるフォントが今イチなんだよ。「だったら僕がフレームを作りましょうか」良いねぇ。頼むよ!・・・そんな経緯でiMacの20インチモデルがやって来たという訳だ。嬉しい。実に嬉しい。そう言えば前職の会社を辞め、今の会社(8月現在)に移った時にもパソコンを買い替えた。その際にも思うところがあり、いろいろな環境を意識して変えた。そのひとつがパソコンの買い替えだった。そして今回も。

Mac_29月から勤務するのは社員10人足らずの小さなベンチャー企業。現在(8月現在)所属する通信系企業の巨大さと比べようもない。でも、ココロオドル。Macがやって来たのと同様に、大きく環境が変わることが楽しみで仕方がない。ここ数年の仕事を通じて知り合った人たちとの新たなコラボレーションが始まる。今までばらばらのように見えていたピースが、ぴたっとハマった。きれいな絵になりそうな予感があった。そこに偶然の出会いがいくつも重なった。ちょっと早めの地域デビューを並行して進めていたこともあり、自分の住む街との関係も大きく変わって来た。それをチャンスとして受け止め、自然な選択として、会社を、職業を、変えることができる幸せ。経済的にはマイナス。けれど、それが“職業を選ぶ”ことを妨げなかったことがさらなる幸せ。そして、「まぁ、あなたは何とかする人だから」・・・そんな選択に反対しなかった妻がいてくれることが最大の幸せ。「ノロケで終わったら、読んでる人は引いちゃうよ」まぁ、そんな日もあるさ♪

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2008年8月24日 (日)

処暑も過ぎれば暑さ忘れる?「日本の夏、田舎の夏」

Photo 然、夏が終わってしまった。淋しい。猛暑日や熱帯夜が続けば続いたで、なんとかしてくれ!この暑さ、東京は熱帯地方か?これは夕立ではなく、スコールか!とか突っ込んでいた。しかし、夏が夏らしい方が嬉しいことが身に染みて分かる。朝夕が涼しくて過ごしやすいとか言いながら、秋の気配を気がつかない振りをする。夏は終わってないと思い込む。つい数週間前には、こんな画像を涼しげに眺めていたのに、今見ると寒々しい。人間なんて勝手なもんである。ところで、この清流に流されてしまいそうな子供は、甥っ子。遭難してしまう寸前の最期の姿ではなく、単なる川遊び。母親の1周忌に帰省した際の一コマ。その後、彼はもちろん自力で岸にたどり着いた。

Photo_2 闘病生活その死は、家族に大きな変化をもたらした。少なくとも、私にとっての「故郷」は大きく変わった。何年に一度しか訪れることのない遠い場所から、変な言い方だけれども、頻繁に旅をする身近な場所に変わった。帰るのではなく、訪れる場所。母を見舞う度に、訪ねたことのない場所や、味わったことのない味を再発見した。大人になって改めて発見した故郷。子供の頃に過ごした街を、旅行者として訪ねたり、味わったりすることで、見つけた故郷の姿。考えたら、もっともなことなのだ。18歳まで過ごしただけの街で、子供だった私が、この店の肴が旨いとか、この旅館のサービスは良いだとか、言えるはずもなく。JR東日本が吉永小百合を起用して作ったCMやポスターで知った、こんな風景も同様。故郷にこんな風景があったことを東京で知り、弟や姪と一緒に訪ねた「山居倉庫」だ。

Photo_3Photo_4郷の街の近くにある美術館を訪ねた。好きな場所だけに、ここ数年で3度目の訪問。正式には「酒田市写真展示館」、通称「土門拳記念館」。地元出身の写真家、土門拳が作品の全てを市に委ね建設されたという、日本では初めての写真だけの美術館。開館してから25年も経つとは思えない、斬新で、新鮮で、とても気持ちの良い空間。土門の友人だったグラフィック・デザイナーの亀倉雄策(東京オリンピックのポスターで有名)の銘版や、イサム・ノグチの彫刻やベンチなど見所も多く、それ以外にも建物そのものもが美しく、周囲の景観に見事に溶け込んでいる。展示作品ももちろんのこと、実に良い建築だ。前回訪問の際には、まだ小学生だった甥っ子(前出)が見知らぬ同世代の美少女に鯉の餌をねだり、傍から見たら「おいっ!そりゃあナンパだろう!」という風景も印象に残る建物。(きっとずっと忘れないよ♪)

Photo_5弟同士の距離感も変わり、より近い存在になった。お互いに年齢を重ね、譲り合ったり、認め合ったり、ゆとりが持てるようになっただけかもしれない。しかし、確実に、母の存在がその関係を変えてくれた気がする。ありがたいことだ。故郷が、兄弟が、母の存在と死によって再構築された。それに加えて、忘れてしまっていた遠い日の故郷の夏、もしかしたらもはや貴重な古き良き日本の夏を、今年は過ごせたのかもしれない。帰路、妻が飛び立つ飛行機の座席から(デジタル機器の使用は禁止というアナウンスに違反して)鳥海山と日本海を撮影した。涙が出るほど美しい風景だった。食べ物が美味しいし、良いとこですよ、この街は。故郷で過ごした年月の倍近くの年月を東京で過ごし、自然体でそんな風に言える故郷になった。母に感謝。「あれ?またオチがないの?」・・・そんな妻にも。

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2008年8月 2日 (土)

東京のてっぺんから、東京を眺める「ザ・リッツ・カールトン東京」①

Photo_11る週末、東京を上空から眺める旅に出た。行き先は東京のど真ん中、「TOKYO MIDTOWN」と自らも名乗っている再開発エリア。その中心となるミッドタウン・タワーは、都内で最も高い(248M)ビル。その上層階に開業した「ザ・リッツ・カールトン東京」に泊まるのが旅の目的。そのリッツの中でも最上階53階のクラブ・フロアに宿泊し、東京で一番高い目線で街を眺めようという趣向だ。仕事で遅れるという妻からの連絡に1人でチェックイン。まださほど混んでいない時間であるのを良い事に、クラブ・フロアのスタッフにわがままをお願いした。全方向の部屋のビューを見せていただいて、部屋を決めて良いですか?「もちろん、結構です。この時間でしたら全ての方角のお部屋をご用意できます。どうぞ、ご案内します」スタッフと共に4つのビューを眺めるツアーに出発。

Photo_6Photo_2ずは南西側。富士山&六本木ヒルズビュー。僅か10Mだけ低い六本木ヒルズを見下ろす風景。青山霊園の緑、渋谷、恵比寿方面のビル群を眺めることができる。但し、その日は晴れてはいるが遠くは望めず、クラブ・ラウンジと同じ方向と言うこともあり、保留。次は北西側。新宿ビュー。足元に神宮や代々木公園の緑が美しく、その向こうに新宿の摩天楼群。NYCのセントラル・パークを思わせる清々しい風景。気持が良い眺めですねぇ。スタッフも頷く。次に北東側。皇居ビュー。「夜はちょっと暗いかもしれません」なるほど。最後に南東側。東京タワービュー。「やはり、こちらがお薦めです」スタッフの声に促され、窓際に佇む。まさに絶景!タワーの向こうにはレインボーブリッジやお台場、足元には六本木交差点、右手には六本木ヒルズも望める。ここにします♪

Photo_5れて到着した妻を部屋に迎える。「ふぇ~っ!凄い眺めだねぇ!良いじゃなぁいっ♪」お気楽夫婦は高いところが好き。地上を見下ろす高い場所から街の風景をぼーっと眺めているだけで、日々の些事を忘れ、リラックスできる。地図好きでもある2人は、東京の街を埋め尽くしているスカイ・スクレーバーの名前を確認しあう。あれが愛宕グリーンヒルズ、あの光るのが泉ガーデンタワー。こうやってことば少なに摩天楼を眺めていると、うっとりと眠るような頭の中に、海から吹いてくる風が吹き渡るようです。(しばし『智恵子抄』ごっこ)NECスーパータワー、元麻布フォレストタワー、汐留はたくさんあって判んないねぇ。あぁ!お台場の観覧車も見える♪しかし、どのビルも低く見えるね。東京タワーも見下ろす気分。実際、タワー最上階の特別展望台(250M)とほぼ同じ高さ。良い部屋だ。

Photo_7昏時。青空が残り、夕闇が迫る頃。街に灯りが点り、昼と夜とが互いに溶け合い、混ざり合う時間。この逢魔が時こそが美しい。ぼーっと街の灯りを眺めながら、そのひとつひとつの窓の中の人生を思う。交差点で煌く車のライトにひとりひとりの生活を思う。なぁんてね。高みから見下ろしていると、その風景を手に入れたような気持になる。古来、支配者が民衆を見下ろす場所に自らの居城を構えた気持が分からなくはない。このミッドタウンにもそんな輩が大勢いるはずだ。「そう言えば、このタワーの隣にレジデンスがあるんだよね。いくらぐらいするんだろうね」う~ん、考えてみたこともない。この風景は、ハレの風景だから良いんじゃない?「じゃあ、宝くじが当たったら1年ぐらい住もうか?」良いね!季節毎に方角を変えて、春の桜、夏の花火、秋の紅葉、冬の富士山が楽しめる。「だったら、年に4回泊まりに来れるんじゃない♪」数年に亘る計画なら可能。良いよっ!

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2008年7月27日 (日)

ご近所夫婦3組で「きときと」な関係

Photo_5ときと」とは、富山弁で“新鮮な”とか、“活きの良い”という意味。語感が柔らかく、いかにも新鮮な魚がぴちぴちと跳ねているような、良いお国ことば。ある週末、そんな名前を付けた料理屋に、3組の夫婦で出掛けた。お気楽夫婦、ご近所の友人夫婦、それにご近所ショコラ「ショコラティエ・ミキ」の宮原夫妻という新鮮な3組の組合せ。ご近所の友人(夫)と、宮原(夫)さんとは初対面。そんな不思議な食事会の、そもそものきっかけは、「自分が気に入った店では常連になる」ことをモットーとする私がショコラティエ・ミキを何度か訪問し、コミュニケーションを重ねる内に、宮原夫妻がご近所にお住まいだと知り、お誘いしたことから。そこに、ご近所の友人(妻)がひと目でミキちゃんを気に入り、ご一緒することに。

Photo_6じめましてぇ!」「乾ぱぁ~い♪」「よろしくお願いしまぁ~す!」ご近所の友人(夫)、宮原(夫)さん、お気楽妻の3人は口数が少ない。それに対し、ご近所の友人(妻)は、初対面で仲良くなることができる技を持つ。そして接客業でもあるショコラティエのミキちゃんも、ふにゃふにゃと良くしゃべる。それに、「沈黙恐怖症」の私を加えた3人が会話の進行役。人の話を聞かずに、自分が気になる話題を「ところで」などの接続詞も入れずに話し出すという荒業を駆使するご近所の友人(妻)。すかさず私が突っ込みを入れると、ミキちゃんがフォローする。4人までなら話題も提供するが、それを超えると聞き役に回る妻が頷く。ご近所の友人(夫)と宮原(夫)さんが微笑む。それぞれ夫婦の組合せが、暖かな空気を作る。

Photo_7のエビ美味しいですねぇ。ビールに合いますね♪」富山名物の白エビの唐揚を頬張る。確かにビールが進む絶妙の塩味、かりかりの歯応え。旨い。「へぇ~、穴子でダイコン餅を巻いてるんだねぇ!美味しいっ♪」これは新鮮な組合せだ。「この鴨も美味しいねぇ♪」なるほど、美味しいものには皆饒舌だ。ところで、ミキちゃんは長ぁい夏休みを取るんだよね。「そうなんですぅ。チョコレートやさんは、暑い夏はお休みですぅ~♪」「羨ましいですよね。僕を早く雇ってくれって言ってるんですけど」宮原(夫)さんの会話も打ち解けてきた。酒をたっぷり飲めるのは彼と私だけ。そろそろビールを焼酎に替えますか。聞けば彼は鹿児島出身。お酒も強い。ご近所の友人夫妻と4人では、いつも独り飲みの私。嬉しいご近所さんができた。

Photo_8うにつれて話題も深くなる。(酔っているのは私だけの気もするが)宮原夫婦の出会い、2人の仕事、などなど、お気楽夫婦とご近所の友人夫妻にとってはどれも新鮮な情報。「お中元の<オランジュ>は好評だったみたいだね」「そうなんです。お歳暮にも引き合いをいただいてるんですけど・・・」「僕はチャンスだと思うんですけどね」だんだんと若い2人の仕事観が分かってくる。2人のバランスが分かってくる。良い組合せだ。それぞれ未来に向かって元気良く伸びようとする才能。きときとなカップル。新鮮で、活きが良くって、聞いているこちらまで気持が晴れる。実に良い気分。「ねぇねぇ、IGAさん、このズワイ蟹の土鍋飯、美味しいよ♪食べてみて!」ん?もしかしたら、また人の話、聞いてないねっ?良い話だったのに。

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2008年7月21日 (月)

夏、風まかせ「それぞれのヴァカンス」

Photoの実家から南部鉄の風鈴が届いた。ひと足早く夏休みを取った(彼らは毎日がほぼ夏休み)妻の両親が、東北に旅行した際に買った風鈴。その風鈴を絵手紙にして送ってくれた。「風まかせ 一服の清涼感~念願の日本三景松島の旅が実現して満足しています。松島で買い求めた南部風鈴です。涼しさをお届けします」そんなメッセージと共に。ベランダに風鈴を吊るしてみた。飛行機が嫌いで、どこでも車で出掛けてはいくが、さすがに松島は遠く、その景勝の地を訪れることが念願だったという妻の両親。南部鉄を産する岩手はまだその先。彼らにとって、この土産はいろんな思いがあるのだろう。風が吹いて、ちりんとはがきが鳴った。

級住宅街で知られる隣街に住む友人夫妻が、この夏もヨーロッパに向かう。ヴァイオリンを専攻する大学生になったばかりの娘を連れて。ただし、この夏の彼らの旅は、単なるヴァカンスではない。娘が高3だった昨夏に、イタリアでのヴァイオリンの短期留学試験に合格。その際に教わった先生のレッスンに付き添うために、今年もイタリアに飛ぶ。そして、その後は同じ先生を追いかけてスペインに。自分の人生が2度あれば、もうひとつの道として選びたかった音楽の道。友人(夫)のそんな思いを、自然に娘が辿ってくれるのであれば最善を尽くす。経済的な面だけではなく、それを実現することができる彼のエネルギーに脱帽する。そんな父娘を飛び切りの笑顔でサポートし、それに乗じて、美味しいスプマンテやカヴァを飲みまくるだろう友人(妻)が目に見えるけれど。

る週末、入籍したばかりの友人夫妻と食事をした。いろいろあったけれど、ようやく落ち着いた友人(夫)。実に幸せそうな、浮つくことのない、落ち着いた良い顔をしていた。酔った私が何度もそう繰り返すと、友人(妻)からメールが届いた。「IGAさんから、何度も幸せそうで良かったと言われましたので、この先も同じように言われ続けてもらえるよう、私が彼を幸せにします!」彼らのヴァカンスは、もうひとつの幸せが友人(妻)に宿っているため、箱根へのショートトリップ。親族を招いて、老舗高級旅館「強羅花壇」での宿泊&宴席。前泊はお気楽夫婦もお気に入りの「ハイアット・リージェンシー箱根リゾート&スパ」だという。その時はちょっと贅沢かなと思っても、良い旅の記憶は何物にも替え難い貴重なものになる。2つの宿は、それを叶えてくれるに違いない。良い旅を!

の夏、お気楽夫婦のヴァカンスは短い。恒例の南の島のヴァカンスも中止。サーチャージが余りに高いからではなく、妻の会社が大変な状況だからでもなく、妻が担当する業務システムのリリースがこの夏に予定されているから。受け入れ側の責任者である彼女が、遠く南の島に長い間行っている場合ではないらしい。そこで窮余の策として、ホテル好きの妻が六本木の外資系ホテルを予約。週末、1泊だけのヴァカンスに向かう予定。そして、私の母の一周忌。やはり週末に私の故郷に向かう予定。1泊だけ地元の老舗温泉旅館に宿泊し、亡き母を想う旅。・・・こんな夏がたまにはあっても良い。

~、良くない!システムのリリースが終わったら、10月頃に、絶対どこか行くよ!」夏バテということばを知らない妻は、そう主張する。ん~、どうだろう・・・。(含みを残す)

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2008年7月13日 (日)

ケータイはデジカメ?「SH906i」

Photoの夏、デジタル一眼レフカメラを購入する予定だった。奥行きのある画像、ワイドな風景、ブログの写真に悩んでいる私にとっては必須のツールだと思っていた。けれど、いざ店頭に並ぶいろいろな機種を手にとってみると・・・大きい、重い、持ち運べない!そうなのだ。いくら軽量小型化されたとは言え、現在使用しているデジカメに比べると余りにも巨大。普段の生活の中で、ふとした瞬間を撮りたい、日常のあっと思ったひとコマを撮りたい、という私のニーズとはかけ離れている。こんなデカイもの、会社に持って行く訳にもいかないもんなぁ・・・と悩んでいた私に閃いたことがあった。最近、ケータイの充電が巧くいかなかったり、バッテリーが膨らんできたり。そうか、ケータイを買い換えるという手もあるぞ。

Photo_2る週末、さっそく近所のケータイショップへ。この春に新しく出た機種がずらっと並ぶ。(残念ながら最近発売された「iなんちゃら」を買えるメーカーではない)ふぅむ、どれを選んだら良いのか、さっぱり分からない。何しろ私は大のケータイ嫌いだった。仕事の関係でいやいや持ったのが数年前。分からない場合はスタッフに聞け!取りあえず、接写できる機種が良いんですけど。「だいたいどちらも同じ程度でしょうかね。最近は解像度が上がっていますし、実際試してみられたらいかがでしょうか」なるほど。そんなこともできるのね。ジャシャッ!ほほぉ~。きれ~い♪520万画素?凄いねぇ。あらら、ズームも。手ブレ補正機能、顔検出オートフォーカス機能、おろろ広角も・・・。デジカメにおまけで付いている携帯、じゃなかった、携帯に付いているデジカメとしては充分でしょう、これは。

Photo_3が最初に買ったデジカメは、デジカメ黎明期に超人気機種となったSONYのサイバーショット、DSC-P1。2000年10月の発売直後に買ったのだけれど、当時はどこに持って行ってもデジカメだと気づく人がおらず、カメラを向けても皆、警戒心ゼロ。カメラはファインダーを覗いて撮るものだという先入観から、顔から離して撮影する姿を見ても誰もカメラだと思わなかった時代。特に海外旅行ではその能力をフルに発揮した。ノーガードで被写体になってもらえたものだった。ところで、そのP1は324万画素。隔世の感すらある機能の低価格化である。買いっ!「ありがとうございます。お客様は現在の機種を2年3ヶ月お使いですので・・・云々・・・5万円弱になります」そうか、ケータイは購入価格が高くなっていたのだった。「代わりに月額費用が・・・」なるほど安い。OKです。

ータイとしては高いけど、一眼レフ買うのに比べたらずいぶん安くついたねぇ」うん、何か、とっても得した気分。私のブログは「フォトエッセイ」のカテゴリでYahoo!にも登録してもらっているし、写真から拡がるイメージで記事を読んでもらいたい。お互いに写真と文章が補足しあう関係だから、この記事書きたい!この写真が欲しい!と思った時に撮りたい。だからこの選択は正解。食べた料理を撮影するにも充分なスペック。だいたい、食べ歩くときに一眼レフを持ち歩いて、店のスタッフに撮っても良いですか?と聞くのも興醒めだし。NGくらう場合もあるだろうし。「ということで、隣の店に行ってみない?ちょっと気になるワンピースがショーケースにあったんだよねぇ♪」・・・そういうことですか。はいはい。(ちなみに、上段の写真が先代のSH902iで撮影したサクラマスとズワイガニの握り。下段がSH906iで撮影した中トロと赤味。ここまでマクロ撮影が可能になりました。でも、サクラマスの方が美味しかったのは画像とは何の関係もありません)

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2008年7月12日 (土)

地産地消の週末「ショコラティエ・ミキ」

Photo田谷の外れ、私鉄沿線のこの街に移り住んで20余年。その当時からの店が、この街では元気なのが嬉しい。小さな四川料理屋のテーブルで無心に絵を描いていた息子が、いつの間にか社会人になった。小さな路地で夫婦2人が始めたビストロは、今や息子と父親が厨房に立つ老舗の風格を漂わせる名店になった。お気に入りだった大皿料理の飲み屋は、店の名前こそ変わらないが、今はラーメン専門店として頑張っている。手作りの和菓子を季節毎に昔ながらのショーケースに並べるお菓子やさんも健在だ。

の街に新しく仲間入りした店が元気なのも嬉しい。例えば、「はしぐち亭」。気取らない料理とシェフの人柄が温かい。例えば、「ショコラティエ・ミキ」。若いショコラティエンヌが頑張っている。例えば、「のぞみ整体院」。商売気のない先生が始めたボクササイズは、実にお得なカリキュラム。元気な街は、元気な店主たちの集まりだ。商店街はカラーの舗道となり、駅周辺には次々と高層マンションが建ち、放置自転車は増え続け、ナショナル・チェーンの赤い看板も増えた。いくつかの事件も起きた。良いニュースばかりではなかった20余年。けれど、そんな街を2人は愛していると言っても良い。

Photo_4る週末、急な休日出勤となってしまった忙しい妻を持つ私と、不定期な休日出勤を繰り返すアパレル企業勤めの夫を持つご近所の友人(妻)とで、そんな街を探訪した。まずは、はしぐち亭でランチ。ふぅ、相変わらず美味しかったね。「うん♪のんびりできたし」妻が友人(夫)に買ってきたローザー洋菓子店のクッキーをプレゼント。会社のご近所にある有名店。たまたま開店直後に通りかかったら奇跡的に買えたらしいよ。泉屋好きの彼が気に入る味だと思うよ。「うぁ、ありがとう♪」それから、この後ショコラティエ・ミキに行ってみようか。オランジュを買ってあげるよ!実は2人の分も前に買ったんだけど、美味しくてあげる前に食べちゃったんだ。「うぁ、嬉しい♪でも、その前に整体紹介して!IGAさんたちから話きいて、ちょっと行ってみたかったんだよね」OK!良いよ。一緒に整体院に向かう。こんにちは!のぞみさん、友だち連れてきましたぁ!「あ、今日なんですけど、空いてますか?」え?今日かよっ!そんな突込みも気にせず、さっそく予約する友人(妻)。

About9ぁ、ここがお店なんだぁ。この場所は分かんないねぇ」ショコラティエ・ミキの前で友人(妻)が唸る。「あぁ、IGAさん、いつもありがとうございます」ミキちゃんがふにゃふにゃの可愛い声で迎えてくれる。(写真は彼女の店のHPから盗用・・・すいません!)約束通りオランジュを友人(妻)にプレゼント。「じゃあ、私もクッキー買っていこう♪あ、1万円からで良いですか」「ありがとうございまぁす。チョコレートやさんだから、お釣はいつもありますよぉ♪」「え、チョコレートやさんって、いっつもお釣あるって・・・ほっほっ、はっはっはぁ!おっかしい♪」オトボケのミキちゃんとの会話に友人(妻)大爆笑。すっかりお気に入りの様子。元々隣の街に住んでいた友人夫妻。お気楽夫婦の住む街に縁あって引越してきて2年。この街のお薦めスポットを紹介し続け、喜ばれるとそれがまた嬉しい。そして、彼らがこの街をますます気に入ってくれると嬉しい。そんな彼らと、お気楽夫婦と、この街で過ごす日々。地元の店の味やサービスを地元の友人と共有する。地元で消費する。これも地産地消。やっぱり良い街だよね。

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2008年7月 6日 (日)

蕎麦打ち、蕎麦切り「蕎麦パーティ」後編

Photo塊世代のオヤヂたちを中心に、素人向けの蕎麦打ち教室は満員盛況らしい。その中には脱サラして蕎麦屋を開くプロ志向の人も多いと聞く。ある調査では、蕎麦打ち人口は50万人とも言われる。うどんを足で踏んづけるのではなく、素麺を手延べするのではなく、蕎麦なのはなぜ?その答えがこの店(お宅)にあった。まず、道具だ。蕎麦粉を入れ、捏ねるための鉢。黒光する塗りの大鉢は地肌の削りの荒さを残す美しさ。『サライ』の通販アイテムに載っていそうな逸品。文具、工具、釣具など、“道具”に弱いオヤヂに刺さる。私もひと目見てくらっと来た。凝りたくなる。形から入りたくなる。気持は良く分かる。

Photo_2して次に、蕎麦打ちの工程である。まず、ほんの僅かな水を加え、蕎麦粉を捏ねる。捏ねる。捏ねる。捏ね鉢の中の蕎麦粉が大きな団子状になるまでには、かなりの力と時間が要る。素人がやる作業としてはかなりハード。汗が滴り落ち、適度な塩分となって蕎麦粉に混じる。道を究めるような作業。捏ねる間はただ黙々と力を籠める。無心になる時間。その日の湿度や蕎麦粉の状態を見ながら水の量や捏ね具合を調整する。己の裁量で、蕎麦の出来の良し悪しという結果が出る。これらの工程そのものが、組織のしがらみの中で長い間働き続けてきたオヤヂに刺さる。これも良く分かる。

Photo_3は延し。生地の上に打ち粉を振り掛けて、手の平で延ばす。“地延し”と言われる工程。この辺からがいよいよ“蕎麦打ち”なのだろうけど、店主以外に手出しをできる状態ではなく、メンバーは見守るのみ。手打には参加できない。ある程度の厚さに延された生地を次に麺棒を使ってさらに薄く延していく。“丸だし”という工程。ここからはメンバーも恐る恐る蕎麦打ち体験。打ち粉を振って麺棒を押える。グーにした掌を内側に滑らすように延していく。簡単なように見えて、これがやってみるとなかなか難しい。初心者のリカバリーのために店主が大汗を掻きながらなんとか生地をまとめる。

Photo_4主の技で薄く均等に延された生地を畳み、たっぷりの打ち粉を振る。いよいよ蕎麦切り包丁の出番。この道具一式がまた見事。まな板も、蕎麦を押える小間板も、蕎麦打ち専用の道具。狭い我が家には到底収納できない。生地の上に小間板を優しく乗せ、小間板に合わせ包丁を垂直に立て、押し切る。その後に包丁で小間板を僅かにずらし、そのずらした分だけの太さの蕎麦をまた切る。この繰り返し。これがまた難しく、楽しい。メンバー全員が参加しての蕎麦切り体験のクライマックス。本格的な道具に触るだけで、ちょっと嬉しいいんちきプロ気分。

Photo_5、結果がこれ。右下の店主の切った蕎麦を基準に見比べると、皆の切った“蕎麦粉で作った麺状のもの”は、うどんやきしめんの太さ。蕎麦とは言いにくい。店主の均一な蕎麦の細さは、何度も繰り返し経験した結果。素晴らしい。ところでどこかで習ったんですか?「マンションの中の住民の方に師匠がいるんですよ」なるほど。店主の人柄もあるだろうが、この規模の集合住宅では、住民同士のコミュニケーションもいろいろ工夫が凝らされているらしい。ふぅむ、そういった師弟関係もオヤジ向きか。「よしっ、さっそく茹でましょう」いよいよ試食タイム!

Photo_6して手打蕎麦の完成!たっぷりの料理と酒でお腹いっぱいだったはずのメンバーの手が一斉に茹で上がった蕎麦に伸びる。「うわぁ、香りが良いし、とても美味しい♪」「腰があって旨いっすね」「あ、これ太い。私の切った麺かなぁ。でも美味しい」「自分で打った蕎麦は何より美味しいですよね」店主も満足そう。あれ?奥様は召し上がらないんですか?「私は毎週のように食べさせられていますから」そう言って、蕎麦を啜るメンバーたちに優しく微笑む。うぅむ、これか。夫婦円満の象徴。蕎麦が打てる家庭、それが許される夫婦関係。捏ねから食べるまでの長い工程を楽しめるかどうか。あるいは美味しい蕎麦を食べに行ってしまうか。「ウチの場合は、間違いなく食べに行っちゃうねぇ」と妻が呟く。まぁ、それもまた円満の形のひとつ。ところで、ご店主、奥様、ごちそうさまでした。

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2008年7月 5日 (土)

さくらんぼを携えて「蕎麦パーティ」

Photo桃、さくらんぼ、桜坊、チェリー、同じ果物なのに、不思議と呼び方でイメージが変わる。桜桃ということばの響きには桐箱入りの高級品の香りが漂い、チェリーと呼べば素麺の中にぽつんと入った赤い果実を思い出させるチープさを感じてしまう。また、年代によって思い出す歌も変わる。大塚愛『さくらんぼ』、スピッツ『チェリー』、YUI『CHE.RY』、もしかしたら『黄色いさくらんぼ』を思い出す人もいるかもしれない。「あ~な~た~と~わ~たしさくらんぼ♪てな訳で、桜桃を送ります。周りにお裾分けして食べてください。味は折り紙つきです」桜桃忌も過ぎたある日、そんなメールと共に農家に嫁 いだ(訳ではないが)弟から季節の果物シリーズ(夏)が届いた。ふっ、大塚愛で来たか、では。「つまんでごらんよぉ、ワン♪ということで、さくらんぼ届いたよ!」ゴールデン・ハーフで反す兄。

Photo_2形産、佐藤錦。特選。それも、果物の味にこだわる弟の折り紙付きの味。野菜の苗や種、肥 料などを扱う小売店を経営する彼は、お客様から果物をいただいたり、勧められたり。フルーツ王国山形の果物を食べ比べ、舌は肥えている。「うっ!美味しい♪甘さが強くて、上品だし、香りが良いねぇ」さくらんぼを<佐藤錦>としか呼ばない妻も唸る。皮に弾力があり、果肉は瑞々しく、口の中でぷちんと弾け、甘みと酸味が幸せと共に拡がる。絶品だ。「サクランボ、さっそく頂きました。さすが太鼓判を押すだけの甘さで大満足ですっ。あんなに綺麗に整列したサクランボを食べてのは初めてです。週末に彼の同僚の蕎麦打ちパーティがあるので、1パック持参します♪」と妻も思わず絶賛のメールを送る。

Photo_3して、その蕎麦打ちパーティ当日。電車を乗り継ぎ、1時間余り。会場は海に近い街の、大きく豪華なマンション。遅れて到着したお気楽夫婦をにこやかに迎えてくれたのは、蕎麦処の店主と奥さま。窓いっぱいに広がるベランダと一体になった明るいリビングダイニングでは酒宴が始まっている。先に到着したメンバーは既に酔い加減。大きなテーブルには料理屋顔負けの本格料理の数々が並ぶ。凄い!蕎麦を啜りながら酒を飲むぐらいのつもりで訪れたのに。おぉっ!好物の穴子のみぞれ煮。美味しいそうっ♪「その穴子、昨日の夜、その先の海で釣ってきたんですよぉ」「昨日は僕らと一緒に飲んでいたじゃないですかっ!」店主の冗談もちょっとした調味料。でも、丸のままの穴子を買ってきて捌いたらしい。それも凄い。

Photo_4主と奥様との連携で、次々に出来立ての料理が運ばれてくる。うぅ~ん、この肉じゃがも優しい味。旨い。「ほんと、美味しい。これだったら、ご夫婦でお店開けますねぇ」料理が苦手だという女性メンバーが絶賛する。皆が持ち寄った日本酒、店主秘蔵の芋焼酎も美味しい。うわっ!焼酎は瓶まで用意してあるんですねぇ。こりゃ酒も進まざるを得ないでしょう。それにしても手際の良いお2人。「こうして皆さんに集まっていただいて飲むことが、昔から多いんですよ」なるほど。ホスピタリティ溢れるお2人が醸し出す空気は、この店(お宅)を居心地良くしている源。それに、お洒落で大振りなパーティ用食器や、江戸切子などのグラスのコレクションも店主の趣味が伺われ、楽しい。

Photo_5わっ!ピザですか?美味しそう♪」「これも手作り?凄~いっ!」「カリカリで美味しく焼けてます。旨いっ」メンバーたちも思わず次々と手を出す美味しさ。バジルはベランダで育てた自家製とのこと。う~ん、美味しい。んんっ?ところで、この調子で食べて飲んでしまったら、果たして蕎麦は食べられるのだろうか?ふと不安が過ぎるが、食べて飲み続ける他のメンバーに迷いはない。蕎麦パーティの模様は明日に続く。

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2008年6月30日 (月)

電車は個室宴会場?「スカッシュの愉しみ」

Photo都宮と言えば、餃子。有名処だけでも、観光客に人気の「宇都宮みんみん」や、地元で人気の「正嗣」など、枚挙に暇がない。今回の遠征で選んだ店は「青源みそしる亭」。名前でお分かりのように、餃子を味噌汁風のスープでいただく変わったメニューの専門店。とは言え、もちろんゲテモノ系ではなく、味噌製造の専門店が出した餃子の店。20人も入れば満席の店内に、昼飯抜きの男が4人、試合に負けたストレスで食い気が勝る女性が4人、そして監督が1人の計9人で乱入。「生ビール5つ、焼餃子、青源特製焼餃子、はね付き餃子、葱味噌焼餃子を全部2人前、青源水餃子、辛みそ水餃子を3人前づつ!」男性5人のテーブルでは、コーチの山ちゃんがデカい声でオーダー。それ誰が食べるの?

Photo_8っぱい頼んでもらったから、これサービスです♪」店の女の子が追加の焼餃子を運んでくる。もう食えませんって。女性チームも同様に全種類を制覇したらしい。この店は、全てのメニューが絶品とは言えないけれど、味のヴァリエーションが多くて嬉しい。でも良く食ったねぇ。「え?まだ行けますよ!生ビールもう1杯行きますか?」って、山ちゃん、もうそれ3杯目だし、それにまだ入店してから30分も経ってないし。「分かりました。じゃあ、後は電車の中に取っておきましょう♪」・・・そうなのだ。前回の宇都宮-新宿間を敢えて時間の掛かる湘南新宿ラインのグリーン車を占有し、たっぷり飲んで帰ったのが余程楽しかったらしく、今回の宇都宮遠征も帰りの車中飲みを楽しみにしていたのだ。「いやぁ、楽しかったっすよね。今回も帰りは湘南新宿ラインにしましょうねっ!」はいはい。

Photo_9階建てのグリーン車に、一部1階建て車両がある。席数は12。前回は10人、今回は9人でその車両を占拠。宇都宮駅ビルの中にある成城石井でたっぷりの酒とおつまみを買い込んで乗り込む。チームイガイガの準優勝をお祝いして、シャンパン(実は安いスパークリングワイン)を進呈するよ。「ありがとうございまぁす♪」前回は1本だけ買ったカヴァがあっという間になくなった。ということで今回は2本。じゃぁ、準優勝をお祝いして乾杯!「かんぱぁ~いっ!」これはまるで個室の宴会場。敢えて新幹線を選ばずに、湘南新宿ラインでのんびり飲んで帰るという作戦。今回も絶好調!「隣の車両に他のチームが乗ってますよ。誘って来ましょう!」まるで学生のノリ。あ、来たよ。彼女たちもノリが良い。「こんな感じ好きです!飲みましょう!」いぇ~っ!って、結局たっぷり飲んでいる私。

Photo_10れにしても思うのだ。良い大人が、仕事を離れた場所で、かと言ってプライベートを全てさらけ出す訳でもなく、なのにたっぷりと心許して酒が飲める仲間たちがいる幸せを。スポーツの仲間であることが特別なのではなく、我々のクラブが特別なのではなく、今ここにいるメンバーであるからできるバカ宴会。きっとスカッシュというスポーツの持つ魅力が、こんなアホ共を集めてくれたのだ。いやぁ、今日も飲んだねぇ。「楽しそうだね、でも確かに楽しかったよね♪」へろへろに酔った私を家まで連れて帰ってきた妻が安堵の呟き。ん?メールだ。「愛するメンバーへ。今日は本当にお疲れ様でした。僕自身愉しく、ありがたく思うイベントでした・・・」コーチの山ちゃんから。そうなのだ、何よりもこの最も愛すべきコーチ、スカッシュを愛する男がいる限り、スカッシュを続けるだろうメンバーたち。「あれ?今日はちょっと日記っぽいよ!」むむ、確かにちょっとしみじみ系オヤジだった。

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2008年6月21日 (土)

団体戦、準備完了!「ひだるま荘」と「ベロビスト」

Photoに痛めた右腕の腱鞘炎が治らない。スカッシュより格段に重いテニスラケットを振り回し、スカッシュより重いテニスボールを強打してしまった結果。日常生活で使わずにいられない右腕だから、なかなか治らない。マウスでクリックする度に痒痛が腕を走る。それにしても、完治する気配が全くないため、左手でスカッシュをやり始めた。最初は興味本位でやってみたところ、あれ?当たる!不思議だった。それまで左手を意識して使ったことは全くなかった。そして、あっという間に初心者レベルまで上達した。右手である程度の基礎ができていて、フットワークやフォームはイメージできる。コースを狙うタイミングや、戦略の組み立ては左右で変わらない。何ヶ月、何年もかけて右で巧くなった時間を活かし、左で上達できるということが分かった。ふぅむ、これでボクササイズと合わせ、左右の筋肉のバランスが取れるかもしれない。

Photo_2ぇっ!じゃぁ来月の宇都宮の団体戦は無理ですか?残念ですねぇ」コーチやクラブのメンバーと一緒に出場予定だったスカッシュ団体戦も出場辞退。「監督もウェアは一緒に買いに行くんでしょう?」妻と同じチームで女子団体戦に出場するクラスメイトのHちゃんが心配そうに尋ねる。もちろん!お揃いのウェアも買おうかな♪「良いねぇ、スコート買う?」さすがに、それはどうかと。彼女たちは他の大会でも団体で出場予定。そのためにお揃いのウェアを買いに行こうという作戦。レッスンが終わった後、渋谷のウィンザーに向かう。チームメイトであり、スカッシュのレッスンのクラスメイトでもある3人。けれど、さすがに一緒にお揃いのウェアを買うのは初めて。お互いに薦め合い、誉め合い、試着した姿を見せ合う。「うん、これ似合うよ、可愛い♪」「これ良いんじゃない?」「なんだか楽しいねぇ」「団体戦っていうのも良いね」確かに、微笑ましい風景。ちなみに、チーム名は「あらっふぉー」。命名の理由は記載しないけれど。

Photo_3局、監督(私)も含めた4人で、15点以上お買い上げ。ウェアの大人買い?「お腹空いたねぇ」「美味しいもの食べて帰ろうか」買物後に付きものの高いテンションのまま、裏渋谷に向かう。入口の“名物牛スジ塩キャベツ”と書かれた看板に惹かれ入ったのは「酒怪鉄板 ひだるま荘」という怪しい名前の鉄板焼の店。席に付くや、メニューも見ずに「牛スジ塩キャベツください!」・・・それはHちゃん、早すぎだから。「だって美味しそうだよ♪」うん、そうだけどね。あ、まず生ビールと烏龍茶ください。建設会社の役員秘書を務める彼女はオトボケ系で年齢不詳の可愛い女性。「イベリコ豚ベーコンサラダって美味しそうだね。鹿児島産蚕豆の炙りも美味しそう♪それに・・・」メニューを見ながら、次々に美味しそうを連発する。「富士宮焼そばって何?」宇都宮の餃子みたいに、富士宮市の町おこしB級グルメで有名なんだよ。「へぇ~、美味しそう♪それも頼もうっ!」まるでギャル曽根並みの食欲。細身の彼女とのギャップが楽しい、美味しい。

Photo_4ぁ~んか今日は楽しかったねぇ」「それぞれが似合うウェアが違って面白いよね」女性同士での買物も、皆でお揃いのウェアを買うことも、大人になってから経験することは少ない。それに大量にモノを買うことの快感も相まって、試合に向けて、チームの連帯感と高揚感が一気に高まったようだ。良し良し、これで監督も采配の揮いがい、応援のしがいがあるってもの。目指せ!優勝だ。ところで、飲み足りないんだけど、セルリアンの「ベロビスト」に行かない?「行こう!行こう!」しかし、生憎の曇り空。このバーのウリの夜景は今ひとつだけれど、相変わらず落ち着いて飲める良いバーだ。妻とHちゃんは、Hちゃんの恋バナに夢中。そんな2人をぼんやりと眺めながら、シャンパンを啜る。スカッシュ仲間として知り合って、初めてのチーム戦。自然に揃いのウェアを買いに行こうと誘い合い、頑張ろうねとテンションを上げる。3人が、お互いの距離感を計り合ってしまう大人の付き合いから、ちょっと踏み込んだ親密な空気を感じる。なんだか良いチームになりそうだ。思わず目を細める。「あれ?酔っ払って眠くなってない?」・・・これは違うのっ!

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2008年6月16日 (月)

ウチごはんデザート付き「ショコラティエ・ミキのオランジュ」

Photo気楽夫婦は決して料理が嫌いな訳でも、苦手な訳でもない。平日は帰ってから料理を作る時間も気力もなく、週末はスカッシュやお芝居で出掛けることが多く、つい外食に走ってしまう。(という言い方は言い訳じみていて、ソトで食べるゴハンが大好きなだけ)しかし、時間と気持の余裕があれば、自宅で食事することは嫌いではない。とは言え、手間暇掛かる料理を作る時間はなく、その日もご近所のスーパーで目に付いた食材を組み合わせて、久しぶりのウチごはん。妻はさぬき系のもっちりうどんよりも、喉越しの良い「稲庭うどん」が大好き。そして、稲庭うどんと言えば、この「佐藤養助」。さぬきうどんに比べ、細いのに強い腰が特徴。

Photo_2っぷりのお湯で茹で上げ、冷水で洗いぬめりを取る。そして氷を入れた水で麺を引き締める。これが強い腰を活かすポイント。食べる前に、もう一度熱湯を通し、熱々の出し汁を掛ける。その上にかりかりの掻き揚げを乗せ、冷凍してある万能葱をぱらぱらとふりかけ、完成!美味しそう。まぁ、これを料理とは決して言わないだろうけれど。「美味しいねぇ♪やっぱり私は讃岐うどんより、稲庭うどんの方が好きだなぁ」妻もたまのウチごはんを堪能。彼女は最近、料理は完全に放棄しており、もっぱら食べる&後片付け担当。やっぱり作ってもらって食べるだけの料理は美味しいよね。私は自分で作る料理も好き。まぁ、2人はそれぞれ良いバランスということで、大きな問題はなし。

Photo_3ころで、その日のウチごはんは、デザート付き。ご近所ショコラ「ショコラティエ・ミキ」のオランジュ。マスコミにも取り上げられ始め、京王百貨店のお中元にも採用されたというオランジュが食べてみたくて、いつものボクササイズの帰りに訪問。閉店ギリギリに駆け込むと店内に先客。良かった開いてた。何しろ狭い店舗。先客が帰るまで店には入れない。秘密クラブのような趣。「あぁIGAさん、こんにちは!いつもありがとうございます」オランジュの評判はどう?「お陰様で好評のようです。実はお歳暮に向けて、他の百貨店さんからも問い合わせが来てるんです」それは凄い。嬉しいねぇ。「ところで、昨日はIGAさんのブログの記事を読んで、どうしても行きたかったマデュロに行って来たんです。なので、朝帰りで時差ボケなんです」それは嬉しい♪バックナンバーまできちんと読んでくれてるんだね。ありがとう。

Photo_4ンナ様も一緒だったんです。あ、ちょうど今日は迎えに来てくれてるんで、お2人にご紹介します」あぁ、初めまして。ご近所のお気楽夫婦です。今度一緒に飲みに行きましょう!「えぇ、是非!やっぱり記事を読んで、はしぐち亭にも行ってみたんです。良い店ですね」はい、是非ともご一緒しましょう。・・・そんなやり取りの後にオランジュとボンボンショコラを購入。そして、その日のウチごはんのデザートに選んだのは「オランジュ」。細くきったものは他にもあるけれど、輪切りにしたオランジュは初めて。チョコを掛けたオレンジの端を齧る。うわっ!口の中にフレッシュな柑橘類独特の香りが拡がる。その後を濃厚なチョコの味が追いかけてくる。これは美味しい!「うぅ~ん、これはかなり美味しいね♪」チョコ好きの妻も絶賛。これはヒットしそうな予感。お歳暮の季節には「雪だるま」もブレイク必至?佐藤養助の稲庭うどんと、ショコラティエ・ミキのオランジュ、いずれも職人の技を楽しむウチごはんだった。

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2008年5月10日 (土)

宇都宮から「ぱりぱり羽根付き焼餃子」

Photoウスを使うと右腕に違和感がある。クリックする度に手首が疼く。うっかり右腕で重いものを持ってしまうと肘に激痛が走る。腱鞘炎がなかなか治らない。「文字通り“鞘”の中の神経ですから治りにくいんですよ」と整体の先生。それにしても治癒のスピードが遅い。「使わないのが一番良いんですが、そうはいかないですもんねぇ」そうなのだ。使わない訳にはいかない。今も痒痛に耐えながらパソコンに向かっているし、右腕を使わない生活は不可能。そもそも腱鞘炎の原因は、元気な高校生に(自分の年齢を考えず)対抗してテニスラケットをぶんぶん振り回した結果。知らずに手首と肘を酷使したのだろう。まあ、のんびり治すしかないか。

Photo_3からIGAさんたちにってお菓子と餃子が届いたんだけど、いつ渡せば良い?」ご近所の友人(妻)からメールが入った。友人(妻)の妹さんは、例の高校生のお母さん。お住まいが宇都宮とのことで、地元で評判の餃子を送ってくれたらしい。「ありがとう!餃子パーティにしようぜっ!」すかさず返信。これは嬉しいっ♪焼餃子(ビール付き)は私の大好物。最後の晩餐に並べたい料理ベストテンの上位に間違いなく入る。(ちなみに他のランクイン料理は、穴子の白焼き、鮎の塩焼き、と辛口の日本酒。かりかりのシューストリングス、と良く冷えたビール。くーぶーいりちーと泡盛、などなど・・・なぜか全てお酒とセット)大好きな餃子をたっぷり食べれば腱鞘炎も治るってもの。「OK!では週末に!」

Photo_2酒が全く飲めない友人夫妻。自分の飲むお酒を持参するのが訪問のルール。ビールと紹興酒、デザートのお菓子を携え友人宅へ。料理が得意な友人(妻)がまず餃子を焼き始める。使い込んだフライパンに餃子を並べ表面を焼き、小麦粉を入れた水を投入し蒸し焼き。水分が無くなった頃合いを見計らってフライパンを一気に反し、皿の上に餃子を並べる。お見事!ぱりぱり羽根付き焼餃子の完成でぇ~す。ビールと烏龍茶で乾杯し、さっそくいただく。羽根と皮がぱりぱり、中はジューシー♪こりゃ美味い!「確かに美味しいね、宇都宮の人が餃子好きだっていうのが分かるよ」「うん、美味しいね。それにしても料理上手だよね」と妻。おいおいっ!かつては自分で餃子の皮から作っていたんじゃなかった?「今や幻の料理のひとつだね」・・・幻ですか。もう存在しないんですか(涙)

Photo_4いて水餃子が登場。青梗菜の色合いが食欲をそそる。うん、これも旨い。スープの味付けもグーッ。やや厚めの皮が焼いても茹でても美味しい秘密だろうか。妹さんに感謝。「IGAさんたちは家で料理しないから、きっとウチで一緒に食べると思うよって妹に言ったんだけど、その通りになったね」さすがっ!お見通しだったか。友人夫妻がご近所に引っ越して来て以来、ソトメシの案内はお気楽夫婦が、ウチメシは友人夫妻宅でという役回り。一段と料理を作らなくなったなぁ。「ここで作ってもらって一緒に食べるほうが美味しいから、良いじゃない!」そう言い切る妻。事実ではあるし、説得力はあるのだけれど、それで良いのか?お気楽夫婦。すると、友人(妻)「今度は揚げたてコロッケなんてどう?」これまた大好き♪食べに来る来る!それで(たぶん)良いのだ!

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2008年4月29日 (火)

祝3周年「10万アクセス達成!」

Dsc005年5月1日に最初の記事を書いた。それから毎週末に2本、ほぼ欠かさず記事を書き続けた。記事の数は366本。平均すると、3日に1本の割合で書き続けたことになる。アクセス数も平均で1日100件を超えた。1,000日弱での10万件達成!地味に嬉しい。(正確には、カウンタを設置した2005年10月からの累計)1日1万件だとか、10万件だとか、すごいサイトはたくさんあるし、「しょこたんブログ」に至っては平均200万件弱、累計は10億件突破!私のブログのペースで10億件を達成するには、100日で1万、100万日で1億だから、1,000万日でようやく10億。1,000万日ということは、27,397年と・・・くらくらするほどの、想像を超えるアクセス数。

も、10万件は素直に嬉しい。お読みいただいている皆さま、ありがとうございます。飽きずに読んでいただける記事を書くよう心がけねばと思います。

年前、私はまだ前職の会社にいた。人生が永遠に続くかのように思っていたのに、その半ばを過ぎたことを自覚した。これからの半分をどうしようか、どうしたいのか、立ち止まって考えた。転職を決意し、自分の中での優先順位を明確にした。仕事、プライベート、家族、妻との生活、地域との関り、友人たち。そんないろんな要素を自分の中で整理した。すると、すっきり♪傍目からは生活スタイルは変ってないように見えるかもしれない。(実際ずっとお気楽だしね)しかし、自分の価値観を自覚したことで、ふっ切れた。

・・・いうことで、小さな劇団の芝居を観に行ったり、腰痛持ちなのにスカッシュをしたりラグジュアリーなホテルを泊まり倒したり、カロリーを気にしながらも美味しいものを食べ回ったり、記憶がなくなるまで酒を飲んだり、収納スペースに悩みながらも好きな本を読んだりの日々。「あ、今日は芝居行けなかったけど、飲み会は途中から合流するね」季節労働者の妻が休日にも関らずご出勤。妻の代わりに後輩の女の子と観劇。楽しいことばかりではないし、しんどいことも多いけれど、基本的には2人の生活はお気楽。(ブログのタイトルもお気楽主義宣言に変えようかな?)楽しいことを求め、“快楽の素”をこれからも書き散らして行きます。今後もどうぞよろしくお願いいたします。

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2008年4月27日 (日)

湯気と香りの記憶「薬膳火鍋専門店 天香回味」

Photo0年ほど前、前職の出張で台湾を訪れた。そこで初めて食べた火鍋。大極(タイチー)マークを模して、2つの勾玉を組み合わせたような形で仕切ってある。その半分には麻辣湯(マーラータン)スープ。もう半分には白湯(パイタン)スープ。鍋から立ち上る香りだけで汗をかいてしまうようなインパクト。ただし、その味はほとんど印象に残っていない。朝方まで夜市やディスコ(当時はクラブではなく)に出歩くエネルギッシュな台湾の人たちに圧倒され、まだ日本になかったカラオケBOX(KTVと呼ばれていた)や、スタンド売りの朝粥の美味、圓山大飯店の絶賛の飲茶などの記憶に圧され、どうしても思い出せない。

Photo_2年前、やはり前職の出張で訪れた上海。そこで食した火鍋は地元の人々で賑わう庶民的な店。日本で言えばしゃぶしゃぶ鍋のような中央に円筒の付いた大きな鍋で、何でも入れてしまえ!ぐらいの勢いでわさわさと海鮮、肉、野菜などをたっぷりといただいた。充分に美味しかった。とは言え、火鍋は鍋料理という意味で、ひと括りにするには余りに種類が多い。日本でも、すき焼、しゃぶしゃぶちり鍋、しょっつる鍋、もつ鍋、すっぽん鍋、などなど、地方毎に独特の鍋料理があり、家庭毎に独自の味がある。私が子供の頃、亡くなった母が<チャプスイ>と呼ぶ、肉と野菜の塩味スープの鍋を良く作ってくれた。(調べてみると、<チャプスイ>という料理はどうも違う料理のようなのだが)途中まではカレーとほぼ同じ香りが家中に漂うので、今日はカレー?チャプスイ?とわくわくしたものだった。

Photo_3る週末、妻と一緒に二子玉川に出かけた。お目当てはいつもの「たん熊」さんではなく、「天香回味(テンシャンフェイウェイ)」という薬膳火鍋専門店。2人用の小さな鍋は大極マークにはなっていないものの、挑戦的に真赤なスープと、白湯スープという組合せは台北で食べた鍋と同様。大きく違うのはスープの香り。具材を入れる前からぷかぷかと身体に良いのか悪いのか分からない不思議なものがいろいろ浮いている。そこから漂うのは、高麗人参、カルダモン、クローブなど既知の香り。そして未知の香辛料の香り。それらが複雑に混ざり合う。ほほぉ、美味しそう。揃って香辛料が大好きなお気楽夫婦はにんまり。

Photo_4トロ、地鶏、海老ダンゴ、花びら茸、柳松茸、台湾サトウキビのタケノコなどバラエティに富んだ食材をスープに投入!「これはかなり美味しいねぇ♪」辛いもの好きの妻はもちろん赤い鍋専門。“歩く新陳代謝”を自負する私は白い鍋専門。う~ん、こりゃあ複雑に美味い。スープ自慢の鍋。タレなしでそのまま食べるからあっさり。「そう言えば上海のEさんと一緒に、新大久保で火鍋食べたねぇ、すっごい怪しい店だったね」「博多で食べたもつ鍋は美味しかったねぇ、地元で食べるのがやっぱり美味しいよね。あぁ、水炊きは行きたい店が休みで行けなかったんだったね」・・・いろんな鍋の湯気の中には、いろんな記憶が紛れ込んでいる。

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2008年4月26日 (土)

脱・脱力系「絵手紙はがき」

Photoくなっている。確実に。何度か記事にした妻の両親の(現在の)趣味は<絵手紙>。“現在の”というのは、仕事を引退した後に押し花絵とか、レザークラフトだとか、いろんなカルチャー教室系の趣味に走った経歴があるから。2人仲良く押し花にするための野草を採りに行ったり、絵手紙用の素材をあれこれ考えたり。微笑ましいなぁと思っていたら、「描くものがなくなってきちゃったぁ」と義母。さすがに3年以上続けるとネタが切れてくるらしい。ふむ、そりゃ困った。基本的に絵の題材は静物、それも好きな花や、身近な野菜、小物が多い。ふ~む。

Photo_2日、山形を訪れた際に、松ヶ丘開墾記念館に立ち寄った。庄内藩士たちが切り拓いた農地に建てた蚕室が保存されており、庄内映画村資料館などもある。地元鶴岡出身の作家藤沢周平が描いた海坂(うなさか)藩のモデルとなった庄内藩。その縁もあって、「蝉しぐれ」「たそがれ清兵衛」「山桜」などのロケが行われた。そのオープンセットが開墾記念館近くにそのまま残され、「庄内映画村」などに資料が展示されたりしている。その敷地の片隅に、昔の民家を再生したクラフトショップがあった。店の名前は「こうでらいね」。庄内弁で「こたえられない(ほどいい気分だ)」・・・調べて分かった。地元の工芸家たちの作品の展示販売を行ったり、クラフト体験ができたり。なかなか良い施設。

Photo_3こで発見したのが、これ。「あっ!お客さま、撮影は禁止です」は~い、と返事をする前に既に撮ってしまった1枚。(お店の皆さま、作者のKAZUさん、すいません。著作権をこっそりと侵害しています。作品の紹介告知をさせていただくということで、お許しください)「ことわざジョーク」シリーズとして、可愛いイラストとちょっとビターテイストのことわざをもじったジョークが描かれている。「六十の手洗い」「ビンボーひまだらけ」「触らぬ神にたたられる」「郷に入ればひろみに従え」「旅は道づれ世はお酒」とか、くすくす笑いのお気楽夫婦はほとんど同時に閃いた。浜松の両親にこのはがきを送ろう!

Photo_4んざん迷い選んだ作品がこれ。「ねこにカバン」・・・脱力系を脱してしまった両親の絵手紙の、原点に戻れ!とヒントを与える1枚。に、なるかなぁ。「でも、母はこんなの好きそうだよ♪」後日、妻がはがきを送ろうとしたところに、タイミング良く両親から絵手紙が届いた。(今気がついたけど、正しくは“絵手紙はがき”だね)新たまねぎの絵が微妙に巧い。そう言えば義父に続いて義母の作品も地元の新聞に載ったらしい。「えぇっ、そうなんだぁ」はがきを読んだ妻が珍しく大きな声を出して驚いている。何?「先々週、秩父の芝桜を観に来たんだって」え!東京を迂回して?「都内を走るのは徹底的に嫌いらしいよ」う~む。頑なな自然志向。都心の喧騒嫌い。果たしてこれ程行動パターンが異なる両親とお気楽夫婦の同居は実現するのか?

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2008年4月19日 (土)

笑顔の花嫁、妻の涙「ナイスカップル誕生」

Photo_3人が結婚した。スカッシュ仲間で、酒呑み仲間。10年間、毎週1回のスカッシュのレッスンと、月に1回の<メンバーズイブニング>という名の“飲み会”は、お気楽夫婦と同様にほぼ皆勤。と言うことは、500回ぐらいスカッシュを一緒にやって、100回以上一緒に飲んでいるということ。すごい。彼女と一緒にプレーするスカッシュは楽しく、彼女と一緒に飲む酒は美味しい。そして、彼女ほど楽しそうに、美味しそうに、酒を飲む女性を私は知らない。そんな彼女のお相手は、これまた酒も美味しいものも大好きだという、笑顔が似合う豪快な男性。・・・あぁ、彼女も(ある意味)豪快だしなぁ。お似合いのカップル。

Photo_2んなお2人の結婚式と披露宴に招かれたお気楽夫婦。週末の午後、前日の深酒で悲鳴を上げている身体を引きずるように式場に向かった。前日は可愛い姪夫婦と久しぶりに痛飲。「楽しかったからって飲みすぎだよ」二日酔いを訴えると、妻は断言。はい、おっしゃる通りです。都心から離れた最寄駅に降り立ち、式場に到着。チャペルに案内される。キャンドルを持った聖歌隊に導かれ、リラックスした笑顔で新郎登場。オルガンはもちろん、トランペットも、ヴァイオリンも生演奏。純白のドレスで登場した新婦も満面の笑顔。ハレの日の花嫁は美しい。幸福のおすそ分けをもらった気分。良い結婚式だ。

Photo_4婚式の後は、披露宴会場をガラス格子のドア越しに眺めながら、ウェイティングルームで歓談。他の出席者と顔を合わせ話ができるから、なかなか良い趣向。スピーチを頼まれているという友人はやや緊張気味。披露宴が始まるとまずはシャンパンがグラスに注がれる。うっ、酒はまだ飲めない。「あれぇ、IGAさんどうしたのぉ?いつものIGAさんじゃなぁ~い、つまんなぁ~い」同席になったスカッシュ仲間から責められる。しかし、二日酔いでも食欲はある。料理は実に美味しい。サラダはきっちりと冷え、しゃきしゃき。魚のオーブン焼きはきちっと焼き立て、かりかり。100人以上の宴席で、これは見事。嬉しい。

Photo人のスピーチも無事終わり、花束贈呈、新郎のスピーチと続く。何を話すかノープランだと始まった挨拶は、なかなかぐっとくる内容。涙ぐむ友人たち。うん、良い男だ。出席者を見送るために新郎新婦が退席すると、大きなスクリーンに“エンディングロール”が流れ始めた。当日の結婚式の映像が編集され、出席者全員の名前が順番に映し出される。そして、2人からのメッセージが添えられる。「また用賀に行くからね!IGA様、IGA妻様・・」お気楽夫婦の名前を見つけ、ふと妻を見ると、え?え!涙ぐんでいるように見える。ま、まさか。めったに泣くことなどない妻が。見間違いに違いない。思わず視線を逸らす。

像が終わり、会場が明るくなる。うぁ、やっぱり泣いてる。大丈夫?声を掛ける私の方が動揺してしまう。「今までみたいには会えなくなっちゃうんだなぁって・・・」毎週顔を合わせていた“大好きな妹分”が近くにいなくなってしまう、そんな一種の喪失感らしい。「泣くなんて珍しいね」友人も声を掛けてくれる。「うん、いつ泣いたかも覚えていないぐらい」・・・私は覚えている。数年前の香港。“涙のローストグース”以来。それぐらい悲しかったんだね。(って、どれぐらいじゃ!)涙のツボが他人とは大きく違う妻。そんな妻まで泣かせてしまう、温かく、楽しく、そしてちょっと淋しい結婚式&披露宴だった。

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2008年4月13日 (日)

冬景色、春景色「月山とヨットハーバー」

Photo_5先で食べる朝食は、なぜきっちりと食べてしまうのだろう。いつもならトースト1枚とヨーグルトでお腹がいっぱいなのに。誰もが経験する謎。しかし、そんな疑問を抱く余地のないほど<古窯>の朝食は実に旨かった。後ろ髪を引かれながら、宿まで迎えに来てくれた弟の車に乗り込み、山間の街から海辺の街までのロングドライブ。山形の中央に聳える名峰<月山(がっさん)>を横断する、短時間で冬と春を味えるコース。しばらく走ると、車窓左側の低山の奥に白い峰々が長く続く。朝日連峰だ。春を迎えた田圃の向こうの冬景色。そして車が山形自動車道に入る頃は、道の両側の残雪と雪山にぐるりと囲まれた冬景色の中を走ることになる。晴天の下の雪景色、心震える風景だ。

Photo_7内平野を一望する辺りからは、すっかり景色は春になる。振り返ると月山は遠く春霞の中。白く丸い月の山が、春めいた田圃から上っている。高校時代に見慣れた春の風景。当時と変らぬたおやかな山の姿は、懐かしさや郷愁だけではない、眺める人の心を動かす美しさを持っている。良い山だ。ん?そんな気持に浸ってると、左前方にオレンジ色の見慣れない物体が。何だ?良く見ると、猿?オレンジ色の猿、猿、猿。臨時の車線規制のためのガードレールの土台。ん~、チャーミング。思わずパチリと1枚。田舎道に似合うゆるゆるの意匠。和みの風景。のんびりドライブの副産物。

Photo_9過ぎに到着した我々を待っていたのは海の美味。末弟の同級生が営む人気の寿司屋で一族揃っての昼宴会。姪っ子&甥っ子3人の、高校・中学・小学校卒業と、父親の誕生日を祝う祝いの席。大きな寿司桶が並ぶ。ほっと美味しい。寿司ネタには極めて珍しい“ハタハタ”の握りもなかなかの美味。当然のようにズワイガニも美味しい。いずれも素材勝負の逸品。自慢の玉子も豪快な味と大きさ。自分たちが子供の頃の寿司ネタは、イカとタコと、せいぜいがブリだったなぁ。山形も豊かになったなぁ。オヤジたちはしみじみ。

Photo_8の墓参の前にヨットハーバーでのんびり散歩。清々しい青空の下、大型クルーザーが並ぶ本格的な施設。「ヨット買いたいなぁ。ディンギーで良いんだけどなぁ」末弟が呟く。買いなさい!妻も私も若かりし頃ヨットの経験あり。しっかり教えてあげよう。冬の長いこの街では一年のうちに沖に出られるのは半年余り。その分係留代が安いわけだし。夏にみんなでクルージングしようぜ!そんな会話も互いに大人になったからこそ。しかし、老いた父と、兄弟たちと、姪っ子&甥っ子たちと一緒に過ごす夏もきっと数えるほど。家族の季節はそんなに長くはない。せいぜいそんな会話のできる内に実現できると良いね。

Photo_11うしてまた慌しく週末が過ぎて行く。庄内空港発羽田行きの最終便の座席に腰を下ろし、姿勢を整える。お腹の空く時間、お弁当のサービスがあるということもあり試してみたプレミアクラス。へぇ~シャンパンのサービスもあるんだぁ。決して美味しくはない弁当をつまみながらベビーボトルのニコラフィアットを一口。ふぅ。肩の力が抜けて行く。「ご搭乗の皆さま、飛行機はまもなく着陸体勢に入ります・・・」おいっ!ついさっき離陸したばかりだろうっ!アナウンスに突っ込みを入れる。空路なら故郷は近い。それにしても一安心。やっと墓参りまで済ませることができた。顔を揃えた子供たちに父親も喜んでいた。それが何より。週末の心和む風景を思い出しながらまどろむ。「寝てる場合じゃないよっ!もうすぐ到着だよ!お台場の観覧車が見えるよ♪」妻の声に、“自分の街”に帰ってきたことを自覚する。

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2008年3月23日 (日)

情熱のコート「サンセットブリーズ」

Photo006年3月、日本における“スカッシュの聖地”とも言える「横浜スカッシュパーク コータコート」が閉館。コート数9面、全日本選手権などの会場ともなった名門コートを失った国内の多くのスカッシュプレーヤーは、絶望的な気持になった。競技人口が増えず、各地のスポーツクラブでコートが閉鎖されるニュースが続いてはいたが、まさかコータコートが、というショック。このまま衰退してしまうのか、と思った矢先に2つの素晴らしいニュースが届いた。ひとつはコータコートのあった<横浜>という地にこだわり、横浜にスカッシュ専用施設を作るという元日本チャンピオンの、もうひとつは閉鎖される<コータコート>にこだわり、コートの資材を譲り受け、房総にスカッシュコート付きの宿泊施設を作るという元日本代表の、それぞれがスカッシュプレーヤーの胸を熱くする知らせだった。

Photo_3ンセットブリーズ保田」・・・それが元学生チャンピオンでもあったオーナー、丹埜倫(たんの・ろん)くんが建設した施設の名前。施設紹介のサイトによると、波穏やかな東京湾に面し、晴れた日には海の向こうに富士山が浮かんで見える抜群のロケーションだという。やはり閉鎖された千代田区の施設「保田臨海学園」を買い取り、コータコートで使用されていた資材を利用し、新たなスポーツ&宿泊施設として2007年10月にリニューアルオープン。ある週末、その“スカッシュ界の新たな希望”とも言える施設を訪ねた。訪問の理由は久しぶりの大会参加。IGAは実に三年ぶりの公式戦。実は大会参戦は二の次で、ずっと応援してきた元日本チャンピオン、石渡くんの引退試合を観戦するため。

Photo_2本チャンピオンになれる逸材と期待された年、バイク事故で大怪我。大手術の後に見事に復活し、2004年の全日本チャンピオンになった石渡くん。しかしその後も何度か怪我に泣かされ、今年行われた世界選手権の日本代表入りを逃してしまった。まだまだやれるという周囲の期待もあるが、スカッシュで“飯を食う”ことの困難さも含め、本人も悩んだ末の結論だろう。そして、惜しまれながらもプロのプレーヤーとしては引退。そんな彼の力強く華麗なプレーの見納めということで向かった、房総への小さな旅だった。品川からバスに乗って1時間余り、木更津駅で電車に乗り換え40分。移動した時間以上に都内から離れた気持にさせる、のんびりした駅に降り立った。そして駅からタクシーで数分。カジュアルながらスタイリッシュな、シモキタにありそうなカフェのような趣。ふぅ~ん、なかなか良いじゃない。

Photo_7宿泊施設とは別棟のコート。外階段を上る途中の踊り場で房総の長閑な海が見える。へぇ~、良いねぇ、ここ。コートのコンディションは国内最高峰の水準。グリップの利く床、コート内は明るく均一な照明。観戦スペースも充分。そして何よりも、この地でこのコートを育てて行きたいというスタッフの情熱が溢れる、愛されているコートだ。集まった選手も、応援に来たプレーヤーも、そんな雰囲気を育み、楽しみ、リラックスしているようだ。とは言え、お気楽夫婦が参戦した大会の名前は<マジックオープン>。2人のコーチ、山ちゃん率いるスカッシュマジック“のんべ軍団”の集合だ。体育会系のパーティ、大広間での宴会の翌日、二日酔いでがんがんする頭を抱えながら試合に臨んだIGA、朝方までの騒乱に眠れなかった妻の試合の結果は・・・。(To be coninued)

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2008年3月 9日 (日)

ご近所散歩「行列のできる店、できない店」

Photo_4っかり春の気配。花粉が飛び、黄砂も飛び、防衛省のトップの首は飛びそうもなく、姪っ子の入学試験も心配な、春。季節の移り変わりの中で、人生における節目としても、こんなに劇的な変化があるのも春ならでは。なのに春になると、ふらふら散歩気分のお気楽夫婦。どこかに出かけたくなる相変わらずお気楽な日々。ある週末に、ご近所で評判のラーメン屋に向かった。グルメ系雑誌の読者人気ランキング上位の評判店。なんでもアメリカで伊丹十三監督映画作品『タンポポ』を観たことでラーメンに興味を持ち、日本に留学中に真のラーメンに目覚め、故郷に帰ってもその味が忘れられずNYCのレンチレストランで修行し、再来日し“自分の味”を追求してきたらしい。『タンポポ』以上に凄いストーリー。

人の住む街から電車で1駅。勝手知ったる隣町。昼下がりの遅い時間を狙い、のんびりと店に向かう。すると駅から同じ方向に向かうカップルがひと組。「こっちじゃないの?」「住所からするとそうだねぇ」ん?まさか、ラーメンマニア?「そんなわけないでしょ!」と、気にせずのんびりと歩く2人。道の途中には、旧甲州街道の古い街並が保存された場所がある。農機具を扱う「山本善水商店」や家具工房の「クニナカ」が並ぶ。その店先には木工細工のお雛様が並ぶ。ぽかぽかの春だねぇ。ん?さっきのカップルが向かった先に行列。ま、まさか。行ってみると、古い小さなアーケードがあるその場所に、長蛇の列。看板には「アイバンラーメン」とある。ここだ。ふぇ~。咄嗟に、この店に来た訳じゃないもんねぇと通り過ぎる2人。行列の顔はみな真剣。恐るべしラーメン好き。「凄いねぇ、この時間で。1時間近く待つよね、あれじゃ。待てないね私たちは」・・・たぶん、あの人気が続く限り、待てない2人は食べられない。残念。

Photo_5ゃあ、この店にしよう♪」しばらく歩くと妻が気になっていたというカフェに出くわす。ひっそりとした休日の昼下がり。こぢゃれた店構え。内装の趣味もよろしい。ところが、私が頼んだパスタランチのパスタは、超アルデンテ。早い話が芯がわずかに残っている。それに、このミントの葉は見た目はすごく綺麗で美味しそうだけど、パスタの味にはちょっと合ってないぞ。「これ、カリカリ度が足りないし、サイズが小さいね」妻のオーダーしたワッフルも今イチらしい。う~む、問題あり。若くしてオーナーになったであろう店主が、ちょっと上から目線で接客してくれるし。「きっと客を選ぶんだね」客も店を選ぶんだけどね。じゃあ、天気も良いし、家までのんびり歩こうか。途中でミキちゃんとこでチョコレート買おう。「うぁ~いっ♪」妻のご機嫌も回復。早々に食べ終え、店を出る。街の小さなショコラティエまでは歩いて10分余り。ちょうど良い散歩コースだ。

<ョコラティエ・ミキ>の前にはいつの間にか温室のような休憩スペース。ドアを開けるとミキちゃんが迎えてくれる。「こんにちはぁ~。いっつもお2人でいらしていただいて、ラブラブですねぇ」両手でハートの形を作り、“ラブラブ”と繰り返す、ラブラブ声のショコラトリエ、ミキちゃん。はぁ~、和むねぇ。店の前のスペースはお父さんが日曜大工で作ってくれたらしい。「お茶をお持ちしますので、休憩スペースでお待ちください」いただいたハーブティは温かく、美味しい。ひとしきり話し込んでいるとお客様来訪。「あぁ、ここだ、ここだ。見つかったぁ」どうやら遠くから車でやって来たらしい。「いらっしゃいませ♪」ミキちゃんがラブラブ声で迎える。「お店はこちら?」「はい、小さな店なんですけど、どうぞ」じゃ、私たちはこれで。「ありがとうございましたぁ。またいらしてください」ぽかぽか陽気の気分そのままに、チョコレートを抱えて自宅に向かう2人。「私たちが1回しか行かない店と何度も行く店ってはっきりしてるよね」そうだね。また来たいって思わせる店って、大事だよね。そうだっ!忘れられないうちに<たん熊北店>にも行かなきゃね。・・・ということで、本城さん、春を味わいにお伺いします!

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2008年2月24日 (日)

ぽかぽか春の便り「手作りひな人形」

P1060678_2手紙を習い始めて3年ほど経った妻の両親。毎月揃って教室に通い、毎月決まって絵手紙を送ってくれる。そのこと自体も嬉しいけれど、何よりも一緒に送られてくる“季節”のお知らせがありがたい。寒い季節にははがき一杯にミカンの絵を描き、「この冬も元気でいこう」というメッセージが添えられる。春には蕗の薹の絵と共に、「そろそろ春ですね」という直截なひと言。夏になれば団扇に貼った絵手紙という趣向で、南瓜の絵が「カロチンたっぷり夏バテ予防」という標語のような、とても暖かい便りが届く。絵手紙が届く度に、2人の周囲を過ぎ去る時間のスピードが減速し、新しい季節を自覚することができる。

して、この春、妻の両親から小さな包みが届いた。封を開けるとほんのり春の便り。手作りの<雛人形>だった。今はもう懐かしくさえあるフィルムケースに和紙を貼り付け、水引で髪飾りを作ったふたり雛。両親の人柄そのままの柔らかな表情。良いじゃない!それだけではなく、フィルムケースの中に隠された密書が。巻物のような絵手紙には、相変わらずの脱力系メッセージと共に、梅の絵と菜の花が咲いていた。男雛は父親が、女雛は母親が、それぞれじっくりと描いてくれた労作。さっそく真っ赤なバカラの箱にお2人をお納めし、その前に巻物風の絵手紙を飾った。そこだけ先に春が来た。

な祭りは、古来から女の子のすこやかな成長を祈るものだけれど、“飾る”雛人形というお祝いの形と、“流す”雛人形に代表される厄災を人形に身代わりにさせる形がある。飾る雛人形は、ふたり雛から豪華な段飾りまでいろいろ。雛人形をいつまでも出しておくと婚期が遅れるなどという都市伝説?まである。子供の厄災を身代わりとして守る役目の雛人形は、女の子1人にひとつ。思い出せば、母の実家には大きな段飾りの雛人形が何セットもあり、春になると2階の部屋ひとつをほとんど全部使って雛人形が飾れらていた。母を含めて3人の姉妹がいたためであろうが、子供心には不思議で、そしてちょっと怖かった。毎年丁寧に箱から出され、飾れられ、仕舞われたのだろうけれども、中には指先が折れたり、顔の一部が欠けたりした従者たちがいた。誰もいない時間に2階に上がり、総勢数十名の雛人形軍団を覗き込むと・・・。ぶるっ!

れに比べ、このふたり雛。すこぶる平安。絵手紙の先生も季節ごとに趣向を凝らし、いろんなアイディアを搾り出し、テーマにしているのだろう。でも、こんな力作が自分の手元にないのも淋しいだろうね。「絵手紙は誰かに送って初めて<絵手紙>だから、毎回必ず郵送させるのが先生の方針なんだって」なるほど、それは正しい。そう言えば、もうひと組の雛人形が妻の従姉妹にも届いたらしい。妻が電話をすると「届いたよぉ、可愛いねぇ」との返事。「中に手紙が入っていたでしょう」「え?何?人形の中に?どうして?」プチパニックのおとぼけ従姉妹。「これフィルムのケースなのねぇ、凄ぉいねぇ」従姉妹の電話からも、春の(脱力系の)暖かさが伝わってきた。ぽかぽかした、嬉しい春の頼り。(それにしても手紙がずっと封じ込められないで良かった)春一番も吹き、春本番。

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2008年1月27日 (日)

浜松移住計画(4)「リフォーム、リスタイル」 

Photo_7工後12年を経て、お気楽夫婦の住むマンションの大規模修繕工事が始まった。 連日足場を組む作業員が大量動員され、あれよあれよと言う間に2人の住む部屋まで足場が組み上げられた。彼らの作業効率は抜群に良いし、高所恐怖症のメンバーはいないと見え、皆すいすいと足場を渡って行く。お断りしておくと、わが家は8階。階下を覗き込むと足の裏がぞくぞくし始める高さ。それをものともせず、鉄柱と鉄板の建造物はあっという間に最上階まで到達した。実に見事だ。香港の竹で組んだ足場も驚くが、足場の建材を正確に組合せて積み上げて行く作業も凄い。巨大なレゴを組み立てているような、わくわく感。

Photo_3有部分と同様に、そろそろ室内のリフォームも必要な時期になった。お気楽夫婦も昨春にウォシュレットの交換に合わせてトイレのリフォームを敢行。本格的なリフォームに向けて見積も取った。けれどここに来て<浜松移住計画>が持ち上がった。自分たちの住み易さを求めて改装してすぐに引っ越すのではもったいない。浜松に移住する際に売るか、貸すかという選択肢によって方針も変る。うぅ~む。住居は一般的にはストックの資産だが、貸してしまえばフローの資産に変る。今まで返済を続けたローンを貯金と捉え、貯蓄を切り崩して(=賃貸)収入を得るという考え方。そうか、この方法だ。ささやかな収入ながら、浜松に帰ったら仕事をしないという妻の方針(?)にも合致する。

Photoの希望はバスルームの改装。「もう少しバスルームを拡げて、低いバスタブでバリアフリーにして、ミストサウナとTVを付けて・・・」はいはい。でも浜松に移住するならまだ改装は先で良いんじゃない?そう問うと、「そぉだね」こんな時の妻の決断は早い。「じゃあ、ミストシャワーヘッドを買うよっ!前からちょっと欲しかったんだ♪」何ですかそれは?「フリオンって言って、セラミックのボールが入っててシャンプーの泡立ちが良くなって、ミストシャワーの効果もあるし、髪サラサラ、お肌ツルツルらしいよ」ふ~ん、良いよ。こんな時の妻は口数が多く、主張は強い。「でね、値段は25,00円とかかな」へ?「ミストサウナより安いしね」・・・ということでわが家のバスルームに透明なシャワーヘッドがやってきた。

Photo_6っ?確かにサラサラでツルツルだ。こりゃ良いね。「でしょ?引っ越す時には持って行くよ」なるほど。それで前のシャワーヘッドは捨てなかった訳だね。「そぉだよ。ここは最小限に改装して賃貸に出せば良いよ。それに浜松のマンションも改装しなきゃ一緒に住めないしね」こんな時の妻の発想の切り替えは素晴らしい。さっそく浜松の間取りを頭に置きながら改装の計画に(勝手に)取り掛かる。それぞれの生活様式をどう融合させて同居するか。ナイーブで、とても大事な課題。「ずっと浜松に住むわけじゃなくて、また帰ってこれる場所を残しておくのは気持が少し軽くなるよね」住居だけでなく、周囲の環境もライフスタイルも変える決断、浜松移住計画。こうして、ようやく青写真が出来あがったばかりだ。

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2008年1月26日 (土)

浜松移住計画(3)「理想のスポーツクラブ」

Espo月太りでさぁ・・・という言い訳は、せいぜい数週間の有効期限。ひと月近く経っても蓄えた体重が落ちず、ゆるめの下っ腹を眺め焦る日々。お気楽夫婦は日常的に体重を量るだけではなく、体組成計を使って体脂肪率、内臓脂肪、基礎代謝などを毎日チェックしている。わずかな数値の上下に一喜一憂。体重や体脂肪率が増えると、ジムに通う時間を捻出しようと仕事を調整し、たっぷりと汗を流す。もっとも私の場合は、流した汗以上にアルコールを摂取するから余り効果があるとは思えない。けれど、“体重を量る”という行為が体重上昇の抑止効果になっているのは間違いない。(今どきの体組成計は体重の増減などがグラフでひと目で分かるだけでなく、急激に体重が増えるとアラーム音を鳴らすのだ!)

いうことで、お気楽夫婦に必要になるのが、自宅から通い易く、2人の利用する施設が充実しているスポーツクラブ。まず第一にスカッシュコートがあり、コートは適当に空いており、排他的に一部のメンバーだけで独占されていないこと。そして(泳ぐのにではなく)歩くのに適したプールと快適に走れるトレッドミルが充分あること。それにジャグジーなどの水周りが充実していれば申し分なし。そんな条件を首都圏で満たそうとすると、これがなかなか見つからない。施設が充実していれば自宅から遠く、近所のクラブにはスカッシュコートがない。そこで2人は窮余の策として、周辺の複数の施設を使い分けてなんとか満足できる水準を保っている。スカッシュは用賀、水回り充実なら調布、交通の便では成城、というように。あぁ、どこかに全てを満たす施設があったらなぁ。

Espo_4んな理想のスポーツクラブが、浜松にあった。地元電鉄系<遠鉄スポーツクラブ エスポ>。スカッシュコートは2面。熱心なプレーヤーたちが足繁く通い、初めてでも一緒にプレーできる雰囲気。合格。天井が高く、大きなガラス窓から明るい陽射しが差し込む開放的なプールエリア。本格的なラッププールがあるばかりでなく、かなりの大きさのエクササイズ用プールが隣り合っており、プールサイドに2つのジャグジー、ドライとミストの3つのサウナ。さすがに土地代が安いためか造りに余裕あり。ロッカールームは改装したばかりで明るく清潔。ジムのスペースもゆったり。「これは私たちの理想のクラブだね」妻も満足気。さらに妻の両親が住むマンションの最寄り駅からわずか2駅という立地。ドアツードアで10分余り。こりゃあ移住するしかないね♪ ところが・・・。

が微笑み、何か話したそうな雰囲気。悪い予感がする。普段は口数が少ないのに、こんな時に限って主張は厳しい。「実はまだ条件があるんだよねぇ」え?何?「週に1回、用賀のクラブに通うよ!高速バスだと安く往復できるしね♪」え?え?毎週日曜のレッスンのために?「土曜から来て、芝居を観たり、友だちに会ったりできるじゃない♪」どうやら妻は今のライフスタイルを大きく変える気持はないらしい。それに加え、「浜松に帰ったら働かないよ!」と妻。え?え?え?・・・ということは、それまでに充分な蓄財が必要ということ?それは凄い!(他人事のような)経済的なハードルが格段に高くなる。妻の両親が元気な内にと計画し出した移住計画。実現までには時間がかかりそうだ。

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2008年1月20日 (日)

浜松移住計画(2)「浜松の食②天然ふぐ」

Photo_7松と言えば鰻。下関と言えば<ふぐ>、というのが一般常識。しかし、浜松も最近では<遠州灘の天然ふぐ>を懸命にアピールしている。調べてみると、最近は海流のコースが変り、浜松の沖合<遠州灘>で天然のとらふぐが大量に獲れるようになったのだという。その上、水揚げされた天然とらふぐの大半が下関に流通しているらしい。さらには下関のふぐ料理はほとんどが養殖物であるのに対し、浜松のふぐ料理のほとんどは天然物とのこと。おぉ、これは将来移住する際の調査を兼ねて、さっそく食べに行かねば。

Photo_8舗の風格漂う料亭<うのいち>の一室。掘り炬燵のお座敷で寛ぐ4人。内訳は、口数の少ない3人と、仲居さんに話しかける1人の男。男は狭い空間での沈黙を嫌い、何かと話題を提供するが3人は軽く相槌を打つだけ。それでもリラックスしているらしい。酒を飲まない3人を尻目に、手酌で飲み続け、しゃべり続ける男。これはこれで楽しいらしい。ふぐ料理の最初は<白子ポン酢>。濃厚でクリーミーで、フレッシュ。これは美味しい。さすが天然物。小食の4人にも適量。続いて<ふぐのから揚げ>登場。熱々にレモンを絞り齧り付く。ジューシー♪歯応えしっかり。特に骨の周りがしぶとく旨い。独り酒が進む。

Photo_10いて<ふぐちり>の具材が大皿に盛られてやってくる。美しい盛り付け。仲居さんが細々と鍋を仕立ててくれる。他人が場に混じるとまたも黙する3人。さっきまではそれでも何かと話をしていたのに。そろそろ酔いも回り、さらに口数が多くなり、盛んに仲居さんに話しかける男。もちろんふぐも美味しいけど、ふぐの出汁で味が浸みた白菜が美味しいですよね♪遠州灘で天然物が取れるのは最近なんですか。ふぅん。おぉ、この椎茸は立派だねぇ。肉厚でほんとに良い椎茸だよ。ほら美味しそう。あぢあぢ。やっぱり天然物のふぐは美味しいね。と言っても、そんなに食べ比べられる程食べた訳じゃないですけどね。ははは。

Photo_11して4人の前に〆の一品が。雑炊♪人によってはふぐちりを食べるのは、この最後の雑炊が食べたいからだとも言う。たっぷりとふぐと野菜の旨みが溶け込んだスープ。特に骨付きの身のダシが効いている。豚骨や鶏がらスープと同じ理屈。実に旨い。ほろほろのご飯。とろとろの卵。紅葉おろしと葱も良い仕事をしてる。身体の芯から温まるねぇ。満腹。満足。やっぱり決めた。浜松に住もう!「でも、毎日鰻やふぐ食べてたら太っちゃうでしょう。もちろん毎日は食べられないけどね」ふっ。待ってましたよ、そのことば。実はその対策がもうひとつの浜松移住の条件。それは・・・。

ということで、「浜松移住作戦」は来週に続く。

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2008年1月12日 (土)

金沢から、NYCから「到来物」

Photo「明けましておめでとうございます。母がお節介にも“かぶらずし”を沢山作ったのでおすそ分けをしたいとのこと。酒のつまみに召し上がってください!」・・・金沢(方面)の実家に帰っていたのんべ隊員からメールが入った。かぶらずし?調べてみると金沢名物の“馴れずし”で、輪切りにした蕪と寒鰤の切身を挟み麹で漬け込んだものらしい。北陸の正月には欠かせない冬の味覚。今は食品メーカーなどが市販しているものが多いけれど、各家庭でオリジナルの味を子供たちに伝えている家もあるらしい。ほぉ~旨そうじゃない♪遠慮なくいただきます。お母さんによろしくと返事を送る。

数日後、北の国からやってきたかぶらずしを4つに切って皿に並べる。昆布と飾り包丁を入れたニンジン、鷹の爪が白い蕪の上で彩り鮮やかに映え、美味しそう。頬張ると、軽やかな歯応えと共に濃厚な香りと旨みがやって来る。うん、こりゃあ酒に合うね。急な到来物、残念ながら相性の良いだろう美味しい日本酒の用意がなかったため、きりっと冷えた白ワインで食す。まぁ、これも良いか。それにしても、全国どこでも同じような料理が食卓に並ぶ日本で、正月の料理だけは各地方の色が出る。例えばお正月の魚と言えば、北陸だったら鰤、それがすぐ隣の新潟になると鮭になり、さらに北に向かうと鱈になり、秋田ではハタハタになる。お雑煮も、東西で丸餅、角餅、お餅を焼く、焼かないなどの違いが出る。これはなかなかおもしろい。いつか文化人類学的に調べてみたい。

Photo_2「お元気ですか?いつの間にかNY生活も丸5年を過ぎました。まさかこんなに長い滞在になるとは夢にも思っていなかったのに・・・」そんなメッセージと共にNYCの友人夫妻からカレンダーが届いた。毎年、美術館のミュージアムショップで選んで送ってくれる卓上カレンダー。今年はMET(メトロポリタン美術館)所蔵の“Peony(牡丹)”をテーマにした、アメリカの、フランスの、中国のアーティストたちの作品。マンハッタンに住む彼らを訪ね、一緒にNYCの街を歩き、食べ、飲み、過ごしたのは2003年のクリスマス。もう4年前になるんだなぁとしみじみ。今もあの街で友人(夫)はスニーカーを履いてがしがしと歩いて通勤し、友人(妻)は日米の文化の違いに日々憤慨したり楽しんだりし続けているんだろうなぁ。

私のブログの読者でもいてくれる彼らには、毎週末の拙い身辺雑記を通じて一方的に情報は伝わっている。母の訃報に弔いのメッセージもいただいた。飛行機で半日程のフライト時間、そんな遠く海の向こうまで、時差すらも超えて繋がっている感覚はちょっと不思議でもある。友人、知人だけではなく私を知らない方でも楽しんでもらえる文章を心がけているけれど、私のブログの記事は友人たちへのメッセージになっているのも事実。日常的に会話できないNYCの友人夫妻の存在を意識し、書き込むこともある。お~いっ!早く帰っておいで!一緒にお芝居を観て、食事をして、公園にピクニックに行って、スカッシュをして、たっぷり酒を飲んで、いろんなことをとりとめもなく話し続け、一緒に笑いころげる・・・時間が、早くまたやって来ますようにと。NYCからやってきたカレンダーを眺めながら、そんなことを思う雨の日。ふっ。風邪を引いた妻は、オチには登場しない。

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2008年1月 5日 (土)

中華でクリスマス♪「萬来軒の七味」

Photoご近所の四川料理店<萬来軒>で、毎年仲間で集まりわいわいと食べる“上海蟹”。ところが去年はスケジュールが合わず、1組が参加できなかった。そこで忘年会を兼ねてクリスマスにいつものメンバーを再召集。NYCの友人を除き(お誘いしなかったが)皆が参加できた。ところでクリスマスに中華料理?と言う人もいるだろうが、この店には<紅茶鶏>というクリスマスにぴったりの料理がある。“要予約”の特別メニュー。それもお気楽夫婦だけでは食べきれない量。だからこそ大勢で食べるパーティ向きの楽しみな一品。

Photo_2いつものように美味しい前菜を何品か食べた後に、その一皿はやって来た。いつものように愛想のない「そろそろ出すわね」というおばちゃんの合図と共に。うぁ~見るからに美味しそう♪大きな皿にたっぷりと盛り付けられたチキン。カリカリの皮、ジューシーな肉をバランス良く選び、甜麺醤を薄く塗ったバンズに挟んでパクつく。「うっ、うんまぁ~」「カリカリの皮がたまらんねぇ」「やっぱり美味しいよねぇ」蟹を食べる時と違い、皆の口も手も忙しいけれど無口にはならずに済む食べ易さ。続いてやってきたのは<牡蠣の甘辛炒め>。これがまた旨い。牡蠣の苦味と酸味と旨みが見事に包み込まれた絶妙の逸品。ふぇ~幸せ。大好きな生牡蠣で3戦3敗の私も、これだったら無問題。

Photo_3仕事のため遅れてやって来たご近所の友人(夫)も合流してようやく全員が揃った。そこで例の“あれ”をオーダー。やはりこの店でこの料理は欠かせない。一年を締める料理としては文句の付けようのない一皿、<四川麻婆豆腐>だ。相変わらずの痺れる辛さ。中華料理の味覚は、「酸(スワン:酸味)」「苦(クゥ:苦味)」「甜(ティエン:甘味)」「鹹(シェン:塩味)」「辣(ラー:辛味)」の五味(ウーェイ)。但し、辣(ラー)は唐辛子の辛さ。この中国山椒を使った麻婆豆腐の辛さは五味には入っていないが、麻味(マーウェイ)という痺れる辛さは、素材の旨さ「鮮(シェン)」と共に七味に含まれる。相変わらず辛さに弱い私は、頭から水を浴びたように汗だくになり、それでもひ~は~と七味の絶妙なバランスをかみ締める。やっぱりこれを食べなきゃ。満足の逸品。

Photo_4「それにしても正月明けにクリスマスの記事って、タイミング悪くない?」書きかけの記事を妻が覗き込む。今年のクリスマスはいろんなイベントがあったからねぇ。それに自分の中で出来事を上手く消化させて、昇華しないとね。「それ程のもんかなぁ・・・」確かに。“まったりとしていながら”などと能書きを言う訳ではなく、どんな雰囲気、状況で食べたのか、そして旨いものを“旨いっ”としか書かない私の記事は昇華する程のものではない。ただ、楽しそうで美味しそうな場の雰囲気が伝われば、食べていない人にも“味”が伝わる場合もある。「そだね。写真にも助けられているしね」そう、あくまでも自分たちの“快楽の素”を、読んでもらっている人たちに伝えたいというコンセプト。・・・今年最初の記事、料理の美味しさ加減は果たして皆さんに伝わったでしょうか。

今年もいろんな料理、酒、ホテル、旅の風景、舞台、本の紹介などを通じて、私の記事が皆さんの“楽しいこと”に繋がる刺激、きっかけになればと思います。

あらためて、今年もよろしくお願いいたします。ぺこり。

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2008年1月 1日 (火)

行った年、来た年「2007年/2008年」

Dsc00248あっという間に1年が終わった。2007年も慌しく過ぎていった。長く病床にあった母が逝き、年賀状のない新年を迎えた。「あけましておめでとうございます」という挨拶を交わすことなく迎えた新しい年はどんな年になるのだろう。どんな年にするのことができるのだろう。

年末から妻の実家でのんびり過ごすことがここ最近の恒例となった。母を亡くして実感するのは、ごく当り前のことだけれど時間が有限であるということ。妻も私も親と一緒に過ごしたのはわずか10数年。それ以降の長い長い時間、親と一緒だった時間を合計しても数十日にも満たないだろう。子供がいないお気楽夫婦にとって、親から授かったものをわが子に繋げることができない分、親に返すことも必要なのだろう。そのひとつが一緒に過ごす“時間”だったら、それを返してあげられるのは今しかない。無限に続き溢れるように使えると誤解してしまう時間は意外に残り少ない。ましてや親の時間は。

Dsc00298妻には兄弟姉妹がいない。いつか私も、妻の実家で妻の両親と一緒に暮らすという選択肢を選ぶことになる可能性は高い。それが可能な状態を実現するための準備をしなければ。そんな思いが日々高まる。経済的な準備はもちろん、気持の準備もしなければいけない。これまで過ごした時間を総括し、精算し、新たな計画を立てた2005年から早や2年余りが過ぎた。その時新たに携えた“初心”を忘れてはいないか。妻との、家族との、仕事との、地域との関係の再構築。その延長線上に妻の両親と暮らす準備もある。果たして今、自分の目指す場所に向かっているか。

2000年の暮れから2001年の年明け、20世紀の終わり、21世紀のはじまりをヨーロッパで過ごした。寒いパリの街からニースに飛び、ローマで迎えた新年。2000年の秋に新たな関係でスタートした妻との生活。誰と最期まで一緒にいたいのか。何を優先し、何に価値を見出し、何を共有し生きていくのか。そこから得た結論が、今の生活。そして7年を経て方向性がいよいよ明確になってきた。「それって、できるだけ早くセミリタイアして、お気楽生活をするってこと?週に5回スカッシュやりたい!海外旅行も変らず行くよっ!外食はちょっと減らしても良いかなぁ。あ、芝居ももっと行かなきゃね♪」・・・妻に言わせれば、そんな生活らしい。(ちょっと違うぞとも思いつつ)もしそうだとしたら宝くじでも当たらない限り早期実現は困難だぜっ。

今年もこんなお気楽夫婦をよろしくお願いいたします。

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2007年12月23日 (日)

自宅で寿司や?ディナーショー?「メリークリスマ寿司!2」

Photo_4え?出前じゃなく、板さんを呼んで寿司パーティ?ホストは都内屈指の高級住宅街に居を構える友人夫婦。ちょっとテレながらカウンタに座る。ん~、んまい。端から順に全部握ってください・・・昨年初めて経験した友人夫妻のホームパーティでのできごと。2度めの今回は板さんにポーズを依頼。なかなか凛々しく様になっているお2人。

Photo_5ネタは旬の鰤をはじめ、ウニ、イクラ、中トロなど新鮮で豊富。交代で4人掛けのカウンタに座り、握りたての寿司を頬張る。中にはリビングルームのソファに座ったままで「8時ごろに出前お願いします」などとのたまうヤツもいる。大きなテーブルの上にはバラエティに富んだ手作り料理の数々。盛り付ける皿にも凝った豪華な演出。

Photo_6「IGAちゃん、一緒にシャンパン抜いてぇ!」友人(夫)の声に、OK!と答える。並んだグラスに美酒を注ぐ。シュワシュワの泡が美しい。こいつらに(自分も含め)飲ませたらずっとシャンパン飲み続けるよ。「飲めるもんなら飲んでも良いよ。24本ぐらいあるから」こんなセリフも嫌味にならない得なヤツ。外資系企業で仕事をしながらとんでもなく難しい資格を取った。海外出張も多いのにチェロの練習も欠かさず、オーケストラのコンサートマスターとして公演も度々行う。マルチな才能で奥様にも優しい凄いヤツ。

Photo_7羨ましいというレベルを大きく超えている暮らしぶりなのに、友人宅でのホームパーティはとても落ち着く。リラックスして酒が飲める。そしていつものお楽しみ、親娘共演に加え、その夜は娘の友人と一緒にピアノとヴァイオリン、チェロの三重奏。賑やかだった場が静まり、3人の演奏に聴き入る。素晴らしい3つの才能。うっとりする演奏に飲みすぎたメンバーが思わず船を漕ぐ。「ブラボー!」の声に応えアンコール演奏。ふ~っと一同溜息。そこで可愛いイチゴのデザート登場。絶妙。そこでおみやげに持参した<雪だるま>ショコラを披露。「可愛いぃ~っ」なかなか好評。優しく美味しい地元の味。

Photo_8友人(妻)の司会で始まった手作りビンゴゲーム。紙に9つのマスを作り、それぞれに(この日は)山手線の駅名を書く。主催者の友人(夫)が告げる駅名を塗りつぶす。3つ並んだらビンゴっ!これがなかなか楽しい上に賞品が豪華。賞品を入れる袋もエル○ス。それでも嫌味にならない夫婦。気取らずフランクで、温かくそつないホスピタリティ。気を遣わせないようにと設定された会費は、たっぷり飲んだシャンパン代にもならないだろう。「今日も楽しかったね♪S(娘)ちゃんの卒業演奏会にも行ってみたいねぇ」妻が呟く。そうだね、行ってみようか。初めて会った時に小学生だった彼女が来春は音大生。長いお付き合いになった彼女の晴れ舞台を観に。

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2007年12月22日 (土)

おみやげは雪だるま「ショコラティエ・ミキ」

Photo友人夫妻の主催するクリスマスパーティに招かれた。自宅に行きつけの寿司やの板さんを呼び、ダイニングでカウンタだけの寿司屋を開店。その上ワインセラーから溢れてしまいそうなボトルを好きなだけ飲んで!という豪勢な会。何か持っていこうか?という問いにも「ぜぇ~んぶ用意してあるから気を遣わなくて良いよ♪」との返事。確かにこの夫婦の主催するパーティは細部まで心遣いとホスピタリティが溢れる楽しい会。下手なものを持参してバランスを壊すのも申し訳ない。「ゲームやるらしいんだけど、景品までいろいろ趣向凝らして買ってあるって。どうしようかねぇ」妻も思案顔。

Photo_3クリスマスパーティと言えば、ツリー、トナカイ、サンタ、ケーキ、・・・ん?閃いた。地元の小さなショコラトリーにクリスマス用のチョコがあるかもしれない。可愛いシェフ、ミキさんのHPをチェック。すると、目に飛び込んできたのはパソコンの画面いっぱいの“雪だるま”!うぉ~、ラブリーだぜっ!これだっ!妻を呼びお伺いを立てると、「あ、良いねぇ。確かに可愛いねぇ。これにしよう♪」さっそく電話で予約。何しろ彼女のお店のショコラは全て手作り、少量生産。聞けば明日のパーティ参加人数分ぐらいは在庫があるという。すかさず薦められたクリスマス限定のボンボンショコラ<ノエル>との詰め合わせを予約。名前を告げると「あぁっ!以前ブログで紹介していただいた方ですよねぇ、ありがとうございます」との返事。覚えてもらっていて、ちょっと嬉しいオヤジ。

Photo_2翌日お店に伺うと、「ギフト用の大きな箱がようやく入荷したんです。こんな感じになりますが、いかがですかぁ↑」ミキさんの声はショコラのように甘く柔らかい。あ、良いですねぇ。ここで写真撮っても良いですか?「あぁ、どうぞぉ。私もまだ撮ってないので撮っても良いですか」彼女は写真の腕前もかなりのもの。自分のサイトの写真はほとんど自分で撮影したものだという。小さな店先でシェフにギフトボックスを持ってもらい<雪だるま>の記念撮影。これも人気だというショコラのツリーも。

<ショコラティエ・ミキ>は、雑誌に取り上げられることも多い。写真の背後にある「Cafe Sweets」にも掲載。近々「TITLE」の取材もあるらしい。住宅街の中にある小さな可愛いお店、チャーミングなショコラティエ、個性溢れるオリジナルショコラ。確かに人気になる要素は多い。店を増やしたりせずに、ずっとこの場所でこぢんまりやってて欲しいねぇ。「そうだねぇ。彼女と店の雰囲気が合ってるし、暖かくて、そこが良いよね」たまにしか訪れることのない客にも関らず、勝手なことを言うお気楽夫婦。日本全国どこでも買えるものではなく、この街ならではの、この店に行かないと買えないショコラ。多くの人に知って欲しい、買って欲しい、味わって欲しいという思いもあるけれど。良く見ると雪だるまの顔も、体型も微妙に違う。そこがまた魅力となるのも手作りショコラの店だからこそ。「おみやげの定番になるね♪」そうだね。この街の自慢の一品、自慢の店だね。

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2007年12月16日 (日)

下心の鍋「チーズフォンデュ」

Photoオムレツ専用の小さなフライパン、ミルクパン、鉄製の本格的な北京鍋や寸胴があるのに、土鍋がない。そしてなぜかチーズフォンデュの鍋はある。お気楽夫婦の食生活には偏りがある。自宅で寄せ鍋は食べないのに、チーズフォンデュは召し上がる。ただし本格的に数種類のチーズを合わせて作るのではなく、スーパーで売っているお気楽なパッケージ。鍋にニンニクをすり込み、白ワインを煮立たせアルコールを軽く飛ばし、チーズを数回に分けて丁寧に溶かし、くつくつぷくぷくと柔らかく盛り上がる状態をキャンドルの上でキープする。あとはフランスパンを小さく切り、ソーセージを茹でる。2人が好きなお手軽鍋。

初めてチーズフォンデュを食べたのは遥か昔の学生時代。パリに遊学していたひと月ちょっとの間にスイスに向かった一人旅。マッターホルンがどうしても見たくて、氷河急行に乗り込みツェルマットに到着。駅前の観光案内所で安宿を探し、その有名な観光の街に数日滞在した。最初の晩に独りで出かけたレストランではどのテーブルでも同じように鍋を囲んでいる。細長いフォークのようなものでパンを刺して鍋に突っ込んでいる。あれ何?あれください。旅の基本は隣のテーブルの料理を観察し、美味しそうだったら指差しオーダー。山盛りのフランスパンと一緒に運ばれてきた小さな鍋の中には良い香りのとろとろチーズ。見様見真似でチーズを絡めてパンを一口頬張る。あぢっ!ほぉ~っ。こりゃ旨いっ!デキャンタで頼んだワインを飲みながら独り鍋。ぽかぽかと身体が温まるご機嫌な美味しさ。嬉しい本場のフォンデュ・オ・フロマージュ初体験。

Photo_2女性が鍋の中にパンを落としてしまったら、隣の人にキスしなきゃいけないんだよ・・・。そんなことを言いながら好きな女の子と2人チーズフォンデュ。下心満々の20代。楽しく食事をしながらも今後の展開について妄想を廻らす若き私。若さゆえにそんなセリフも滑り気味。あいにく器用にチーズをパンにからめて美味しそうに食べる彼女はパンを落とすことなく食事を終えた。そして男性がパンを落としたらワインをおごるんだって、ということばを続けてしまった私がワインをご馳走するだけではなく、食事代を持ったことは言うまでもない。

「初めて食べたときに、こんな美味しい料理があるんだぁ~ってびっくりしたなぁ・・・」妻はいつになく饒舌。思い出を語り始める。珍しくちょっと遠い目になっている。あれ?顔が少し赤いか?「ちょっとぉ、なんかワイン入れ過ぎてなかった?」あ、確かに多めに入れたら美味しそうだなぁと、どぼどぼと注いだ。「なんか酔っ払ってるかなぁ」はい、そうかもしれません。妻は大のパン好き。ぱくぱくと良いペースで食べていた。でもお酒はほぼ飲めない。酒の味は好きだし、酒の違いが分かる舌を持っているけれど、アルコールを分解する肝臓は持っていない。あらら。「酔っ払ったぁ、私に酒飲ますなぁ」なんだか楽しそう。酔払いの(いつもの私の)気持が分かるってもの。「飲まなくても分かってるから、飲ませるな」そして本格的に酔っている妻に、下心もなく酔わせてしまったことを心で詫びながら、楽しくお皿を洗うオヤヂだった。

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2007年12月 9日 (日)

オヤジたちのクリスマス「ジョン、ボンゾ、そしてワム!」

Photo1980年12月8日、NYC。ヨーコと一緒に住むダコタ・アパートの前でジョンが殺された。彼がこの世を去ってからもう27年前になるのかと愕然とする。そしてこの季節になると「Happy X'mas (War Is Over)」が街に流れ、あぁ今年ももうすぐ終わりだなぁとしみじみしてしまう。12月8日は冬の訪れを、クリスマスが近づく慌しさを、そしてもう1人のジョンを思い出させる。ジョン・ボーナム。レッド・ツェッペリンのドラマーだったボンゾも同じ1980年の9月25日に亡くなった。ウォッカを飲み過ぎ、眠りながら嘔吐し、吐瀉物が喉に詰まって。窒息死。まったくボンゾらしい死因。1980年は2人のジョンの死と共に、愛する音楽の死が訪れた年だったのかもしれない。あんなに懸命に音楽を聴いたのはもう遠い日々。私にとって音楽はすっかりBGMになってしまった。

ところで、お気楽夫婦の住むマンションの近くには中華料理屋、ラーメン屋がやたらと多い。その中の一軒に、なぜかビートルズだけを流しているラーメン屋がある。(たぶん有線のビートルズ専門チャンネル)それを理由のひとつにその店をチョイスする確率が高い。休日の昼下がり、最初に餃子をオーダー。続いて生ビールを頼み、餃子が焼けるのを待つ間にメンマをつまむ。きりきりと冷えたビールをぐびぐびと飲みながらジョンのヴォーカルを楽しむ。おっ、この曲は「She Loves you」のフランス語版じゃねぇ?と唸ったり、「Eight Days A Week」を一緒に口ずさんだり、超イントロで曲名を当てたり。至福の時。あぁ、つくづくオヤジだなぁと浸み入り、オヤジであることを楽しむ時間。

Photo_2そんなオヤジに大人買いをさせる企画が街に溢れている。私にとってかなり危険な情勢。例えばこのCD企画。LED ZEPPELINの「MOTHERSHIP」。成城コルティの山野楽器の入口付近に平積み。これは一種の地雷である。店に入った瞬間に私はそこに釘付け。なんでボンゾがこんなに痩せてるんだぁ?ロバート・プラントがこんなに若いんだぁ!え、ジミー・ペイジによるリマスターのベストアルバムでDVDのライブ映像付き?え、買います、買いますっ♪さっそく自宅に戻るとウキウキとテレビの前に陣取る。リビングのパソコンで持ち帰り仕事をしている妻は迷惑そう。でも気にしない。そんなの・・・♪ジミー・ペイジのギターが、ジョン・ポール・ジョーンズのベースが、ボンゾのドラムが、そしてロバート・プラントのヴォーカルが、音だけではなく映像で私の前に。嬉しい。こりゃぁ宝物。

「さすがにうるさいんですけど。止めてもらえないかな」妻がこぼす。へいへい。後でこっそり独りで観ますよ。さすがに私もビートルズやツェッペリンをのアルバムを同時代に買った訳ではない。ZEPを新譜で買ったのは1979年発売の「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」以降。ましてや妻はレッド・ツェッペリンは“レッド(赤い)”飛行船だと思っている世代。LEDですよ。仕方ない。そうだ、気分転換に今日は夫婦カラオケ行かない?「良いよ♪」歩いて30秒のカラオケボックスに向かう。何曲か今どきの楽曲を選んで二人共沈没。コブクロのキーはちょい高い。ケツメイシのラップの部分に付いて行けない。う~む。そして終盤、ジョンを偲んで「Happy X'mas (War Is Over)」を歌うと、妻はすかさずワム!の「ラスト・クリスマス」をリクエスト。・・・あんまり世代変らないんじゃない?

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2007年11月25日 (日)

紅葉の効用?それとも・・・「高尾山」

Photo行楽の秋、手軽な観光地、お出かけ日和の3連休。友人夫妻と一緒に高尾山にでも紅葉を観に行って蕎麦でも食べようかぁ、と当日の朝に行先を決めて電車に乗った。二組の夫婦が住む街の沿線の終点にある“お気軽”な山。帰宅の際にも「高尾山口行き」などという電車が来る訳で、そりゃ身近でいつでも行ける場所。はい。はっきり言えばなめてました。現在の高尾山が国際的な観光地になっていたことを知らなかったのが敗因。凄いことになってます。高尾山。

Photo_2ここでまたも登場するのが<ミシュラン>の日本版。と言っても本屋で売り切れ続出の<ギド・ルージュ>ではなく<ミシュラン・ボワイヤジェ・プラティック・ジャポン>というガイドブック。日本政府のビジット・ジャパン・キャンペーンの一環で2007年4月に発刊された。そこで高尾山が紹介され★★★が付いたらしい。掲載されたという情報は知っていたけれど、ここまで効果があるとは。電車を降りるとホームは立錐の余地もない混雑。聞こえてくるのは、中国語、韓国語、英語、そして日本語。ケーブルカーの駅に向かう間もインド人の家族連れにすれ違ったり、英語圏の団体客を追い抜いたり。

Photo_4「何この列?えっ!もしかしてケーブルカーに乗る人?」清滝駅前は身動きが取れないほどの人、人、人。「ケーブルカーはただ今1時間待ちとなっておりまぁす」げげっ!そんなに待てない。じゃあ登るかぁと、気軽に登り始める4人。ところが登山道も人の列。「自分のペースで歩けないと嫌だよね」と言いながら妻はがんがんと先行する人たちを追い抜いて行く。あれ?確か山歩きは嫌いだったはず。「スポーツだと思えば良いんだよ♪」なるほど。陽も射さないひんやりとした杉並木の間、九十九折の登山道をひーひーと汗をかきながら登ること40分。やっと展望台に到達。しかしそこも人、人、人。ふぇ~。それでも気を取り直して遥か都心を眺める。うん、こりゃ良い景色。すっかり冷たくなった手を、焼きたてでカリカリの<天狗焼>で温める。うんまぁ~い。疲れた身体に黒豆の上品な甘さが浸みていく。お薦め。

Photo_3しかし、登りで懲りた4人は、景色を楽しむことも早々に切り上げ、下りのケーブルカーに乗り込み、山麓の街で蕎麦屋を探索。しかしどの店にも長蛇の列。ここまで来ると待つことにも慣れ諦念の境地に達する。「むぎとろつたや」という店でようやくありつけた蕎麦は思いのほか美味。「うん、美味しいね♪」諦念から希望が生まれる。ところで、昨年までは<冬ソナ>に掛けて<冬そば>キャンペーンを展開していた京王線。今年は外国人観光客向けに蕎麦屋に★を付けてガイドする作戦に出るのか?この人気は紅葉の時期の一時的なものか、ガイドブックの効用か、それをどう生かすか。がんばれ!京王線!

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2007年11月24日 (土)

六丁目の朝日と「三丁目の夕日」

Photoお気楽夫婦の住むマンションは、世田谷の西の外れ。駅から歩いてすぐのランドマーク的な建物だった。しかし周囲には高層ビルも増え、入居した頃に比べると眺望はすっかり失われた。それでも最上階の通路から眺めると新宿のスカイスクレーバーが間近に見える。

Photo_2この展望台(?)からは、朝日が昇る頃、夕日が沈む頃、煌く夜景などをそれぞれ楽しむことができる。地図が好きで、高い処が好きで、サバンナのマサイ族のように(矯正視力ではあるが)遠くまで見渡せる妻にとっては絶好のエンタテインメントポイント。

Photo_5ある日、友人夫妻と出かけた秋の高尾山。夏は「高尾山ビアマウント」というビアガーデンになる展望台で遥か都心を皆で眺めた。「あ、東京タワー♪」妻が指差す方向を3人で見ても、晴れ上がったクリアな秋空の下、それでもぼんやりとした建物の塊としか見えない。

「あれが初台のTOCだから、そこから右方向に六本木ヒルズが見えて、そのすぐ横に見えるよ」・・・ん?オペラシティまではなんとなく分かった。六本木ヒルズも言われてみればずどんとでかい建物がそれだと分からなくはない。しかし、その横に赤いはずの東京タワーは・・・見えませんが。「うわぁ~ほんとだ!見えた♪」いつの間にか望遠鏡にかじりついた友人が子供のように歓声を上げた。妻の視力は望遠鏡並みということか。

Photo_4先日「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を観た。“東京の空は広かった”と映画の惹句にあるように、日本橋の上空は広く、東京タワーから眺める東京の風景はクリアだった。しかしある新聞によると当時の都内の空は煤煙で濁り、現在の方が余程きれいだと言う。

確かに高度成長期の空や水は経済優先の犠牲にされた。あるいは汚染に対する消極的な無知。ちょうど現在の中国の状況のように。価値観が変り、情報や知識がきちんと伝わることで守れるものも防げるものもあり、またその限界もある。かつてより澄んだ東京の空気は石原都知事の政策による(ちょっと傲慢だけど)都内に入る車の規制の成果でもあるだろうし、排ガス規制や、世界的に進んだ公害対策の効果でもあるだろう。

ところで、昨年は妻の実家近くの温泉旅館で年末を過ごした。浜名湖の夕日で年を納め、2人が住む街、六丁目の朝日で1年が始まった。今年は・・・。「あれ?まだ締めくくるには早いんじゃない?クリスマスもあるし、まだまだ忙しいよ!」遠くまで見える視力を持つ妻は、(時間的に)遠い先を見ずすぐ近くを見る。空間的には遠くまで見えるのに、時間的には遠くを見ない。「だって先のことを考え過ぎても仕方ないじゃない」目先のことは妻が、その先のことは私が担当。こんなバランスで2人の1年が今年も過ぎて行く。

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2007年11月23日 (金)

赤ではなく、緑の「ミシュラン」

Photo30年ほど前、縦長で緑色のガイドブックを持って、パリの街を歩いていた。「ル・ギド・ミシュラン(Le Guide Vert:ギド・ヴェール)」という旅行ガイドブック。街の地図はもちろん、ルーブル美術館のレイアウトや展示物まで精密な平面図、イラストで描かれていた。眺めているだけでも楽しい1冊。ぼろぼろに磨り減るまで持ち歩いた。もちろんギド・ヴェールはフランス語で書かれていたため、小学生程度のフランス語しか理解できなかった少年(私のことです)にとっては、そこに詳細に綴られた街の歴史や由来などの記載は全く役に立たなかった。それでも、だからこそ、私にとってのミシュランは、緑のガイドブック

ある書店でランチの待ち合わせをしていたら手書きのPOP。「ミシュランは完売いたしました」とある。そうか、発売日だった。朝に売り出して昼までに完売、凄い。この出版不況といわれる時代に。何部刷ったのかは知らないが、そこそこの規模の本屋だったにも関らず、開店から数時間で完売とは驚いた。待ち合わせた友人に尋ねると「あ、そうかぁ。だから朝から人が並んでいたんだぁ」ふ~む。ところで、赤いミシュラン「ル・ギド・ミシュラン(Le Guide Rouge:ギド・ルージュ)」は今や誰もが知っているレストランのガイドブック。ニューヨーク版に続きこの秋初めて東京版が発売され、★から★★★までの3段階で評価する手法や、評価そのものが議論を呼んでいる。★★★の店は既に予約が取れない状況らしく、そのうちの1店は防衛庁スキャンダルの舞台として話題になっている。(なんてバッドタイミング)でも、世間の評判、権威の評価に弱い日本人にはバイブルになるガイドだろうなぁ。ということで、世の中的にはミシュランと言えば、こちら

Photo_2ところで、★★★に選ばれた8店のいずれにも行ったことのないお気楽夫婦。「美味しいんだろうけど、落ち着いて楽しめない気がするんだよねぇ。また来ます!って気軽に言えないだろうし」確かにどの店もコストパフォーマンスには課題が残る。二人の最近の傾向としては、新規開拓を控え、気に入った店に行き倒す。エリア毎にお気に入りの何店かを料理ジャンル毎に抱え、その中からその日の気分で店を選ぶ。満席だったら次の候補へ。確実に食べたいと思った場合だけ予約。それも二子玉川の「たん熊北店」や東麻布の「富麗華」、六本木の「中国飯店」など限られた店のみ。「最近、新しいお店に行きたいっていう欲求も、何か欲しいって物欲も少なくなったんだよねぇ」と妻。

そう言えば、先日の妻の誕生日にも「特に欲しいものはない」ということで二子玉川の「たん熊」へ。何もプレゼントがないのも淋しいと買ったのが<ミシュラン人形>。二人の楽しく旅する、食べる生活の象徴。今年のトイレのカレンダーがたまたまミシュランだったこともあり同じ空間に飾られている。限られた空間に保有できる“モノ”が限定されるのだから、気に入ったものがある程度揃っていれば満足。食事にしても安心して美味しい物を楽しく食べられれば満足。美食を追及する余り楽しむことを忘れてしまっては本末転倒。快楽は求道ではない。楽しきゃいいじゃん!てなもんである。「だからと言って行きたくない訳じゃない!<すきやばし次郎>にも行きたい!」あれ?そう言えばあの店は確か、生命保険の営業担当が連れて行ってくれると約束してくれたんじゃなかったか?S生命のSくん、この記事を読んだら速やかに連絡するように。

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2007年11月10日 (土)

秋の実りのおすそ分け「ラ・フランス」

Photo遠来の大きな箱が我家に届いた。箱を開けるとふわっと甘い香りが部屋の中に広がった。中には深まった秋の味覚がたっぷりと詰まっていた。ラ・フランス、柿、そしてヤーコン。末弟が嫁いだ(?)ところは、農家に肥料や種、苗などの販売を生業とする店。仕入れた種を試すついでに裏庭で本格的な家庭菜園も。そして自家消費量以上に収穫のあった野菜を知り合いの果樹農家へおすそ分け。すると実りの秋に果物となって帰ってくる。その中からおすそ分けとして美味しそうなラ・フランスが我家に届いたというわけだ。

二人住まいの我家では食べきれないだろうと少なめの数を送ってくれた優しい弟。ところが、外食三昧のやくざな兄夫婦はそれでも食べきれない。ラ・フランスは繊細で傷みやすい。表示を見ると食べ頃も数日中にやってくる。まずは味見をした上でどうするか決めようと深夜に帰ってきた妻と相談。さっそく到着したてのラ・フランスを試食。するすると皮をむくと一段と果実の甘い香りが強くなる。柔らかな果肉が現れる。決して見たくれは優雅ではない果実だが、その香りはなんとも言えない気品が漂う。口の中に甘い唾が溜まってくる。うひゃあ、美味そう。

最初の一口。繊細な果肉を崩さないようにフォークで優しく刺して口に運ぶ。口に入れる前に鼻腔を刺激する香り。口の中に入れた瞬間に瑞々しく高貴な甘さが香りと溶け合う。熟成度合もばっちり。舌触りの良い果肉がするっと喉に落ちて行く。うんまぁ~い♪「うぅ~ん、これはかなりレベル高いねぇ。これは絶対分けてあげなきゃだわ」妻も絶賛。ご近所に住む友人夫妻におすそ分けすることに決定。味を確かめておすそ分け。ちょっと良いやつ。彼らも二人住まい。ちょうど半分づつ、熟成度合の違うラ・フランスを選り分ける。ヤーコンという芋はサラダにすると良いらしい。そんなメッセージも送らなきゃ。

「田舎があるってのも良いもんだよねぇ」秋の味覚を楽しみながら妻が呟く。日本中の名産が居ながらにしてなんでも買える街に住んで、それでも季節の便りのように届く味覚が嬉しい。独身時代に亡くなった母からよく届いたダンボール箱。箱一杯に詰め込んだ食物。冷蔵で宅配便が送れなかった頃。冷凍した魚の切身が融けだしてダンボール箱に染みて生臭くなってしまった荷物。こんなもの送ってこなくても良いと怒った親不孝な息子だった。タイムマシンが売り出されたら、その頃の自分の頭を引っぱたきに過去に向かうつもりだ。「もうすぐミカンも届くねぇ、楽しみ♪」静岡の両親から届く地元で買ったミカンが一番美味しいと主張する妻。冬の便りももうすぐ届く。

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2007年11月 4日 (日)

あぁあぁ~長崎は今日も「猫の街」だった

Photo_3「江戸の敵(かたき)を長崎で討つ、って知ってらっしゃいますか?」出島資料館のボランティアのおじさんに尋ねられた。もちろんと元気良く答えると、「実はあれは江戸の敵を長崎が討つ、なんですよ♪」にこやかに説明してくれる揃いのジャンパーを着たおじさんは、さるくガイドと呼ばれるボランティア。2006年に開催された「長崎さるく博'06」で結成され、活動を継続しているのこと。長崎に初めて持ち込まれたというバドミントンやビリヤードについて説明を受けつつ、ラケットを手にした写真まで撮っていただく。

Photo_4“さるく”とは、長崎弁で“ぶらぶら歩く”こと。確かに長崎にはぶらぶら歩いて楽しいエリアがたっぷりある。お気楽夫婦がオランダ坂近辺をさるくと絢香の「三日月」が聞こえてきた。なかなか巧い。坂道を登って行くと名門活水学院の校門に突き当たった。なぜか男の子たちがうきうきと連れ添ってキャンバス内に向かう。なるほど学園祭か。しばし歌声を門の外で聞き入る。坂を下りると記念撮影の風景に出くわす。長崎は坂の多い街。下りはともかく上りでは無用の自転車は全く走っていない。坂の道をのんびり歩くのが似合う街。

Photo_5長崎湾を見下ろすグラバー園も“さるく”のに楽しいスポット。上りは動く歩道を何度か乗り継ぎ、最上部の<旧三菱第2ドッグハウス>へ。そして園内を散策しつつグラバー邸などの洋館群を辿り<長崎伝統芸能館>までがさるくコース。爽やかな秋空の下、昨夜上った稲佐山を遠くに見上げ、行き交う船を眺め、ゆるゆると坂道を下る。

Photo_6そして坂の街長崎は、猫の街でもあった。平和記念公園で出会った猫たちは犬の散歩をするおばさんたちとも顔見知り。犬も吠えず、猫も逃げない。それどころか猫好きの妻の元に寄ってくる。<長崎くんち>で有名な諏訪神社では縄張り争いで睨み合う猫のグループに遭遇。「なんか良い街だね。猫も自然に暮らしてるよねぇ・・・」猫がゆったり街を歩けるということは、一緒に街に住む人間がゆったり暮らしているということ。「この街に住んでも良いなぁ・・・」妻の呟きはそう続いた。

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2007年10月28日 (日)

小香港へ「NAGASAKIさるく」

Photo_2休日出勤が続き、ブログの更新もままならない。土日に記事を1本づつという最小限の目標も守れない週末が続いた。残念。モチベーションも下がり気味。そこで、“ニンジン”を自分の鼻先にぶら下げた。できるだけ遠くへ出かけよう!来年早々に切れてしまうBAのマイルを遣いきってしまおう!思い立ったら行動も早いお気楽夫婦。沖縄だぁっ、北海道だぁと悩み楽しんだ後に、中華料理好きの妻が唯一訪れていない<日本三大中華街>のひとつ、長崎に決定。

Photo_31階建てのトラム(市電のことですが)が走る街並は、まるで香港のよう。“100万ドルの夜景”と謳われる香港に対抗して、“1000万ドルの夜景”と豪語する長崎。(稲佐山ロープウェーのチケット売場に堂々と書いてありました)確かに稲佐山からの眺めは、ちょうど目の前に輝いていた満月の明かりと相まって、素晴らしい。長崎湾と浦上川を挟んで広がる街は、これまたヴィクトリア湾を抱え込む香港のよう。勝手に<小香港>と呼んでしまおう!と、はしゃぐ二人。

Photo_5そして何より中華街で食べた、あの料理が、絶品!その一品を食べるためだけに、また長崎を訪ねても良い。私の最後の晩餐の候補として、あなごの白焼きをダントツの1位に挙げていたが、これはそれに迫る勢い。旨かったぁ・・・。もう思い出しても涙目になる。甘くとろける餡が、ほろほろとした・・・。あ、残念ながら時間切れ。

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2007年10月27日 (土)

祝!環境大臣賞受賞「あだちエコネット」

Photo_8平成19年度容器包装3R推進環境大臣賞 地域の連携・協働部門 優秀賞」という長~い名前の賞を頂いた。自分の携わった仕事が賞という形で労われるのは嬉しい。受賞対象が個人ではなく、単体の企業ではなく、多くの方々が関ったプロジェクトであるから嬉しさもひとしお。自治体、ボランティア団体、複数の民間企業が参加した「あだちエコネット事業パートナーズ」が受賞団体。もちろん、事業の主体は足立区ではあるが、それを支える企業のひとつとして、地道な作業をも厭わなかったメンバーを称えたい。立ち上げから1人で頑張ったS君、後任のK君、良かったね。

Photo_9そもそも「あだちエコネット事業」とは、どんな事業かというと、賞の名称にも入っている「3R」のひとつ、ペットボトルをボトルtoボトルのリサイクル(Recycle)を行うという、それ自体は新奇性も何もない事業。ところがこれが住民に大人気。足立区内のスーパーの店頭にRVMと呼ばれるペットボトルの自動回収機を設置、機械の内部でペットボトルを粉砕し1/10に減容する。ペットボトルの回収に協力する区民にICカードを無料配布し、ペットボトル1本に付き5ポイントを付与。貯まったポイントを使ってスーパーで買物ができるというもの。複数のスーパーで共通のカードが使え、自分の好きなスーパーで買物券と交換可能。ここが画期的。

自治体は資源を集中的に回収できることでコストを下げることができる。スーパーは集客による販促効果とCSR(社会貢献)とが併せて実現できる。住民にとっては今まで捨てていたゴミがポイントに変わり買物に利用できる。3者ともメリットがあるばかりか、今回のように企業の枠を超えて自治体と連携することで、住民にとってメリットが大きくなった。スーパー各店は独自のエコへの取組を行っているもののあくまでも自社内に止まることが多い。複数のカードを持つのも煩わしい。住民は分かり易いインセンティブがあるカードを持つ。ということで、ICカードの在庫がなくなり、入荷待ち。ちょうどSUICAとPASMOが共通化されて人気が出過ぎた現象に類似。スケールはかな~り違うけれど。

Photoそんな訳で、環境大臣賞。社内広報部門からの取材も入り、自治体のペットボトル回収事業へのソリューション提供という地味なプロダクトも一躍(地味ながら)脚光を浴びた。今週は受賞発表会、RVMメーカーのトップが来日、トップの視察に同行し地元でお気軽ランチとイベントが続く。そう言えば、お気楽夫婦の住むマンションに管理組合のチラシが貼られた。「先日からペットボトルの回収でポイントが貯まる事業が当地区で始まりました。当組合は全面的にこの事業に賛同し、ポイントを貯め、組合活動の一助にしたいと思います。住民の皆さまのご協力を・・・」うぅむ。自分が関っていると早めに理事長に言った方が良いのかなぁ。利益誘導はしていないぞと。・・・こうしてエコ絡み生活が続く。

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2007年10月 8日 (月)

赤と青の風景「故郷の秋」

Photo_8初秋の週末に故郷の母を訪ねた。母が逝ってひと月余り。仏教の教えでは、初七日から七日ごとに裁きを受け、来世の行先が決まるという四十九日の法要。普段は特定の宗教も神も持たない私だが、空港に着陸しようとする飛行機の窓から秋の実り色に溢れた、パッチワークのような故郷の風景を眺めたとき、まだ母は“ここ”にいるんだと実感した。亡き母の成仏を願い、極楽浄土に行けるように営む四十九日法要をもって、忌中が明ける。墓所も、仏壇もなかった実家の父や弟たちにとって、全く初めてのことだらけの日々。離れて暮らす私は何も助けにはならなかったけれど、せめて母と、家族と共に過ごしたい。そんな思いで向かった故郷の空に、ふんわりと母の気配が漂った。

Photo_2法要を済ませ菩提寺に向かう。彼岸花の真っ赤な一叢が晴れた空に眩しい。秋の彼岸の頃に咲く印象的な花、その名前は言いえて妙。墓所に燃えるような赤い花が良く似合う。別名、曼珠沙華。日本ではそれ以外にも異名が多く、死人花とも地獄花とも呼ぶ地域がある一方、天上に咲く花とも言われるらしい。韓国では「相思華」と呼ぶと言う。花が咲く頃に葉がなく、葉が出る頃には花がないという独特の生長をすることから、花が葉を思い、葉が花を思うという意味だという。花言葉の「また会う日を楽しみに」というのも興味深い。母が亡くなっても元気にふるまう父に教えてあげようか。

Photo_3Photo_5忌明けの会食に、家族揃って海辺の温泉宿に向かった。父を慰労するための弟の企画。感謝。宿の目の前は海。前日の雨の名残か、海は時化ている。わずかに染まった穏やかな空の下に、荒々しい波が打ち寄せている。沖合いでは小さな漁船が木の葉のように荒波に揉まれている。妻と二人、貸切風呂からのんびりと海を眺める。寄せて返す波はひとつとして同じものはなく、眺めて飽きることがない。風の音、陽の光、空の色、それらの全てに神の存在を感じてしまう風景。心穏やかになる時間を過ごす。

Photo_6Photo_7翌日、母の好きだった山のひとつ、鳥海山に向かいドライブ。妻はもちろん、私も、同行した姪、甥たちも初めて訪れるコース。青い空の下、美しい稜線を稲刈りが始まった広大な平野に拡げる山姿に清々しい気持になる。そして山の中腹まで一気に登るドライブウェーの展望台から眺める“青の風景”に心が震える。海岸線まで伸びた稜線の緑が蒼く拡がり、その先に横たわる日本海の青と溶け合い、空の色と水平線で一体となる。そしてその全てを繋ぐ透明な大気までが青味がかった釉となる。なぜか自然と笑みが零れてしまう。この美しい風景に胸を張りたくなる。“鳥海ブルーライン”というドライブウェーの命名に納得。母が若かった頃、この山に登り眺めたであろう風景と出会えた。「きれいだねぇ」口数の少ない妻のひとことに、今回は同意。それ以外、ことばもなし。

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2007年9月22日 (土)

当選?宝くじ!「神の啓示」

P1050817ある日、夕方遅い時間から日比谷のオフィスで打合せ。竹橋駅から地下鉄に乗る。何気なく乗車口の自動改札の表示を見ると、PASMOの残高が“3333”と表示されていた。その瞬間に啓示がやって来た、気がした。パチンコはやらないけれど、まさしくこの数字は何かを行動せよということか。ふぅむ。そして、普段であれば日比谷駅で下車すべきところを、丸の内線銀座駅で下車。駅から最寄の名所、有楽町<西銀座デパートチャンスセンター>へ!宝くじを買ってみよう。いつものように、窓口に大勢の人が並んで・・・いない。ラッキー!遅い時間だから?これも幸運の証か。高まる予感。

ところが、窓口には「本日最終日」の貼り紙と、「申し訳ありません、売り切れました」を繰り返す売場のおばちゃんたちが並んでいた。残念。でも、打合せの時間までまだ15分程度ある。“3333の啓示”を大事にしなければ。近くに売場があったかどうか、懸命に記憶を辿る。向かったのは銀座4丁目交差点、三愛ビルの1階に確かあったはず。小雨の降る中向かった交差点には・・・売場がない!なんてこったい!諦めきれずに日比谷方向に向かいつつ、思い出す。そうだ!有楽町の駅前にあった。マリオン前の交差点を渡り、ガード下に売場を発見。やったぁ!まだ開いている。思わず窓口に駆け寄る。

「いらっしゃいませ」人の良さそうなおぢさんに声を掛けられる。売場を見ると、連番が20枚だけ残っている。それ、ください!「ありがとうございます。当たりますように」いつものお愛想も、その日はやけに嬉しく心に響く。残り物には福があるとも言うしなぁ。もうすっかり当選気分。何を隠そう、私の趣味は宝くじの購入。当選を確かめるまでの期間にあれこれと妄想することが何より楽しい。連番で3億円当たったら、まずは会社を辞めて、5000万円づつ実家に寄贈し、スカッシュコートの近くにセカンドハウスを購入し、自宅マンションのリフォームに1000万円、残りは・・・。妄想が止まらない。そして、買ってしばらく妄想を楽しむと、購入したこと自体を忘れてしまう。(しかし、購入する時期によって、微妙に遣い途が違う。これもまた自分の価値観の推移として興味深い)

そして、いつものようにすっかり抽選日を忘れ、本棚に積んであった宝くじを発見し、自宅近くの売場に赴く。当選していたら妻に電話をしなきゃなぁ、すぐにみずほ銀行の口座を作って・・・復活した妄想癖が暴走を始める。売場で当選確認をしてもらう間、ぼんやりと宝くじ発売スケジュールのポスターを眺める。すると「おめでとうございますっ!」と係のおばちゃんの弾んだ声。え?な、何♪やはり、3333の奇跡?心の中で早くもガッツポーズ。1等は出来過ぎにしても、2等1千万円ぐらい?「20枚お調べして、4枚の当選です。合計2400円です。良かったですねぇ」・・・え?「今でしたら、1等1億円の自治宝くじが発売中ですが、いかがですか」はぁ、10枚ください。絶妙のタイミングに思わず同意してしまう。こうして手元に残ったのは連番の宝くじ10枚と400円。私の幸運のレベルはこんなもの。でも、1億円当たったら・・・。

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2007年8月25日 (土)

ヴァカンスへ・・・「夏の終わりの旅支度」

P1000039終わり行く夏、いつもより遅い夏休み。行くべきか、それとも中止しようか。しばらく逡巡し、きっぱりと宣言した。予定通り旅立とう。母はお気楽夫婦のスケジュールを考慮したように逝った。もし母の逝去が来週だったら、連絡先も分からない“お気楽”も度が過ぎる親不孝者となっていた。いつも全て自分たちで手配し、誰にも宿泊先を伝えることなく、南の島に出かける二人。足取りを辿ることは困難。そして母の逝去が今週だったら、ヴァカンスを前に途方にくれ、慌ててキャンセルの電話を掛けまくっていただろう。

兄弟3組の夫婦が揃って母を見舞ってから僅かひと月足らず。微かに予感はあった。遠く離れて暮らす息子として、何かあったら間に合わない、これが最後になるかもしれないと。そして、残念ながらその予感は的中してしまった。十数年ぶりの、兄弟3人が揃う夏。母の葬儀日程は全日快晴。大勢の方々が弔問に来てくれた。遠い記憶の懐かしい方たちとの再会。幼い頃の夏休みの記憶が蘇る。

P1040567ところで、ヴァカンスだ。いつものように浮き立つ気持も、高揚感も、今ひとつ少なく、現実感がない。前泊の予定だった成田のホテルをキャンセルし、葬儀の返礼を大量に携え会社に向かう。明日から旅立とうと言うのに。今年買い換えたちょっと大き目のスーツケースには、いつものようにホテルのジムで走るためのシューズや、テニスラケットまで入る予定。ぴかぴかのシャンパンゴールドのリモワが眩しい。

「大丈夫!行ってしまえば、その気になるよ♪」お気楽妻が優しく微笑む。そうだねぇ。母も絶妙のタイミングで、二人の旅行をキープしてくれたのかもね。今年はテロの脅威も残しつつ、鳥インフルエンザで2人目の死亡者が出てしまった話題の島、バリ。10年ぶりの訪問。またまったりとホテルで読書、ジム、プールでビールの生活。オフィスで休暇に入る挨拶をしつつ「鳥インフルエンザに罹ったら・・・」と呟くと、のんべ隊員が大声で言った。「帰ってこなくても良いですよ♪」おぃおいっ!そこだけ聞いたら周囲に誤解されるでしょう。帰ってきます。まだまだやるべきことは山積。訪問したい南の島のホテルもたっぷり。「あ、なるほど。仕事のことじゃなくってね」妻が記事を覗き込む。・・・まぁ、仕事もたっぷりありますけどね。何はともあれ、行ってきまぁす♪

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2007年8月18日 (土)

故郷の母逝く「永眠の朝」

P1040775_3なんとか間に合ったという気持と、間に合わなかったという気持が錯綜した。過日、ある覚悟をして故郷の母を見舞った。普段は離れて住む兄弟を集め、家族全員の写真を撮るのが目的だった。母は驚き、同時に喜んでいた。どうして皆こんなに集まっているのか、何があったのかと。そして、病床から、しっかりとした視線でカメラを見つめた。温かく、良い写真になった。大きく引き伸ばした写真を弟に託した。母のベッドサイドに飾って欲しかった。皆がいつも一緒にいられない分、せめて写真だけでもと。

その母が逝った。痩せて体力がなくなった母は、眠るように亡くなったという。誰にも最期を看取らせてもくれず、独りのベッドで。でも、苦しんだ病気のせいではなく、安らかに逝ったことを感謝したい。その分、それまでに母は充分苦しみ、母は充分頑張った。そして何度も何度も危険な状態から復活した。母をフェニックスと呼ぼうかと、最後になってしまったお見舞の病室で冗談を言った程に。でも、永遠の生命はあるはずもなく。

まだ母の死に現実感はなく、母の“不在”は存在しない。母はまだこの写真の真ん中で、私の記憶の中で、確実に存在する。そして、その世界の中であれば、永遠に存在し続けられる。山田詠美の『PAY DAY!!!』に、忘れられない場面がある。9.11で亡くなった母について、父が双子の姉弟に語るセリフ。「これから、二人に言っておきたいことがある。どうか、おまえたちの母親について語ることを止めないでくれ。心で思うだけではなく、何かにつけて、二人で彼女のことを話して確認して欲しい。自分たちの母親が、彼女であるってことを。そして、彼女から何を受け継いで来たかということを。言葉にして行かないと、記憶は風化する。忘れられた人は、それこそ、ほんとうに死んでしまう」

母を語って来ようと思う。母の、若く、父を愛し、徒競走ではいつも一番で、元気な若枝のようだった頃の話を、何度でも父に尋ねよう。生け花の先生をしながら野の花を愛で、山を歩き、仲間と熱く語った頃の話を、父に聞かせてもらおう。それぞれがどれだけ心配を掛け、怒らせ、悩ませたかを兄弟で競い合おう。私の知っている母と、知らなかった母のことを、たっぷりと言葉にして、皆で語って来よう。最期になった写真の記憶と共に。彼女をほんとうに死なせないように。

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2007年8月11日 (土)

ある夏の一日「エイサー!コング&カフェ・ハイチ」

P1040816「引退したら、沖縄か、博多か、ボストンに住みたい!」他人が聞くと全く共通項のない街の名前をあげるお気楽妻。そんな彼女が毎年楽しみにしている夏のイベントがある。<新宿エイサーまつり>。真夏の東京の真ん中に“沖縄”が数日間だけ現れる。“エイサー”の締太鼓やバーランクの音と共に。ある夏の休日、友人夫妻と一緒に芝居を観るために新宿に出かけた。そして早めに家を出て向かった先が沖縄。友人夫妻は初めて観るエイサーと、普段なら冷静な妻の珍しくワクワクした姿を、なんだか戸惑いながらもニコニコ眺めている。

「あの小さな太鼓やってみたぁい」友人(妻)が呟くと、お気楽妻もすかさず同意する。「バーランクって言うんだけど、良いよね。私も習ってみたいんだ」並んで踊る若者たちが、一斉に左手に持ったバーランクを右手で叩く。その瞬間に左手首を返す。ぱらんという音が新宿通りに響き渡る。「夏が来たって感じだよねぇ♪」そうそう。暑い夏にはビールでしょ。芝居まではまだ時間がある。お酒が飲めない3人を連れイングリッシュパブ<HUB>へ。独りビールをぐびぐび。妻は頼んだ<なんとかティ>に首を傾げる。「ん、お酒入ってるかな」スタッフに尋ねると、アルコール度は低いけれど紅茶のリキュールベースのカクテル。確かに妻の頬がほの赤い。ふっふっふっ。開放された夏って感じだねぇ。

Photoお芝居は、リリパットアーミーⅡの久しぶりの東京公演「夜の姉妹」。怪優<コング桑田>もミュージカルから古巣に戻ってきた。会場に入るとお目当てのコングさんが既に物販コーナーで活躍中。相変わらず存在感のある衣装とキャラ。巨大な頭と髭と太いおさげのバランスが妙にチャーミング。やっぱり良いなぁ。コングさん。お気楽妻と友人(妻)をそそのかし、記念写真をお願いすると快諾。「まぁ、お久しぶりねぇ。P社の方々ね」響き渡るゴスペル歌手でもあるコングさんの声。おっ!覚えていてくれた。感激。妻も友人も満面の笑み。開演前のスリーショットで満足の妻たち。コングさんと並ぶと見た目は暑苦しい夏。

P1040821芝居の後は、「カフェ・ハイチ」へ。「何ここ、知ってる店なの?入ったことあるの?美味しいのぉ?」不審げな友人(妻)がたたみ掛ける。確かに怪しい店構え。最初は勇気が必要だった。けれどドライカレーも美味しかったし、混雑していた記憶があった。そう伝えると「ふぅん、じゃぁ入ってみよう!」その日も店内は大勢の常連らしき客で賑っている。「へぇ~」ことば少ない友人(夫)もレトロで国籍不明の店内の様子に興味津々。国籍不明と言っても「ハイチ」と堂々と言っている訳で、ハイチの知識がないだけの4人。最初はおどおどしていた友人夫妻も「入ってみると妙に落ち着くねぇ」すっかり和む4人。まったりと話し込む。「ところでハイチってどこ?」それにしても、いろんなことがあった夏の一日。そして、なんとなくまとまりのない記事。「暑いからしょうがないね」はい。ありがとうございます。

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2007年7月22日 (日)

記憶の再生と誕生「故郷の宿と味」

P1040648_1ある週末、なかなか予約の取れない人気の宿と、数週間先の予約しか取れない人気レストランを訪れた。故郷の母の見舞を兼ね、どうせだったらポジティブな企画にしようと、宿とレストランに電話を入れた。奇跡的に予約OK♪

P1040656_2話題の“和モダンの宿”。老舗温泉旅館<亀や>のワンフロアを洋室に改装した<KAMEYA514-519>。ベッドと背中合わせに設えた大きな皮のソファに沈み込むと、目の前には海、空、そして夕焼け。さらに、前面ガラスのバスルームから夕焼けを眺めながら入浴できる。

P1040759_2そして“地産地消”のイタリアンレストラン。奥田シェフが「情熱大陸」に出演した頃から全国区の人気となった<アル・ケッチァーノ>。地元の契約農家の野菜、地元の港に上がった魚、旬の新鮮な食材を新鮮なレシピで料理するスローフードの店。

P1040708_1その2軒が、同じタイミングで予約できた。母の導きか。前日からお気楽夫婦は温泉でのんびり。翌日、兄弟3組の夫婦でのんびりランチ。そんな計画。そして、その宿は、そのレストランは・・・絶賛!来週の記事をお楽しみに!(早い話、今週の記事は予告編)

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2007年7月14日 (土)

ご近所ショコラ「ショコラティエ ミキ」

Dvc00027街が“文化”を持ち得るためには、街の個性や奥行き、そして“香り”が必要だ。それは店主のこだわりだったり、プロの技だったり、業種の多様さだったり。いろんなものから街の香りが立ち昇る。均一化されたチェーン店の赤い看板や、ファーストフード店や携帯ショップが並ぶ街角からは決して香ってこない。お気楽夫婦の住まいから歩いて数分の場所に、小さなチョコレート屋さんを発見した。裏通りに入り、さらに袋小路の突き当たり。それも、手書きの看板がなければ見逃してしまうような、「え?こんな場所に?」というビルの裏手。

Dvc00028店はマンションの一室。緑のドアを開けると、そこがいきなりお店。正確には、“そこだけ”がお店。小さな玄関に無理やりカウンタを設えて、奥のキッチンは工房。チョコレートだけではなく店そのものも手作り感覚溢れる店。<ショコラティエ ミキ>は、店主のミキさんの佇まい同様に、柔らかくちょっと不思議な雰囲気に包まれたショコラトリー。秘密クラブの受付のような、学園祭の延長線上のような。聞けば工房での経験はなく、専門学校や大手のチョコレートメーカーの研究室で調合を数年経験しただけだという。そこで発見した自分だけの調合を直接お客さまに食べて欲しかった・・・のかどうかまでは聞けなかったけれど。

Dvc00032“ミキ”さんという名前は、ショコラティエとしての“芸名”?だという。フワフワとした可愛い声で語る彼女の作るショコラは、繊細で、本格的で、そして何よりリーズナブル。試食を薦められ、季節限定のパッションフルーツのボンボンショコラを頬張る。ジンジャーと柑橘類独特の香りとが、ふわっと口の中に広がり、チョコレートの苦味と絶妙に交じり合う。旨い。「去年の12月にオープンして、冬の間は絶好調だったんですけど・・・」そんな呟きを聞いてしまった二人は7種類のボンボンショコラを2セット、チョコレートケーキをお買い上げ。こんな店がこの街でずっとやっていけるようにと思わず応援したくなる。

P1040538_1美味しいし、是非自分のブログでお店を紹介したいと申し出ると、「嬉しいです♪じゃあ、お礼にチョコレートケーキをもう一つお持ちください」と追加してくれる。こちらこそありがとう♪モノで釣られた訳ではなく、こんな店が自分の住む街にあることが嬉しい。近所に住む友人夫妻に、さっそくお店のカードと共にボンボンショコラを1セット届けよう。「こら、もう試食しなくて良いよ!」え、だって美味しいんだもの。その日3個目のチョコを口に入れたまま、妻に首筋をつままれるように店を後にした。また伺います。

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2007年7月 8日 (日)

発想の転換「宮崎産完熟マンゴー」

Photo_201日経トレンディ07年上半期ヒット商品の第4位に、<東国原知事>が選ばれた。え?彼は“商品”だったんだ?という突っ込みをしてしまったら、日経トレンディの思うつぼ。まぁ、ある意味商品と言っても良いかもしれないが、東国原知事が薦める宮崎県産の地鶏やマンゴーがヒットしたのは間違いない。(宮崎県庁までツアーの見学コースになるのだから凄い)特に宮崎県産のマンゴーは“マンゴーブーム”にも乗って、外国産の輸入品と差別化した品質と価格設定でシェアを伸ばした。

ちょっと前までだったら、え?国産のマンゴー?美味しいの?というのが一般的な日本人の感想だったはず。それを産地が近い(国内だから当然)ことを利点に、“完熟”したマンゴーを全国に流通させ、高品質なイメージで売り出した。さらには1個で1万円以上するものもある<太陽のタマゴ>というブランド品まで登場。マスコミの取材も相次ぎ、ひとつひとつネットに包み、熟した果実が落下するところまで映像で拡がった。これは見事。希少性と手間暇掛けた感が溢れる。一度ブランド化したらまずは成功。1個数万円のメロンを贈答用に買い求める国民性だから、自分で買う人は稀にしても、ギフト用には売れる。1個数千円でも、数万円でも。

Photo_202そんな“おこぼれ”が、お気楽夫婦のところにもやってきた。妻の会社の同僚がいただいたお中元のおすそ分け。さすがに<太陽のタマゴ>ではなかったが、堂々と<JA西都>のシールが誇らしげに光り輝いていた。妻が持ち帰った袋を開けると、中から完熟したマンゴーの甘い香りが噴き出した。さっそく冷蔵庫に移し替え、食べ頃を待つ。と言っても完熟マンゴーな訳で、熟すのを待つのではなく、冷えるのを待つだけ。ヒットした要因はここにもある。食べ頃が分からない南の島系のフルーツ。キウイにしても、メロンにしても、あ!早過ぎたと失意のまま固い果実を食べた経験は誰にもあるはず。

前日、「明日の朝はマンゴー食べるから5分だけ早く起こしてね♪」と眠りについた妻が、嬉しそうにマンゴーを剥き、皿に並べる。キッチンに熟れた甘い香りが充満する。マンゴーの切れ端を口に入れた妻が「甘ぁ~~いっ!」と叫ぶ。どれどれと私も一口。濃厚でフレッシュ、甘さのバランスが良い。まさに食べ頃。甘旨い冷えた果実が脳天を直撃する。「今度は<佐藤錦>もたっぷり食べたいなぁ・・・」さくらんぼもブランド化に成功した果物。美しく並べられた果実は、いくつもの「0」が美しく並んだ価格になる。ソーメンに付いているような缶詰のチェリーは除けて食べないのに、なぜ生の果実になると価値観がこうも変るのか。「だってフレッシュな佐藤錦は美味しいじゃない」・・・シンプル。

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2007年7月 7日 (土)

当り前ではないありがたさ「萬来軒」

Photo_197「元気な時には気づかないことっていっぱいあるよね」「健康ってことを当たり前だと思うと、ありがたさが分からないよね」・・・そんなしみじみとした会話で食事が進んだ。余りに健康的な粗食である入院食に飽き、身体に悪そうな美味しい料理が食べたかったという。ご近所の友人が退院した。予想よりも早い快復で、当初2~3週間と言われていた入院期間も10日余りで済んだ。数日の自宅療養を経て、無事出勤。初(再)出勤の前日には、朝の通勤ラッシュ時に、短パンとTシャツという姿で満員電車に乗るというちょっと怪しいリハビリもこなしたらしい。

Photo_198お祝いと言えばこの店!と4人で予約。ご近所の名店<萬来軒>。週末の夕方、相変わらず常連客で賑わっている。おばちゃんに入院してたんですよと報告するご近所の友人(♂)。その日は馴染の客ばかりということもあり、おばちゃんもリラックス。愛想も良い。「じゃあ、これ快気祝い。食べて」と持ってきてくれたのは<甘エビの紹興酒漬>。卵がたっぷりと入った赤くとろんとした海老の身を口に含む直前に、紹興酒と海老の柔らかな香りが鼻腔に絡む。自然と微笑みながら口に入れる。うわっ、旨い。とろとろの身とぷちぷちした小さな卵とが、うまうま♪と暴れる舌の上で溶けていく。

Photo_199続いて<干し豆腐の辛味和え>が登場。冷えたビールとこれ程合う料理も珍しい。クニッサクッとした不思議な食感と、あっさりとした味付けの裏にぴりっと辛さが隠れている。優しく穏やかに旨い。そして<モンゴウイカと二種のニラ炒め>。これが、これが(感涙)抜群に旨い。「おじさんのモンゴウイカ料理はいつも絶妙だよねぇ」妻も絶賛。淡白なイカを繊細な塩味中心の味付けで、豊かな味に変貌させる。違う食感の野菜を合わせる。白い花が咲いたようなイカの白さと緑と黄色の彩りも食欲をそそる。「うっ我慢できない!ご飯もらって良いですか?」いくらでも食べなさい。健康である証としての食欲を満足させなさい(涙)。「入院中も食欲はあったんですけどね」・・・あ、そう。

Photo_200そして、メインは<豚と卵炒め>友人(♂)の大好物。以前はメニューになくなっていたものが、彼のリクエストのためかメインメニューに復活した。「くぅ~っ、旨いっすねぇ♪」幸せそうな笑顔。それを見つめる友人(♀)も、「全く心配かけて、私のスケジュールも随分変えてくれちゃって・・・」とぶつぶつ言いながらも安堵に満ちた幸せそうな笑顔。「ほんとは入院中に友だちの家に遊びに行く予定だったのに、早く退院するからダメになっちゃったし。高層マンションのゲストハウスに泊めてもらう予定で、人気があってなかなか予約取れなかったんで、楽しみにしてたのに・・・」おいっ!そっちかい!さすがお気楽妻と、ずっと一緒にいられそうな、お気楽友人(♀)だった。

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2007年6月24日 (日)

3人の奥様たち「紫陽花のある風景」

Dsc00002_1暑い。ビールが一段と美味しいのは嬉しいが、暑い。「週末にかけて梅雨前線が活発になり、傘の手放せない一日となるでしょう」などという天気予報のコメントも聞くこともない。見事な空梅雨である。それも湿度の低い、梅雨明けを思わせるからっと気持の良い快晴が続いている。水不足は、困る。実は、お気楽夫婦は心配性でもある。「首都圏の水瓶<八木沢ダム>の貯水率は50%を割り・・・」とか言われると、ただちに節水を開始する。水を出しっぱなしで歯を磨かないのは勿論、お風呂のお湯も控えめ、洗い物がでないように外食に努める・・・って、これはいつものことだけれど。

紫陽花が悲しそうに咲いている。雨に濡れ瑞々しく咲く花が、陽光に焼かれヘナヘナになっている。すまんなぁ、と自分に責任がある訳でもないのに紫陽花たちに謝ったりする。それにしても、これ程雨に似合い、陽射しに似合わない花も他にない。近所の私鉄沿線に紫陽花が見事に咲いている駅がある。駅員の方々が丹精して育てた紫陽花の群。ホームに面する土手一杯に咲く花を眺めるために、経路を変えて観に行ったりしたこともある。それ程好きな花のひとつでもある。土壌によって、赤味を帯びたり、青味が強かったり、一つとして同じ色がないぐらいにヴァラエティに飛んだ花びら(実は額)たちを眺めていると、優しく、ちょっと淋しい気持になる。

Dsc00005_2紫陽花の花を眺めていると、思い浮かぶ風景がある。5年前の梅雨時。鎌倉の“紫陽花寺”として有名な<名月院>で撮った写真。実際にはそこに私はいなかったのだけれど、その写真を見る度に、そこに写っている3人の会話まで聞こえてきそうな気がする。その中の一人はお気楽妻。一人はご近所に引っ越して来た友人。そしてもう一人はNYC駐在の友人。夫婦3組で、食事に行ったり、芝居に出かけたり、スキーに行ったりという友人同士。NYC転勤が決まったというニュースに、妻たちだけで鎌倉に行こうかと出かけた3人。雨の日なのに、雨の日だから、楽しそうで、淋しそうな3人。

彼らが渡米した後、翌年のクリスマスにはお気楽夫婦が、その翌年にはご近所の友人(♀)だけがNYCを訪ね、そして今年の夏は2組でNYCを訪ねよう!と計画していた。なのに、ご近所の友人(♂)は、先週入院してしまった。そしてまた入院中の友人からメールが入った。二度目の検査の結果が分かったらしい。どきどきしながらメールの本文を開く・・・。無事、来週退院!おめでとう!ひゃっほぉ♪お祝いをしよう!一緒にNYCには行けなくなったけれど、彼らが日本に帰ってきたら皆でヴァカンスに出かけよう!来年の今頃は、きっと紫陽花を3組で眺めながら、そんな計画を立てているに違いない。

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2007年6月23日 (土)

長い?短い?「憧れの?年金生活」

Photo_187<あみん>が再結成するという。デビュー25周年を記念してアルバムを出すらしい。と言うことは・・・私ぃ待ぁつわ。いつまでも待つわ・・・いつかあなたがふぅられる日まで♪などと怖い歌を歌っていたのは1982年、25年前。そう思うと、振り返る25年間はあっという間。昨日のようだとまでは言わないけれど、ほんの少し前の手が届きそうな過去。なのに、例えば25年後、2032年は果てしなく遠い未来。うぅ~ん、これからやってくる25年の歳月など想像もできない。だいたい人類は地球上に存在していられるのか?東京は水没していないのか?私は生存しているのか?ちなみに25年という期間は、厚生年金の受給資格を得るまでに働かなければいけない期間。いったい長いのやら短いのやら。

10年ほど前、同僚に「厚生年金は25年以上払わないともらえないんだってよ!」と聞き、そんなばかなと憤慨し、慌てて調べたことがある。事実だった。驚いた。焦った。そんなに長い間働かなければいけないのかと卒倒しそうになった。ところで、<あみん>と同世代だった学生時代の私は、漠然とした不安と根拠のない自信とが交じりながらも、当時の若さという味付けをした自分の将来像について、漠然とした明るい未来を想像していた。もしかしたら、“年金生活”ということばにマイナスのイメージを持ち、自分が年金を支給されて老後を過ごすなどということは夢にも思っていなかったのかもしれない。・・・まぁ、自分の理想は“年金生活”ですっ!などと言う若者がどこに存在しようか、という気もするが。

Photo_189お気楽夫婦は、物質的に“残るもの”よりも“残らないもの”によりコストを掛ける傾向にある。美味しい食事や、満足できるサービスや、一瞬でストレスが吹き飛ぶホテルでの滞在に対価を払う。文字通り二人の消費は“消えてなくなる”ものばかり。だからモノには余り執着がない。日常生活に必要な“残るモノ”は最小限に留める。食器、グラス、時計などは、好きなものをじっくりと丁寧に選び、長く大切に使い続ける。飽きのこない良いもの、気に入ったものを普段使いにする。例えば、ウェッジウッドのサラダソーサーは、その日の気分で柄を選び、ヨーグルトを入れる器となり、友人たちを招いた時の取り皿になる。便利だし、気に入ったものを使っていると気分が良い。

「それにしても、ウチはお金は貯まらんねぇ」妻が明るく呟く。確かに、消えてなくなるモノにお金を使う二人には貯金はない。それに退職金など期待できない。だからこそ、地道に<個人年金>なるものに二人とも結構な額を支払ってもいる。しかし、貯めることには拘らず、“隠居”という生活状態を望む妻。セミリタイアしたら、スカッシュ三昧というのが理想の生活らしい。「年金制度なんてモンはいつ変るか分からないし、当てにならないからねぇ。貯めておいてね♪」・・・最近お気楽度数が一段と高まる妻である。

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2007年6月18日 (月)

旅・人・婚・病「ハードな週末」

Photo_186エアコンの効いた宴会場の椅子に座っていても、なんだかまだ身体が揺れていた。効き過ぎの空調のお陰でようやく汗が引き、ばたばた着替えたタキシードに身体が馴染んできた。『A Hard Day's Night』ならぬ“ハードな週末”だった。“鉄研小僧”にとっては、きっと歓喜に溢れた日々。電車に揺られること、計10時間。新宿から<スーパーあずさ号>で西に向かい、戻ってきたかと思うと、翌日には<スーパーひたち号>で北東に向かう。そしてとんぼ返り。この街を基点に文字通り西に東に飛び回った。

金曜日の夜、長野県の端にある街でプレゼンだった。上手くいった。ただし、結果はまだ分からない。その上、その日の内に新宿まで戻る電車はない。けれど、翌土曜日の昼過ぎには茨城県の県庁所在地にあるホテルで、妻の従姉妹のためにお祝いのスピーチをして、ドリカムの『LOVE LOVE LOVE』を歌って、二人で愛を叫ばなければいけない。そのためには、その日の内に辿り着ける一番新宿に近い街まで向かう必要があった。宿泊したのは諏訪湖の近くの温泉街。そして翌朝、早朝の特急に乗り、私の着替え一式を抱えた妻と新宿で合流し、納豆の美味しい北の街に向かった。納豆は嫌いだけど。

Photo_185しかし、たいへんだった理由は他にもあった。金曜日のプレゼン直前に、近所に住む友人(♂)からメールが入った。「入院することになってしまいました。入院中、妻をよろしくお願いします」・・・!?!?なんてこったい。お気楽妻に連絡をして友人(♀)の様子を確認してもらう。取りあえずは落ち着いているらしい。ふぅ。さらには、日曜日の予定は元々システム導入先の1周年記念イベントで仕事。朝早く起きてラジオ体操をして、街のゴミ拾いボランティアをして、炊きたての朝ごはんをいただいて、式典に参加するお歴々にご挨拶。だったら、ラジオ体操から友人(♀)を誘って、一緒に見舞いに行くかぁ。

友人(♂)を見舞った帰り、1日中行動を共にした妻と友人(♀)3人で食事。「ふぅ、って感じだねぇ。今日はどうもありがとう」「しかし、自分で病院まで行って、入院と決まって、メール送ってきて、元気なのかそうじゃないのか分からんかったよぉ」「食べ終わった食器を洗ってから病院に行ったんだよ」確かに几帳面で真面目な彼は、常人では考えられない行動をすることがある。しかし、症状が軽くて良かった。つくづく良かった。「住宅ローン組んだばっかりだしねぇ」・・・そういうことじゃなく!その日食事をした<きときと>という店の名前は、富山弁で“新鮮で元気な”という意味。食材は確かにどれも新鮮で美味しい。友人(♂)の食べていた極あっさり系の病院食を思い出して、すまん!という気持になる。退院して元気になったら、何度でも何度でも、4人でお祝いしようぜ!

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2007年5月 6日 (日)

街、再発見「浜松まつりと博物館」

Photo_145電車の中で食べる駅弁が無性に好きだ。愛してると言っても良い。新幹線やロマンスカーの座席に座った瞬間にビールが無性に飲みたくなって、まるで我慢できない子供のようになる。早い話が、ほとんどバカである。そして新幹線と言えば、駅弁デパ地下の名門、東京駅大丸<ほっぺタウン>だ。あの喧騒の中、出発時間を気にしながら、それでも缶ビールの銘柄や弁当を選び、レジに並ぶ。甘い期待の陶酔の時間。

Photo_146座席に着き、小さなテーブルに弁当やおつまみを並べ、シュプッと缶ビールのプルトップを開ける。くふっと笑顔が零れてしまう。旅への期待や、日常生活からの開放、ただ単に酒が好きなだけ。いろいろな要素が詰まった至福の時間。じっくりと選んだ料理を堪能し、ビールを飲み干す。富士山が車窓に拡がる。嬉しさが倍増する。その後はうとうと夢の中。浜松に到着する頃には“ただの酔っ払い”と化している。ちょうど街は祭のお囃子、ラッパや太鼓の音に浮き足立っている。酔払いにはぴったりのざわざわ感。

Photo_149温泉三昧のお気楽夫婦でも、この時期はやはりココロオドル。寡黙な妻の両親でさえラッパの音に敏感に反応し「あ、練りが来たよ!」とベランダに向かう。市民に愛されている祭なのだ。テニスの帰り道に<浜松市博物館>に立ち寄る。入場料300円。子供たちが走り回る。緩い管理の良い意味で開かれた公共施設。期待もせずに入ったら、嵌った。特別展は<昭和の子供たちの遊び><食玩 おまけのおもちゃ>のふたつ。これが、地味ながら実に良い。特に食玩のコーナーは、写真撮り放題。(撮って良いのかどうかは知らない)

Photo_150Photo_151夏休みの本格展示に向けた“プレ展示”という位置付けながら、市内のコレクターに協力してもらったというコレクションの数々は見事。撮った写真の全てを公開したいほど。その気持を抑え、特定ファンへのサービスカット“スヌーピー・コレクション”と“水戸黄門セット”だけに止める。う~ん♪お約束の由美かおるの入浴シーンコレクションも秀逸。細かく良く出来ている。「うんっ、また夏休み観に来るよっ!」地元出身なのに初めて訪れたという妻も些か興奮気味。妻にとっては故郷の再発見。それもまた愉し。浜松、なかなか良い街だね。

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2007年5月 5日 (土)

お気楽リゾート「スパリゾートHAMAMATSU」

Photo_141温泉好き、お風呂好きの典型的日本人のお気楽夫婦が、またもやSPAリゾートにでかけた。宿泊先は4LDK、約100平米のコンドミニアム。南向きの広いベランダでのんびり風景を眺める。ゆとりのリビングダイニングに続くアイランド型のキッチン。大型冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機も完備。オートロックでセキュリティも万全。ご近所のSPAに出かける際には専用の車で、専属のドライバーが案内してくれる。裏道まで知り尽くした老練なドライバーは渋滞知らず。滞在中に数ヶ所のSPAやテニスコート付きのスポーツクラブなどに出かけ、お風呂三昧の日々を過ごした。

Photo_142最初のSPAは、神殿風の造り。日本人向けに漢字の看板。<お~風る(おーふーる)>という名前はフランス語で“Eau Feurre”から来ているらしい。施設は何種類ものバスと、専用着に着替える岩盤浴、タイ式マッサージや韓国アカスリをはじめとしたボディケア、ゆったりとしたリラグゼーションスペースなど、一日滞在できるほどバラエティに富み、清潔で豪華。それにしても、さすがお風呂好きの日本人。利用者のほとんどは日本人らしい。・・・って、日本だしっ!というか浜松じゃないっ!妻が横槍を入れる。そう、向かった場所は妻の実家、浜松。両親は一軒家を売却し、老後のバリアフリーな生活のためにマンションを購入した。察しの良い方ならお分かりのように、その一室に宿泊し、お父さんの運転する車で、近所の日帰り温泉施設やスーパー銭湯に通う日々。

Photo_143しかし、それらの施設は侮れない。東京ならば倍以上の入場料を取るんじゃないかというような、いずれも豪華で広々ゆったりとした施設。周囲には緑が溢れ、空が広い。浜松の奥座敷、舘山寺温泉<サゴーロイヤルホテル>の屋上露天風呂は、浜名湖が一望できる絶景。春の爽やかな風が心地良い。湖に向かって“どうだっ!”ポーズをとった後で、大宴会場でランチバイキング。これが穴場コース。この値段で合うのかと心配になる程。浜松餃子あり、浜名湖産車海老のフライあり、地元名産がたっぷり。

Photo_144この春に政令指定都市になったとは言え、土地は充分なこの街のスポーツクラブは広々として、気持が良い施設が多い。砂入り人工芝のテニスコート6面と室内テニスコート2面は無料!体育館ほどの巨大なプール。高い天井までのガラス窓が脳天気に明るい。まさしくリゾート仕様。スカッシュコートがないのが玉に瑕だが。それにしても、テニスラケットとウェアを持参して実家に向かうお気楽夫婦。スポーツシューズは置きっ放し。東京から新幹線で1時間ちょっとの場所に、リゾートマンションを持っている気分。・・・これなら老後も安心って、ご両親の老後じゃなく?

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2007年4月22日 (日)

リフォーム開始「快適トイレ生活」

P1040110<過敏性大腸症候群>の私は、毎朝トイレに行く回数が尋常ではない。一度で済む人や、何日に1度で良いという人が羨ましい。通勤経路の全ての駅のトイレの場所は正確に把握している。何年か前、そんな私に大腸ポリープが何個か見つかり、内視鏡で2回にわたって除去手術を行った。ポリープの数が多く、手術を2度に分けたおかげで生命保険の手術給付金をしっかり2度もらい、俄かに保険金成金となって周囲に奢った。どうもポリープができやすい体質であることが分かり、それ以降3年程度の周期で内視鏡検査も欠かさない。

P1040113そんな私のお尻には、洗浄トイレが必需品。我が家の洗浄トイレは発火しないタイプの<TOTOウォシュレット>。毎朝かなりの回数苦楽を共にした戦友だ。しかし、使用頻度が高いためか、購入して10年以上経ったためか(たぶん両方の理由で)愛用ウォシュレットが苦しんでいた。老衰と過労による瀕死状態。ここ数ヶ月は、最後の力を振り絞りながら、チョロチョロと洗浄水を出す日々が続いていた。最期を看取る日が近づいている。よしよし、君は良く働いた。もう良いよ。そう励ましながら、それでも過酷に使い続けた。

P1040114もうすぐ住まいのローンも終わる。全面的リフォームを検討している。だけどそれまで持ちそうもない。トイレだけ部分的なリフォームか!よし、そう決断したら行動は早い。チラシを見て電話を掛けて、その日の内に見積り依頼。電話してから2時間後に来てくれた営業担当の女性がてきぱきとしたタイプで信頼できたこともあり、見積りは1社のみ。願望を全て伝えて、見積りを見て、優先順位を決めてオプションを削った。翌週には色や機能を選び、工事日も決まった。選んだのは収納一体型のINAXの<Pita>シリーズ。工期も1日だけ。将来的に本格リフォームを実施することを前提に、最小限のトイレリフォームを決行。

全面リフォームのコンセプトは“快適な生活”。目指すのは老後に備えたバリアフリーと、ホテルのスィートルームのような“生活感を感じさせない快適さ”。必要最小限のものを保有し、収納し、すっきりと暮らしたい。という方向性に合わせてリフォームしたトイレは、パイプやコンセントも扉付きの棚の中に収まりすっきり。私にとっては、家に居る時間の中で、結構なシェアを占める大事な空間。これからよろしくと挨拶し、初使用。おっ!良い感じ♪毎朝のトイレタイムが快適になりそうだ。「だからと言って毎朝余計に使わなくても良いからね、置いていっちゃうよ」厳しくコメントしながらも毎朝同伴出勤してくれる妻。途中下車が少なくなったのも彼女のおかげ。これからもよろしくお願いします。

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2007年4月15日 (日)

酔払いの行動学「背中の向う傷」

Photo_118都内ではサクラの季節がほぼ終わった。この時期に旅に出ると物理的距離以上の距離を感じることがある。僅かな移動時間しかない地域間で桜の開花時期が大きく異なるのだ。新聞やTVのニュースで“桜前線”ということばを聞き慣れてはいても、実際にその前線をまたいで移動する際に実感する各地方毎の季節の違い、春の“訪ズレ”。この場所で咲き始めているソメイヨシノが、なぜここで固い蕾のままなのか、不思議に思うこともある。逆に共通しているのは唯一、桜好きの日本人の誰もがその開花を待ちわびていることだ。

Photo_119“待ちわびる”理由はいくつか人によって違うだろうが、この季節はちょうど年度の終わりで、始まり。<サクラ>は、新たな季節と去り行く季節の文字通り“節目”に咲く花。人が去り、新たにやってきて、出会い、分かれる季節。そこに桜の狂おしく美しい風景が重なれば、もう飲むしかないでしょう♪という人が多くなるのは道理。歓送迎会という名目の飲む場も多くなり、“酔払い”も多くなる。これも冬が終わり、春の到来を告げるサクラが、人の心をフワフワと軽くするからかもしれない。

Photo_120長い長い前置きだった訳ではない。その日は確かに“歓送迎会”だったし、サクラも咲いていた。楽しい酒だった。2時間30分の飲み放題にした幹事の目論見通りに、私も含め皆飲んだ。二次会での新鮮な顔合わせで、つい飲みすぎた。でも、その後、電車に乗って帰ろうとしたところを拉致され、新宿3丁目のバーで意識不明になるまで飲もうとは思わなかった。「飲み足りないですねぇ」と誘った“隊員”も記憶はなかったらしいが。そして、いつも通りに運転手さんに本能で告げたのであろう自宅までの道筋。「甲州街道行って、環8過ぎたら旧道に・・・」そこで力尽きたのかもしれない。運転手さんが言った「お客さん、旧道入りましたよ」の声で起こされ、「あ、降ります」と、降りたのはひとつ手前の駅近く。そこから2km近く、明け方前の道をとぼとぼ歩く。

ようやく辿り着いた自宅。冷えた身体を温めようと風呂に入る。歯を磨く。ただし、これも記憶にはない。本能による行動。そして、悲劇はバスルームを出てすぐに起きた。凄い音がして、臀部に鈍痛、背中に鋭い痛み。目の前に天井が見えた。自分のこととも、何が起きたかも分からなかった。妻が飛んでくる。ベッドルームまで介護老人のように案内される。ベッドに横たわると、シーツに点々と血痕。少し落ち着いて背中を鏡に映すと、左肩から腰の右にかけて刀傷のような赤く太い痣、腰に大きな打撲の痕。青紫色が痛々しい。「玄関が狭くて良かったよね、広かったら頭打って死んじゃったかもよ」妙に冷静に妻がのたまう。背中の傷は武士の恥。逃げて切られた証拠。しかし、私は向かっていった。そして、不覚にも撃沈。あぁ、酔払いの日々は続く。

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2007年4月14日 (土)

言ふことなし「ふるさとの山」

P1040107故郷の川の水の匂いを覚えているから、鮭は生まれた川へ帰って卵を産む。誰もが知っていることだけれど、何故だろうかと思っていた。生まれてすぐに海に出て、一生のほとんどを大海で過ごし、生まれた川に産卵の時期だけに戻り子孫を残して死んでいく鮭たち。一生の中で“故郷”で過ごす時間の方が短いぐらいなのに。なぜ戻ろうとするのか。なぜ故郷に拘るのか。一方で、ヤマメのように生まれ育った淡水域で過ごす“陸封型”の魚もいる。あるいは、海に出たきりで故郷を目指さない魚も・・・。

「ふるさとの山に向ひて  言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」 母親を見舞って急ぎ訪ねた故郷の“山”を眺めながら、そんな歌が頭に浮かんだ。石川啄木が故郷の“お山”岩手山に向かって詠んだ歌。初めて教科書で知ったその歌は、ふと思い出した今、違う響きを持って響いた。生まれた街で過ごした日々よりも、東京での生活がずっと長くなった。普段の生活では故郷を懐かしむ訳でもないのに、妙に心に浸みた。母の入院する病室の窓から眺める<月山(がっさん)>は、その名の通り白く輝く美しい裾野を春の暖かな陽射しの中に広げていた。桜の花がようやくほころびかけていた。

P1040108登山が好きな両親は、子供たちを連れてふるさとの山々に登った。活花の先生をしていた母は、野草の名を呼びながら野山を歩いた。母が倒れ、車椅子の生活になってからも、父は母を連れて林道をドライブし続けた。“出羽富士”と呼ばれる<鳥海山(ちょうかいさん)>も、そんな山のひとつだ。日本海まで裾野を広げるこの美しい山も、この地方の人々に愛され、親しまれている。母の入院している病院の建物の四隅は、サンルーム風の明るい休憩コーナーになっている。そこからは、この二つの名峰以外にも“ふるさとの山”が望め、それぞれの名前が冠してある。なかなか良い趣向だ。

Photo_117東に<月山>、北に<鳥海山>が美しく拡がる春の街を訪ね、啄木の歌を噛み締める。こんな春の日は、そう何度もやっては来ない。“ふるさと”とは、母がいるからこそ、父がいるからこそ。そんな思いを抱え、じんわりしてしまったところに、両親と一緒に住む弟と、近くに“嫁に行った”末弟が集まった。見舞の時間も終わったし、寿司でも食べに行こうぜっ♪この時期は“サクラマス(サクラマスの陸封型がヤマメ)”が旨いよ。よっしゃぁ!その後は兄弟3人でカラオケかぁ?・・・故郷の弟たちもありがたきかな。

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2007年2月24日 (土)

ご近所エンタメⅡ「地獄八景:浮世百景」

Photo_86先週の記事を書きながら、ふと気がついた。改めて書くまでもなく、お気楽夫婦のご近所エンタメ度数は高かった。観に行く芝居のほとんどは下北沢。次いで渋谷、新宿、三軒茶屋。二人のお気に入りは小劇場系が多いため、当然の結果。ということで、三茶まで芝居見物に出かけた。土曜の午後、いつも通りに掃除や洗濯などの家事を済ませ、ふぅ~と溜息を付くと、もう開演まで30分余り。やばっ!慌てて身支度を済ませ、電車に飛び乗り、下高井戸から世田谷線に乗り継ぐ。気は急いているのに、のんびり走る電車。環七若林交差点でも信号待ち。開演まで5分。焦る二人。・・・世田谷線に罪はないのだけれど。

終点で電車のドアが開くと、ダッシュする二人。劇場は駅の真上、世田谷パブリックシアター。「地獄八景:浮世八景」G2演出、企画AGAPE Storeという、お気楽夫婦にとっては外せない演目。三階までのエスカレータを駆け上り(良い子の皆さんは真似してはいけません)劇場へ。開演2分前。座席に着くと開演ブザー。ふ~っ、間に合った。京都弁の女性の声で開演前のご注意アナウンスが流れる。最近、前説や場内アナウンスで携帯電話の電源を切るように、などのメッセージが演出の一部になっている芝居が多く、楽しい。ようやく気持が落ち着きはじめた二人。はんなりした京都弁に和む。

Photo_87芝居は、松尾貴史の狂言回しの口上から始まった。開演直後の期待と緊張が漂う劇場空間が、ふわっと緩み、同時にぎゅっと締まる。もう彼の手の上だ。妻は彼がキッチュと名乗っていた頃からの密かなファン。彼が出演(あるいは演出)する芝居は、確かに余り“外れ”がない。升毅、山内圭哉など二人の贔屓で芸達者な役者が揃い、上方落語の物語を下敷きにした物語がテンポ良く進む。“芸能人”が舞台に出ると心配なことが多いが、高橋由美子も悪くない。たまたま彼女が出る芝居を何度か観る機会があったが、安心できる演技。そして何より数役をこなす松尾貴史が良い。肩の力を思い切り抜いて観ることができ、観終わった後に「楽しかったね♪」と妻が言う芝居。

そんな芝居を観終わった後は、暖冬のぽかぽか陽気の中、のんびり散歩気分。太子堂にあるアメリカンダイナー<Baker Bounce>で遅いランチ。駅から遠い住宅街にある小さな店なのに、物凄い人気店。二人が席に付くと3時過ぎにも関らず満席。その後もカップルや家族連れが次々に訪れ、待ちきれずに帰る客も。確かに(料理に時間は掛かるが)美味しい。アメリカンダイナーそのものの内装なのに、アメリカンダイナーでは食べられない美味しさ。六本木の<東京ミッドタウン>にも出店するという。へぇ~っ。店を出て、下北沢まで二人で歩く。昼下がりのビールの軽い酔いを醒ますためにちょうど良い距離。骨董屋や花屋の店先を眺めながら、のんびり。勝手知ったるご近所でエンタメ、飽食、スポーツ三昧。お気楽夫婦の週末の過ごし方。「毎日が週末だったら良いのにねぇ」・・・それは、“週末”とは言わない。

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2007年2月11日 (日)

タイムマシンは何式?「最新白物家電の効能」

P1030920『バブルへGO!~タイムマシンはドラム式』という、B級でございます的タイトルの映画が封切られている。この映画、ちょっと気になる。というのも、お気楽夫婦の“白物”家電が次々に故障し、買換えの時期に来ているのだ。二人が住むマンションは1995年築。バブル終焉後に売り出された駅前立地の建物。入居時に購入した電化製品がちょうど耐久年数を迎え始めた。スポーツクラブに通う二人が過酷な労働を強いた洗濯機が真っ先に戦線を離脱した。数年前に“お漏らし”をするようになり(ホースではなく身体の下から排水してしまう)修理を依頼。次に壊れたら寿命だと思ってくださいと言われ、その寿命がやって来た。

ということで、買換えたのがドラム式洗濯機。これが実に可愛い。フロントの透明な蓋越しに、ぐるぐる回る洗濯物を眺めていると、気持が柔らかくなってしまう。和む。妻も同様らしく、壊れる前は10年余りの間に数回しか使わなかった(私が洗濯をしていた)のに、買換えてからは積極的にドラムを回すようになった。“可愛いもの嫌い”なのに、洗濯機の上部に記載されている注意書きが気に入らないと言って、それを隠すために犬の皮を被ったティッシュケースを買込み、上に乗せた。これでまた一段と和みの空間になった。うぅ~む。最新型のドラム式洗濯機には、こんな効用もあったのかぁ・・・。ただし、洗濯機の振動で、毎回ワンちゃんは谷底に落下する運命ではあるのだが。

P1030933続いて世代交代が起きたのは掃除機。今までのサイクロン式は、フィルターの掃除が大騒ぎ。使い終えた歯ブラシを使って、モクモクと埃を巻き上げて“掃除機の掃除”をしなければいけなかった。どこか矛盾した気持を抱えて掃除をしていた。そこで前から気になっていた<ダイソン>を買おうと勇んで出かけた家電量販店にあったのが、こいつ。『スターウォーズ』の<R2-D2>のような愛らしい姿。電源を入れると「ピコピクピカカッピピ」と意味不明のことばを発し、毎回フィルターを自分で掃除する。足回りも軽快で、360度回転し、スルスルと付いて来る様子はまさにR2-D2そのもの。製品名はC-3POならぬ<C3>。吸込み口のパワーブラシの動きも軽やか。ダイソン購入は中止。この子を飼うことにした。これが大正解。やはり掃除機をほとんど扱わなかった妻が、散歩気分で室内を連れ歩く。

これはお気楽夫婦にとって、偉大な“白物”家電革命だと実感する日々。かつては家事三昧だったという妻。しかし、家事好きの私が週末の朝に早起きして働くのを良いことに、すっかり家事比率を下げていた。それが今や、比重が変わってきている。これは、ある意味“タイムマシン”。使うと楽しい新機能が、妻の行動を変える。素晴らしい!最新の白物家電の、最大の効能だ。・・・でも、ちょっと家事比率が下がって淋しいかなぁ。

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2007年2月10日 (土)

偶然×偶然=石ちゃん「シンクロニシティ」

Photo_73週末のある日、ぽかぽかと春のように暖かな冬の午後の陽射しに誘われて、お気楽夫婦はご近所散策に出かけた。まず目指したのは、多くの寺が密集する<寺町>。浅草、本所、築地などにあった20余りの寺が、関東大震災後の区画整理の際に移転してきたという。この一帯は、ゆったりとした敷地の中に竹林や雑木林が残され、趣ある人気散策コース。その日は途中でこぢゃれたカフェも発見し、幸先の良いスタート。

Photo_74<鴨池>の名で親しまれている池に浮かぶ御堂には、普段になく大勢の家族連れで賑わっていた。池には鴨だけではなく、白い鳥の姿も。「あぁ、白鳥がいるねぇ。ほぉら白鳥だよ」との声に思わず振り向くと、娘や孫を連れたオバちゃんが白い鳥を指差している。「・・・どう見たって、あれは白鷺でしょっ」妻が小声で毒づく。大声で語り合う母娘は、「ここもTVで映ってたね」と、謎の会話を残して去る。浮御堂に静寂が訪れる。

Photo_75散策を続けるお気楽夫婦は、ある店の前で足を止めた。店の入口に<クレア婦人の蒸しまんじゅう>の垂幕。クレア婦人って誰?なぜ、まんじゅう?疑問だらけの二人。店内には国籍不明の店名通りに輸入菓子や無添加食品が並び、ショーケースには一口サイズのまんじゅう。・・・実にミスマッチ。可愛いパッケージに入って10個で210円。安い。黒糖、黒ゴマをお買い上げ。寺のある街へ旅し、お土産を買った気分で、ちょっと嬉しい。改めて店を観察すると、「メレンゲの気持で放映」との貼紙。ふぅ~ん、こんな場所まで取材がねぇ。街道沿いの中華料理屋の横を通る。「この店もしばらく来てないねぇ」そんな会話に突然妻が思い出した。その日のランチに行ったトンカツ屋にも、取材の貼紙があったという。

「番組は日曜?さっそく教えてあげなきゃね」ご近所の友人夫婦に連絡しようと頷きあって家に戻る。検索すると、放送日は○月○日。「・・・って、明日?ぇ!今日じゃない!放送したばっかりだ」ありゃりゃ。残念。そして、取材を受けた場所は、<高源院><カフェMARU><とんかつさが味><中国遼菜府>・・・全て当日二人が行った場所ばかり!その上、とんかつ屋で食べた料理<レバかつ>も一緒。うぅ~ん、いくつかの偶然が重なりあうことは心理学者のユングも、普遍的な事象を作り出す力の連続性<共時性(シンクロニシティ)>であるとか言っているが、良くわからん。「どうせだったら、石ちゃん(石塚英彦)と取材当日に出会いたかった」と呟く“まいぅ~”モノ好きの妻だった。

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2007年2月 3日 (土)

贅沢な焚き火「薪ストーブの夜」

Photo_59寒い冬の夜。じっと炎を眺めていると、不思議と心が安らぐ。椎名誠率いる<怪しい探検隊>が浜辺での焚き火を愛する集団(今や焚き火をするには最寄の消防署に届出が必要らしい)であることも、ジョージ秋山作「浮波雲」の主人公の趣味が焚き火であることも、なんとなく分かる気がする。炎を前に、座り込む。にこにこしてしまう。ストーブの中で薪がはぜる。炎の明かりも、遠赤外線の暖かさも、柔らかく、まろやか。

Photo_61確かに、酔ってはいる。でも、ぼぉ~っとしてしまうのは、決して酔っているからだけではない。顔が紅くなっていることを自覚はしている。しかし、頬がポカポカとしているのは、薪が私の顔を温めているからだけではない。そして、気持が穏やかなのは、このストーブのせいだけではない。心地良い場所で、心地良く酔い、ゆったりとした気分になっているから。それに、ゲストで登場したチャンプ石渡の順調な術後の経過が嬉しかったこともある。いずれにしても、良い酒だ。

一年ぶりにお邪魔したKさん宅でのホームパーティは、相変わらず居心地が良く、まったりと時間が過ぎて行く。ホスト役ではないから、自分が余計に気を使わずに済むからかもしれない。参加メンバーを和ませるKさんご夫妻のホスピタリティのおかげかもしれない。普段は余り一緒に過ごすことのないメンバーの中に、こそっと紛れて参加しているからかもしれない。どんな理由でも良いけれど、この場所ののんびり感が気に入っている。悠々自適の晩年を迎えたKさんご夫妻。お二人でジムに通い、お子さんたちと食事に出かけ、友人を招いてホームパーティ。経済的な意味だけではなく、そんな時間が過ごせる“実りの時間”がお気楽夫婦にもやって来ることを楽しみにしたい。

Photo_62相変わらずマイコーチのJrも元気だ。人見知りせず、男の子らしい腕白さも、礼儀正しさも、わがままも、良いバランスで交じり合った“良い子”だ。人の子供は成長が早い。一年ぶりに会うのだから当然だけど。Kさん自慢のポルシェに乗ったJrの目が輝く。お母さんの指示か、お父さんの酔い具合を確かめて絶妙なタイミングで「帰ろうよ」と声を掛ける。コーチ一家が帰った後は、まったりと大人の時間。大声で話すこともなく、皆ちんまりと語り、飲んでいる。

再びストーブの前でまどろむ。ふふふ、良い気持。あぁ、そうか、これは届出が必要のない、贅沢な焚き火でもあったのかぁ。「あれ!眠くなってない?帰るよ!」穏やかなまどろみを単なる眠気と勘ぐった妻が私をつつく。・・・まぁ、これも幸せか。

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2007年1月27日 (土)

親子で読書「となり町戦争」「メリーゴーランド」

Photo_53素人の書き綴るブログの記事だから、“読者”を意識することはない。お気楽に、のんびりと続けられれば良い。そう思って2年近く、毎週末に2つの記事をアップしている。あくまでも自分の楽しみのため。あるいは妻へのメッセージとして。でも、長く続けていると、毎週読んでいますと言われることがある。お会いしたことがある方なら「ありがとう」と伝えれば済むが、お会いしたことのない妻の旧友に「読書好きの息子と、毎週楽しみにしています」と言われると、ちょっと肩に力が入ってしまう。記事を読む息子さんを想像し、頬が緩む。

そんな、仲の良い(であろう)読書好きの、親子が住む地方都市の“となり町”で、戦争は起こった。偶然ではある。架空の町名ではあるし、厳密には字も違う。そして、政令指定都市を目指すその都市に吸収され、“町”としての名は失った。でも、町民に知られずに淡々と戦闘が続く不思議なストーリーを追いながら、奇妙な親しみやすさと共に、ずっとその地方の風景を頭に描いていた。冬の日には強い風が吹き、気温の割には寒さを感じる遠州灘沿いの街の風景。そこで行われる、活性化施策としての“戦争”。町役場の総務課に「となり町戦争係」が設置され、実際に戦闘が行われ、広報紙に戦死者が掲載される。現実感のない設定が、リアリティあるストーリーとして綴られる不思議な物語。“となり町”の名前は・・・どうぞ、親子で読んでみてください。

Photo_54母と息子が仲良く読書する傍らで、ちょっと淋しいお父さん(想像)。二人と共通の話題を持つためにも、こんな本はいかがでしょうか。やはり物語の舞台は地方都市。東京からUターンして妻子と共に暮らす出身地の町に、バブルの遺跡のように残るテーマパーク。その再建を任された市役所勤めのお父さん。彼の格好良すぎないキャラクター設定が好ましい。無理やり涙を呼ぼうとしないさらっとした文章も読みやすい。“お役所仕事”に笑ってしまう。自分にとって“仕事”って何だろう、働くことって・・・思わず日経新聞のCFのセリフを思い出し、「目からイクラが落ちて」しまう。読み終わるとちょっと元気になる。

偶然ながら、地方都市を舞台にした2つの物語を日を置かずに読んだ。題材は硬く言えば“まちの活性化”だとか、“ハコモノ行政の遺物の再建”。そんな、日本中どこでも他人事ではない背景を軽やかに、ちょっぴり薄味のアイロニーを込めて、丁寧に書き込んだ二人の作者。彼らに親近感を感じるのは、自分の仕事に関るからでもある。たぶん。企業に社会的責任(CSR)があるように、個人にももちろんある。周囲に正義感やモラルだけを振りかざすのではなく、何かできることを自らが実行する、ということだけでも。

「あれ?今日は駅弁の話じゃなかったの?」画面を覗いた妻がネタばれセリフ。彼女も私のブログ記事の“オチ”に登場するという責任を全うした。・・・駅弁は、明日。

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2007年1月21日 (日)

それぞれのNYC「それぞれのグラセン」

Photo_52NYCに<グランド・セントラル・ステーション>という駅がある。その名前を聞いて何を想起するかは人によって大きく違う。普通は、文字通りNYCからアメリカ各地に伸びる鉄道路線のターミナル、中央駅。“食いしん坊”のお気楽夫婦にとっては、「オイスターバー」のある場所。大好きな生牡蠣が食べられない私には恨めしい場所であり、食べる度に自爆する3戦全敗の過去をどうせ精算するなら、という憧れの場所でもある。

01そして、ある二人(スカッシュ仲間)にとっては「TOC」の会場という意味しか持たない。そう、五反田の「東京卸売センター」のNYC支店がある場所・・・ではなく、スカッシュ<Tournament Of Champions>の会場。スカッシュ界のワールド・カップ、2012年のロンドン大会でもオリンピック種目に選ばれなかったスカッシュにとっては、世界最高峰の大会。そんなスカッシュプレーヤー憧れの会場がグランドセントラルステーション、略して<グラセン>。駅ナカの特設コートで毎年開催されるのだ。そして、新春早々二人が大会観戦を決意した。ブラボー!実は、二人が今年の大会を観戦決めたのは理由がある。NYCに赴任したスカッシュ仲間の友人夫妻が任期を終え、そろそろ帰ってくる気配。(写真はNYCの友人提供)来年は確実に帰国、・・・とすると、行くのは今年だっ!

Dsc00127折りしもNYCの友人夫妻から、帰国前にしばし広い部屋で暮らしたいと、現在の1ベッドルームから2ベッドルームのアパートへ引っ越すというNews。同じアッパーイースト、ジム付き、今よりセントラル・パーク寄り。グラセンにもほど近い。宿泊先、決定!・・・ちなみに、その二人は“超”が付くスカッシュフリーク。二人のスカッシュ談義が始まり、会話の中に出てくる選手の名前や、その選手がどんなギア(ラケットだけではなく、シューズや、リストバンドなどに至るまで)を付けているか・・・などの話題が飛び交うと、周囲は誰も付いて行けない。ましてお気楽夫婦は、お気楽スカッシュプレーヤー。南の島にラケットを持参しても、現在の世界チャンピオンが誰かは知らない。

二人のスカッシュ大会観戦ツアーは、香港OPENから始まり、何年か続いた。毎年二人で、翌年の大会開催を祈り、大会スポンサー<キャセイ・パシフィック>の飛行機で。それ程スカッシュを愛する二人(♂×2)、素晴らしい。中でも一人(独身♂)はスカッシュ観戦ツアー以外での海外渡航経験なし。潔し。・・・ん、待てよ、と言うことは、彼はもう一人の友人(♂)としか、海外旅行経験がないということ?あちゃぁ~、早くラケットを担いで一緒に飛行機に乗ってくれるパートナー(もちろん♀)をゲットしないとね!

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2007年1月14日 (日)

一富士、煮ハマ、三お節?「帰省とアル中の風景」

Photo_41その秀麗な山裾から拡がる美しい姿を眺めていると、神々しさを感じ清々しい気分になる。西に向かう<ひかり号>が新富士駅を通過するあたり。妻の実家に帰る際の楽しみのひとつは、新幹線の車窓から望むこの風景だ。日本人なら、富士山が見えると思わずちょっと得した気分になるはず。まして、こんな間近に見えると、何か良いことがありそうな気がしてくる。それも年末年始のきれいな空気の下、仕事納めも、大掃除も終えて、だら~っとした気分で眺めることができる悦び。幸せ。

Photo_43だら~っとできるまでには、いくつかのステップが必要。まずは東京駅の大丸の地下、<ほっぺタウン>に向かう。出張族にはお馴染みの、駅弁が豊富なデパ地下。妻と一緒に弁当を選び、缶ビールとワインなどをウキウキと買込み、高揚した気分を一緒に抱えてホームに向かう。その日、妻が選んだ弁当は、<蝦夷前 知床鮨>の穴子と煮ハマ。私が選んだのは、日本橋大増<冬の幸 折詰>。新幹線の小さなテーブルに、そんな“ごちそう”を並べ、二人でにんまり。ピクニック気分で頬張る。ビールをゴキュゴキュと飲み干す。幸せ。

Photo_45年末年始を妻の実家で過ごすのは、何よりも一人っ子である妻と、普段は二人きりで過ごす妻の両親を思ってのことではある。が、この新幹線での駅弁&ビールがもたらす“小福”のためであることも否めない。何を隠そう、私は座席に付いた途端ビールが飲みたくなるという“新幹線症候群”に罹っているのだ。一般的には、軽度ながら“アル中”とも呼ばれる、ちょっと楽しい病気。そんな自分の症状を自覚しながら酒を楽しむ。“酔い”と付き合う。幸せ。

そして、実家のある駅に到着すると、まず全く酒の飲めない親子と共に過ごす正月のために、自分の飲む量を想定し、日本酒の5合瓶を購入。年末に温泉旅館に一泊するとの予定で、ビールは控えめに購入。焼酎は妻の実家にボトルでキープしてある。そして毎年注文する店をあちこち変える心配りと共に、用意してくれている“お節”。今年は地元老舗ホテル「ヴィラくれたけ」の和洋折衷のお重。旨そうっ。これをつまみながら朝からダラダラ酒を飲む。アル中の醍醐味。幸せ。

ん、今日の記事、ふと気づいたら、“一富士、煮ハマ、三お節”?こいつぁ春から縁起が良いぜっ!お後がよろしいようで・・・。

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2007年1月 6日 (土)

猥雑的香港(街歩き編)「魔都変幻」

Photo_26通りいっぱいに突き出した怪しくど派手に輝くネオン。何かを強引に売りつけられそうな、街に屯する胡散臭い男たち。高層アパートの全ての窓からまっすぐ伸びる干し竿に旗めく洗濯物。ゴミが散乱する裏通り。罵声が飛び交う活気溢れる市場。汚く、下品で、それでいてとてつもなく魅惑的。10年以上前、初めてその街を訪れた時の、地に足が付かないような高揚感と不安感を今もありありと覚えている。お気楽夫婦に鮮烈な印象を残した街、香港。まだ“魔都”と呼べる怪しさを僅かに残していた。

Photo_27ところが、4年振りに訪れたその街は、大きく変っていた。高層ビルの建設現場の“竹”で組んだ足場や、再開発でなくなると聞いていた湾仔の市場はまだ(部分的には)健在だった。ただ、一本の通りを挟んで、以前は露店が続いていたはずの場所に、唐突に高層ビルが生えていた。美化運動が進められた結果、ゴミが落ちてない舗道は、シンガポールのように美しかった。九龍城砦が取り壊されたり、ビルを掠めて啓徳空港に飛行機が離着陸しなくなって以降、街が大変貌を遂げ、そして何より97年に中国に返還されて様変わりした街が、さらに“つるん”とした印象の、観光都市に変化しつつあった。

Photo_28初めて明るい陽射しの下、ピークトラムに乗った。大陸からの観光客が増え、その団体客が歩き回る場所だけに“一昔前の香港”の臭いが付いて回っていた。ヴィクトリア・ピークから俯瞰する風景は、美しく、清潔そうに見えた。沢木耕太郎の『深夜特急』に存在した“香港”の臭いは、ほとんど残されていなかった。二人がその怪しい世界に惹かれて訪れた街は、もう存在しない。

Photo_29とは言え、この街の魅力は決して失われはしない。人を惹きつけるポイントや、街の表層が変るだけ。「昔は良かった・・・」と遠い目になる程かつての香港を知っている訳ではないし、逆にその幻影を求め歩くことがまた楽しみでもある。夜のクィーンズ・ピアを散歩していた二人の前に現れたのは、紅い帆の漁船<ジャンク船>を模した観光船「アクア・ルナ」。九龍側からヴィクトリア湾越し夜景を背にするすると近づいてくる姿は、まさしく二人が憧れていた香港の香りを運んできたタイムマシンのよう。過去から現れた亡霊のようなオールドスタイルの船員も、デッキで腕を組み、すっかり“なりきりポーズ”。わくわく、どきどき感満載。観光都市香港の面目躍如。

Photo_30こんな風景にも出くわした。2007年3月までの期間限定の移動遊園地。年末年始、香港のビルは一段と派手なイルミネーションで彩りを競う。そんな香港島側の金鐘(アドミラリティ)で、一段と周囲に怪しい度数が高い光と喧騒を撒き散らす場所がここ。決して目新しい絶叫マシーンがあるわけではないが、目を輝かせた子供連れや、若いカップルで賑わっていた。こんな、街のど真ん中に、突然何かが出現しても決して不思議ではない街なのだ。

Photo_32そして、驚きの街の極めつけは、毎晩20時からスタートする光と音のショー「シンフォニー・オブ・ライツ」。香港の夜景が、さらに美しくなるクリスマスシーズン。ヴィクトリアハーバーを挟んで対峙する30棟以上の高層ビル群が“出演する”光のイベントだ。ショーが始まると、DJが出演ビルを紹介する。そして各ビルは名前を呼ばれると、絶妙のタイミングで屋上から夜空に向かってレーザーを照射する。イルミネーションを点滅させる。ふぁ~っ!こりゃぁ凄い。これが毎夜行われているんだぁ・・・。ところで、参加しているビルはほぼ全てがオフィスビル。間違いなく内部で働いている人たちは仕事にならない。それでも、やってしまう。それが香港。

Photo_31街全体が生命体のように進化し続ける“変幻都市”香港。この街では日々いろいろなものが確実に変って行くけれど、変らないものがある。それは、猥雑なエネルギーに満ち溢れた、“街の核(コア)”。狭い地域にみっしりと犇き合い聳え立つスカイ・スクレーパーの群のように、そこに留まることを良しとせず、空に向かって伸び続け、空(未来)に挑む街。そこから発生する磁場が、訪れる人を惹き付け、街をさらに変貌させていく。変化することこそが、きっと香港の魅力なのだ。・・・あれっ?長文だし、オチが見つからないよ?妻が口を挟む。まぁ、無問題(ノー・プロブレム)。最後の写真がオチってことで・・・。

・・・To be continued

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2007年1月 3日 (水)

ん?予告編?「香港過食旅行」

Photo_25その街には、毎年のように訪れていた・・・つもりでいた。なのに、数えてみると4年ぶり、そして7度目の香港だった。前回は日本と韓国でワールドカップを開催していた年。暑い夏に、出張で2度渡航したのが最後。妻と二人で歩き回った際には味わえなかった香港を体感した。街の表情が大きく違った。ビジネスパートナーの香港企業のトップと共に、ある日は香港政庁を訪ね、またある日はビジネスランチを摂りながら会議で缶詰になり、夜の香港で接待を受けた。たっぷり濃厚な“裏の香港”体験。・・・うぅむ、詳しく書けない。香港、恐るべし。

・・・その時にどうせまたすぐに行くだろうと使い残した香港ドルがたっぷり残っていた。旅番組で香港特集を観る度に、“香港欠乏症”が疼いた。「シティ・ホールで飲茶を食ひたいっ」と零した私のことばに反応した妻が「ローストグースを食べたい・・・」と呟いた。そして、年末までに期限が切れるマイルもあった。こりゃあ香港に行くしかないだろうと、お気楽夫婦は行動を開始した。二人が香港に行くなら“お気楽”な、食い倒れ。3泊4日の行程、現地で摂れる食事は9食。食べに行きたい店を選ぶことから旅が始まった。

毎回訪れる「大會堂美心皇宮(シティ・ホール」は欠かせない。おばちゃんたちがワゴンで運ぶ飲茶。あぁ香港に来たなぁという風景。美心(マキシム)グループに経営が変った店なので要チェック。「滿福樓(ダイナスティ)」のローストグースも当選。銀座にも店を出した「夜上海(イェ・シャンハイ)」も行っておきたい。それ以外にも、これまで行く機会がなかった飲茶の名店「譽満坊(ディム・サム)」や、以前の訪問時にはイマイチだった“ジェット・グース”で有名な「鏞記酒店(ヨーキー)」、丸ビルの店では酷い目にあった「福臨門魚翅海鮮酒店(フック・ラン・ムーン)」など、候補店は山ほどあり、選ぶのに悩んでしまう。うぅむ、困った。けれど、それがまた楽しい、嬉しい。

それに今回は、ホテルにも迷った。候補は中環(セントラル)にできた二つのホテル、「フォー・シーズンズ」と「ザ・ランドマーク・マンダリン・オリエンタル」。再開発地区の大規模豪華ホテルと、地下鉄駅近くのスモール&ラグジュアリーホテル。同じ土俵で比較するのは無理。最終的には旅のテーマで選択。今回は“食い倒れの旅”。ということで、交通アクセスの良いマンダリンに決定。旅の計画が始まる時から“楽しむ”のが、お気楽夫婦の旅のスタイル。そして、こうして旅が終わった後にも余韻を楽しむのも。・・・読んでいる方にはちょっとじれったい、なかなか始まらない香港の旅は、この週末にUP!

・・・Coming Soon♪

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2007年1月 1日 (月)

行きかふ年も旅人「1年の終わり、始まり」

Photo_23また、一年があっという間に過ぎ去った。齢を重ねる度に、そのスピードが速くなる。「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」・・・そんな芭蕉の文章も、それに初めて触れた幼い頃と違い、しみじみと実感してしまう。私の旅は、どこまで行くんだろう、どこへ向かおうとしているんだろう。自分が選んできた複雑な選択肢の一つひとつの結果、偶然と意思の積み重ねで、私は今ここにいる。“快楽主義”を宣言し、楽しいことばかり書き連ねているけれど、決して辛いことがない訳じゃない。けれど、可能な限り全てをポジティブに考えて、“今”を楽しみたい。

ところで去年も、相変わらず“お気楽”な2人だった。あちこちに旅し、あちこちで食し、あちこちで遊んだ。もちろん仕事もしっかりやった。結果も出した。満足の1年と言えると思う。「どんな1年だった?」妻に尋ねた。「ふつぅ~♪」ほぉ~、ふんふん。翻訳すると“いつものように、お気楽で楽しい1年だったよ、ありがとね”ということらしい。“普通”というのは、たいへんである。妻の望む“水準”をキープするのは並大抵ではない。しっかし、言葉数が少ない相変わらずの“お気楽妻”である。

Photo_24・・・てなことで、お正月である。みなさん、明けましておめでとうございます。窓の外には、清々しい朝の光。今まさに、新春の陽が昇ろうとしている。(と言っても、もちろんライブで記事を書いている訳ではない。今頃は、妻の実家で、2種類のお雑煮を作り、お節を肴に朝から独り酒を飲み、ご機嫌のはずである)さぁ~っ、今年もまた、“ふつ~”な1年にするために、お気楽に頑張ろう。どこまで行こうか、どこへ向かおうか。

ところで、私は休日に1本、ブログの記事を書くことを自分に課している。従って、年末年始には大量に記事をアップしなければいけない。なのに、仕事納めの翌日から妻の実家で隠遁生活。温泉でのんびりお風呂に浸かる。年明けは駅伝をTVで観ながら酒を飲まねばならないし、東京に戻ったらスポーツクラブにも行かなきゃぁ・・・ということで、(どこが?と言われるだろうが)断然忙しい。とは言え、クリスマスの香港、“美味の街 探訪記”は、どうしても書き上げたい。(つくっづく、旨かったなぁ・・・)お楽しみに!

・・・Coming Soon !

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2006年12月16日 (土)

カァムバァ~ック!山本!「クリスマスの風景」

Photo_15待望の「鮨源」が、ようやくリニューアル・オープン。私よりもずっと、その日を心待ちにしていた妻と二人、“満を持して”の訪問。年末の凄い人出に、席がなくなる前にと、買物もそこそこに店に向かう。この店は週末の予約は不可。旨い鮨を食べてから、買物の続きをと、暖簾をくぐる。あちゃあ、いつもの入口すぐの席には、先客あり。残念。あれっ?山本さんの姿もない。お休みかなぁ。残念×2。カウンタの中は、見覚えのない板さんばかり。ちょっと淋しい。いつもの席の隣りに座る。氷冷のショーケースの中のネタが見やすくなっているが、他はどこを改装したのか分からない。「待たされた割には・・・」妻がぶつぶつ。

「何から行きましょう?」「あぁ、まずは生ビール、彼女はお茶。おつまみなしで、すぐ握ってください。白身は何がありますか?」「ヒラメと、カワハギと・・・」おしっ!気を取り直し、カワハギの肝かぁ!「ヒラメとカワハギをお願いします」「分かりました」しばらくして、「ヒラメはどちらで?」「あ、一貫づつお願いします。二人共小食なんで」「はい、ヒラメとカワハギです」あれ?醤油で食べるのか?そう言えば、塩か醤油か聞いてくれなかったなぁ。カワハギは肝なしかぁ。妻の目が、私に何かを訴えている。あ、そう。せめて、塩にしてもらえと。はい、はい。「あ、これ、塩でお願いできますか?」板さんが、握った鮨を戻し、この店の“売り”であるアンデスの天然岩塩を削り、降りかける。

Photo_19「なんか、つまんないねぇ。美味しいけど」妻が呟く。確かに、今までなら山本さんが二人の好みを全て分かって、薦めてくれたし、コミュニケーションもスムースだった。妻は、山本さんのお薦めに頷き、味の工夫に驚き、技に感心し、心遣いに目を細め、それらの全てが鮨の美味しさを倍増させていた。初めての板さんだから、仕方ないよと妻に伝えながらも、いつもと微妙に違う味のネタひとつひとつに、アラを探してしまう。やや暖かいシャリに、唸ってしまう。人間の心理、味覚なんて、所詮そんなもの。

いつもどおりのネタ数を、早々に食べ終え、買物に戻ろうと席を立つ。レジには見慣れたおばちゃん。ちょっとホッとして、思わず尋ねる。「山本さんはお休みですか?」「山本さん?あぁ、辞めちゃったのよ。サラリーマンやってるのよ。白衣も似合う、良い板前さんだったのにねぇ。でも、今後もご贔屓にお願いします」ふぇ~っ!それは、悲しい。山本さんあってのこの店だったのに。うぅ~ん、困った。また馴染みになるまで、何度か通うのかぁ。・・・買物を終えて、店の外へ出ると雨。イルミネーションも寒々しく、それでも、だからこそ、とびきりに美しい。「新しいお寿司やさん、探す?」「まだ何度か行ってみてからだけどなぁ」「山本さん、会社勤めなんだねぇ」お気楽夫婦のテンションも今ひとつ上がらない。山本さん、新しい仕事も頑張って欲しいし、人の人生いろいろだけど、良い板さんだったのになぁ・・・。帰ってきてくれないかなぁ・・・。

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2006年12月 2日 (土)

グッ・コミュニケーション♪「クリスマスツリー」

P1030126師走、12月。この季節に初めて日本を訪れる外国人は、日本はキリスト教国だと思うかもしれない。街のあちこちにクリスマスツリーやリースが飾られ、カーネル・サンダースが赤い衣装を纏い、あらゆるクリスマス・ソングが溢れる。ポストに入るダイレクト・メールは、緑と赤のクリスマス・カラーが、チラシにはプレゼント特集が増える。年末まで1ヶ月を切ったことに気づき、残り少ない日々に焦る気持と、楽しいことが待っていそうな、浮き足立ったワクワク感が身を包む。

例年なら我が家のベランダにも、イルミネーションが飾りつけられ、師走の街の演出に僅かながらに寄与するところだが、今年は中止。そう、“鳩との抗争”が続いているのだ。手摺に張ったテグス、トゲトゲの付いた<とりパス>という鳩よけマットを敷き、<スーパー・ハト・ジェット>という鳩が嫌がる臭いのスプレーを常備する。いずれも、しばらくは効果があり、もう大丈夫?と安心するのだが、敵は“学習”する。何をそこまで!と思う僅かな隙間に止まり、何でそんな幅しかないのに入れるの?と思うぐらいの隙間から羽をたたんで進入する。・・・凄い。敵の生態を観察すると、その学習効果が良く分かる。こちらも新たに対策を講じる。なのに、その障害を乗り越えて、敵はやって来る。・・・ということで、今年のベランダはイルミネーションもなく、テグスが陽の光に輝くだけ。淋しい。

P1030129ところが、今年はマンションのエントランスにクリスマス・ツリーが登場!お気楽夫婦が“永世理事長”に任命したいと密かに願っている現理事長さんが、ツリーを飾ってくれた。そう言えば、彼が昨年新理事長に就任し、住民とのコミュニケーションを取りたいとアンケートを実施したときに、要望を出したことを思い出した。「住民同士の挨拶や、顔を覚えてもらうことが防犯に繋がります。例えば、エントランスにクリスマス・ツリーを飾るだけでも、会話が増えるのではないでしょうか?」という私のメッセージに「やってみましょう」と返事をくれた理事長さん。覚えていてくれたんだ、と感激。何しろ彼は、一級建築士の資格を持ち、自宅で仕事をしていることもあり、建物管理の大(長期修繕計画)から、小(エレベータのらくがき消し)まで、自ら率先して実行する“行動派”。世の中では、なり手に困っていると言われているマンション管理組合の理事長としては、稀有な人物なのだ。

そんなある夜、帰宅したお気楽夫婦がエントランスホールに入ると、エレベータからパジャマ姿の小さな女の子が二人、元気に飛び出してきた。「ツリーを見にきたの?」「そうなんです」お母さんが微笑む。へへへ、分かる分かる。嬉しいよね。翌朝、工具を抱えた理事長さんとすれ違う。「良い感じですねぇ♪ツリー」「あぁ、そうですか。良かったぁ♪」嬉しそうに微笑む理事長さん。たった一本の、ツリーが創る、小さなコミュニケーション。キリスト教徒じゃなくても、良い習慣かもね。

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2006年11月25日 (土)

めで鯛お祝い「たん熊北店」再再訪

Photo_6“おめでたい”食材と言えば、日本人なら迷わず“鯛”。福の神である<恵比須>が抱える縁起の良い魚。そしてお祝いの席には“赤飯”。古来から赤い色は邪気を払い、厄除けの力を持つと信じられてきた。その鯛と赤飯をダブルでいただいた。近所に引っ越してきた友人夫妻の新築祝いに、絵をプレゼントしようと玉川高島屋(自分の都合で)999.9の前で待ち合わせ。かけて来たメガネを調整をしてもらおうとお願いすると、ノーズパッドを新型に無料で交換してくれるという。フィット感抜群。得した気分。

ところで、新築祝いの絵と言っても、贈れるのはポスターか複製。細部に拘る友人(夫)は、<銀座伊東屋>やら<ギャラリーヌーベル>とかを何度も巡り、悩みに悩む。結局、<レジデンツ バイ アルキメデス・スパイラル >の、こぢゃれた壁時計に決定!(絵ぢゃないじゃん!)その上、その後、インテリアショップ<TIME & STYLE RESIDENCE>に足を踏み入れてしまう。気に入ったキャビネットの前でお店のスタッフと話しこむことしばし。うぉっ!?メジャーまで取り出した!素人ぢゃないじゃん!・・・ふぅ。「私がたいへんだって、分かるでしょ?」友人(妻)がこぼす。まぁ、長いこと使うものだから、じっくり選ぶってのも大事なんじゃない?ちょっと苦笑いでフォローを入れる。

そして漸くお祝いの乾杯!玉川高島屋と言えば、もちろん<たん熊北店>。店長の本城さんとコミュニケーションを取るべく、前回、前々回と同じカウンタの右端から4人分の席を予約。店に入ると、にこやかに本城さんが迎えてくれる。「今日は友人を連れてきました!」「ありがとうございます。まずは何をお飲みになりますか?」残念ながら私以外の3人は下戸。私がたっぷりいただきます。「飲めない二人は、こういう店には来にくいらしいんで、連れて来るんです」「お二人とも飲めそうに見えますけどねぇ」「良く言われるんですよぉ。やっぱりそう見えますぅ?おっほぉっほぉっ」やや緊張気味だった友人(妻)もすっかり和んだらしい。空気にすぐ馴染み、初対面の人でも仲良くなれるのは特技だ。

_m乾杯、そして絶品の突き出しの後は、<背子蟹酢>。「美味しっ~いっ♪」友人(妻)が涙ぐむ。彼女は世田谷の魚屋の娘。魚介類の味にはうるさい。彼女の太鼓判なら間違いない。確かに、甲羅の中には、剥き身の蟹あしと、蟹味噌、蟹の内子がたっぷり。それらが奏でるハーモニーが素晴らしい。「今日は新築のお祝いなんです」「おぉ~、それはおめでとうございます」店長が花板さんに目配せ。すると、しばらくして可愛い鯛の器に入った4人分の赤飯が、うやうやしく登場。「さすがだねぇ、素晴らしいねぇっ!お赤飯も美味しいし」友人(妻)も興奮気味。気に入った店を誉められるのは嬉しい。でも、この店の真髄はこれからだぜっ!(翌日に続く)

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2006年11月19日 (日)

機上からの風景「神の目線」

P1030082初秋の羽田空港を20時過ぎに飛び立ち、北に向かう。座席は左の窓側。離陸してからしばらく、真っ暗な東京湾の周辺を縁取る輝きを眺める。“宝石箱をひっくり返したような”メガロポリスの夜景。建物の名前を追い切れないほど、増え続けるスカイスクレーバー。そして、上昇を続ける機体の左下に、“ぽつっ”と、球体の花が咲く。ひとつ、ふたつ、その色とりどりの花が増えていく。咲いては消える、光の花束。そう、その便では、TDRの花火を空の上から眺められるのだ。お気楽夫婦は、ちょっと得をした気持で短いフライトを楽しんだ。

妻は、南の島に向かうと自称“航空写真家”として、窓際の席を陣取りデジカメで写真を撮りまくる。大好きな地図通りの地形を見下ろせることに興奮するらしい。当たり前のことなのだけど、気持は良く分かる。確かに、地理で習った通りに、上流から運ばれた砂が堆積し、砂州を形成していたりする地形を眺めると、ちょっと感動したりする。古い指導要綱に則り、全ての教科を履修していて良かったなぁと感謝したりもする。

P1030106初冬、北に向かう昼の便。今度は、独りで窓際に座る。ガイドブックどおりのレイアウトが拡がるTDRを見下ろす。その向こうには、葛西臨海公園、貯木場、お台場、レインボーブリッジ、遠くに都心のビルの群。旅の目的が入院した母の見舞ということもあり、ちょっとだけ、センチメンタルな気分になる。ところが、そんな気持を吹き飛ばすように、しばらくすると雲に分け入った機体が大きく揺れ始める。翼の近くに閃光。同時に大きな電気音。「ただ今、大きな音と共に眩しい光がありましたが、機体に落雷した模様です。運行に問題はありません」っと、放送があった瞬間に2度目の落雷。CAも沈黙。おいおいっ大丈夫か?

帰路、嵐は収まったものの、雨雲が立ち込める中、飛び立った飛行機。厚い雲の隙間から陽射しがスポットライトのように、鉛色の海を照らす風景が拡がる。手術を待つ母にとっての吉兆かと、拝むような気持になる。そして、重苦しい黒い雲を抜けると、作りたてのようなフレッシュな青い青い空。どんな荒天の上にも、この空がいつもあるんだなぁ、と実感。涙が出そうになる。信仰のない私にも、<神の存在>を確信させるような、世界の広がり。むやみにいろんなものに感謝したくなる。・・・それにしても、良い子の皆は、電子機器類の使用を禁止されている時間に、写真撮っちゃダメですよ。反省。

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2006年11月 5日 (日)

肩凝り解消♪「美味三昧、温泉三昧Ⅱ」

P10_21美味しい餃子とビールだけで治る肩凝りだったら、毎日飲んで食ってる私の場合は懸かりもしない。痛みは続く。うぅむ。やっぱり風呂だな。餃子を食べた後、妻の両親にピックアップしてもらい、近所の日帰り湯へ。いくつか訪れた中でもお気に入りの<しおりの湯>。清潔で広く、寝湯をはじめ数種類の浴槽と、丘の上の立地を有効に活かした露天風呂が魅力のスーパー銭湯。「今日はのんびり入ろうねぇ♪2時間ぐらい?」義母が私の肩凝りを気遣い、声を掛けてくれる。・・・嬉しいけど、2時間は無理。

まずは、寝湯にのんびりと浸かる。肩に水流を当てる。うっひゃぁ~、気持良いねぇ。次は、檜作りの露天風呂。半身浴。上半身を晒しても心地良い陽気。ぽかぽかと長閑な午後だ。良い休日だ。しかし、丹念に身体を洗い、全ての風呂を巡っても、まだ1時間弱。仕方ない、先にあがってビールでも飲もうか(またかいっ!)と休憩スペースに出ると、ちょうど義母と妻と同じタイミング。やはり2時間は無理らしい。先に出た義父と合流し、4人でのんびり湯冷まし。肩は、心なしか痛みも和らいできた。良い感じ。

P10_22翌日、今度は老舗温泉旅館<九重>へ。ランチ付き日帰り入浴。エントランスから、湖に面したロビーの大きなガラス窓の向こうに浮かぶ島が目に飛び込んでくる。爽快。豪華。チェックインして、まずお風呂。これも豪華。ロビーと同様に湖に面する明るく大きな浴室。やはりゆったりと湖が望める。檜の風呂や、寝湯を繋ぐ床は畳敷き。数種類の風呂も趣味の良い純和風。露天風呂は地元名物の漁で使う舟を模している。掃除が行き届き、脱衣場も清潔で、混んでもおらず、心からリラックス。「これは、良いねぇ」口数が少ない妻の上を行く、口数が極端に少ない義父も感激の様子。

約束の1時間を超えても、妻と義母はいっこうに現れない。「遅いけど、他で待ってるかねぇ」人の良い義父が探しに出る。きっとあの二人、のんびりしてるだけと口には出さず、一緒に待つ。「遅れてごめん♪」予想通りの時間に登場。気持は判る、遅刻も許せる快適な風呂。豪華ランチに向かう。これがまた美味しい。新鮮な山海の幸が満載。刺身の鯵の円らな瞳が愛おしい。適度な距離の、行き届いたサービスも心地良い。独り酒が進む。(下戸の親子3人はお茶)ん~ん、リラックス。あれ?肩の痛みは遠のいた。

「でも、何が効いたのか分からんねぇ。明日になって仕事しはじめたら痛んだりして」・・・せっかくの効能を無駄にするような妻の発言。確かに、風呂に入っている間、酒を飲んでる間、肩は痛まない。ぢゃぁ、酒飲んで仕事するかぁ!「無理、無理っ!そんなに赤いんぢゃぁ、すぐばれる!」・・・シャレだったのに。でも、ちょっとの本気を見破られたか。

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2006年11月 3日 (金)

旨かぁ!楽しかぁ!「博多の達人」

Photo_4秋。酒が旨い。肴が旨い。良い季節だ。・・・と言いながら、酒も肴も年中旨い私なのだけれど、秋は嬉しいぐらいに色んなものが旨くなる。そんな晩秋の博多に、“達人”に会いに出かけた。今回の出張の目的のひとつは、パネルディスカッションに出席していただく皆さんとの一献。中でも<アストロさん>と呼ばれる女性と、ぜひご一緒したかった。彼女の前職は、地元情報誌の名物編集長。いつも周りを元気にさせるエネルギッシュな女傑。今でも<博多お薦めの店>などのいくつかの連載を持つ、博多の街が、そして博多の味(酒)が大好きな女性。半可通の私としては、博多の達人に黙って付いて行くしかなかろぅもんっ♪

翌日からのイベントの仕込みを早々に終え、博多初心者の同僚たちと軽く乾杯。大名という街にある「海亭」という居酒屋。十年以上も前に、私を焼酎に目覚めさせた記念すべき店。早々に頼んだ<箱ウニ>も、<ゴマ鯖>も美味しそう。しかし、ここは彼らに譲り、博多の達人指定の店に備える。店の名前は「博多べい」。“山笠”で有名な「櫛田神社」の向かい。名前の由来は“Bay(湾)”ではなく、“Wall(塀)”ぜひお薦めの店をとお願いをしたところ、迷わず決めていただき、「魚が旨かとぉ」との推薦のひと言。行って納得。文句なく酒も魚も、肴も美味い。あっという間に焼酎のボトルが空になる。彼女の人柄か、初対面同士のメンバーが早々に打ち解ける。酒がますます旨くなる。良い酒だ。

Photo_5ところで、どこへ行ってもインチキ方言の私。博多弁の人と人との間を柔らかく繋ぐ音感が特に大好きなのだが、達人の前では真似し切れない。「旨かですねぇ」と呟くと、優しく修正される。なにせ達人は、かつて西日本新聞の企画<博多弁番付>の選者の一人にもなった方。酔うにつけ、懐の深い方とは言え、アストロさんに失礼だったのではないかと思うほどにインチキ博多弁を投げかける。酔ってそぞろ歩く天神の街。ふと見かけた看板。「こりゃぁ、良かとですねぇ」

“しちゃり”という博多弁は、“~しなさい”という意味だけど、ニュアンスはもっと優しい。“~してね”ぐらいの感じ。“ちゃり”の意味は、“Please”って感じ。つまり、“おしチャリ”とは、“自転車は押してね”ぐらいの意味。う~ん、巧い!博多の人と街の関係が、コミュニティのあり方が表れている。これだから、博多は好きさ♪(「好き」=「すぃとぉ」という博多弁も良いね)数日後、「ところで達人、まだまだ博多には美味い店があるかと。連れてってください!」と、お礼のメールを送ると、「よかよ♪」との返信。お供しますっ!

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2006年10月29日 (日)

酔い夫婦「姪の花嫁姿」

P1020954_2可愛い姪が嫁に行った。このブログを読んでいただいている方はご存知の通り、血の繋がらない“姪”。齢の離れた飲み友達。去年のクリスマスに紹介された新郎と、4人で一緒に食事に行き、その後も何度かご一緒させていただいた。そんなある日、「お式の日取り決まりました。よろしくお願いします♪スピーチも!」てなメールが届いた。そうだった。軽いノリでスピーチを頼まれ、軽いノリで「良いよぉ!」と、答えていた。そう、その時もお互いに酔っ払っていた。

それにしても最近は、披露宴、入籍、同居、ハネムーンなどはカップルによって順不同。(他人のことは言えないぐらい、お気楽夫婦の順番は奇想天外だけれど、それは内緒)彼らの場合も、①同居②入籍③ハネムーン④結婚式・披露宴。一緒に住んで初めて分かるお互いの細部、生活スタイル。よし、大丈夫だ、籍を入れようか。で、落ち着いたし、旅行行こうか。うん、成田なんとかもなかったし、披露しても良いかな・・・なんて会話があったかどうかは聞いていないが、確かに合理的な順番。

P1020960そして、披露宴当日。受付を済ませ、席次表を見ると、お気楽夫婦の席は新郎新婦の前。あり?こんな席で良いのか?そして席に付くと会場の司会の方が寄って来る。「今日の“主賓”ご挨拶、よろしくおねがいいたします。順番は新郎の主賓挨拶の次で・・・」うげっ?“主賓”じゃあなく、(年齢の離れた)友人代表ぢゃあないのか?妻もひと言一緒にお願いしますと言われていたし。う~む、困った。話す内容は極めて軽いノリで行こうと思っていたのに。とは言え、アドリブで全て変える訳にもいかない。

「ま、良いんじゃないの。そのままで」妻はにっこりと泰然とした構え。そだね。披露宴もこぢんまりとしており、主賓席の円卓でも初対面にも関らず和気藹々。控え室での新郎新婦もリラックスしてたしなぁ。良いかぁ。で、原稿は・・・。

・・・日本人は、よく「目は口ほどにモノを言う」とか「目を見れば判る」「以心伝心」というように、
ことばがなくても伝わるコミュニケーションを大事にしますが、私は、「判っているじゃないか」と
何も言わないのではなく、自分の想いをことばで伝えることが大事だと思っています。
 
相手への感謝の気持を「ありがとう」はもちろん、愛しい気持は「愛しい」と伝えたいということ。
「好きだ」とか「愛している」とか、判っていてもことばにしてメッセージを渡せる関係でいられると、
より良い関係でいられるのではないかと思います。
 
私は妻に口数が多すぎるとも言われておりまして、その効果のほどは不明ですが、
我々二人も今日のお二人に負けない幸せな関係でいたいと思っています。
どうぞ、これからも、末永くお幸せなお二人でいてください。

IGAと違って口数が少ない、妻の○○です。今日はおめでとうございます。
私たちの結婚記念日は、お二人と2日違いです。おととい、二人でお祝いの乾杯をしました。
せっかく日も近いことでもありますから、来年からは、ぜひ4人で一緒にお祝いしましょう!
今後ともお付き合い、よろしくお願いいたします」


それにしても、披露宴での新郎新婦は、実に良い飲みっぷり。挨拶の方々のエピソードは“お酒”に関るものばかり。ダメ押しは、お二人の父親は偶然にも同じ洋酒メーカーにお勤めとか。「DNAというか、血なんだねぇ」と妻も感心しきり。そこに、新郎のお父様が挨拶にいらっしゃる。「4人でと言わず、今度は私もご一緒に是非!」・・・参りました。
 
 

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2006年10月 8日 (日)

私をスタジアムへ連れてって!「J初観戦」

P1_8お恥ずかしい話をしなければいけない。前職での仕事の性格上、観戦した事がないというのは、たぶん致命的。決して嫌いな訳ではなく、興味がなかった訳でもない。“きっかけ”がつかめなかっただけ。企画、提案などでチームやリーグの方々と打合せをした経験は数多く、スタジアム自体に足を運んだことは度々。<豊田スタジアム>にも、<ヤマハスタジアム>にも、<味の素スタジアム>にも。しかし、一度もJリーグの公式試合の“生”観戦をしたことがなかったのだ。

なのに、妙なきっかけでJ初観戦することになった。地元の商店街で買物をして集めたポイントを、Jリーグ観戦チケットに交換。地味~なきっかけ。人生、そんなもんである。会場は<味の素スタジアム>。理由はご近所だったから。対戦カードはホームのFC東京と、アルビレックス新潟。理由はスケジュールが合ったから。・・・やっぱり、積極的な興味はないんだろうなぁ。そして、なぜか新潟出身の前職の友人が合流することになった。彼は筋金入りのアルビレックス・ファンらしい。なのに、ホームのスタンドで一緒に観戦してくれるという。感謝。一緒にビールを飲みたいだけかもしれないけれど。

P1_9とは言え、実は、私の目的も一緒。野球もサッカーも、観戦しながら飲むビールが目的。最寄り駅で待ち合わせ、スタジアム到着早々にさっそくビールをGET!最近、野球はドーム球場が多くて、爽やかな空の下、美味しいビールを飲む快感が薄れている。しかし、このスタジアムは爽快。加えてその日は10月だというのに、暑いぐらいの陽射し。そして、巨大スタジアムの独特の解放感。ビールが一段と旨い。「なんだか、ワクワクするねぇ」お酒を飲まない妻も、キックオフ前のザワザワとした雰囲気に包まれ、興奮気味。独特の応援や歓声、“お約束”(チームグッズのタオルを前に掲げる儀式)などに慣れないお気楽夫婦は、ちょっとドキドキ。

P1_10そしてドキドキを増幅させるのが、ホームの<FC東京>を圧倒する、アウェイの<アルビレックス新潟>のサポーター。やたら元気で、楽しそうなのだ。♪アル~ビレックス、チャチャチャチャチャ、アル~ビレックス♪思わずFC東京サイドに座っていながらリズムを取ってしまう3人。そして、試合が始まると、そんな声援に後押しされたように、得点を重ねるアルビレックス。エジミウソンの速いパス回しがスッと気持ち良く決まる。「良いパスだねぇ~」隣の新潟県人も嬉しそう。唯一のFC東京のゴールの瞬間、「あぁ~」と思わず溜息を付き、焦って周囲を見回す。そうか、これだったんだ。贔屓のチームや、選手がいることが観戦のエネルギー。高校野球のように、故郷のチームを応援する楽しみ。“おらがチーム”を持つことは、悪くない。「今度、新潟まで一緒に行きますか?」と友人。・・・うぅ~ん、ほんとに行ってしまいそうだぁ。

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2006年10月 1日 (日)

まちの記憶「商店街の時間」

P10_12

街の記憶を集めて絵本をつくる・・・「商店街の時間」と題された僅か5ページの、大判の絵本が手に入った。昭和30年から現在に至るまで、世田谷の“どこかにありそうな街”の変遷が描かれた可愛いイラスト。世田谷区の都市計画課が企画し、区内の商店街の皆さんに協力を依頼し、多くの参加者による数度に渡るワークショップを開催し、武蔵野美術大学の学生が制作した力作だ。(関係者の皆さん、紹介させていただいてよろしいでしょうか?って、もうUPしてるけど)

P10_13昭和30年のイラストには映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に繋がる郷愁が、昭和40年には「そうだったんだぁ」という好奇心が、昭和50年には、「そうそう、そうだったねぇ」という思い出が、現在のイラストには「こんなに変わったんだなぁ」という感慨が投影される。

P10_14イラストには、昭和30年〔春〕入学式の朝、昭和40年〔梅雨〕雨上がり、昭和50年〔夏〕祭の準備、昭和60年〔秋〕夕暮れ近く、平成17年〔冬〕クリスマスとタイトルが付いている。そう、時代の変化だけでなく、季節が春から冬へ、時間が朝から夜に移っている風景。

P10_15付属の「ガイドブック」には、ワークショップに参加した人の“記憶”が、<絵の読み解き>として解説されている。例えば、昭和30年には「高い建物がなく、富士山は勿論、遠くの山々が見えました」とか、「電柱は木製で、街灯は裸電球にカサ付きのものでした」とか。

P10_17行政が制作したものらしく、各年代の時代背景(日本、世田谷区、商店街では・・・)とか、データ(自転車保有台数の推移、舗装率の推移・・・)はもちろん、ワークショップに参加した住民の“生の声”としてエピソードが紹介されている。これが、なかなか楽しい♪

P10_18そして、エピソードが<絵本>の中ではイラストで表現される。昭和40年に「スバル360はこの頃に流行りました」とあれば、のんびり走っている車が、「水溜りができると子供達が入って遊んでました」というイラストが街のどこかに描かれる。(絵の中を探してみて♪)

P10_20どこで手に入るか、問い合わせいただいても、お答えできないのが残念。販売はしていないらしい。「ぜったい欲しい人いるよねぇ」地図好きの妻も断言する。送別会の二次会でカラオケに行った後に帰ってきた深夜、リビングのテーブルに置きっぱなしになっていたこの絵本を、時間を忘れて読み耽ったらしい。確かに、巻末の<この絵本のいろいろな使い方を工夫してください>というメッセージにあるように、まちを考える何かのきっかけになりそうな、なかなか“良い仕事”。増刷して、販売してみたらどうでしょう?関係者の皆さん!

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2006年9月30日 (土)

謝謝!記事200本「ブログ的生活2006」

Yahoo祝!記事100本”と題した記事を書いたのが2005年12月3日。基本的に記事を書くのは休日のみ。そのペースは今も変わらない。週末を挟んで旅行に出かける場合は記事を書き溜め、タイマー付きで公開する。ただ、残念ながら書きたい“快楽のネタ”はたっぷりあるのに、思いついた時にしか写真を撮らないから記事が書けないものも多い。でも、細く長く続けるペース配分も分かってきた。

アクセスも1日100件を超える日が多くなった。ようやく累計3万を超えようとしている。前の会社での後輩のサイトが1日1万アクセスを超えることもあるのに比べれば、相変わらずのんびりではある。しかし、Yahoo!の<芸術と人文/文学/エッセイ>というカテゴリに登録されて以来、しばらく下位だった順位が、最近は上位に食い込み現在27位。(アクセスカウンタを付けた頃から上昇)「毎週楽しみにしてます」と言われることも多くなった。実家に離れて暮らす弟も読者と聞いて驚いた。前の会社の上司たちもこのサイトを話題にしてくれているらしい。私の蕎麦の記事を読んで蕎麦を食べに行ってくれるような単純な反応が、ちょっと嬉しい。誰かの小さな“快楽の素”になれること、読んでいる方の“楽しいことへの欲求”の刺激となることは素直に嬉しい。

<ココログ>でスタートしたけれど、細部の機能には不満だらけ。時間に余裕ができたらブログをコンテンツのひとつとして、自分の本格サイトを立ち上げたいと思いながら、日々の些事に追われる毎日。宿泊したホテルや、好きなレストランのデータベースを写真入で作りたいなどとも思いつつ、着手もできない。<さとなお>さんのサイトが目指す方向に近いのだけれど、なかなか思うように時間が取れない。彼のサイトの更新頻度と完成度を見ていると、自分のサイトでもやりたいことが一杯あるなぁと。旅行だ、スカッシュだ、美味しいものを食べに行こうと元気に遊んでいるからというのは言い訳にもならない。

とは言え、彼の“さとなお.com”は10年以上継続して、1,600万アクセスを超える老舗人気サイト。まだ1年ちょっとで追いつこうなどというのはおこがましい。自己満足の世界に浸ることなく、読んでいただいている皆様に感謝しつつ、それでものんびり更新していこう。いつも通り妻に原稿チェックを頼む。「あ、ここ誤字発見!」・・・そうぢゃなくって、面白いとか、ここ良いねぇとか、感想はないのかって。「え?毎週楽しみにしてるよ」・・・そんな一言のために書き続ける私♪皆さま、これからもよろしくお付き合いください。

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2006年9月24日 (日)

美味の共有「プレゼント交缶」

P1_3友人夫妻がご近所に引っ越してきて1ヶ月が経った。中古のマンションを購入し、リフォーム。仕事で忙しい友人(夫)が眠る時間を削って計画した。楽しみながら床材を選び、壁紙を選び、バスタブを選び・・・なのに施工はトラブル続き。他にもいろんな問題を抱えた彼は、心労の余り“円形脱毛症”になってしまった。彼女も毎日が慌しく、へとへと。そんな彼らに、帰省みやげを買ってきた。プレゼントを選ぶのは楽しい。

おみやげは、紅茶好きの友人(妻)へと選んだ“ラ・フランス”の紅茶。待ち合わせをしたご近所のイタリアン・レストランで手渡すことになった。「ありがとう♪私もプレゼントあるんだ」彼女が手にしていたいたのは、隣の町のお茶専門店の包み紙。むむっ?もしかしたら?包みを開くとやはり、<桃のフレーバー・ティ>「こっちも紅茶なんだ。開けてみて」ショット・バーの小粋なママからいただいた、美しい折り紙細工の包装の中に、ほぼ同じ銀色の缶に入った紅茶。同じだったことが残念ではなく、ちょっとくすぐったく、嬉しいプレゼント交換。あるいは、“紅茶の交缶”。

「今日の工事は、お風呂場の目地の隙間を修繕してたの」食事の手を止めて、うんざりと彼女が呟く。ありゃりゃ?とっくに改装工事は終わりだと思っていたらまだ続いているらしい。彼らが引っ越してきた日に訪ねた新居は、インテリアもセンス良くまとめられた“こぢゃれた”ものだった。彼が自分の身体を(文字通り)犠牲にして進めたリフォーム。なのにまだ・・・。「そういえば、萬来軒に行ったら、おぢちゃんが今年も皆で“上海蟹”食べに来て、って言ってたよ」「そうかぁ、もうそんな季節だねぇ」「皆で食べに行った後に、新居祝いのお披露目やるってのはどう?」「良いねぇ、今年はウチもキッチンバサミ持参する♪」ようやく本来の笑顔と元気な声になる友人(妻)。それでなくちゃ。

P1_4二人と別れてジムに向かう。「今日の夕食はどこで食べようか。彼らのために、新しい店を探すってのも良いね」・・・この街をのんびり散策したいのに、まだ余裕がないという彼らの代わりに新規開拓。前から気になっていた“鶏飯”のお店。奄美出身のママが独りで切り盛りするこぢんまりとした店。鶏飯の味も優しく、美味。おふくろの味的なおつまみも好感度高し。「うん、この味だったら彼らにお薦めできるね」この大好きな街で、外食する楽しみが増えた。お気楽夫婦が二人で共有する味を、今度は4人で。

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2006年9月23日 (土)

若者の無謀「職業選択の自由」

P1010264転職して1年が経った。あっという間。でも、何年も前からいるような気持。お調子者は馴染み方も早い。と言っても前の会社と現在の会社との文化の違いに、いまだに苦笑いをすることも多い。それもまた楽しいけど。そして、平日は芝居に外食三昧、週末にはスカッシュ、夏は南の島でヴァカンス、という生活は変わらない。この年齢で、生活スタイルを変えずに済む転職ができたことはラッキーと言えるだろう。

スカッシュ仲間の後輩の就職が決まり、お祝いに一緒に食事をした。第二新卒というには、ちょっと遅い年齢。二度目の就職。新卒で就職をした会社を辞めた後は、しばらくスカッシュ漬けの生活だった。スカッシュのレッスンのアルバイトをやりながら、大会に出場する“プロ”のような日々。“ような”と言わなければいけないのは、それで生活をするには無理があるから。ゴルフのようにトーナメントで多額の賞金が出るわけでもなく、レッスンプロで飯が食える人もほんの僅か。マイナー・スポーツの宿命。

しかし、何年か前に彼女がそんな選択をしたと聞いたときは、なんと無謀な決断だと思いながら、喝采もした。羨ましいとも思った。若さゆえの無謀さ。決して体格や体力に恵まれている訳でもなく、学生時代に格別の戦績を残してもいない。そこからトップを目指すには正直無理があった。けれど、彼女は結果を出した。オープン・トーナメントで優勝。賞金はない。けれど、彼女が選んだたいへんな世界で、区切りを付けることができた。好きなことを追求し、満足できる水準まで到達した。(のではないか・・・確認はしなかったけど)そして、就職し、趣味のスカッシュを続けることを選び直した。それもまた潔し。

Legal最近仕事で知り合った、おもしろいやつがいる。渋谷の街の壁面をボランティアで清掃し、合法的な壁画を描く“リーガル・ウォール”を企画したNPO<KOMPOSITION>代表の寺井くん。この団体のキャッチ・コピーは、“若者の無謀を希望に変える NPO”。彼のインタビューにはこんなフレーズがある。やりたいことやろう。最悪、就職すればいいじゃん。・・・悪くない。そこだけ読めば傲慢とも、生意気とも取れるが、その意気や良し。

「やりたいことがあったら、やれるというのは良いね。後のことを考えずに。若さの特権って片付けるのじゃなくって、年齢関係なく」・・・確かに、こうやってお気楽夫婦でいられるのも、後先考えずに行動した結果。“情熱”ってやつが、いくつになっても必要だね。