カテゴリー「■至福の映画」の記事

2009年6月 6日 (土)

ヴァチカンの記憶(ネタばれ注意)「天使と悪魔」

Photo_2 20世紀が終わろうとしていた。2000年12月31日、お気楽夫婦はローマにいた。そして、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロⅡ世の法話を聴いていた。そう、2人は経験なカトリック・・・ではない。年末からパリ、ニースと旅した最終目的地がローマ。21世紀の始まりを迎えるに相応しい場所はどこだろうかと考え、ヴァチカンを選んだのだ。ところが、前日から体調不良で寝込んでしまった私。食欲はなく、きちんとした食事は取れない。ホテルのベッドに入ったまま妻が買ってくるフルーツを食べる。それだけが唯一の栄養源。20世紀最後の日をうとうととベッドで過ごし、21世紀のはじまりをベッドの上で迎えた。ヴァチカンに行くことも叶わなかった。妻はベッドの隣で本を読み、読み終えるとテレビを視ていた・・・らしい。そこでずっと流れていた放送が教皇の姿と、サン・ピエトロ広場に集まった群衆の映像だった・・・らしい。(なにしろ私はずっと夢の中だった)

Photo_3 2009年6月。10年近く経って、ようやくそのヴァチカンにきちんと対面することができた。ひとつはダン・ブラウンの小説『天使と悪魔』というミステリで。そしてもうひとつはトム・ハンクス演じるハーヴァード大学の宗教象徴学者ロバート・ラングドン教授が活躍する映画『天使と悪魔』の映像で。ところで、映画では『ダ・ヴィンチ・コード』の続編と喧伝されいるけれど、続編では決してない。『天使と悪魔』がシリーズ第1作。主人公は同じでも物語に連続性はない。『ダ・ヴィンチ・コード』がレオナルド・ダ・ヴィンチの名画に隠された謎を追うストーリーであったのに対し、『天使と悪魔』はカトリック教会の総本山、ヴァチカンの歴史と秘密を紐解く物語。ガリレオ・ガリレイとヴァチカン、そして現代まで続く科学と宗教の対立がキーワード。わずか1日の内に起きたできごととは思えないほど、濃密でスピード感溢れる展開。一気に読んでしまう面白さ。

Photo_4 して映画と小説ではかなり内容が違う。映画のエンディングロールでも、Based upon 「Angels & Deamons」 DAN BROWN と記されていた。小説での主要登場人物の1人は映画では全く登場しないし、セルン研究所でのヴィットリアの専門分野も違うし、ある重要な登場人物との関係も違う。ラングドンもラストのあるシーンに絡まない。そして何よりも暗号の解き方が小説と映画ではかなり違う。さらには映画では時間の関係で暗号の解読が速い。おいっ!速すぎないか!と突っ込みを入れたくなる。小説は文庫本で上中下3巻からなる長編だし、映画は154分の長尺とは言え詳細まで忠実に再現できない。だから映画は楽しめないかというと、そんなことは全くない。小説とは違う楽しみ方がある。

Photo_5 画『ダ・ヴィンチ・コード』がパリとロンドンの観光名所をカメラで辿ったように、『天使と悪魔』はローマとヴァチカンを巡る。体調のせいで観て回れなかったローマの名所旧跡を、ヴァチカンのサン・ピエトロ広場を、システィナ礼拝堂を観ることができた。それどころか、実際にヴァチカンを訪ねても観られなかった裏の顔をたっぷり観させてもらった。「そうかぁ、こんなとこだったんだぁ」映画を観終わった妻がナチュラルな嫌みをちょっと含んだ発言。えぇ、すいません。私のせいです。本来の体調だったら、あぁっ!ほらほら、あそこだぁ、行ったよね!という感想なのだろう。(妻はそんな大げさなリアクションは取らないけれど)でも、モノは考えようだ。次にイタリアを訪れた際に、きっと新鮮に語り合うのだ。あぁ、ここだ。小説では死んでしまった4人目の教皇候補者が映画ではラングドンに助けられた噴水は・・・などと。(いくつかネタばれ失礼♪)

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2009年4月25日 (土)

職業に貴賤あり「おくりびと」「あの日にドライブ」

Photo_2が逝って2年近く。ある春の夜、予想外の瞬間に母の存在を感じることができた。母を見舞った2年前の春、病院の窓から眺めた故郷の山々があった。山麓近くまで雪を残す白き月の山。伸びやかな裾野を広げる出羽富士。月山と鳥海山。実に神々しく、穏やかで、美しかった。予感めいたものを感じ、家族揃って特別養護施設の母を訪ねた初夏の日も、庄内平野を見守るように月山が、鳥海山が遠く霞んでいた。そして、母を見送った暑い夏にも、忌中が明けた初秋にも、その美しい姿でお気楽夫婦を迎えてくれた。母が好きだった故郷の山々。それ以来、ふたつの山は母の気配を感じさせてくれる存在になった。そして、スクリーンの中でその山々と対面した。音楽の道を断たれ、故郷に戻った主人公(本木雅弘)。独り河原の土手でチェロを弾くモッくんの背景に現れる鳥海山。熱いものが溢れるのを止められなかった。・・・遅ればせながら「おくりびと」を観た。

Photo い映画だった。故郷の風景が現れる高揚感を差し引いても、しみじみと良い映画だった。本木雅弘はもちろん、山崎努、笹野高史をはじめとした出演者が素晴らしかった。それに期待していなかった広末涼子の演技も。ただ夢破れた夫に寄り添う明るく強い妻としてだけではなく、夫が新しく選んだ納棺師という職業に対する意識の変化が何よりも印象的だった。事実を知った時には「穢らわしい、触らないで」と叫んだ納棺師という職業に対する気持が、大切な人を見送る清々しい夫の姿を見守った後に変わり始め、幼い頃に別れた夫の父を見送ってもらおうとした彼女が「夫の職業は納棺師なんです」と誇らしげに言った台詞で涙が溢れた。幸せな涙だった。職業には貴賤がある。それは、世の中にあるのではなく、人の心の中にある。絶対的な職業に貴賤があるのではなく、人の仕事に対する姿勢によって生まれる。そんなことを思わせるシーンだった。

Photo_3 日後、偶然手に取った本があった。萩原浩『あの日にドライブ』。新刊(但し文庫本)が出ると中身を見ずに買うことにしている好きな作家の1人だ。物語は銀行に勤める中間管理職である主人公が一度だけ上司に反抗し、突発的に会社を辞め、なかなか再就職できないでいる間、ふと目に付いた求人広告の「週3日勤務」という条件に惹かれて応募したタクシー運転手として働く物語。ところが現実は厳しく、辛い。前編の展開は読むのを止めようかと思う程。エリートサラリーマンだった銀行時代の逸話も、タクシードライバーとして週3日だけ(ただし24時間勤務で)働く日々も、痛々しくせつない。そしてかつての自尊心を持ち続け、ふたつの職業の裏と表、光と陰との間で揺れ動く。今の自分を仮の姿と思い、過去の記憶に逃避する。

生のどの地点からやり直したいか。人生のいろんな岐路、そのいずれかを選んだためにある現在。あの日に戻って違う選択をしていたら・・・。後半のスピードアップした展開で救われ、最後はほのぼのと、すっきりとさせられる。この物語の中でも職業の貴賤について語られる。貴賤というよりは序列。それも職業というよりは会社かもしれない。しかし、職業に貴賤があると決めるのは世間ではなく、自分の心の中にある。そんなメッセージは「おくりびと」と同様。それも、そんなきれいごとだけではないよ、という味付けも込めて。自分の仕事に対して、人生に対して、生き方に対して、誇りを持っている人はどれだけいるのだろう。その価値観は、経済的なものだろうか。社会的な成功だろうか。それとも・・・。自身の価値観について改めて考えさせられるふたつの物語だった。

は過去に戻ってやり直したいことはないなぁ。今までもこれからも幸運な星の下で楽しい人生を送るのさっ♪」妻の価値観、人生観は判りやすく、お気楽で、羨ましい。

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2009年3月21日 (土)

みんなで踊ろう!歌おう?「マンマ・ミーア!」

Photo_2 のミュージカルは、合計5回観たことになる。汐留で3回、NYCで1回、そして六本木で1回。汐留は言わずもがなの劇団四季のステージ。電通四季劇場「海」のこけら落し公演。ミュージカルを観て、立ち上がって踊った初の体験。演出に文字通り踊らされたのかもしれないけれど、そこはABBA世代。ユーキャン ダァンス!ユーキャン ダァ〜ンス!と歌われればダァンスィング♪してしまう。仕方ない。2度目はご近所の友人夫妻を誘い、一緒に踊った。友人(夫)に「IGAさん、真っ先に踊ってましたねぇ」とか言われながら。そして、ロングラン公演も終わりだと聞いた頃、「マンマ・ミーア!」がすっかり気に入った彼らと一緒に再び汐留に向かった。名残惜しさを感じながら、3度目の公演でも立ち上がり、踊った。

Photo4度目はNYCの友人夫妻と一緒に。当時、友人(夫)は人気のチケットを取るために、「日本からVIPが急に来ることになった。取れないと大変なことになる!」と無理やり(半ば脅して?)チケットをゲットしてくれた。さすがの英語力とネゴシエーション力。そして、シャイな日本人があれだけノリノリなんだから、ブロードウェーであれば、さぞや!と思って期待しながら劇場に向かった。さすがに4度目だし、ストーリーはばっちり。歌はもちろん問題なし。そして、エンディングだぁ。ダンスィング・クィーン!イェイ!・・・え!誰も立たない。踊らない。アラバマやらアイダホ(想像)から来ていた爺ちゃん、婆ちゃんたちは踊らなかった。踊れなかった。きっとABBAは知らなかったのだと思う。不完全燃焼。・・・それから5年。「マンマ・ミーア!」が映画化されたとのニュース。行かねば!

・・・と、思いながら映画館になかなか行けない日々が続いた。芝居と違って前もってチケットを予約する習慣がないため、行きそびれていた。そこに故郷に住む弟からメール。「娘が急遽東京に行くことになったんだけど、会場までエスコートしてもらえない?」ん?何?「皆で一緒にマンマ・ミーア!を観ながら映画館で歌おう!というイベントがあって・・・」何!楽しそうじゃないか!ところでなぜ娘(19歳)がABBAなの?マンマ・ミーア!なの?聞けば、中学の修学旅行で四季の「マンマ・ミーア!」を観て、家に帰り報告すると父親(弟)が手ぐすね引いて待っていた、という訳らしい。なるほど。彼らはカラオケ・スナック(ボックスではなく)でデュエットしたり、震災直後の神戸でボランティアに参加した場所を共に再訪したり、実に仲の良い親娘。今回も後から娘に合流するという。お気楽夫婦はイベント当日は会えず、翌日ランチを一緒に取ることに。

Photo_3ビルで仲良し親娘と待合せ。ところで、イベントはどうだった?「みんなで歌おう!カラオケナイト!っていう英語歌詞字幕付きの上映があって、でも今回のイベントの主催者が行った時は誰も歌わなかったんだって。それで、これはいかん!ということでMixiのコミュで募集して賛同したメンバーが100人弱集まったという訳。娘が最年少参加者で、俺が最年長参加者だったんだ」なるほどねぇ。彼らと別れた翌日、さっそく六本木TOHOシネマズへ。そこは前々日に姪が歌った場所でもある。映画はステージと違って当然ロケが可能。ストーリーの広がりも、映像の広がりもステージとは段違い。もちろん出演者たちの顔もアップにもなる。だからこそ、ドナ役のメリル・ストリーブの皺が良い。その後のステージ衣装とのギャップが際立つ伏線になる。ステージでの“良い娘”過ぎる設定より、ソフィ役のアマンダ・セイフライドが良い。チャーミングなソフィの魅力が画面に溢れる。そして、何よりもABBAの楽曲が良い。思わず小さく口ずさむ。うん、確かに歌いたくなるね♪

ん、そう言えば「DVD出たら買うよ♪」と弟が言っていた。そしたらみんなで、歌おう!踊ろう♪ユーキャンダンス!YES!We Can!「え?私は良いよ」妻の答は予想通り。

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2008年2月23日 (土)

人生で一番の朝ごはん「めがね」

Dsc00092_2がね』・・・そのすっとぼけたタイトルの作品を観終わった後ずっと、柔らかく温かい何かが身体の中に満ちていた。妻と一緒に夜の街をごきげん気分で歩きながら、「なんか、お腹が空いちゃったね。美味しいものを食べたいねぇ♪」うん、キリッと冷えたビールも♪と微笑み合った。のんびりした、この映画のことばで言う“たそがれた”時間が、スクリーンの中にずっと流れていた。その時間の速さ(遅さ)に馴染めない人はイライラしてしまい、途中で映画館を出てしまうかもしれない。(実際にお気楽夫婦の観た回でも2人いた)極端にセリフが少なく、大きな事件も起こらず、浮世離れした登場人物たちが“ひねもすのたりのたりと”過ごす、どこでもない、どこかの南の島の物語。

の映画、観ていてお腹が空くのには訳がある。作品中のごはん(食事って意味です)が、どれも実に美味しそうなのだ。ある日はふっくらご飯と焼き鮭(南の島なのに!)に味噌汁の、またある日はカリカリの厚切りトーストとオムレツとサラダの、とても元気になりそうな朝ごはん。大事な人(たぶんハルさん)が来てくれたので皆で一緒に食べるという設定の二段のお重に丁寧に詰められたチラシ寿司と、ジューシーな鶏のカラアゲは『家庭画報』のグラビアに出てきそうな美しさ。旨そうっ!ご近所さんからいただいたというデカイ伊勢海老を手づかみで皆が一斉にかぶりつくシーンでは、思わず唾を飲み込んだ。半屋外のオープンなダイニングにどんと置いてある大きなテーブルを囲んで、明るく清潔そうな空気の中で皆一緒に食べる食事。どのシーンも、どの料理も輪郭がくっきりとして、味が伝わってくる。そして、冷えたビールを美味しそうに飲むのだ、これが。(黒ラベルばっかり飲んでいたが、実はサッポロがスポンサーだった)

P101語は青空の中を小さな旅客機が飛んでいるシーンから始まる。ユージ(光石研)が海辺で、ハルナ(市川実日子)が校庭で、空を見上げて「来た!」と小さく呟く。2人の、後に3人の大事な人、ハルさん(もたいまさこ)が、とある(南の島の)空港に降り立つ。・・・そんな冒頭シーンから、もたいまさこの存在感に集中してしまったら、とても危険。その後に登場するタエコ(小林聡美)やヨモギ(加瀬亮)というオトボケ感満載の芸達者たちをも圧倒する緩ぅ~く、薄ぅ~い、生活感の欠片も感じさせないキャラなのに、物語の中に吸い込まれてしまいそうな存在感。ハルさんが浜辺の茶屋で作る“カキ氷”は、ヨモギくんにとっては“人生で一番のカキ氷”で、ユージさんにとっては人生を変えた一杯だったらしい。カキ氷のお代は、マンドリンの演奏だったり、手編みのマフラーだったり。(南の島なのに!)

もめ食堂』のキャストとスタッフが再結集し、今度は南の島の物語を撮った。監督は『バーバー吉野』でデビューした荻上直子。なぜか妻のお気に入り。フジテレビ深夜の不思議ドラマ「やっぱり猫が好き」のファンだった妻と、「やっぱり猫が好き2005」の脚本を手掛けた荻上監督の創る世界、どこか惹かれるものがあるのだろう。肩の力が抜けた脱力系、リアルなメルヘン風、うぅ~ん何て表現すれば良いのだろう。「あ、そう言えば、どこでもないどこかの島って書いてあるけど、与論島だよ。エンディングロールに出てたよ」と妻。・・・そういう意味ではなく。彼女の素顔は意外にもすっとぼ系。

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2007年9月16日 (日)

マイルを貯めてビジネスで♪「シンガポール航空」

Photo_4その航空会社は、航空会社の人気ランキングではいつも上位。フライトアテンダントのきめ細かなサービスや、制服(民族衣装の<サロンケバヤ>)も人気の理由のひとつ。確かにFAの皆さまはかなりセクシィ。それに、エコノミークラスでもシャンパンのサービス。これはシャンパン好きにはたまらない。数年前にビンタン島へ向かった際にも、迷わずシンガポール航空を選んだ。そしてこの夏、“陸マイラー”のお気楽妻が、徹底的に貯めこんだマイルを利用し、シンガポール航空のラッフルズ(ビジネス)クラスでバリへ向かった。

Photo_5それにしても、妻のマイル獲得作戦は徹底している。千円程度のスーパーでの買物は勿論、タクシー代、公共料金など、クレジットカードで支払えるものは徹底してカード払い。航空会社のキャンペーン情報は見逃すことなくチェックし、確実に応募。そうしてマイルも貯まれば山となり、シンガポール経由、バリまでのラッフルズクラス往復チケットが手に入った。元々NYCに住む友人夫妻をビジネスクラスで訪ねようと貯めこんだマイル。スターアライアンス提携航空券でも東南アジア往復ならお釣が来る。

Photo_7シャンパン・サービスだけではなく、シンガポール航空は食事にも定評がある。ビジネスクラスには<ブック・ザ・クック>という機内食の事前予約サービスがある。さっそく妻はメニューを検索して往復とも予約。往路は妻は<花ごよみ>という日本食、私は<ホタテのティアン仕立て>の後にメインが<チキンソテー赤ワインソース>。いずれもサテが付き、フルーツとデザートが付く。シャンパンを飲みながら味わう豪華機内食。うぅ~む、これは下手なホテルの食事より洗練され、かつずっと美味しい。

Photo_8「困ったねぇ・・・」妻が帰路の座席で呟いた。何が?「だって、シンガポール航空のビジネスクラスも止められないよ」確かに、チェックインがスムースなのはもちろん、チャンギ空港のシルバークリス・ラウンジも落ち着いた良いスペースだったし、何より機内が快適。フライトの時間が苦痛ではなく、楽しみに変る。気持は良く分かる。他の航空会社と比べるとなおさら。しかし、それじゃぁ海外旅行は何年に1回しか行けないなと答えると、「そりゃあもっと困る」と妻。「じゃあ頑張って・・・」仕事するか!と続くべきセリフを待つと、「買物するかぁ!」って、何かが違うような気がするけど・・・。

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2007年6月 3日 (日)

エンタメと食事の関係「パッチギ!L&P」「薮原検校」

Photo_172作品には当たり外れがある。それはよーく分かっている。・・・1週間に合計3本の映画と芝居を観た。1本目の映画作品は『パッチギ!LOVE&PEACE』。1作目の『パッチギ!』を観て、沢尻エリカの可憐さにクラクラきてしまったオヤヂは、2作目の中村ゆりに期待してのこのこ出掛けていった。優れた1作目を超えるのは大変ですよね、井筒さん。うんうん、悪くはないですよ。中村ゆりも。藤井隆も。ちょっと出てきただけのビッグネームの方々も。芸能界を敢えてステレオタイプに描き、ちょっと笑ってしまったけれど。

けれど、1作目の悲しいぐらい可笑しい徹底したやりきれなさと明るさが好きだった。本物の恋愛が、軽々と国籍や差別や周囲の目を超えてしまう爽快感。松山康介(塩谷瞬)の初々しさと、キョンジャ(沢尻エリカ)の芯の強さと同居する可憐さにまいってしまった。(他の作品での彼女の変貌を見ていると、騙されてしまった!さすが女優だ!・・・と思う。あの可憐なキョンジャはいったいどこへ?)「イムジン河」が象徴したメッセージが浸みた。大友康平やオダギリ・ジョーの使い方も卑怯なぐらい上手かった。そうか、期待しすぎたのかもしれない。1作目のDVDでも買って見直そう。

Photo_173期待し過ぎたと言えば『薮原検校』も同様。久しぶりにBunkamuraシアターコクーンのチケットが取れた。井上ひさし作、蜷川幸雄演出、宇崎竜童の音楽とくれば、期待しない方がどうかしている。なのに妻は、冒頭の見せ場である古田新太の長セリフで逆にテンションが下がり、こくこく眠り始めた。それどころか、幕間で「帰ろうよぉ、つまんない」とのたまう。な、なんて大胆な。やっと取れたチケット。それも安くはない。「だって時間の方が大事じゃない」う~む。豪胆なやつ。小心者で貧乏性の私は、どきどきしながら劇場を後にする。確かに私も居眠りをしてしまったけど、2幕が一発逆転で面白かったかもしれないじゃない?「あの芝居、私たちに向いてないよ。最近の蜷川作品には厭きてきたね」げ、これまた大胆な発言。業界関係者として問題あり?「だって私、営業じゃないし」

そんな二人が2本目に観た映画。タイトルは書けない。さすがに、感想も評価も書けない。友人たちにチケットを買ってもらった。まだこれから観る予定の友人もいる。面白いと言ってくれた友人もいた。映画に何を求めるかは人によって違う。しかし、だから、もしかしたら、だって、え~いっ、今のうちに謝っておく。ごめんなさい。その日の食事は、東急本店<天一>のカウンタでお好み天ぷら。気持を切換えて楽しまないと。「え~ん、美味しいよぉ。やっとバランス取れた♪」食べ損ねたと思っていた“稚鮎”の天ぷらを齧りながら、妻が微笑んだ。美味しい食事は、優れたエンタメ作品と同様に心と身体に優しい。

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2007年2月18日 (日)

ご近所でエンタメ「フラガール」

Photo_843連休の初日。ふだんなら、その駅のホームでは見かけない家族連れが数組。手には花模様のパンフ。なんだろうと思って盗み見ると、白地にハイビスカスの花が散らされた真ん中に、“Hula girl”の文字と、イラストの女性が3人、フラダンスを踊っている。そうだった、観に行かなきゃ!忘れるところだった。映画館で観られるラストチャンスだ。その日も、その駅近くの店で食事をして帰る途中。飲んで食べるだけの人生ではいかん。きちんとエンタメ時間を確保しなければ。

都内でも少なくなった貴重な<名画座>のひとつ<下高井戸シネマ>のあるこの駅は、これまた貴重な(環7を横断する部分だけ)路面電車、世田谷線の乗換駅。お気楽夫婦が食事をするために、途中下車する駅でもある。メキシコ料理の<ポサダ・デル・ソル>、沖縄料理<ナンクル・ナイサ>、イタリアン<トニーノ>などなど。そして、飲んだ帰りに駅のホームで、下高井戸シネマの手作りポスターを眺めるのが小さな愉しみ。スケジュール表やチラシを組合せ、可愛い丸文字の手書きコメントを配し、毎回更新の度に“読ませる”ポスター。そして、ロードショーで行けなかった作品を見つけ「あ、行かなきゃ」と思わせる。この『フラガール』も、そんな作品のひとつだった。

Photo_85この作品への興味は蒼井優(祝!日本アカデミー賞/助演女優賞)がきっかけ。『フラガール』撮影の舞台裏と彼女の素顔を追った<情熱大陸>を2人で観た時に、共に思わず惹き込まれた。ラストシーンの自分の表情に納得できずに、監督に撮り直しをお願いする、さらっとした顔の下にある“情熱”。<イオンカード>のCFでしか見かけなかった女の子が急に魅力的に見えた。懸命にフラを踊る彼女の姿に惹きつけられた。ふぅ~ん、良い感じじゃん、観ても良いかな・・・と(邦画なのに、珍しく妻も同様に)思いながらも映画館に行く時間を捻出できずに年が明けた。そして、<下高井戸シネマ>での上映を待つことになった。

上映期間終了ぎりぎりの、それも最終回。仕事をなんとか切り上げて駆けつけた。松雪泰子が、実に良い。彼女もこんな役柄を演じる年齢になり、失礼ながら彼女を初めて女優だと認識した演技。豊川悦司が、富司淳子が、岸部一徳が、良い。そして、薄めていない(たぶん)生のままの福島弁が良い。炭鉱町の風景に、『三丁目の夕日』のような、実体験がないのに感じる懐かしさや既知感。たっぷりと感情移入をしてしまった私は、隣の席の妻を気にしながら何度も涙を抑える。笑いが起き、洟をすする音がする。この映画館は観客席もウェットで暖かい。このご近所の映画館での上映まで待って、結果的に正解かもね。観終わった後に、お気楽夫婦は満足の笑みを交わす。「やっぱり良質のエンタメって、良いよね。人を優しくするよねぇ」・・・そしてやっぱり、いつものように、余韻を味会うために、美味しい酒と肴を求めて、下高井戸の街を歩くのだった。

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2007年1月13日 (土)

フェアな視点『硫黄島 二部作』

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彼が主演した映画は、残念ながら1本も観たことがなかった。西部劇俳優だった頃の作品も、『ダーティ・ハリー』シリーズも。監督としての作品も、話題になった『マディソン郡の橋』などは、生涯観ることのないだろう趣の映画だったし、機上の小さなモニターで観た『ミリオンダラー・ベイビー』が唯一彼に触れた作品だった。それも、暗く派手さのない、彼に持っていたイメージと遠い作品だなぁという感想。早い話、彼には親しみも、期待も、何も持っていなかっ た。
・・・この2作品を観
るまでは。

まず観たのは『硫黄島からの手紙』。お気楽妻が余り観たがらないタイプの作品だったから、会社帰りに独りで。・・・で、驚いた。彼の監督としての才能に。今までのイメージは、ゼロクリア。凄っい。“日米相互の視点から描く という惹句にも、所詮アメリカ人の視点で日本を描いても、ステレオタイプの ものになってしまうんだろうな、という不安もあっという間に消し飛ぶ。ワーナー・ブラザーズの配給が不思議なぐらい「邦画」そのもの。日本人の俳優が日本語で出演し、アメリカ兵のセリフに字幕が入る、からではない。日本人の監督が撮ったと言っても誰も疑わないだろう“日本に対する誤解が全 くなストーリー。当時の日本人の“精神構造、その背景となった文化、社会、戦争に対する庶民のスタンス。そして、上官と部下の関係、人情の機微が、繊細に、巧みに描かれている。変な言い方だが、日本人として嬉しいぐらいに、素晴らしい。

そして、2本目。妻と一緒に『父親たちの星条旗』を観た。同じ監督が2部作として撮ったとは思えないタッチとストーリー。別の意味で驚く。大胆。ヒーローがいない。大衆が、父が、母が、息子が描かれる。そして、ネイティブ・アメリカンが。単純な2部作として、裏と表を観せられると思っていた私の予想を大きく(良い方に)裏切られた。確かに、日米の対比はある。全く同じ戦闘シーンをいくつか使用し、同じシーンなのに、全く違う(逆の)視点で観てしまうという“ワナ”に、あえてハマって楽しむこともできる。同じ時代の日米の生活水準の差を見せつけられるという皮肉な見方もできる。戦闘シーンを中心とした特撮の素晴らしさ、リアリティある“の描き方など、映像面でも見せ場は多い。

でも、この映画に与えるべきは、決してそんな評価ではない。何よりも驚くべきことは、日米それぞれを描く監督の視点が圧倒的に“フェアだという こと。どちらかに偏ることなく、二つの国の、表も裏も、本音も建前も、光も影も、軍人も庶民も、抑制された静かな視点で、丁寧に描かれる。作品の中で、「鬼畜米英って習ってきたけど、アメリカ人の母親も同じなんだ」というような意味のセリフが象徴的。豊かさや文化の違い、家族や夫婦の関係、などの日米の“違いを映像では際立たせながら、人間としての感情や死を“同じのとして、二つのストーリーを綴る。そして何より、戦争というものを、真の意味の“善”と“悪”の二元論で語るべきではない、という公平さ。絶賛!

ぜひセットで観るべし。2本観ると、感動は2倍以上。どちらを先に観るかは、人それぞれ。「私は『父親たち・・・』 から観て正解?」地味な邦画が苦手な妻が尋ねる。そうだね、君はこの順番の方が『硫黄島・・・』は楽しめるかもね。二度目だけど、ご一緒しましょう。それにしても、クリント・イーストウッド監督、次回作も期待してます。
 
 
 
 

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2006年12月24日 (日)

エンタメ係数ダウン?「2006極私的ベスト・ステージ」

2006年も終わろうとしている。今年もいろんな芝居や映画を観て、飲んだ。芝居を観終わった後の酒は、旨い。そんな中から、極私的に今年のベスト・ステージを選んでみた。

P1010003【1月】『時の男』リリパット・アーミーⅡ『贋作 罪と罰』NODA MAP、『BIGGEST BIZ』AGAPE Store 【2月】『夫婦犯罪』トム・プロジェクト、『有頂天ホテル』 【3月】『エキスポ』加藤健一事務所、『四畳半ブルース』BACK FRONT 【4月】なし 【5月】『かもめ食堂』『プロデューサーズ』 【6月】なし 【7月】『3バカ』転球劇場、『RENT』、『東京原子核クラブ』俳優座劇場プロデュース、『あわれ彼女は娼婦』シアターコクーン・オンレパートリー、『ダ・ヴィンチ・コード』

P1g2_1【8月】『電界』猫のホテル、『寝ずの番』、『ニコラス・マクファーソン』PIPER 【9月】なし 【10月】『ジェイル・ブレーカーズ』G2、『The Worst of・・・』王立劇場、『ゴルフなんて大嫌い!!』パルコ劇場 【11月】『そこそこ黒の男』表現・さわやか、『ズビズビ。』劇団M.O.P. 【12月】『みんな昔はリーだった』パルコ・プロデュース

・・・少ない。芝居が18本、映画が6本。だいたい、全く劇場に行っていない月が3ヶ月もあるなんざぁ!う~む、これは問題だ。

前にブログの記事でも書いたが、行きたいと思った公演のチケットが取れなかったのが一番の原因。それに加え、「加藤健一事務所」「ラックシステム」など、二人に定番の劇団の新作が少なく、それらをカバーする新しい劇団を探しきれなかった。

そこで、今年のベスト。うぅ~ん、『BIGGEST BIZ』AGAPE Storeかなぁ・・・。『BIG BIZ』『BIGGER BIZ』と続いたシリーズ最終作。登場人物のキャラが、それぞれくっきり立っていて、お互いに実に巧く絡み合う。前作を観ていなくても勿論思いっきり笑えるのだが、やはり最初から観たい。あぁ、第一作を出張で観られなかった自分の過去を呪いたい。観たかったぁ・・・。そして、最終作ということは、トラブルメーカーの健三(松尾貴史)にイライラしつつも憎めない動きも、皿袋(松永玲子)の変身振りがもう観られないのが、実に淋しい。それにしても、このシリーズを含め、<G2>、<後藤ひろひと>の絡む芝居を観ることが多い近頃。今年最後のステージも後藤の舞台。出番は僅か、セリフもほとんどない。でも、ずるいでしょう、そんな持っていっては。そのキャラは反則!という内容。

・・・で、1年間を総括。最後までG2と後藤に救われ続け、蜷川さんの(例えば『あわれ彼女は娼婦』)演出に飽きてきたのは事実だけど、決してエンタメ係数が下がった訳じゃないと断言して、締めということで。

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2006年7月 9日 (日)

Paris,New York City「RENT/レント」

P102rent1970年代の終わり、奨学金とアルバイトで貯めた小遣いをはたいて、パリに向かった。アリアンス・フランセーズへの短期留学という名目ながら、1日しか学校へは通わず、キャルト・オランジュという1ヶ月有効のメトロのチケットを片手に、パリの街を歩き回った。自分に何ができるのか、自分は何がしたいのか、焦燥感が身を包む。ルーブルで、オランジェリーで、ポンピドゥーセンターで、毎日のように絵を眺めるのだけれど、何も見ていないような、そんな日々。

1980年代の終わり、妻は初めてNYCに向かった。村上春樹を愛読し、フィッツジェラルドやカーヴァーになんとなく憧れていた。セントラルパーク、METやMOMA、自然史博物館を訪れては、新しい生活への漠然とした希望や不安を、・・・全く感じていなかった。というか自覚はしていなかった。なんとかなるさ、根拠のない自信と楽観。そんな日々。

RENT/レント」は、1996年初演のミュージカル「RENT」の映画化。そして「RENT」は、オペラ「ラ・ボエーム」を下敷きにした物語。一方は1990年頃のNYCのイーストビレッジ、もう一方は1830年代のパリが舞台。芸術の街に集う若きアーティストたち。病(一方はエイズ、他方は結核)と貧しさに立ち向かう恋人たちを描く。時代背景や場所は違っているが、心を揺さぶる“物語”そして“音楽”という普遍的な要素は共通している・・・はず。「ラ・ボエーム」は残念ながら観る機会がなかった。しかし、この映画のアクターたちの歌唱力、凄い。巧いというより、リアリティのある表現力。一人ひとりに魅力がある設定。特に、エイズで仲間の元を去るドラッグ・クィーン“エンジェル”の存在感と言ったら・・・。

同じ作品を観ても、感想や印象がまったく同じということは、確かにあり得ない。観る前から主題曲<Seasons of Love>に、やられてしまっていた私は、観終わった後、打ちのめされるぐらいに心を震わせていた。“525,600分、一年をどうやって計る?昼、夕焼け、深夜、飲んだコーヒー、笑い、けんか。人生の一年をどうやって計る?愛ではどうだろう?愛で計れるだろうか?愛を数えてみよう。愛で時を刻み、愛の季節を作ろう、愛の四季が巡る”・・・オープニングで舞台同様にピンスポットの下でメインキャストたちが歌ったその曲が、エンディングロールで再び流れた時に、涙をこらえるのに必死だった。

終映後、混雑する文化村ル・シネマ前のエレベータを避け、東急本店に向かう長いエスカレータに乗る二人。妻の第一声。「映画の中で、気になることがひとつあったんだよねぇ」ほほぉ、珍しく感想?この映画、妻にNYCの風景を観せたくて、そして自分が観ていない時代のNYCを観たかった。ん、何?「パンナムビルって、あの頃もうメットライフビルに変わってたかなぁ?違う気がするんだよねぇ」おいっ!そっちかい!

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2006年5月 7日 (日)

ザッツ・アメリカ!『プロデューサーズ』

Posterご近所のお気楽レジャー三昧と決めた今年のGW。休み中に観たい映画が3本あった。『かもめ食堂』、そして『RENT』。トニー賞をはじめとした主要演劇賞を総なめにしたブロードウェー・ミュージカルを映画化したこの作品、偶然観た予告編で久しぶりに“やられて”しまった。「525,600分、あなたは1年を何で数えますか?夜明けの数?キスの数?流した涙の数?」という主題歌「シーズン・オブ・ラブ」のメロディとメッセージに鳥肌が立った。(コーラスに弱い私)・・・こりゃ絶対に観なきゃ!

しかし、上映館の文化村ル・シネマに向かったところ、余裕を持って上映の1時間以上前に到着したのに、さらに次の回の整理券を受付中。4時間待ち、凄い!さすがに諦め、観たかった3本目の映画、やはりブロードウェー・ミュージカルの映画化作品、トニー賞最多受賞の『プロデューサーズ』上映館へ。上映までは30分以上あるし、かと言ってゆっくり食事をする時間はない。そこで二人は同時に閃いた。「<VIRON>でサンドウィッチ!」二人で分けて食べるため、2種類のサンドウィッチを2つにカットしてもらい、来た道をとって返す。妻はニコニコ嬉しそう。生ビールを買って席に着く。予告編を観ながらサンドウィッチを頬張るお気楽夫婦。(この食べながらエンタメ三昧ができるというのは実に嬉しいし、楽しい。ビールを飲みながらの野外ライブとか)

それにしても、この映画、ナチスネタ、オカマネタ、身障者ネタ、民族ネタなど、上映コードギリギリのギャグ連発!確かに面白いのだが、ザッツ・アメリカ!お約束のキャラクター、ストーリー。お約束のブロードウェー・ミュージカル(そのパロディ)で、ハリウッド映画。確かに、それぞれの国には笑いのツボがある。妻はフレンチ・コメディの笑い、ユーモアが苦手。シニカルな笑いよりも分かりやすいコメディが好き。私は逆。モンティ・パイソンやMrディーンが苦手だし、この映画、どうも心から笑えない。(だから、フランス映画はなかなか一緒に観に行けない。パトリス・ル・コントのみぎりぎりOK)

そして、上映が終わると躊躇いがちなパラパラとした拍手。それもすぐに止んでしまう。う~ん、やっぱり日本人。人前でのストレートな感情表現が苦手。(お芝居の後の、スタンディング・オベーションも、今ひとつ似合わない。無理してる感じ)きっとこんな映画は、カウチポテト(って古いな)でビール飲みながら、人目を気にせず、がはは!と笑ってみた方が楽しいんだろうなぁ、・・・という私も日本人。

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2006年5月 4日 (木)

それぞれの楽園『三好和義写真展』『かもめ食堂』

P10_6“楽園”ということばの響きにはいろいろなイメージが付いてくる。「楽園」がヒットして世に出た平井堅。「君はともだち」とか「POP STAR」とか、カラオケで歌いたい楽曲はあるけど、残念ながらあの音域の声は出ない。『失楽園』は、ジョン・ミルトンではなく、渡辺淳一の方がすっかり有名になり、ワインがお好きな主演女優が図に乗った。「後楽園」は東京では稀少になり、「後楽園」を日本三名園のひとつとして知っているのは岡山近隣に住む人だけ・・・。閑話休題。

南の島にあるという「楽園」は、この人の撮る写真の上に焼付けられている。モルディブの、沖縄の、フィジーの、海の上に。三好和義という名前を知ったのは、南の島を度々訪れるようになってからだった。お気楽夫婦にとって彼は、中華料理の香りを撮らせたら菊池和男さん、南の島の空気なら三好和義さん、という二大カリスマ写真家の1人。香港で美味しいものを食べたいとき、菊池さんの写真でテンションを上げ、南の島渇望症になったときは三好さんの写真で気を鎮める。時として穏やかな気持になり抜群の効果を上げる場合もあり、すぐにでも行きたくなるという逆効果になる場合もある。

『三好和義写真展』を観た。彼の写真には、南の島のいろんなものが一緒に焼き付けられている。朝陽の香りが、青く澄み切った海を渡る風が、打ち寄せる穏やかな波の音が。時として演出が過ぎて、この世のものとは思えない風景になることもある。“つくりもの”に見えてしまうことすらある。しかし、だからこそ、現実の生活から遠く離れた“憧れの地”としての楽園なのだ。

同じ日、北の楽園を淡々としたタッチで切り取った映像作品を観た。萩上直子監督『かもめ食堂』。PFF出身の女性監督。長編デビュー作品『バーバー吉野』よりさらに、その何とも言えない不思議度が増していた。小林聡美の経営する日本食堂に集う、不思議な客と仲間たち。店の場所はなぜかフィンランドの首都、ヘルシンキ。大きな事件も、大きな笑いも、そして大きな悲劇も、起こらない。登場人物の背景もあっさり。生活観のあるような、ないような。でも、思いっきり魅力的。北欧の、白夜の街の、ゆっくり過ぎていく時間。これもまた、日本から最も遠い“楽園”のひとつなのだろう。

5月のある晴れた休日。お気楽夫婦のナツヤスミ計画がスタートした。どこに行こうかと悩む楽しみ。どこに泊まろうかと迷う悦び。結果、とある南の島に向かうことにした。プールサイドで読む本を買い込み、新しい水着を選び、“夏の楽園”に向かう準備が始まる。

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2005年8月14日 (日)

楽しくなけりゃ映画じゃない「運命じゃない人」

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同じ場所で同じ時間を過ごしても、人によってその場面の意味合いが違う。人は自分の“立場”や“視点”でしかモノを見ることができない。流れていっ てしまった時間は遡って確かめられない。・・・なのに、この映画は、5人の登場人物の目で、同じ時間の同じ場面を、いくつもの別の角度から、何度も繰り返 し観ることができる。“タイムスパイラル・ムービー”「運命じゃない人」を観た。これは日本映画として、久々に、かなり“楽しい”出来。

物語の裏を覗くことができるという野次馬的な興味を満足させるだけではなく、感情移入をした登場人物のキャラクターがひっくり返されるという意外性 に、快感さえ覚えてもしまう。どこにでもありそうな日常のシーンを反対の方向から観せることで、そこに潜ませたドラマにリアリティを持たせ、エンタテインメントとし て面白い作品にしている。世界で一番“人が良い”んじゃないかと思う主人公:宮田武を演じる中村靖日をはじめ、5人のキャストも良い。脚本も破綻なく軽快で小気味良い。そう、単純に“観て楽しい” のだ。これ大事。やるなぁ、新人監督とは言え、内田けんじ。期待しよう。2005年のカンヌ国際映画祭(批評家週間)でいくつもの賞をもらっただけのことはある。

マイナーな劇場で、若手監督の作品を観て、しまった!と思った経験がある人、騙されたと思って観て欲しい。実は、私もよく騙される。かなり後悔す る。でも、この映画は、貧相な芸術性や思い入れで作られた自己満足映画とは一線を画す。お金は掛かっていない。でもそれを感じさせない。ぴあがPFFの受賞者 の中から毎年企画を募り、選ばれた新人監督にスカラシップとして制作費を出して、勉強してもらいながら撮らせた作品。内田けんじはその7人目の監督。・・・潤沢な予算 はない。しかし、きらりと光る才能の欠片が、ある。今後も、内田監督が言う、日本ならではの、日本人ならではの、良い意味の娯楽作品としての“日本映画”を楽しみにしよう。

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2005年8月 7日 (日)

完結!解決?「スター・ウォーズ」

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10代の終わり頃に最も多く映画を観た。当時はまだ各ターミナル駅や学生街に必ず“名画座”と呼ば れる映画館があった。2本立て、3本立ての映画を500円程度の料金で観ることができた。お金がなくても時間だけはたっぷりあった(と誤解していた)その頃の私に は、うってつけの場所だった。公開された時代を遡って観まくった。

「明日に向かって撃て!」「アメリカン・グラフィティ」「恐るべき子供たち」・・・多感な時代に観たそれらの作品 が、その後の映画の“嗜好に”少なからず影響している。フランス映画は、読書に近い感覚で観る。失敗作と言われるB級SF映画にもお気に入りが結構あ る。(だから「宇宙戦争」はちょっと観に行きたい。)そして、何よりもハリウッドの大作、お金掛けてまっせぇ的な映画で、どっぷりと作品の中に入って“楽 しめる”のが映画の醍醐味だと思っている。だから、「インディ・ジョーンズ」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」などのシリーズは迷わず観に行った。そしても ちろん、「スター・ウォーズ」も。

現在公開されている「スター・ウォーズ/シスの復讐」で、残念ながらシリーズが終わる。今回に限っては、前作(全作)を観ていない人にとっては、 「?」という場面が多く、観続けていた人にとっては、「なるほど!」あるいは「帳尻合わせ?」という中途半端な作品。ただ、見終わった後に、エピソード 4から観直してみたい!という猛烈な欲求が湧いてくるから、配給収入だけではない、映画ビジネスのモデルとしては巧い!と思う。エピソード3を観終え、我が家でも昨年購入した DVD3枚組を観始めるのをなんとか止める努力をした。・・・3作品続けて観てしまうことになるのが予想されたから。

それにしても、フィギュアなどのグッズをはじめ、映画作品以外でも話題になり、コスプレで「観る」こと自体がイベントになるような作 品も珍しい。謎を紐解く研究書やら、薀蓄サイトは膨大な数だ。総合映画ビジネスとして成立させるために、莫大な制作費を配給・興行収入以外の収益を含めて回 収する構造だ。・・・ところで、なぜあの美しいパドメと可愛いアナキンから、レイア姫が生まれてしまったのだろう。私にとって最大の謎だ。

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2005年8月 6日 (土)

8月6日に思う・・・「父と暮らせば」

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「Santa Fe」も買った。キットカットや三井のリハウスのCFも好きだった。「ぼくらの七日間戦争」は出張先の名古屋で観た。輝いていた。若さに溢れた輝きだった。その最後で最高の輝きが婚約記者発表だったと思っていた。その後の低迷が淋しかった。残念だった。痩せすぎた身体が痛々しかった。

ところが、ここ数年の宮沢りえは、素晴らしい。「たそがれ清兵衛」などの映画作品も、「伊右衛門」や資生堂の「フィーノ」などのCFも、爽やかで、 儚げなで、憂いを含んだ大人の女性としての存在感があり、とても魅力的だ。誰かモッくんと彼女で「伊右衛門」をベースに映画を一本撮って欲しいぐらい だ。・・・けっこう良い作品になりそうだなぁ。(ところで彼の「ギャツビー」のCFも良いね。)

宮沢りえ主演、井上ひさし原作「父と暮らせば」を小さな映画館で観た。二人芝居として“こまつ座”が各地で公演を続けている戯曲の映画化。原田芳雄と広島弁で交わされる父娘の会話を中心に物語は進んでいく。“ピカ”で自分だけ生き残ったことに負い目を持ってしまった 娘と、恋に躊躇う娘を心配し「娘の恋の応援団長」と称し、突然現れた(ピカで亡くなった)父。「お父ったん・・・。」と呼ぶ宮沢りえの声を、「ありがとうありました。」「私だけ生 きていくのが申し訳なくて・・・。」「ウチは幸せになってはいけんのじゃ。」「わしの分まで生きてちょんだいよぉ。」といういくつかの父娘の台詞を、思い 出す度に私の涙腺が刺激される。

実に良い映画だ。宮沢りえや原田芳雄の演技者としての力。映像作品ならではのラスト。亡くなった方たちの“死”を、“何十万人もの・・・”という“数”では なく、生きていた生活していた一人ひとりの人間として、身近な存在として登場させ、観る人にその“生”を突き付ける。声高に原爆の悲惨さを語るだけではなく、こんな伝え方もあるんだ な。芸術の力は報道の力を軽々と超えることもある。それにしても、宮沢りえの才能が、存在が、あの部屋のどたばた劇の渦中に埋もれなくて良かったなぁとつ くづく思うのだった。

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2005年7月16日 (土)

三茶で映画を「スウィング・ガールズ」

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三軒茶屋の映画館で(と言ったら分かる人には分かる)30年ぐらい前の名画座の雰囲気を味わいつつ、 映画を観るのが好きだ。たまに痴漢も出る。(昔の名画座は痴漢が良く出た。) その日も空いているのに、女性の隣りに座るオヤヂが出没。こらっ!その女性はすぐ移動。未遂。

観た映画はそんな雰囲気に、ある意味ぴったりの「スウィング・ガールズ」。 「ウォーター・ボーイズ」が出世作、PFF出身の矢口監督の作品。 自分の作品の二番煎じかぁ?と躊躇いつつロードショー公開を見過ごしたもの。 それでも身びいきではなく、心から言える「良いべさぁ、この映画。」 ・・・観終わってビールを飲みつつ、「ジャズ、やるべ?」二人でスウィング。 映画で演奏された「スウィング×3」「ワンダフル・ワールド」やら、帰りの電車でスウィング。 翌朝、妻はやはりスウィングしながら起きてくる。しばらく心が軽く、明るく、元気になる。

登場したスゥイング・ガールズ アンド ア・ボーイが良い。 中でも主役の上野樹里が良い感じ。(つい、その後「亀は意外と速く泳ぐ」などを観てしまった。) 主人公“友子”が彼女そのものだと思わせてしまう自然なおとぼけぶり。 細部に遊びがあるのに、B級にならずに仕上がっているセンスの良さ。東北弁の暖かさも良い。 文字通り映像はリズム感に溢れ、何よりも制作側も出演者も良い意味で楽しんでいるのが分かる心地良さ。 パンフレットはドーナツ盤サイズ。メイキング・ストーリーも楽しい。 やっぱり良質のエンタテインメントは人を豊かにする。

・・・これからは純粋に観客としてライブに行くことになる。わがままな観客で良い。 チケットが取れなかったら文句も言おう。 そして、これからは空席を気にせず芝居が、映画が観られ・・・ないだろうなぁ。

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2005年5月29日 (日)

夢のウチナー生活「ホテル・ハイビスカス」

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ウチナーに住もうと思っている。引退後に住む場所をいろいろ検討した中で、現在最有力の地。 スカッシュが盛んなニュージーランドも候補地だけど、なんせ行ったことがない。英語の特訓も必要だ。 ボストンの街にも惚れたのだけれど、比喩としてではなく、冬が死ぬほど寒いのがちょっと困る。

そんな訳で、沖縄だ。 ・・・海を眺めながら本を読み、日の高い内からだらだらとオリオンビールを飲む。 「ぴりんぱらん」を口に放り投げつつ夕陽を眺め、 日が暮れたら泡盛を琉球ガラスの器に入れてぐびぐびと飲み、「すくがらす」や「豆腐よう」をつまむ。 小腹が空いたら「コーレーグースー」をたっぷり入れた「ウチナーすば」を食する。 これを至福の生活と言わず何と言おうか。

そんな生活をする前に、「ホテル・ハイビスカス」に泊まってみるか。 現実と夢想の、現在と過去の、ウチナーとヤマトの、隙間に建っているようなホテル。 アジア・太平洋戦争、沖縄戦が奪ったもの、それでも残っているものが画面に溢れる。 「キジムナー」を探しに出かける、天真爛漫かつ破天荒な、子供の毒も純真さも持つ、恵美子。 スクリーンから飛び出してしまいそうな生命力に満ち満ちたこの小学生を眺めているだけで、 楽しく一日が過ごせるかもしれない。

ウチナーの自然や風土には、まだまだ神秘的で説明しようがない何かが潜んでいる。 黄昏時の不安な気持と、朝日に包まれた安穏な気持には、そんな世界の何かが含まれている。 悪なるものではなく、善なるものが。そんな場所で、てーげーに、おおらかに暮らしたい。 ニライカナイへ続く路は、こんなところにあるのかもしれない。

・・・元気に舞い飛ぶ巨大なヒーラー(ゴキブリ)だけは、対策が必要ではあるが。

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2005年5月12日 (木)

さらばレスリー・チャン「覇王別姫」

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何度足を運んでも、「ル・シネマ」の整理券は何時間も先の上映分しか手に入らず、その度に断念した。 それでも諦め切れず会社をちょっと早めに出て、平日午後の上映でようやく観ることができた。 当時話題の香港映画「さらば、わが愛/覇王別姫」は、単館ロードショーでロングランを続けていた。

陳凱歌(チェン・カイコウ)監督の映画というのを意識して観た訳ではなく、鞏俐(コン・リー)や 張國榮(レスリー・チャン)の名前を知っていた程度だった。・・・しかし、この映画を観た後、 その3人は私にとってとても大きな存在となった。 中でも、小豆子:程蝶衣役のレスリー・チャンの美しさ!劇中劇となる「覇王別姫」虞美人の役柄や、 心を寄せる幼なじみで項羽役の張豊毅をめぐりコン・リーと争う切ない表情とが相まって、 悲痛で妖艶な女形の演技が心に沁みた。

当時、自分が切ない恋をしていたからかもしれない。上映中、レスリー・チャンをずっと追っていた。 彼の視点で映画を観ていたことに気付いた。 報われず、叶わず、望んではいけない、そんな苦しい恋の思いの全てが、美しい表情のすぐ裏側に満ちていた。

幸い私は、苦しい恋の末に報われ、望んだ女性と一緒にいることが叶った。 「覇王別姫」の役柄そのもののように波瀾に満ちた人生を送り、自ら命を絶ったレスリー・チャンは、 幼い小豆子が望んだように何かを手に入れ、京劇のスター程蝶衣のように何かを失い、 この世を去ったのだろうか。

余りに美しく、余りに切ないレスリー・チャンの「さらば、わが愛/覇王別姫」は、 項羽と虞美人との悲恋物語と、彼の生涯とが重なり、さらなる悲涙の物語となった。合掌。

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