カテゴリー「◆学びの悦楽」の記事

2009年1月25日 (日)

さよならバニー『PLAYBOY』終刊

Playboy誌文化が大きな転換期を迎えている。情報誌も、女性誌も、マンガ誌も、総合誌も、それぞれがたいへんな局面。老舗雑誌の休刊が相次いでいる昨今。主な休刊だけで、『読売ウィークリー』『月刊現代』『ロードショー』『主婦の友』『広告批評』『論座』『GRACE』『Lmagazine』などなど。その背景のひとつとして活字離れが叫ばれるけれど、ネットやケータイも広義の活字文化ではある。同様に日本語の乱れを指摘する声もあるけれど、ことばは時代と共に変わるもの。当然メディアの形態も変わって行く。けれど、この雑誌の終刊(一般的には“休刊”ということが多く、復刊することを示唆するのだけれど、彼らは終刊と明記している)は、大げさに言えばひとつの時代の終わりを感じてしまう。

メリカ文化に対する“憧れ”の時代の終わり。ベトナム戦争が終結した年に創刊された日本版PLAYBOY。アメリカはまだまだ遠い国だった。政治、経済、文化、スポーツ、あらゆる面で圧倒的なリーダーだった。日本ではもちろんヘアー解禁など想像もできない時代、プレイメイト(PLAYBOYにグラビアが掲載される女性たちをそう呼ぶ)たちは、遠い異境の女性にしか見えなかった。アメリカは憧れの国だった。そのアメリカは、日本版創刊から33年経った今、身近な国になった。アメリカがくしゃみをすれば、日本が風邪をひくと揶揄されるように、(日本からすれば)深い結びつきになった。しかし、アメリカの世界における相対的地位は低下した。そしてオバマ新政権の下、世界のリーダーとしての役割を“もう一度”果たそうともがいている。

Playboy_2 るいは、大人の雑誌文化の終わり。PLAYBOYには、硬派と軟派と、性と生と、カルチャーとサブカルチャーと、文学とノンフィクションと、そんな単なる対立項ではない雑誌文化が矛盾なく、実に魅力的に誌面に溢れていた。グラビア、ジャーナリズム、紀行、ロングインタビュー、対談、そしてパーティジョーク。パソコンやインターネットなど想像もできなかった時代、雑誌の情報は隅々まで読み尽くすものだった。(ちょうど『ぴあ』の“はみだしYouとPia”が人気だったりしたように)斬新な誌面レイアウトとデザイン、クオリティの高い写真、タイポグラフィ。切り抜かれた誌面を開くと隠されたビジュアルが現れる、思わずにやっとさせられる仕掛けなど。それらは、動画や音声など雑誌が実現できなかった表現形態を伴にして、サイトの世界に引き継がれた。

久保存版」と記された白い表紙の終刊号。思わず手に取り迷わず購入。30周年記念号の企画以来、久々で最後の購入。そう言えば、日本版創刊からしばらくは、このバニーマークだけが表紙を飾った。白地、黒地、金、ブルーなどの表紙にバニーが誇らしく記されていた。PLAYBOYが休刊することを妻に零すと「あれ?でも、これ最終じゃないみたいよ。“終刊前号”って表紙に書いてあるよ」やられた!確かに、永久保存版の下にも小さく「前編」とある。最後までやられっぱなしだった。そして、もちろん騙された(訳でもないけれど)ことすら嬉しく思いつつ、翌月の「終刊号」も迷わず買った。2冊とも実に読み応えのある内容だった。時代を振り返るアルバムのような、33年間のPLAYBOY文化のダイジェスト版だった。さよなら!PLAYBOY!さよなら!バニー!

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2008年6月 1日 (日)

学ぶということ、ことばを綴るということ『レトリック感覚』佐藤信夫

Photo藤信夫(さとう・のぶお)1993年没。私にとって憧れの“知性”だった。ソフトで知的好奇心をくすぐる語り口に一発で参った。大学入学まもなく、「言語論」という授業で初めてお目にかかった。毎週の授業が楽しみだった。“義務”として学ばなければならない小学生と違い、受験のために学ぶと言ってもいい中高校生とはなおさら違い、自ら学ぶことの楽しさを教えてもらった時間だった。研究者としても『レトリック感覚』という著書を出版されたばかりで、この手の書籍としてはかなり売れてもいたし、(私の持っているのは7刷!文庫化もされた)何よりも教える人としての魅力もたっぷりお持ちの先生だった。(ロラン・バルトなどの翻訳も手掛けられ、他にも『レトリック認識』『レトリックを少々』など、私の書棚にも何冊かの先生の著作がある)そして、何よりその文章は楽しげで、噛み締めるほど味わいが深くなった。今でも読み返すと、じんわりと先生の笑顔と共にその独特の語り口が浮かんでくる。そう、不思議なことに、パロールとエクリチュールが矛盾なく一致していたのだ。

Photo_2語論」という哲学科の授業はお持ちだったものの、中級・上級フランス語も教えておられ(もちろん履修した)、大学での所属も哲学科研究室ではなく、外国語研究室だった。哲学科の私は佐藤先生に頼み込み、例外的に卒業論文の指導教員になっていただき、「Au commencement etait la fable(初めに神話ありき)」という拙論を書き上げた。この記事を書くために、久しぶりに書棚の奥から取り出して読んでみた。序章:はじめに神話はあったか~ロゴスとミュトスについて~、第1章:神話とは何か~神話の定義・分類・研究法~、第2章:神の名~系譜のノミナリズム~、第3章:政治的神話、第4章:大衆の神話、終章:はじめに神話ありき・・・面白い!自分で言うのもなんだけど、実にまともなことを書いている。きっと今の私よりしっかり物事を考えていたんだろうなぁ、という感想。

Photo_3藤先生からも「なかなかいい論文である」という短いコメントと共に、「A」の評価をいただいた。記事を書きながら、四谷にあった先生のオフィス(書斎)を何度か訪ねたことを思い出した。こんな書斎が持てる、こんな書斎が似合う、そんな大人になりたいなぁと思った自分も一緒に。ん?計算してみたら、当時の佐藤先生は今の私ぐらいの年齢。果たして今、20歳ぐらいのワカモノに憧れの気持を持たれる知性ある大人になっているだろうかと自問する。勿論、否である。学ぶことの楽しさを教えていただき、文章を書くこと、表現することの面白さを学んだのに、お気楽なオヤジとなり、こうして駄文を綴っている私。でも反省したい訳ではなく、実は喜んでいるのだ。市井の人間が、こうして佐藤先生を自分のブログで紹介でき、少なからぬ数の人に読んでもらえるチャンスがある。これはかなり嬉しい。良い時代だ。

日の記事を書こうと思ったきっかけが、三省堂本店の言語論コーナーにあった。10年以上前にお亡くなりになった佐藤先生の新(共)著『レトリック辞典』(2006年刊)を発見したのだ。出版前に倒れ、長い闘病生活の後に亡くなられた先生の遺志を継ぎ、佐々木健一東大名誉教授、松尾大東京藝術大学教授によって纏められたレトリック研究の結晶。パラパラとページをめくると、佐藤先生の語り口、『レトリック感覚』を初めて読んだ時の新鮮な気持が蘇った。しかし、その場では購入しなかった。(6,825円と高かったからではなく)いつか、この辞典のページをじっくりとめくり、自分が読んできた本(ブンガク系)のレトリックの解説を楽しみながら、その“佐藤節”とも言える軽妙で含蓄のある文章自体を味わいたい。そして、願わくば佐藤信夫先生が生涯の研究対象とした“ことば”を綴り続けたい。「え~っ!今日はこれで終わり?ぜんぜん面白くないし、オチもないよ!」・・・仕方ないよ、たまにはそんな日もあるんだよ、市井のオヤジにも。

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2006年3月 5日 (日)

二人は地図好き「御一新前後 江戸東京鳥瞰図」

p時刻表を見て何時間でも過ごせるという人がいる。動物図鑑を渡すと、目を輝かせながら一日中読み耽ってしまう子供がいる。ホリエモンは東京拘置所で百科事典を読んで過ごしているという。・・・そしてお気楽夫婦の場合は、“地図”。無人島に持っていく1冊というよくある問いには、「地図帳!」と答えるかもしれない。

二人の書棚にはかなりの種類の地図がある。車もないのに、『東京23区道路地図』。過去と現在の比較のために、版が違う2冊。「お台場って何もなかったよなぁ・・・」というような、過去の記憶メモ。『なるほど日本知図帳』『なるほど世界知図帳』。“知図”という名の通り、<世界の血液型分布>などのテーマ毎に地図が掲載されている。知っててどうする?トリビア系のデータが多いのだけれど、実に楽しいのだ。他にも、『地図で知る平成の大合併』『東京・首都圏 未来地図』等々。グルメ系のマップ、旅行ガイド誌などを入れると、数十冊はある。改めて本棚を確かめて、自分でも驚いた。

その中に異彩を放つ2つの地図がある。ひとつは、『THE MAP OF 1936 OLD BEIJING FOLKLORE 老北京風俗地図』。1936年当時の北京の風俗をイラストで描いた鳥瞰図。北京に駐在中の元上司から、一時帰国のお土産にいただいた。駐在が決まった際に、浅田次郎の『蒼穹の昴』を薦めたところ、かなり気に入ったらしく、北京の街の風景に当時の面影を探して歩き回っているとのこと。羨ましい。1912年に中華民国が建国されてから24年後だから『蒼穹の昴』や続編の『珍妃の井戸』の頃よりも新しい時代だが、まだ辮髪の人物なども描かれていたり、清朝の時代の雰囲気が残っていて興味深い。

そして、もうひとつの地図は『御一新前後 江戸東京鳥瞰図』。やはり浅田次郎がらみ。『五郎次殿御始末』の文庫版に付録として付いていた。小さな地図だが、これがまた嵌ってしまう。江戸時代から明治時代に一気に何もかもが変わった訳ではなく、連続した時間の中で少しずつ変わって行ったものもある。明治に入っても、脇差に髷姿の侍たちが東京の街を歩いていたのだ。そんな時代の東京を鳥の目で眺める。・・・今の勤務先は大手濠や神田川の支流の日本橋川に囲まれた“宮城”の敷地内。それにしても、江戸は“水の都”だったんだなぁ。街の名前の由来も、なるほど“溜池”には溜池があったんだ・・・。あっという間に時間が過ぎていってしまう。

「読む本がなくなったぁ。本屋に行こう!」速読の妻が言う。「分かった。でも、とりあえず地図でも眺めてたら?」・・・すると妻は書棚から気に入りの地図を選び、無言で眉を寄せ(それでも楽しい表情なのだそうだ)飽きず地図を眺めるのだった。

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2005年5月15日 (日)

絵で楽しむ「食材図典」「ワーズ・ワード」

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トマトが1年中食べられるようになった今、この本のページをめくって、 その食材の旬の時期を確認するのは楽しい。サクラマスは名前の通り、3月と4月。 目的なく見てるだけでも、かなり楽しい。杏子と梅と桜桃が同じバラ科サクラ属だということを知る。 だから何?という気もするが、楽しい。素材そのものが中心の「食材図典」に加え、 加工食品中心の「食材図典Ⅱ」は、例えばチーズだけでも22Pに渡り122種類を紹介している。

へぇ、こんなことばなんだ?ほぅ、こんな言い方するんだ・・・。日本では余りお目にかからない (例えば、電機揚げ鍋:DEEP FRYER)電化製品の名も分かる。下弦の月は「LAST QUARTER」。ふんふん。 「ワーズ・ワード:Word's Word」は、美しいイラストの図鑑でかつ英和辞典の機能つき。 なぜかフランス人の言語学者が監修している。

子供の頃から図鑑が好きだった。植物図鑑、魚介図鑑、動物図鑑、切手図鑑。 背表紙がぼろぼろになり、何ページか綴じから外れそうになるまで何度も何度もページを開いた。 きれいなイラストの図鑑を開き、まだ見ぬ動物や植物を想像して過ごした。

お菓子を「大人買い」して食玩を集める方も多いと聞くが、この3冊で合計16,300円。 大人の買物としては安いものだ。子供の頃の熱い思いが私にこれらを買わせた訳で、 決して贅沢な買物ではない。引退後にぱらぱらと眺めるのが楽しみだ。

「ね、楽しいでしょう?こんな意味で買い!な訳だよ、この図鑑は。 確かに今は、余り見る時間は・・・、ないよ。 でも、このサヨリのイラスト、美味しそうだよねぇ、旬だよね、サヨリ。 今度寿司でも食べに行こうか!もちろん廻らないやつ。」

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